√Letter ルートレター オリジナルエンドルート投稿作品(落選)   作:高津カズ

4 / 19
9章『両面の便箋』・4

○宍道湖湖畔・夕方

     

     宍道湖が夕日で真っ赤に染まっている。

     マックスがやってくる。

マックス(綺麗だな。もっと別の形でこの景色を見たかったが。

     まあいい、彼女のクラスメイトが待ってる。早く行こう)

 

クラスメイトの7人がいる。

 

(由香里〈親友〉・野津〈チビ〉・渡辺〈サル〉・美咲〈ガリ〉・

 大森〈デブ〉・理子〈ビッチ〉・田中〈メガネ〉)

 

マックス「みんないるな」

  野津「由香里に言われて仕方なく来たけどな。

     もう俺には話す事なんてないぞ」

マックス「それはどうかな」

     マックスが『ティーンズ・クィーン』を取り出す。

マックス「このページに載っている女子高生、『吉岡栞』。

     当然知ってるよな。これが俺の文通相手なんだろ?」

     マックスは7人にそのページを見せていくが、

     全員目をそらし何も言わない。

マックス「だんまりか。けど、一人だけ言い逃れできないヤツがいるよな」

     マックスは理子に雑誌を突きつける。

マックス「お前はこの写真が撮られたときこの場にいたはずだ。

     それは俺宛の手紙に書いてある。どうなんだ、ビッチ」

  理子「……」

マックス「俺の文通相手、『文野亜弥』を演じたのはこの娘だな」

  理子「……そうよ。それがあなたの文通相手の吉岡栞よ」

マックス「どうして彼女は自分の名前を偽って文通をしたんだ?」

  理子「それは……知らないわ」

マックス「知らない?」

  美咲「多分みんな知らないわよ」

     マックスと理子の会話に美咲が割って入る。

マックス「なんだって? どういうことだ?」

  美咲「偽名で文通を始めた理由は、って意味ではね。

     逸る気持ちは分かるけど、順序だてて説明させて」

マックス「なんだ、急に協力的だな」

  美咲「話すつもりがないならこんなところ来てないわ。

     だいたい、事の発端を知らなければ何を話しても無駄でしょう」

     美咲、由香里を見る。

 由香里「ええ。まずはそこから話さないと先に進まないわ」

マックス「そうだな。教えてくれ、なんで彼女が『文野亜弥』を演じたかを」

 由香里「あれは15年前の春。私と栞が一緒に下校していたときだった」

 

 

○学校からの帰り道(15年前)

 

     由香里と栞が雨の中を走っている。

     その後、二人は軒下で雨宿りをする。

 由香里「急に降ってきたわね」

   栞「そうだね。お弁当はちゃんと持ってきたんだけど」

 由香里「私はお弁当忘れるくらいなら傘を忘れたほうがいいけど」

   栞「もう、由香里ったら」

     二人は笑いあう。

 由香里「でもどうしようか? これくらいなら走って帰れない事もないけど」

   栞「春の雨だしすぐ止むと思うから、もう少し待ってみようよ」

 由香里「そうね」

     軒下で雨宿りをする二人の隣に一人の男がやってくる。

文野教授「いやあ、急に降ってきましたね」

 由香里「え? ええ、そうですね」

     突然声をかけられ戸惑う由香里。

文野教授「突然話しかけてしまいまして申し訳ありません。

     私、文野と申します。あなた方は松江大庭高校の生徒さんですよね」

 由香里「はい、そうですけど。もしかして学校の……」

文野教授「あ、いえ。私は高校ではなく大学に勤めています。

     ただ、私の娘が松江大庭高校に通っていたもので」

 由香里「へぇ、娘さんが」

   栞「奇遇ですね」

文野教授「え? あなたは……」

     文野、栞の顔を見て驚く。

   栞「え?」

文野教授「あ、すいません。ただちょっと……。

     ……いえ、なんでもありません。忘れてください」

   栞「はぁ……」

     栞は首をかしげる。

振っていた雨が止む。

文野教授「おっと、雨が上がったようだし、そろそろ行くとしよう。

     お二人とも急に話しかけて申し訳ない。

     嫌な思いをさせてしまったら謝ります」

 由香里「いえ、そんな事は。ね、栞」

   栞「うん。これも縁雫の縁ですから」

文野教授「ははは、縁雫ですか。そうですね」

     文野は嬉しそうに笑う。栞と由香里も笑う。

 

