Sinker   作:サノバビッチ

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もう二度とこの形式で書くことはない。多分。


とあるコラム

 本号は若手雀士特集ということで、さて誰を基にしようかと考えて、非常に困った。何せ宮永照、咲姉妹(共に東京)は巻頭で使われるだろうし、天江(佐久)や大星(多摩)もそれに近い扱いだろう。辻垣内(千葉)はポジション変更が響いてかチームでの成績が振るっておらず、白水(福岡)は逆に個人戦での成績があまり良くない。江口(梅田)と愛宕(洋榎。なんば)は先々週に書いた、藤島(広島)も先週にちょっと書いた、清水谷(京都)は今度取材の予定だからその時に使いたい。じゃあ誰を、と思い何気なくテレビを点けたら丁度良いのが一人いた。

 

 須賀京太郎。近年女性雀士の台頭著しい麻雀界において、先に挙げた藤島と並んで存在感を放つ男性雀士の一人だ。今シーズンは上半期に行われた個人タイトル戦全てで決勝に進出するなど出色の成績を挙げており、これは彼の他に三尋木(横浜。昨シーズンの鳳凰位戦から継続)のみの記録であることからも、好調の程は推し量れるだろう。チームの方ではレギュラーの確保に至っていないが、それなりの成績を維持し続けており、下半期の活躍にも期待が持てる。やもすれば今年中に再びここで取り上げることもあるかもしれない。

 

 彼のことをこのコラムで初めて取り上げたのは二年前、新人王戦の決勝を二日後に控えた時のことだ。世間では宮永咲、天江衣、大星淡の内誰がルーキーオブザイヤーを確たるものにするのかという予想ばかりで、二軍で修行中の身の上だった須賀への言及は多くなかったが、その内容がまた酷かった。飛ばないように立ち回ることだけが戦術だとか、彼の飛び方が勝敗を左右するとか、とても決勝に進出したプロへの言葉ではなかった。しかし多くは疑問に思わなかった。それだけ宮永達の活躍は鮮烈だったし、須賀は高校三年時にインターハイとコクマで表彰台に上る活躍は見せたものの、ドラフトでは下位指名ということもあって世間的には無名と言って差し支えない存在であり、その見方は正しいものと見做された。そして私は、そんな世間の一員として彼を取り上げた。耐える事が勝機に繋がると説き、しかし天江と大星の起こす嵐に飲み込まれるのが関の山だと。

 

 そして、二日後に観戦した新人王戦。規定時間丁度に現れた須賀は今やトレードマークとなった黒いスーツを身に着け現れたのだが、その顔に緊張の色はなく、周囲の熱と比してとても落ち着いていたように見えた。実は須賀の姿を見たのはこの時が初めてで、若く見た目も良いのに何処か擦れた雰囲気があると感じたのを覚えている。

 

 決勝は四半荘の合計スコアで争われ、第一戦は天江が大星との壮絶な叩き合いを制してトップを勝ち取る。須賀は振らず和了らずで見せ場もなく、大星がオーラスに跳満を放銃した為に三位だった、そのくらいだ。

 

 第二戦は宮永の独壇場だった。代名詞でもある嶺上開花を要所で決めて天江と大星を乗せることなく状況を進めていき、半荘でも総合でもトップに立つ。一方須賀は流局や鳴き和了などで細々と点棒を拾い僅かに大星を上回って二位につける。総合では三位のままだったが、ここまで一度も放銃していないこともあって、ここから稼げば逆転の芽も十分にある、そんな立ち位置。

 

 休憩を挟んで迎えた第三戦は遂に大星が本領発揮。東一局のダブルリーチから一発ツモで跳満を和了すると、そこから七度のダブリーを叩きつけて主導権を完全に握り込んだ。ここまで一度も振らずに凌いできた須賀も東四局で遂に掴まり、この試合初めてとなる放銃。しかも跳満を食らって最下位に沈むも、オーラスの親で満貫をツモ和了。大星の独走に僅かに傷をつけ、自らも二位に浮き上がる。このまま連荘かと思われたが、ここまで沈黙を余儀なくされていた天江が意地の満貫ツモで二位に浮上し、須賀は三位転落。優勝するには宮永と天江を三位以下に落とした上で自らがトップに立つというか細いもの。天江と大星が調子を取り戻したことで第一戦の叩き合いが再び見られるのではと観客の期待は高まっていたし、総合一位の宮永はリードを守ることにかけては天才と言える雀士である。この状況になった時点で須賀の勝ちは消えた。私はそう判断して、彼を見るのをやめた。

 

 第四戦。東一局は大星のダブリーで始まり天江の海底で終わる、ある意味予想通りの展開。点数こそ安かったがツモ和了を繰り返して主導権を奪い合う二人に割って入ったのが宮永。大星のダブリーを槓すると、そこから二連続槓を経ての嶺上開花。ドラが乗って三倍満という鬼手に歓声が上がり、誰もが彼女の勝利を確信したことだろう。しかし、勝利の行方はここから荒れる。

 

 南二局が差し合いで流れて迎えた南三局、これまでラス前でのみ牌を曲げていた天江が三巡目でリーチを掛け、安パイの無かった宮永は八萬を選択。結果は純チャン三色の跳満放銃。よりによって二位に点棒を吐き出してしまうが、それでも局は流れて遂にオーラス。宮永がこのまま凌ぎ切るか、天江が最後に巻き返すのか、それとも大星が連荘で逆転するのか。誰もが手に汗を握っていた。

 

 オーラスはやはりというか、大星のダブリーで始まる。常の爛漫さは既に無く、勝利への希求で目をぎらつかせて。その様に観客が騒めくが、それ以降に動きがないまま迎えた十二巡目。大星が槓を仕掛け、その捨て牌を宮永が槓。誰もがこれで決まったかと思った。しかし、彼女は牌を掴んだ瞬間目を見開き、須賀を見た後、嶺上牌を河に捨てた。天江が括目し、大星が明らかな動揺を見せた後、二人揃って須賀を見る。その時にはもう、彼は牌を倒していた。

 

 役満、四暗刻。彼に与えられていた逆転への儚い灯火。届く訳がないと誰もが思っていた頂きに手を届かせ、登り切った。しかし我々がそれを認識出来たのは、ガラス張りの対局室から出てきた彼が放った鬨の声でだった。両手を上げて喜びを大いに表す彼を見てようやく、勝者を称える声が一斉に沸いた。自らの力で日向への道を切り開いた男の姿に、どうしようもなく胸が熱くなったのを今でも鮮烈に覚えている。

 

 何だか昔語りが随分長くなってしまった。けれど一度は書いておきたかったことだから、堪忍して欲しい。須賀の事となるとどうにも抑えが利かないのだ、私は。




須賀君が清澄じゃないのはこれから分かります。所属チームが関西なのは私が関西人だからです。

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