Sinker   作:サノバビッチ

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上を見るか前を見るか。


二条泉の話

「リーチ」

 

 十三巡目。千点棒が置かれ、牌が曲がり、目に見える流れが卓上に生まれた。打ち手全員が面前守備派、リーチ率もリーグでは低い部類に入る者達が集った卓は非常に静かで、控え室では私以外誰もモニターを見ていない。

 

「ツモ。二〇〇〇と四〇〇〇です」

 

 和了の宣言と共に牌が倒される。リーヅモイーぺードラドラ。文句なしの満貫だ。和了者はなんばの須賀京太郎、これで三重を抜いて単独トップに立った。点差そのものは一つ和了ればひっくり返る安いものだが、残りはオーラスを含めて二局のみ。逃げ切りの体勢へ入るには十分だが、さて、どうするのか。

 

「リーチ」

 

 この卓では最下位の滋賀からリーチの声が上がる。五巡目ながら跳満が確定している打点の高さがあり、それでいて受けも広い。下手に回すより溢すのを待った方が良いと判断したのだろう。河も字牌ばかりであるから、少なくとも二巡はプレッシャーを掛けられる。

 

「……テンパイ」

 

 しかし、早仕掛けに屈するようでは守備派と称されはしない。三人掛かりで手を読み、当たり牌を丸裸にした結果、跳満の手を三千点に落とし込んだ。局はオーラスへ進み、親は梅田からなんばへ移る。得点状況は平たく、最下位の滋賀も満貫の直撃か、ツモなら五二〇〇点以上で捲りの目がある状況。いやが上にも逆転への気運が高まる中、トップでラス親を迎えた男は冷静に配牌を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 須賀京太郎。初めてこの名を目にしたのは、高校三年のコクマの交流戦、その観戦記だった。高校生以下は男女別で行われる公式大会にあって、個人戦の上位二名同士で戦う交流戦は男女の有力選手が直接戦う貴重な場であったが、競技レベルが高いとされる女子選手側が圧倒する結果に終わること、入賞した男子選手が棄権し、繰り上げられた選手も棄権する──などの事例が相次いだことから、その年度を以て廃止されることが決定していた。学生年代の一対局に観戦記なんて後にも先にもこの時を除いて記憶にないが、前書きには最後を残すことに意義がある、とあった。そんな高尚な考えが出来るとは驚きだ。私はそう思ったことを記憶している。

 

 女子の出場選手は宮永咲と大星淡、男子の出場選手は後に広島に指名される藤島武彦、そして須賀京太郎。男子側は四年振りに個人戦上位二名が棄権せずに出場したと紹介されていた。このことは素直に凄いと思った。自分の力を発揮出来れば、それがチームの勝利に繋がる──そんな事を臆面もなく言える、結果が雄弁に物語っている二人を相手に平場で挑むなんて、無手で猛獣に挑むようなもの。彼らはどう挑むのか、何か参考になるものがあればいいと思って読み進めることにした。私の高校麻雀はその為に費やして終わったから。

 

 東場は宮永と大星の独壇場だった。書かれているのは二人の叩きあいばかりで、藤島も須賀も、親被りを食らった時に名前が出ただけ。期待はしていなかったが、ここまで動きがないと何をしに来たんだと怒りが湧いていた。何も出来ないならそこを代われ、チャンスを寄越せと。しかし、東場を終え男子二人が辛うじてトビを回避したことに溜飲を下げ、文字を追った。

 

 

 流れが変わったのは南二局から。大星のダブリーを藤島がポン、その捨て牌を須賀がポン。何てことはない、流れを乱そうと遅蒔きながら二人が足掻き始めただけのこと。たかが一鳴き、されど一鳴き。周知の事実として、宮永も大星も早仕掛けへの対応に難がある。特に宮永のカンは、一見すれば何処からでも和了ることが出来るように見られがちだが、少し穿てばそのからくりが見えてくる。

 

 宮永はカンと、それに連なる嶺上開花を売りにしている雀士だ。高校三年間で記録した和了の九十八パーセント以上に含まれているというのだから、凄まじいの一言に尽きる。しかし、それが宮永の唯一と言っていい弱点でもある。

 

 麻雀は確率を奪い合う競技だ。だからどうしても和了が欲しい時、普段の自分を曲げて打つというのは、麻雀を嗜む者なら一度は経験することだと思う。けれど宮永はそれをしない。いつもカンをして、いつも嶺上で和了る。時に槍槓を食らうこともあるが、そのスタイルが崩れたことはなく、結果団体戦三連覇と個人三冠を達成している。では弱点とは何だと問われれば──“宮永はカンで和了る故に、カン以外では和了ることを放棄している”ことだ。

 

 例えば、出親で配牌を手なりで進め、五巡目で和了り牌を引き、満貫を和了れるとなった時。多くの人間は手を倒すと思う。いきなりの一二〇〇〇点は大きく、これを逃して再び和了れる状況になるかは分からない。しかし宮永なら倒さない。そこからカンを使える手作りをして、幾らかの巡目を消費したあと、跳満を和了るだろう。宮永はカンで和了る為なら五巡なんて平気で捨てる。だから、勝つならその五巡を生かすしかしない。私では完遂出来なかったが、勝ちの光明は確かに見えた。

 

「……ツモ。三〇〇、五〇〇です」

 

 互いに鳴きあい、宮永と大星に牌を与えなかった結果、その局に和了ったのは藤島だった。“押され続けても諦めずに和了を目指し、もぎ取った様には胸が熱くなった”。この局の模様を表した言葉に何度も頷いてしまう程に、私はこの対局に引き込まれていた。誰も共感してくれなくなった情熱を体現しようとする人間が居ることに、どうしようもなく惹かれていたのだ。だから──

 

「リーチ」

 

 この文字を見た時、私の興奮のギアが一段上がった。宮永と大星、この二人の勢いがせめぎあった時、大星はダブリーが出来ないことが多い。代わりにじっくりと手を進めるのだが、その間隙を縫って須賀が牌を横に曲げた。ここ二年程限られた人間だけの行いだった光景が紙面で起こったことに居ても立っても居られなくて、スマートフォンを操作して検索を開始する。年号と大会、そこに決勝の文字を足せば直ぐに行き当たった。

 

「ロン。八〇〇〇です」

 

 シークバーを操作して場面を探し、再生を始めたと同時に聞こえた声に思わず叫んだ。家でのことだったから良かった、ゴロゴロと床を転げ回る様を部員に見られていたら、私は卒業まで学校に行けなかった。

 

 結局、二人の足掻きはそこまでで、最後は大星が三倍満をツモり、二人ともトバされて終わった。実況は大星が個人戦の結果そのままに宮永に競り勝った事を話題にして、カメラもそれを追っていたから男子二人の様子は欠片も映されなかった。過程はどうあれ二人は例年と同じ負け方をして、学生年代では女性雀士に敵わないのだと改めて示しただけだったから、仕方ない。けれど私にとっては、前を進む勇気を与えてくれた試合だった。新しい同士の存在を目の当たりにして、どうしようもなく嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 ──だから、須賀京太郎が新人王戦を制した時。

 

「ツモ。六〇〇〇オールです」

 

 コイツが新しい標的だと、私はハッキリと認識したのだ。




色気ばかりじゃつまらない。

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