 

○宍道湖湖畔・夕方(現在)

 

 由香里「これが私と栞の二人が、文野教授と知り合ったきっかけよ」

マックス「二人? 他のみんなも面識があるんじゃないのか?

     どういうことだ?」

  美咲「だから順序だてて話をさせてって言っているでしょ。

     黙って聞きなさい」

     美咲がマックスを睨む。

マックス「……わかったよ」

マックス(15年たってもガリはガリだな。今にも噛み付いてきそうな表情だ。

     ここは黙って話を聞いたほうが良さそうだな)

 由香里「その少し後だったかしら。みんなで日帰りの旅行をしたのよ」

  理子「そういえばそうだったわね」

  大森「色々見て回ったな。楽しかった」

  田中「そうですね。あの頃は本当に楽しかった……」

     各々が思い出に浸るように呟く。

 由香里「それで帰りがけに栞が見たいものがあるって言って、

     ひとつ前の駅で降りたの」

マックス「見たいもの?」

  美咲「イングリッシュガーデンよ」

     マックスの問いに美咲が答える。

  野津「そこから歩いて帰ることになったんだっけな。誰かさんのせいで」

     野津、渡辺を見る。

  渡辺「お前らだって賛同しただろ」

マックス「それで?」

     マックスは由香里を促す。

 由香里「歩いて帰る途中で雨が降ってきて。

     それで止むまで雨宿りしていたんだけど」

  美咲「雨宿りしていた家の隣が文野邸だったのよ。

     それで私たちの事を見つけた洋子さんが家に入れてくれたの」

  野津「最初、『洋館が怖い』って、誰かさんがごねたけどな」

  美咲「野津くん、余計なこと言わないで」

     美咲が野津を睨む。

 由香里「そこで私たちは文野夫妻とあったの」

 

 

○文野邸・リビング(15年前)

     

