Sinker   作:サノバビッチ

2 / 14
やまもたにもない話。


愛宕姉妹の話

「うーん……」

 ソファの肘掛けに頭を置いて、スカートを穿いているのに足を組んで寝転びながら雑誌を読み、ページを捲る度に唸り声を上げている彼女の名は、愛宕洋榎という。

日本のプロ麻雀リーグの一つ、西日本リーグに属するなんばスマイルフラワーズのエースにして、日本代表でも活躍する押しも押されもせぬ日本屈指の雀士である。そんな彼女が眉を顰めて唸っているには訳があって。

 

「最近ウチの可愛さをアピール出来てへんな……」

 プロの情報は勿論のこと、アマチュアの情報も幅広く扱う麻雀界の総合誌WEEKLY麻雀TODAYには彼女がツモ和了を決めるシーンや、トップからの出和了りを取ったシーン等、所謂“決め顔”は載っているが、一方でうら若き乙女・愛宕洋榎のアピールが極めて少ないと感じていた。

 

「何真面目な顔でアホなこと言うてんのお姉ちゃん。それ週麻やろ? 麻雀の本で可愛さアピールしてどうすんの」

 尤もな意見を述べたのは赤いアンダーリム眼鏡がトレードマークの愛宕絹恵。苗字や語感から分かる様に洋榎とは姉妹で、何かと勢い重視の姉をフォローするしっかり者の妹である。

 

「アホはお前や絹! 見てみぃ、これ!」

 ガバッと目の前に広げられたページを見れば、腕を組み少し右肩を出してこれ以上ないドヤ顔で清老頭を見せつける姉が見開きで載っていた。こんなもん撮られておいて可愛い云々なんて生まれ直した方が早いと絹恵は思ったが、それを言ったら煩いのは長年の付き合いから分かっている。

 

「……これはこれで可愛いんとちゃう?」

「おどれの目は節穴かっ! これの何処が可愛いねん!」

「お姉ちゃんの良さが出とるやん。いつでも自信たっぷりなんがお姉ちゃんのエエとこやろ?」

 真面目な口調で褒めると姉は途端に勢いを失くし、広げたページをまじまじと見てまた唸りだした。これで少しは大人しくなるだろうと絹恵は編み物を再開する。元は毎年マフラーやら手袋を失くす姉の為にと始めたものだが、今では秋になると糸を探しに出掛ける程度には馴染んでいて、趣味の欄にも載せている。

 

「なあ絹」

「何よ」

「ウチも編み物始めるべきなんやろうか」

「やめとき、性に合わんて」

「やったことないのにそんなん分からんやろ」

「お姉ちゃんに去年あげたマフラーな、作るのに一月半かかったんやけど何処やった?」

「すんませんでした」

 雑誌を畳み見事な土下座を見せる姉と、それを見て溜息一つで済ませる妹。この姉妹、最終的に妹が勝つのが既定路線らしい。

 

「ていうか、何でさっきから可愛さアピールをしたがってんの? 何かあったん?」

 不思議に思ったことを問いかけてみたら、洋榎はゆるゆると顔を上げて苦み走った表情を見せた。言いたくないとは違う、認めたくないかな。方向性の当たりをつけた絹恵が「どうなん?」と更なる追い打ちを掛ければギュッと目を瞑った後、絞り出す様に答えた。

 

「須賀や、須賀のせいや」

 嫉妬か。名前を聞いて絹恵は即座に理解した。

 洋榎が口にした須賀とは、絹恵の一つ下でプロとしては先輩に当たる須賀京太郎のことだ。去年から兆候はあったが、今年はチームでも個人でも大車輪の活躍で、雑誌やテレビ等で取り上げられる回数も一気に増えた。洋榎を筆頭に人気選手の多いチームであるが、それでも今年のなんばは須賀京太郎に話題が集中している印象はある。

 

「京太郎君がどうしたんよ。普段から仲良うしとるやん」

「それとこれとは話が別や! 何で須賀ばっかり取材が来んねん! 顔か、やっぱり顔か!」

「いやそれは違うやろ。顔がエエだけで人気の出る商売やないし」

 今の麻雀界は優れた容姿と実力を兼ね備えた雀士が多くいる。確かに須賀京太郎も見た目は良いが、プロの世界である以上実力が無ければ露出の機会も生まれない。今年の彼は自分でその機会を勝ち取っているのであり、そんな事は洋榎だって分かっている。分かっているが、羨ましいのだ。生来の目立ちたがりである洋榎は、自分だって目立ちたいのだ。

 

「そうは言うても、アイツファッション誌でも表紙飾ってるやん。しかも三回も」

「京太郎君は背ぇ高いしがっちりしてるから、ああいうの見栄えするやん。お姉ちゃんもスタイルええけどアレには勝てんやろ」

「絹お前ウチに喧嘩売っとんか」

「ちょっ、乳揉むんやめてえや! 痛い痛い!」

 服の上からでも分かる大きな胸が手の動きに合わせて形を変えるのを見て苛立った洋榎は更に勢いを付けて揉む。揉みまくる。同じ血を分けているのにこの差は何やという悲哀を込めて揉みまくる。

 

「ちくしょー! ウチかてな、せめて絹くらいあればウチかてなぁ!」

「もう離してえやー!」




Striker
愛宕 洋榎
なんばスマイルフラワーズ
23歳 7月18日生
大阪府出身 155cm47㎏
姫松‐なんば
昨年の西日本リーグMVP。
剛柔自在のプレイで守備も固い。
日本代表では中堅として活躍。

Bee Smash
愛宕 絹恵
なんばスマイルフラワーズ
21歳 1月20日生
大阪府出身 168㎝52㎏
姫松‐スパーク‐なんば
高校卒業後に実業団で頭角を表す。
守備の固いプレイヤーから放銃を
取る事が多い。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。