√Letter ルートレター オリジナルエンドルート投稿作品(落選) 作:高津カズ
○宍道湖湖畔・夕方
宍道湖が夕日で真っ赤に染まっている。
マックスがやってくる。
マックス(綺麗だな。もっと別の形でこの景色を見たかったが。
まあいい、彼女のクラスメイトが待ってる。早く行こう)
クラスメイトの7人がいる。
(由香里〈親友〉・野津〈チビ〉・渡辺〈サル〉・美咲〈ガリ〉・
大森〈デブ〉・理子〈ビッチ〉・田中〈メガネ〉)
マックス「みんないるな」
野津「由香里に言われて仕方なく来たけどな。
もう俺には話す事なんてないぞ」
マックス「それはどうかな」
マックスが『ティーンズ・クィーン』を取り出す。
マックス「このページに載っている女子高生、『吉岡栞』。
当然知ってるよな。これが俺の文通相手なんだろ?」
マックスは7人にそのページを見せていくが、
全員目をそらし何も言わない。
マックス「だんまりか。けど、一人だけ言い逃れできないヤツがいるよな」
マックスは理子に雑誌を突きつける。
マックス「お前はこの写真が撮られたときこの場にいたはずだ。
それは俺宛の手紙に書いてある。どうなんだ、ビッチ」
理子「……」
マックス「俺の文通相手、『文野亜弥』を演じたのはこの娘だな」
理子「……そうよ。それがあなたの文通相手の吉岡栞よ」
マックス「どうして彼女は自分の名前を偽って文通をしたんだ?」
理子「それは……知らないわ」
マックス「知らない?」
美咲「多分みんな知らないわよ」
マックスと理子の会話に美咲が割って入る。
マックス「なんだって? どういうことだ?」
美咲「偽名で文通を始めた理由は、って意味ではね。
逸る気持ちは分かるけど、順序だてて説明させて」
マックス「なんだ、急に協力的だな」
美咲「話すつもりがないならこんなところ来てないわ。
だいたい、事の発端を知らなければ何を話しても無駄でしょう」
美咲、由香里を見る。
由香里「ええ。まずはそこから話さないと先に進まないわ」
マックス「そうだな。教えてくれ、なんで彼女が『文野亜弥』を演じたかを」
由香里「あれは15年前の春。私と栞が一緒に下校していたときだった」
○学校からの帰り道(15年前)
由香里と栞が雨の中を走っている。
その後、二人は軒下で雨宿りをする。
由香里「急に降ってきたわね」
栞「そうだね。お弁当はちゃんと持ってきたんだけど」
由香里「私はお弁当忘れるくらいなら傘を忘れたほうがいいけど」
栞「もう、由香里ったら」
二人は笑いあう。
由香里「でもどうしようか? これくらいなら走って帰れない事もないけど」
栞「春の雨だしすぐ止むと思うから、もう少し待ってみようよ」
由香里「そうね」
軒下で雨宿りをする二人の隣に一人の男がやってくる。
文野教授「いやあ、急に降ってきましたね」
由香里「え? ええ、そうですね」
突然声をかけられ戸惑う由香里。
文野教授「突然話しかけてしまいまして申し訳ありません。
私、文野と申します。あなた方は松江大庭高校の生徒さんですよね」
由香里「はい、そうですけど。もしかして学校の……」
文野教授「あ、いえ。私は高校ではなく大学に勤めています。
ただ、私の娘が松江大庭高校に通っていたもので」
由香里「へぇ、娘さんが」
栞「奇遇ですね」
文野教授「え? あなたは……」
文野、栞の顔を見て驚く。
栞「え?」
文野教授「あ、すいません。ただちょっと……。
……いえ、なんでもありません。忘れてください」
栞「はぁ……」
栞は首をかしげる。
振っていた雨が止む。
文野教授「おっと、雨が上がったようだし、そろそろ行くとしよう。
お二人とも急に話しかけて申し訳ない。
嫌な思いをさせてしまったら謝ります」
由香里「いえ、そんな事は。ね、栞」
栞「うん。これも縁雫の縁ですから」
文野教授「ははは、縁雫ですか。そうですね」
文野は嬉しそうに笑う。栞と由香里も笑う。
○宍道湖湖畔・夕方(現在)
由香里「これが私と栞の二人が、文野教授と知り合ったきっかけよ」
マックス「二人? 他のみんなも面識があるんじゃないのか?
