Sinker   作:サノバビッチ

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見た目に騙されてはいけない


竹井久の話

 一人暮らしを初めてもうすぐ二ヶ月。大学生活とも漸く折り合いが付く様になって、家でゆっくりする時間も捻出することが出来る様になった。テレビや雑誌、スマホにも触れずただボーっとする、何の情報にも触れていない時に思い出すのは清澄のこと、そして何もしてあげられなかった後輩のこと。

 

 去年の夏。高校生活最後の夏に私は悲願だった団体戦でのインターハイ優勝という最高の結果で締めくくる事が出来た。春に五人揃って以来朧気に捉えていたものが形になって現れた時、私は人目を憚らず泣いた。これまで溜め込んでいたものが溢れて、全て表に出す勢いで泣いた。そんな私を見て笑いながら私に声を掛ける皆も目が潤んでいた。マスコミからコメントを求められても感謝の言葉しか出なかったし、友達から連絡を受けても同じ様な答えしか返せなくて、少しガッカリさせていたかもしれない。でもあの時の私にはそれしかなかった、夢が現実になるなんて、春を迎えるまでは思いもしていなかったから。

 

 やがて長野へ帰って来て、友達は勿論全く話したこともない人まで方々から祝福を受けて。その時になってやっと、成し遂げた事への達成感が込み上げてきて、部室に着いたらまた泣いてしまった。まこにからかわれて直ぐに引っ込んだけれど。

 

 ひとしきり皆で話した後、私が引退すること、まこが部長職を担うことを発表した。コクマがあるからまだ早いんじゃ、なんて和に言われたけど、私が須賀君のことを持ち出すと直ぐに納得してくれた。

 

 県予選が終わった後、私は須賀君を呼び出して“退部しないか?”と持ち掛けた。私達はこれからインターハイに向けての調整に入る、須賀君のスキルアップの為に時間を捻出するよりそっちに専念したい。まだ六月だから他の部に入ってもやっていける筈、等々……とにかく自分勝手な言い分を並べ立てて、須賀君が辞めることに気兼ねを持たないように。夢を実現する為には貴方が邪魔なのだと伝わるように。

 

 正直、こんなこと須賀君には言いたくなかった。高校に入る前から知り合っていたまこを除けば、麻雀部を立ち上げてから初めて出来た後輩が須賀君だ。彼が訪ねてきた時は柄にもなく目一杯喜んだ。部活動紹介での演説を聞いて興味を持ったと聞いた時は恥ずかしかったが、それでも初めての後輩が出来たことへの喜びが勝った。次の日には優希と和が入部したいとやってきて、これはもしかしたらと思ったら須賀君が咲を連れてきてくれた。有頂天なんて言葉では足りない程嬉しかった。須賀君は私の夢を目指せるものにしてくれた恩人と言っていい。

 

 二ヶ月にも満たない間だけど同じ部活で過ごしてきて、彼が人の良い人間だと分かっているからこそ、私はこういう手段に出た。濁す様に言ったら須賀君はきっと部の為ならと言い出すに決まっているし、私はそれに甘えてしまうだろうから。口汚く罵られようが、殴られようが、無いとは思うけど襲われても受け入れるつもりでいた。なのに。

 

「部長、何か無理してません? いやまあ、意図は何となく分かるんですけど、流石に無理があるでしょ」

 一日掛けて練った説得をあっさり笑い飛ばされた。我慢していたと言わんばかりにお腹を抱えて大笑され、思わず大声を上げた。それでも収まらなかった笑いを何とか引っ込めて須賀君が言ったのは、私が須賀君の為にと切り捨てたものだった。

 

「暫くは裏方やりますよ。元よりそのつもりでしたし、そもそも俺が居なくなったら誰が咲の面倒を見るんですか。長野でも迷うのに東京なんて行ったら洒落にならないですよ」

 それはそうなんだけど、そうなんだけど、そんなの理由にされたら私の苦悩は一体……!

 

 結局、須賀君はインターハイが終わるまで裏方として動くことが決まり、笑い飛ばされた腹いせにちょくちょく無理難題を吹っ掛けたりしつつ、インターハイは無事終了。やっと須賀君に恩を返せる。そう思っていたのだけれど、現実は甘くなかった。

 

 清澄高校麻雀部は須賀君の成長に何ら寄与しない。育成計画を立てていく過程で気付かされた現実は私を打ちのめすに充分だった。須賀君を除いた部員全員が全国で揉まれた実力者であり、加えて麻雀は手加減が非常に難しく、学べば学ぶほどそれが露骨に見えてくるもの。つまり、初心者に最も大事な成功体験を与えるのが非常に難しいということ。ネット麻雀は実力の向上に適しているが、競技麻雀は人と向かい合って対局をする。実際に牌を握ることも含め、対人のやり方というのは経験を積まないとそもそも認識が出来ない。和の様に他家は全て牌切りマシーンだなんて割り切りが出来る人間になれるとも思えない。基礎を教えることは出来ても、そこから伸ばす環境としては不適格だというのは、部長として過ごしてきた身としては堪えるものがあった。

 

 だが、いつまでも悔やんでいられない。時間は有限、麻雀部としての育成面の脆さは一旦置いて、須賀君のことを考えなくては。基礎を叩き込んだ上で自分の目指したいスタイルとか憧れの雀士とかそういうのを汲み取っていって――などと考えている内に夏休みが終わると、全国優勝を果たした麻雀部には見学やら入部希望の生徒がポツポツと現れて、これなら須賀君も外に出ないでやっていけるかもと思っていた矢先、須賀君は退部届を提出して、その翌日には清澄高校にいなかった。




次回から京ちゃんのお話です。

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