     栞とクラスメイト7人がリビングのソファに座り、

     タオルを手に頭を拭いている。

     暖炉の上には文野亜弥の写真、壁には洋子の肖像画がかけてある。

 由香里「すごいお家ね」

  ガリ「すごいけど、やっぱり落ち着かないわね」

  チビ「なに怖がってんだよ」

  ガリ「うるさいわね。噛むわよ」

     洋子がタオルを回収しながら言う。

  洋子「遠慮せずにくつろいでくださいね」

 由香里「あ、すみません。雨宿りさせてもらった上にこんな……」

  洋子「いいの、いいの。

     老夫婦二人で生活しているから、若いお客様は嬉しいわ」

  ガリ「お子さんはいないんですか?」

  洋子「娘が一人……。でも10年前に病気でね」

  ガリ「あ、ご、ごめんなさい……」

     リビングのドアが開き、文野教授が入ってくる。

文野教授「これはこれは、いらっしゃい」

  洋子「やっぱり松江の雨は素敵な縁を運んできてくれるわね。

     私、ちょっとお茶を淹れてきますから、少しお相手お願いしますね」

文野教授「こんな老人に、若い方のお相手と言われても困りますね」

     文野は頭をかく。

  洋子「何を言ってるの。

     大学の教授なんだから若い人のお相手は得意でしょう」

     洋子はリビングから出て行く。

文野教授「それは仕事であって、得意と言うわけではないんだが」

     文野はため息混じりに言う。

   栞「あ……」

     文野の顔を見た瞬間、栞が声を上げる。

文野教授「ん? ……おや、あなた方は」

 由香里「あ、あの時の……!」

     由香里も気づいて声を上げる。

   栞「すごい偶然ですね」

文野教授「ええ、そうですね。驚きましたよ。

     これも縁雫が運んできてくれたのかな?」

   栞「え? ふふっ、そうですね」

     栞と文野は笑いあう。

  ガリ「なに? もしかして知り合いなの?」

     ガリが由香里に聞く。

 由香里「知り合いというか、以前に一緒に雨宿りしたことがあって」

  ガリ「そうなの。すごい偶然ね」

文野教授「……」

     文野は栞をじっと見ている。

   栞「?」

     視線に気づかれた文野は目をそらし、話し始める。

文野教授「えっと、皆さんは松江大庭高校の同級生ですか?」

  サル「はい。みんな3年です」

  チビ「今日はみんなで日帰り旅行をしてきたんです」

文野教授「そうですか、皆さん、仲が良くて羨ましい限りですね。

     そこのお二人には以前話しましたが、亡くなった娘も大庭高校でね」

 ビッチ「この写真の人ですか? すっごい美人……」

文野教授「ええ、亜弥と言います」

 メガネ「もしかして、『文野亜弥』さんですか!?」

     メガネが名前に反応し、叫ぶ。

  チビ「なんだ、メガネ。知ってるのか?」

 メガネ「と、当然ですよ!

     文野亜弥さんといえば高校生IQテストで全国1位になった人です!

     松江大庭高校始まって以来の天才、伝説ですよ! そうですよね!」

文野教授「ええ、良くご存知で。

     親馬鹿と言われてしまいますが、とても優秀で自慢の娘でした」

  洋子「さあ、お茶が入りましたよ」

     洋子が、紅茶とお菓子を持ってリビングへ入ってくる。

文野教授「さあ、遠慮せずにどうぞ」

  デブ「いただきます」

  ガリ「ちょっと、がっつかないでよ。恥ずかしい」

  洋子「うふふ。いいのよ。たくさん召し上がってちょうだい」

     栞と親友が壁にかかった洋子の肖像画を見ている。

 由香里「これ、洋子さんですよね。

     もしかして、娘さんがお描きになったんですか?」

  洋子「ええ。絵画コンクールで大賞をもらったんですよ」

 由香里「すごいですね」

  洋子「私の絵が大賞なんて恥ずかしかったけど、でも嬉しかったわ。

     亜弥もとても喜んでいて。……あの頃は、本当に幸せだった」

     洋子は涙ぐむ。

   栞「本当に……良い絵ですね」

     栞が洋子に言う。

  洋子「……」

     しかし、洋子の返事は無い。

   栞「あの、洋子さん……?」

     栞が洋子を見ると、洋子は栞を見つめて固まっている。

   栞「えっと……」

  洋子「……なに言ってるの」

   栞「え?」

  洋子「亜弥ちゃんが描いてくれたんじゃない。そんな他人事みたいに、いやだわ」

   栞「わ、私?」

     洋子は、栞に向かって『亜弥』と呼ぶ。

  洋子「なあに? ママの顔に何かついてる?」

   栞「え、あ、ううん。なんでもない……よ」

     その光景を見ていた文野が、二人に近づいてくる。

文野教授「洋子、せっかく亜弥のお友達が来てくださったんだ。

     私たちはお邪魔になるから、な?」

  洋子「え? あ、そうね。

     お友達とのお話の邪魔をしちゃいけないわね。

     じゃあ、亜弥ちゃん、後は宜しくね」

     文野夫妻は二人で、リビングから出て行く。

その光景を見ていた8人が口々に話し出す。

 由香里「洋子さん、栞のこと『亜弥』って言ってたわね」

   栞「うん。もしかして記憶障害か何かがあるのかも……」

  ガリ「でもいいの? 否定しなかったけど」

 メガネ「いや、栞の判断は正しいですよ。

     本で読みましたが、

     記憶障害のある人は否定しないほうが良いそうです」

  チビ「そういうもんなのか」

  サル「まあ、今日くらいはいいんじゃないか?