どういうことだ?」
美咲「だから順序だてて話をさせてって言っているでしょ。
黙って聞きなさい」
美咲がマックスを睨む。
マックス「……わかったよ」
マックス(15年たってもガリはガリだな。今にも噛み付いてきそうな表情だ。
ここは黙って話を聞いたほうが良さそうだな)
由香里「その少し後だったかしら。みんなで日帰りの旅行をしたのよ」
理子「そういえばそうだったわね」
大森「色々見て回ったな。楽しかった」
田中「そうですね。あの頃は本当に楽しかった……」
各々が思い出に浸るように呟く。
由香里「それで帰りがけに栞が見たいものがあるって言って、
ひとつ前の駅で降りたの」
マックス「見たいもの?」
美咲「イングリッシュガーデンよ」
マックスの問いに美咲が答える。
野津「そこから歩いて帰ることになったんだっけな。誰かさんのせいで」
野津、渡辺を見る。
渡辺「お前らだって賛同しただろ」
マックス「それで?」
マックスは由香里を促す。
由香里「歩いて帰る途中で雨が降ってきて。
それで止むまで雨宿りしていたんだけど」
美咲「雨宿りしていた家の隣が文野邸だったのよ。
それで私たちの事を見つけた洋子さんが家に入れてくれたの」
野津「最初、『洋館が怖い』って、誰かさんがごねたけどな」
美咲「野津くん、余計なこと言わないで」
美咲が野津を睨む。
由香里「そこで私たちは文野夫妻とあったの」
○文野邸・リビング(15年前)
栞とクラスメイト7人がリビングのソファに座り、
タオルを手に頭を拭いている。
暖炉の上には文野亜弥の写真、壁には洋子の肖像画がかけてある。
由香里「すごいお家ね」
ガリ「すごいけど、やっぱり落ち着かないわね」
チビ「なに怖がってんだよ」
ガリ「うるさいわね。噛むわよ」
洋子がタオルを回収しながら言う。
洋子「遠慮せずにくつろいでくださいね」
由香里「あ、すみません。雨宿りさせてもらった上にこんな……」
洋子「いいの、いいの。
老夫婦二人で生活しているから、若いお客様は嬉しいわ」
ガリ「お子さんはいないんですか?」
洋子「娘が一人……。でも10年前に病気でね」
ガリ「あ、ご、ごめんなさい……」
リビングのドアが開き、文野教授が入ってくる。
文野教授「これはこれは、いらっしゃい」
洋子「やっぱり松江の雨は素敵な縁を運んできてくれるわね。
私、ちょっとお茶を淹れてきますから、少しお相手お願いしますね」
文野教授「こんな老人に、若い方のお相手と言われても困りますね」
文野は頭をかく。
洋子「何を言ってるの。
大学の教授なんだから若い人のお相手は得意でしょう」
洋子はリビングから出て行く。
文野教授「それは仕事であって、得意と言うわけではないんだが」
文野はため息混じりに言う。
栞「あ……」
文野の顔を見た瞬間、栞が声を上げる。
文野教授「ん? ……おや、あなた方は」
由香里「あ、あの時の……!」
由香里も気づいて声を上げる。
栞「すごい偶然ですね」
文野教授「ええ、そうですね。驚きましたよ。
これも縁雫が運んできてくれたのかな?」
栞「え? ふふっ、そうですね」
栞と文野は笑いあう。
ガリ「なに? もしかして知り合いなの?」
ガリが由香里に聞く。
由香里「知り合いというか、以前に一緒に雨宿りしたことがあって」
ガリ「そうなの。すごい偶然ね」
文野教授「……」
文野は栞をじっと見ている。
栞「?」
視線に気づかれた文野は目をそらし、話し始める。
文野教授「えっと、皆さんは松江大庭高校の同級生ですか?」
サル「はい。みんな3年です」
チビ「今日はみんなで日帰り旅行をしてきたんです」
文野教授「そうですか、皆さん、仲が良くて羨ましい限りですね。
そこのお二人には以前話しましたが、亡くなった娘も大庭高校でね」
ビッチ「この写真の人ですか? すっごい美人……」
文野教授「ええ、亜弥と言います」
メガネ「もしかして、『文野亜弥』さんですか!?」
メガネが名前に反応し、叫ぶ。
チビ「なんだ、メガネ。知ってるのか?」
メガネ「と、当然ですよ!
文野亜弥さんといえば高校生IQテストで全国1位になった人です!
