Sinker   作:サノバビッチ

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みっぽの話進まないから書いてたら先にこっちが出来た。あけおめ、ことよろ。


大星淡な話

 チカッと一瞬、強い光が目に入った。サキが私の捨て牌を槓して、王牌を掴んだ時だ。

 負けたと思った。こういう時、サキは必ず和了る。ずっとそうだった、なのにサキは王牌を河に置いた。今まで見たことのない出来事に驚いていたら、上家からロンの声が上がった。倒れた牌を見た、四暗刻単騎待ち、役満だ。親だから48000、サキが飛んだ。飛ばした奴は誰だ、そう思った時にはアイツは席に居なくて、部屋の外で吼えていた。その時初めて、須賀京太郎を知った。

 

「淡ちゃん、少し目線下げて、私の腰の辺り見てくれるかしら」

 

 要望に合わせ被写体がカメラから目線を切った瞬間、シャッターを切る音が連続する。動きが止まったところでシャッター音も止み、新しい指示が出される、その繰り返しだ。大雑把だったり、嫌に細かかったり、指示の内容は多岐に渡るが、被写体の少女は難なくそれに応え、流れるように撮影は進んでいく。

 

「──ふーむ。淡ちゃん、一旦休憩にしましょうか」

 

 ふと、カメラマンが手を止めて提案すると少女は首を傾げた。

 

「なんで? ちょっとノッてきたとこなのに」

「私が疲れちゃったのよ。ごめんなさいね、年の所為か気合入れると直ぐに音を上げるようになっちゃって」

 

 肩を回したり揉みこんだり、疲れをアピールするカメラマン。見た目は若いが彼は三十の半ばを過ぎており、疲れの溜まりやすくなる年頃であることは、少女も同年配の親や先輩を見て知っている。だからか、理由を告げられると少女の為に誂えられた場からすっくと立ちあがって、カメラマンを越えた先にある椅子に腰を下ろした。

 

「ニノさん、私お昼はかつ丼の気分なんだけど」

「出前とお店どっちがいい?」

「今日は出前かなー」

「OK。じゃ、電話するわね」

 

 

 

 大星淡はプロ雀士である。正しい。大星淡はアイドルである。これも正しい。大星淡はアイドル雀士である。これが一番正しい。

 今年で二十歳となる大星淡は、多摩クールノーツのエースとして活躍する傍ら、歌や写真集を発売するなどアイドル的な活動にも精力的に取り組んでいる。多くがそこに至る過程で篩い落とされた“第二のはやりん”として、高い知名度を獲得している彼女のニックネームはあわあわ。異論は認めない。

 

 今日は二ヶ月後に発売を予定している写真集の撮影の為に一日スケジュールを空けて臨んでいるが、本日彼女を撮るカメラマンは業界では名の知れた凄腕であり、加えて知り合って以来懇意にしていることもあって、昼前には撮影を終えて後はオフ、なんて予定を陰で作ることも朝飯前。今日は少し長引きそうだが、少し頑張れば誤差に収まる。

 

「ねえ淡ちゃん、一つ聞いていい?」

「なあに?」

「好きな男の子出来たでしょ」

 

 ブッ。零す事はなかったものの、途轍もない剛球に動揺した淡は盛大に咽た。ケホケホと喉の詰まりを取るように何度か咳払いをして、キッと目を怒らせてカメラマンを睨み付ける。

 

「何言うのさ急に!」

「変にぼかすよりスパっといった方がいいかと思って。それでどうなの?」

「どうなの、って……」

「居るのは分かるけど誰なのか分かんないのよね。淡ちゃん男っ気ないから」

 

 グサッときた。心底にまで槍を突き込まれた様な気分だった。淡には男っ気がない。アイドルとして活動しているので当然ではあるが、そもそも同年代の男性雀士達はスキャンダルのネタにされるのを恐れて近寄らないか、二軍で鍛錬の身の上であるからあまり出くわさない。所属チームの多摩は女性の多いチームということもあって同僚の男性雀士は皆既婚者で、おまけに淡より一回りは年上なので姪や娘の様に扱われることが殆ど。淡自身は気さくな性格で友人も多いが、知り合う機会が無いのに男っ気もクソもあるか! な状況なのだ。したがって、