     本当に悲しそうだったしな」

  デブ「うわ、このクッキーおいしいな! どこで買ったんだろ?」

  サル「お前なあ……」

  デブ「え? なに?」

  チビ「いいよ。こいつはほっとこうぜ」

     文野がリビングへ戻ってくる。

文野教授「皆さん、お恥ずかしいところをお見せして申し訳ない」

   栞「いえ、そんな」

 由香里「あの、洋子さんってもしかして……」

文野教授「ええ……娘を亡くしたのが相当ショックだったようで。

     妻は私以上に亜弥を溺愛していましたから」

  ガリ「それで記憶障害になったんですか……」

文野教授「そうです。それほど頻繁に起こるわけではないのですが、

     亜弥の名前を呼んだり、家の中を探し回ったり……」

     文野はそう言って、栞を見つめる。

   栞「あの……私ってそんなに亜弥さんに似ているんですか?」

     文野の視線に気づいた栞が言う。

文野教授「あ、いや」

     文野は言葉に詰まる。

   栞「私の顔、頻繁に見ていたから」

文野教授「気付かれていましたか。申し訳ない、その通りです。

     初めて会ったとき、本当に驚いた」

  ガリ「栞がねえ……」

     ガリが亜弥の写真を見つめる。

  ガリ「そんなに似てる?」

     ビッチに聞く。

 ビッチ「うーん。栞も可愛いけど、亜弥さんとは違うタイプじゃない?

     まあ、似てると言えば似てる気もするけど。由香里は?」

 由香里「私は似てないと思う」

     由香里が少し強めに答える。

文野教授「見た目もそうだが、雰囲気というかね。本当に良く似ている」

     文野は目を細める。

  サル「まあ、親父さんが言うならそうなんだろうな」

  チビ「俺は似てないと思うけどな」

文野教授「それで、栞さんにお願いがあるのですが」

     文野が真剣なまなざしで栞を見る。

   栞「私にですか?」

文野教授「ええ。たまにでいいんです。

     妻の、洋子の相手になって欲しいんです」

   栞「相手、というのは……」

文野教授「はい、『亜弥』として洋子の相手をしていただけませんか?」

   栞「え!?」

     栞は声を上げる。

文野教授「こんなお願い、非常識だとは私もわかっています。しかし……」

 由香里「何か事情があるんですか?」

文野教授「ええ。実は、妻は病気で長くないのです」

 由香里「え?」

  文野「それに、正気に戻った時の妻の様子は見ていられなくてね。

     なら、残りの人生少しでも笑顔ですごしてもらいたい。

     という、夫としての身勝手な願いなのですが……」

 由香里「そうですか……」

文野教授「本当に、少しでいいのです。

     週に1,2回で構いません。お願いできませんか?」

     文野は深く頭を下げる。

   栞「そんな。頭を上げてください」

文野教授「申し訳ない」

   栞「……」

     栞は少し考えると、口を開く。

   栞「わかりました」

文野教授「本当ですか!?」

   栞「はい。私でお役に立てるなら」

 由香里「栞、本当にいいの?」

   栞「うん。そんなことくらいで洋子さんのためになるなら。

     由香里は反対?」

 由香里「私は栞がいいならいいけど……。人助けでもあるし」

  ガリ「私もいいと思う。それで洋子さんの気が紛れるなら」

 ビッチ「そうね。洋子さん辛そうだったし……」

  サル「まあ、いいんじゃないか」

  チビ「そうだな」

  デブ「僕もいいと思う」

 メガネ「人助けは良いことです。そうですよね」

文野教授「皆さん、ありがとう」

     文野がまた頭を下げる。

   栞「これも縁雫の縁……ですよね」

     栞が優しく微笑む。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。