「あの、大沼プロ!」
やけに耳通りの良い声で呼び掛けられたので顔を向ければ、若い娘が背筋を伸ばして立っていた。名前は確か福与、福与恒子だ。日程を押さえられなかったという小鍛治の代役として初めて組んだが、なかなかどうして上手い喋りをしていて、こちらも仕事がやりやすかった。
「何の用かな、福与アナ」
「あの、実はプロデューサーから、大沼プロの注目選手を聞き出して来いと言われまして。お疲れの所恐れ入りますが、お話を聞かせて頂けたら……」
そういうのはプロデューサーが聞きに来るものじゃないのか。わざわざアナウンサーを寄越して取材させるならカメラに収めれば良かろうに。彼女の言うプロデューサーというのは、随分と抜けている人間の様だ。
「構わんよ。此処じゃなんだ、何処かで机でも挟もうか」
私の提案に頷いた彼女が直ぐ近くの休憩室を提案してきたのでそれに乗って、連れ立って歩く。彼女は確か孫より少し下だったか、土地が違う所為か最近会っていないが、元気にしているだろうか。便りが無いのは元気な証拠と言うが、たまには顔を出せと言ってやろうか。
「何か飲むかね?」
「あっ、じゃあ、ミネラルウォーターをお願いします」
自販機でミネラルウォーターを買い、それを持って窓際の席に腰掛ける。休憩室に人は居ない、皆撤収の準備で忙しいのだろう。
「で、何から聞きたい?」
「では先ずは、昨今のインターハイにおける話題の中心である女子選手の注目株についてお聞きしたいです」
宮永や大星は私からでなくともいい、原村和はプロ向きでない、高鴨は大学か実業団で経験を積むべき、片岡優希は安定性に欠ける、南浦の孫も同様、となると。
「新子憧、だな」
今年インターハイに出場した選手の中では最も“プロ向き”と言える雀士だ。どんな状況にあっても勝ちへの道を模索し、その為に身を切る事を厭わないというのは、なかなか出来ることじゃない。後事を託せる大将の存在が有って培われたものであると思うが、最終的に勝てばいいと考えられるタイプは総じて負けん気が強い。成長に貪欲だから、これからも麻雀も続けるならば良い雀士になると私は思う。
「はあ、成程……」
「他にも挙げた方がいいかね?」
「いえ、一人聞ければ大丈夫です。続いて各高校の今後について、教えて頂ければ」
「少なくとも清澄と阿知賀は凋落するだろうな」
宮永咲に高鴨穏乃。共に大将として非常に優れた選手だが、彼女らを大将に置かざるを得なかった時点で来年は厳しくなるだろう。大黒柱を失ったチームの凋落などよくあることだが、それを齎すのは安心感がひっくり返った不安に依るものだ。今までプラスだったものがマイナスになる衝撃というのはかなり大きい。チームの勝ち筋を新たに練り直すというのはプロのチームでも苦労するものだ。清澄は夢乃マホが秋までに実力を安定化させれれば芽があるが、阿知賀の方は一人一人の実力は及第点なものの柱になれそうな選手はいなかった。
「姫松、千里山、臨海、新道寺は秋以降も健在を保てるだろう。晩成も阿知賀が落ちれば上がってくる筈だ、今年も個人戦にメンバーを送り込んでいるからな」
関東、近畿、九州は激戦区だが名前を挙げた五校はその中でも頭一つ抜けている。他にも有力視出来る高校はあるが、それは勝ち進む為の上積みが出来ればの話だ。来年がある選手が芽吹くか、はたまた新入生が……見通しが立たない状況での予想は難しいな。
「や、チームを支える大黒柱が居なくなることの影響は私にも分かりますが、勝ち筋ですか……」
「麻雀で強豪と呼ばれているチームに共通しているのは、チームの方針を明確にして尚且つそれを喧伝していることだ。特に毎年選手の入れ替えが必要になる学生麻雀において、チームカラーが明確であることほど人を惹きつけるものはない。その年のチームを象徴する選手を見て、“ああなりたい”と思った後輩が奮起し、新入生がそれに続くサイクルが生まれる。長い目で見る必要はあるが、強豪と呼ばれる土壌はそうやって作っていくものだ」
勝ち筋を固定し、かつそれを強力に出来たチームは強い。これは麻雀に限らず集団で行う競技では共通の事だ。野球で言えば勝利の方程式、サッカーやバスケで言えばフォーメーション。選手の実力を見極めてこれらを強力に固めることが出来れば勝つ。言うは易く行うは難し、だがやらなければいけない。勝ちたいのであれば。
「……どうした? 呆けた顔をして」
「えっ、あっ、すいません! ちょっと、聞き入ってしまいまして……」
……少し熱くなり過ぎたか。年甲斐もなく昂って、あまり時間も経っていないからな。熱が入るのも当然か。
「すまない、少し息を入れようか」
「申し訳ありません、こちらからお願いしたのに」
「いや、自分の話に聞き入ってくれるというのは、嬉しいよ」
お互いに軽い世間話をして間を繋ぐ。小鍛治の代役が私と聞いて驚いたとか、シニアリーグに纏わる都市伝説を話したりだとか、中々に楽しい時間だった。
「えっと、じゃあ次に男子選手についてのお話を」
「須賀京太郎でいいかね?」
素早い切り返しに福与アナは驚いてたが、自分でも驚いている。問いに反射的に答えるなど、七十を超えてからは記憶に無い。
「か、構いませんけど……須賀京太郎、今年の個人戦で三位に入った選手ですね」
インターハイで三位。高校三年間の集大成と言えば素晴らしい成績だ。それを高校から麻雀を始めた選手がやってのけたというのは驚きだが、その打ち筋はとても麻雀歴二年とは思えない程“重い”。先程新子をプロ向きのメンタルの持ち主だと言ったが、須賀のそれは新子よりも濃度が高い。団体戦と個人戦の違いなど問題にならない、今年のインターハイで最も勝ちにこだわっていたのは須賀だ。
「その根拠は何でしょう?」
「どんな状況でも自分から負ける手を打たないことだ。振り込みで場を流したり、或いはリーチを受けて降りる、といったことをしない。非常に危なっかしい、初心者によくある打ち方だが、須賀の暴走は個人戦での守備率一位、そして総合三位という結果で完走に至った。いずれ壁には当たるだろうが、容易に乗り越えてしまいそうでもある。そんな強さを感じたよ」
どうやってあんなスタイルを確立したのかは分からない。が、そこに至るまで文字通り血反吐を吐いたというのは分かる。あの年で麻雀で勝つことに血道を上げているなど、何を経験したらああなるのか俺には想像がつかん。
「大沼プロでも分かりませんか」
「人を見る目はあるほうだと思うが……須賀は雀士というより勝負師といった方がしっくりくる」
俺が若い頃にベテランと呼ばれていた、麻雀を取り巻く世界に影が色濃かった頃を経験している雀士が纏っていた雰囲気にそっくりだ。麻雀を取り巻く世界が華やかになるにつれて失せていったものを、そんな時代を知らない筈の打ち手が纏っている。どんなものかは分かっても、暗い世界を経験していない俺にはどういう経緯でそうなったのかは分からない。……須賀と打てば分かるだろうか。
「ありがとうございます。次は女子と同じく各高校の今後を聞かせてください」
Mr.Mahjong
延岡スパングールズ
大沼 秋一郎
77歳 10月21日生
熊本県出身 174cm66㎏
万能倉‐東京₋富山₋延岡
名人、最強位、雀王位の三冠を
保持し、今年は最強位の永世
称号獲得が期待される。