 

「男っ気がないのは私の所為じゃないもん!」

 

 このように、頬を膨らませてぷりぷりと怒りだしてしまう。カメラマンは当然そこの辺りを分かって言っていて、淡もそれを分かっているから怒りも二割増しである。けれども、幾千幾万の被写体を目で見、肌で感じてきたカメラマンは慌てない。すかさず水をぶっ掛ける。

 

「でも好きな男の子出来たんでしょ?」

 

 うっ、と言葉に詰まる淡。ニヤリと笑ってみせたカメラマンがほんのり顔を寄せると、それに合わせて淡も動く。じっと目を見つめられて、ふいっと視線を逸らしたところで、勝敗は決した。

 

「……気になってるだけ、その、雀士として気になってるだけだから!」

「はいはい。建前はいいから」

「むーっ!」

「いいから話しなさいな。こちとら朝から気になってしょうがないのよ。入りからずっとそわそわしてるし、時計見たり髪の毛弄ったり手を開いたり閉じたり忙しないこと。撮影が始まってもふとした拍子に気が抜けたり跳んだりするし、どうにも集中が途切れ気味だったからさあ」

 

 自分ではそんなつもりが無くとも、周りから見ると……はおかしな話ではないが、こうなると吐かないことには解放してもらえないだろうというのはハッキリと分かった。今日は大事な予定がある。この、カメラマンの言う好きな男の子絡みで。勿論淡にそんな意識はないが、それでも、そうしないと納得してくれそうにない。

 

「──郎」

「何?」

「須賀京太郎。ニノさんが聞きたいのって、須賀京太郎の事でしょ」

「へえ、京太郎君なの。まあ、彼なら納得ね」

「……京太郎のこと知ってるの?」

「何度か一緒に仕事してるのよ。彼、背が高いし面も体格も良いでしょ? 写真映えするからファッション誌のモデルとしてね。本人はあまり乗り気じゃなかったけど」

「麻雀出来ないからでしょ。アイツ暇な時いっつも──ッ!」

 

 抜かった。つい普段のノリで会話を進めてしまった。カメラマンの顔はニヤニヤしている。してやったり、まんまと嵌りおって、そんな顔だ。

 

「へえ、理由までは知らなかったわあ」

「うー! それ嘘でしょ!」

「ホントよ、話しかけたら返してくれるけど、向こうからは来ないから会話自体そんなにしないもの。さっきのも初めての時にその辺の探り入れる為のジャブだから」

 

 で? 文字に起こせばたった一文字、されどそれだけで、淡の今後は確定した。吐くまで終わらぬのは確定していた、だのに自分のミスで更に奥まで進まないといけなくなってしまった。自分でもしたことないのに。

 

「……好きか嫌いかで言ったら好きだよ。けど、ニノさんが言ってるようなのじゃないから!」

「私何か言った?」

「好きな男いるって聞いたじゃん!」

「うん、だから友達として好きなんでしょ、京太郎君のこと」

 

 クスクスと笑うカメラマンが居た。うまうまと踊らされた事に気付き、けれど言い立てれば更なる追撃が待っていることは明らか、そう思って我慢すると一層笑みを深めるカメラマン。むむっ、と口を開きかけたその機先を制す様に「ねえ、淡ちゃん」と声が掛かった。

 

「今はそれでいい。けどもしチャンスが来たと思ったら躊躇っちゃ駄目よ。うだうだしてる内に掻っ攫われちゃうから」

「だから、京太郎は」

「違うっていうの? 顔良し、体良し、職業同じで将来有望の男を違うっていうの? その価値観はダメよ淡ちゃん、今すぐ捨てなさい。はやりんは結婚出来たけど淡ちゃんがそうなるとは限らないんだから!」

「大きなお世話だよ!」

「大きくても焼くわよ! 淡ちゃんに生活力が無いことは私が一番良く知ってるんだから!」

 

 言い争いに発展した二人の会話は、かつ丼が届くまで続けれた。勝者? そんなものはいない。




Big Bang
大星 淡
多摩クールノーツ
20歳 12月15日生
東京都出身 157cm44kg
白糸台─多摩
プロ雀士随一の人気者にして、
クールノーツのエースを務める。
昨年のツモ和了率日本一。

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