Sinker   作:サノバビッチ

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理解は出来ても、納得は出来ない。


福路美穂子の事情(後編)

 ピンポーン。

 住宅地とはいえ、平日の昼間とあって人気は少ない為によく響いて聞こえたインターホンに反応して、足音がこちらに向かってくる。カシャっと硬い物を引っ掻いた様な音の後に扉が開かれると、彼女は薄い笑顔を浮かべて迎えてくれた。

 

「いらっしゃい。さっ、上がって」

 

 お邪魔しますと声は上げたが、果たして聞こえたかどうか。久し振りに見た彼女の背中は、今も薄ぼけているように見える。まだ引き摺っているのだろうか、居なくなってしまった子のことを。

 

 夏のインターハイが終わり、長野へと帰って来た翌日。コーチから二日間の休養を与えられ、家で復習に取り組んでいた私の元にメールが届いた。差出人は久で、内容は一緒にお昼でも取りながら話したい、加治木さんも来る、場所は風越の最寄り駅、というもの。その日は両親が不在で、昼食はスーパーで買い物をしながら決めようと考えていたこともあり、誘いに乗ることにした。勉強は後でも出来る。

 

 手早く支度を済ませ駅前に向かうと、約束の三十分前だというのに既に二人が揃っていた。まさか時間を間違えたかと直ぐに二人の元へ向かい謝罪したが、話を聞くと二人共早めに家を出ただけだったらしい。少し長い話になるから丁度良かったと笑う久に連れられて入ったファミレスで飲み物を注文をした後、彼女はこう切り出した。

 

 “麻雀の教え方を教えて欲しいの”

 

 清澄高校にはインターハイメンバーの他にもう一人部員が居る。名前は須賀京太郎君といって、文堂さんや咲ちゃん達と同い年の男の子。何でも咲ちゃんは彼が麻雀部に連れてきたとのことで、ならば麻雀の実力はといえば、彼自身は素人同然だったようで。県大会には出場こそしたものの予選で敗退、初心者ならば仕方ないことだと思うが、久が言うには咲ちゃんが加入したことで大会に出場出来ると浮かれて、須賀君にはキチンとした指導を行っていなかったらしい。おまけに県大会終了後にはインターハイに向けた調整に専念したいこと、六月ならまだ他の部活に入っても間に合う筈、等と言って退部を持ち掛けたのだとか。相当に考えた末の行動と言っていたが、流石にそれは部長としてどうなんだと問い質せば、須賀君本人にはあっさり意図を見抜かれたばかりか、インターハイが終わるまでは雑用に専念しますよと言ってくれたのだとか。久は罪悪感と気恥ずかしさで死にたくなったそうだ。

 

 とまれ、そうした経緯もあって久の須賀君に報いたいという気持ちは強く、何とか須賀君を一人前の雀士に育ててあげたいと思っているが、初心者の教え方というのが分からない。なので知恵を貸してもらえないか、というのが久が私達二人を呼んだ理由だった。高校に入ってから麻雀を始めた加治木さんと、部員の多い風越でキャプテンとして指導に当たっている私からなら、何か取っ掛かりになるものが得られる筈だと。

 

 お願いしますと頭を下げて頼む久の姿に並みならぬものを感じた私は勿論、加治木さんも自分の経験が役に立つかは分からないがと前置きしつつも前向きな答えを出したところで、ひとまずお昼を食べることにした。頭を使うのにお腹が空いていてはいけない。

 

 昼食を終えた後、店が混んできたこともあり久の家に場所を移して須賀君の育成計画を練ることになった。好みの手筋の把握から始まり、牌譜を見て傾向を掴み、久の目から見た京太郎君の性質等を聞き取って、今の時点での良い所と悪い所を洗い出していく。時にはキツイ言葉をぶつけることもあったし、途中清澄の環境に話が及んだ時にはかなり落ち込んでいたが、それでも須賀君の為にとメモを取り微に入り細を穿つ様に質問を重ねる姿は、そこはかとなく輝いて見えた。

 