松江大庭高校始まって以来の天才、伝説ですよ! そうですよね!」
文野教授「ええ、良くご存知で。
親馬鹿と言われてしまいますが、とても優秀で自慢の娘でした」
洋子「さあ、お茶が入りましたよ」
洋子が、紅茶とお菓子を持ってリビングへ入ってくる。
文野教授「さあ、遠慮せずにどうぞ」
デブ「いただきます」
ガリ「ちょっと、がっつかないでよ。恥ずかしい」
洋子「うふふ。いいのよ。たくさん召し上がってちょうだい」
栞と親友が壁にかかった洋子の肖像画を見ている。
由香里「これ、洋子さんですよね。
もしかして、娘さんがお描きになったんですか?」
洋子「ええ。絵画コンクールで大賞をもらったんですよ」
由香里「すごいですね」
洋子「私の絵が大賞なんて恥ずかしかったけど、でも嬉しかったわ。
亜弥もとても喜んでいて。……あの頃は、本当に幸せだった」
洋子は涙ぐむ。
栞「本当に……良い絵ですね」
栞が洋子に言う。
洋子「……」
しかし、洋子の返事は無い。
栞「あの、洋子さん……?」
栞が洋子を見ると、洋子は栞を見つめて固まっている。
栞「えっと……」
洋子「……なに言ってるの」
栞「え?」
洋子「亜弥ちゃんが描いてくれたんじゃない。そんな他人事みたいに、いやだわ」
栞「わ、私?」
洋子は、栞に向かって『亜弥』と呼ぶ。
洋子「なあに? ママの顔に何かついてる?」
栞「え、あ、ううん。なんでもない……よ」
その光景を見ていた文野が、二人に近づいてくる。
文野教授「洋子、せっかく亜弥のお友達が来てくださったんだ。
私たちはお邪魔になるから、な?」
洋子「え? あ、そうね。
お友達とのお話の邪魔をしちゃいけないわね。
じゃあ、亜弥ちゃん、後は宜しくね」
文野夫妻は二人で、リビングから出て行く。
その光景を見ていた8人が口々に話し出す。
由香里「洋子さん、栞のこと『亜弥』って言ってたわね」
栞「うん。もしかして記憶障害か何かがあるのかも……」
ガリ「でもいいの? 否定しなかったけど」
メガネ「いや、栞の判断は正しいですよ。
本で読みましたが、
記憶障害のある人は否定しないほうが良いそうです」
チビ「そういうもんなのか」
サル「まあ、今日くらいはいいんじゃないか?
本当に悲しそうだったしな」
デブ「うわ、このクッキーおいしいな! どこで買ったんだろ?」
サル「お前なあ……」
デブ「え? なに?」
チビ「いいよ。こいつはほっとこうぜ」
文野がリビングへ戻ってくる。
文野教授「皆さん、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ない」
栞「いえ、そんな」
由香里「あの、洋子さんってもしかして……」
文野教授「ええ……娘を亡くしたのが相当ショックだったようで。
妻は私以上に亜弥を溺愛していましたから」
ガリ「それで記憶障害になったんですか……」
文野教授「そうです。それほど頻繁に起こるわけではないのですが、
亜弥の名前を呼んだり、家の中を探し回ったり……」
文野はそう言って、栞を見つめる。
栞「あの……私ってそんなに亜弥さんに似ているんですか?」
文野の視線に気づいた栞が言う。
文野教授「あ、いや」
文野は言葉に詰まる。
栞「私の顔、頻繁に見ていたから」
文野教授「気付かれていましたか。申し訳ない、その通りです。
初めて会ったとき、本当に驚いた」
ガリ「栞がねえ……」
ガリが亜弥の写真を見つめる。
ガリ「そんなに似てる?」
ビッチに聞く。
ビッチ「うーん。栞も可愛いけど、亜弥さんとは違うタイプじゃない?
まあ、似てると言えば似てる気もするけど。由香里は?」
由香里「私は似てないと思う」
由香里が少し強めに答える。
文野教授「見た目もそうだが、雰囲気というかね。本当に良く似ている」
文野は目を細める。
サル「まあ、親父さんが言うならそうなんだろうな」
チビ「俺は似てないと思うけどな」
文野教授「それで、栞さんにお願いがあるのですが」
文野が真剣なまなざしで栞を見る。
栞「私にですか?」
文野教授「ええ。たまにでいいんです。
妻の、洋子の相手になって欲しいんです」
栞「相手、というのは……」
文野教授「はい、『亜弥』として洋子の相手をしていただけませんか?」
栞「え!?」
栞は声を上げる。
文野教授「こんなお願い、非常識だとは私もわかっています。しかし……」
由香里「何か事情があるんですか?」
文野教授「ええ。実は、妻は病気で長くないのです」
由香里「え?」
文野「それに、正気に戻った時の妻の様子は見ていられなくてね。
なら、残りの人生少しでも笑顔ですごしてもらいたい。
という、夫としての身勝手な願いなのですが……」
由香里「そうですか……」
文野教授「本当に、少しでいいのです。
週に1,2回で構いません。お願いできませんか?」
文野は深く頭を下げる。
栞「そんな。頭を上げてください」
文野教授「申し訳ない」
栞「……」
栞は少し考えると、口を開く。
栞「わかりました」
文野教授「本当ですか!?」
栞「はい。私でお役に立てるなら」
由香里「栞、本当にいいの?」
栞「うん。そんなことくらいで洋子さんのためになるなら。
由香里は反対?」
由香里「私は栞がいいならいいけど……。人助けでもあるし」
ガリ「私もいいと思う。それで洋子さんの気が紛れるなら」
ビッチ「そうね。洋子さん辛そうだったし……」
サル「まあ、いいんじゃないか」
チビ「そうだな」
デブ「僕もいいと思う」
メガネ「人助けは良いことです。そうですよね」
文野教授「皆さん、ありがとう」
文野がまた頭を下げる。
栞「これも縁雫の縁……ですよね」
栞が優しく微笑む。