「いきなり呼び付けてごめんなさいね。けど驚いたわ、こんなに早く来るなんて。学校は?」

「事情があって、早退したんです。素直に家に帰る気は無かったので、丁度良かったですよ」

「あら、もしかしてサボリ?」

「違います。久こそ、どうしてこんな時間に家に居るんです?」

「今日は創立記念日で休みなのよ。だから家でのんびりしてたワケ」

 

 久の部屋に通され、出されたお茶を飲みながらたわいない会話を交わす。

 

「良かったんですか、のんびりしてたところにお邪魔して」

「私が呼んだのに邪魔も何も無いわよ。むしろ来てくれて助かったわ、一人で居るのは退屈だけど、何もやる気が起きなかったから」

 

 机に雪崩れてたれている久はとても可愛い。可愛いけれど、言葉通りの状態であるというのも、見て取れた。

 

「最近、麻雀部に顔を出されていないと聞きましたが」

「やーね、私はもう引退した身よ? これからはまこが引っ張っていかなきゃいけないんだし、いつまでも顔を出してたんじゃ、引き継いだ意味がないじゃない」

「それはそうですが……」

 

 ではどうして、麻雀部の皆を避けるんですか? 私の問い掛けに、返って来たのは沈黙だった。先程まで浮かべていた笑みがすうっと、潮が引いた様に失せて、代わって悲哀が滲むように現れる。

 

「何、美穂子、貴方、私を責めに来たの?」

「違います、私は久が心配で」

「なら放っておいてよ! 私は、私はねえ──!」

 

 麻雀なんてもう関わりたくないのよ!

 

 俯いていて表情は分からない、けれど肩で息をして、全身を震わせる久の姿に、私は思い知らされた。これは、私では……

 

「私は、全国に行きたかった、全国に行って、優勝したかった。けどそれ以上に、人と、仲間と打ちたかった! だから麻雀部を作った! けど何をやっても誰も集まらなくて、まこを引き込んで二人で頑張ってもそれでもダメで、なのに、なのに……

 

「けど須賀君が来てくれて全てが変わった! 優希が、和が来てくれて、麻雀が四人で打てるようになった! 咲を連れてきてくれて、大会に出られるようになった! この喜びが貴方に分かる? 出来ない、無理だって、あきらめさせられていたものが、叶った時の気持ちが貴方に分かる!?

 

「私はね、報いなきゃいけなかったのよ。夢を、希望を始めさせてくれた須賀君に。けど私は何も出来なかった。何も出来ないまま……分かっていたのに、須賀君が、苦しんでること、分かってたのに。私は、何も、出来ないままで、終わったの……終わっちゃったのよ……」

 

 顔をくしゃくしゃに歪めて、久が泣いている。何か、何か言わなければいけない。けれど言葉が出て来ない、私が久に言えることは何もない。何も言えない。私の言葉には力が無い。久の支えになれる力は、どこにも、ない。

 

「もう、嫌なの、嫌なの、嫌なのよ……麻雀なんて、もう」

 

 泣きじゃくる久を見ていられなくて、私は、久の家を後にした。どうやって家に帰りついたかは覚えていない。気が付いたら自分の部屋で、制服のままベットに転がっていた。空は真っ暗で、月明かりだけが光源になっていた。起きあがって、ベットに腰掛けて、覚醒を始めた頭が、昼間の久を再生し始めるのを髪を握って止める。一度で十分だ、十分に、焼き付いている。

 

「久、私は……」

 

 まだ貴方と戦っていない。あの時、何も出来なかった自分を払拭出来ていない。いつか、いつかまた貴方が再び麻雀に関わり、私の前に現れるまで、私は雀士でいる。いつまでも待つ。三年待ったのだ、十年二十年、百年でも貴方を待ち続ける。だから、どうか。

 

 立ち上がることを、祈っています。




The sniper
福路 美穂子
京都パープルローズ
23歳 9月24日生
長野県出身 158cm49kg
風越―京都
昨年は西日本リーグ守備率1位。
優れた観察眼から導き出される精度の高い読みで、
攻守に隙の無い打ち手である。

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