君の名を忘れない。   作:ばんなそかな

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七話 痴話げんか?

ちょっと高そうなレストランにはいった俺たちは注文を待っている。

右隣に座った四葉が、心配そうな表情で俺の服を引っ張った。

 

「お姉ちゃん。ほんとにこんな高そうなとこいいの?」

「いいって、いいって、このためにバイトしてたんだから」

 

とはいっても三葉の金と体なので、いつもより食べる量は減らしておいた。

左隣を見ると、三葉がさぞひもじそうにしていた。

やっぱ、成長期の男子高校生はかなりエネルギーがいるよな。でかいパフェは禁止だが。

 

「そういや、いつやったっけ?三葉の親父さんがテレビでるの?」

 

てっしーが無精ひげをさすりながら聞いてきた。三葉が朝言っていたなと、俺は思い出す。

昨日ネットで糸守の事を調べたときにも、宮水町長の事がよく話題に上がっていた。

怪しげな記事ばかりだったが。

 

「あー。そうだよね。毎年この時期になるとテレビで特集組んだりしてるもんね。主にオカルト番組だけど」

「お父さんから聞いたけど2週間後に放送だって」

「ちゃんとした番組ちゃうんか?なんや近々は調査隊が入って調べるちゅう話やし」

 

さやちんの言葉に四葉が答える。てっしーが気になる事を言ったので俺は身を乗り出した。

 

「調査隊って?」

「落下した隕石を調べるんと。それと1000年前にできた隕石湖もや。同じ場所に落ちたなんて天文学的奇跡やからな。まあ、奇跡ちゅうより悲劇やけどな。それにしても宮水町長には感謝するで、なんたって俺らの犯罪行為なかった事にしてくたからなあ」

「そうそう、ほんとあの時、私怖かったんだからね……もう人生破滅したわと思ったからに」

「いや、あの時はありがとうね二人とも」

 

計画者としてあんな無茶苦茶危険な事に突き合わせてしまった事に申し訳なくなる。

 

「うわ、私犯罪者の妹になる所だったんやね……」

「犯罪者ってなによー」

 

三葉がお腹が減りすぎたのか突っ伏したまま四葉に反論する。

けれどもその後、すぐに料理が運ばれてきたのでがばっと起き上がるといただきますもおざなりに食べ始めた。三葉の奴。きっと俺の食べる量を忘れてて、朝を手加減したせいだな。

 

「ま、犯罪者っていうよりは、三葉は神様扱いやったな。いくらか事情知っとるもんは、三葉が皆を助けるためにあの事件を起こしたんやって気づいとってな」

「え?そうなの。……やっぱ問題になってた?」

「そりゃ、そうや。でも、皆秘密にしてくれとってな。それは三葉も知っとるやろ。それに何より宮水町長が色々もみ消しとかやってくれたからやさ」

 

俺は執務室で会った三葉の父親の事を思い出す。なんだかんだいって娘思いの父親だったのだろうか。むかっ腹が立つような記憶しか残っていないためちょっと不思議に思った。あれから、三葉は仲直りでもしたのだろうかね。

 

「この話はたっきーには話したんだっけ?それがね、面白い事に三葉の避難場所に、町のお年寄りから色々なお供え物が置かれとってね。まるで祭壇見たいになっとたんよ」

 

俺が三葉の方を見ると、もう思い出したくないとばかりに料理で口を膨らませていた。

思わず俺も巫女として崇められる片田舎の女教祖みたいのを想像して、ふふっと笑ってしまい、三葉の肘鉄が脇に入った。地味に痛い。

 

「食材には困らなかったけどね。それに結局は作ったのを皆に配ったわけだし」

 

四葉がそう言って、フォークでスパゲッティを巻いていく。

俺は皆がこうやって、あの時の出来事を思い出話として出来る事に安心した。

住むところや、大切な思い出や場所もなくなってしまったはずなのだから。

 

「へー、そうだったんだ……」

「三葉、お前覚えとらんのんか?確かにあん時は色々大変やったけどな」

 

まずい、俺の薄い反応のせいか、てっしーに突っ込まれてしまう。どうごまかそうか考えていると勝手に四葉に答えを出されてしまった。また、いらんフォローを。

 

「あの時、お姉ちゃん。いますぐ会いに行かなくちゃとか、うわごとのように言っとったし、周りの事なんか全然気にしてなかったからね」

「そうそう。東京や行かないとってもう必死で、ストレスでどうかなったんか不安やったよ」

「あー、あの時な。確かに一番変やった。三か月にいっぺんは東京に出掛けて行って、なにやら落ち込んで帰ってきとったよなあ」

 

俺は水を飲んで記憶がないのをごまかしていると、隣でごほ、ごほと三葉がむせていた。

すっと三葉の水も渡してやり、俺はへええ、と知らない情報をありがたくもらう。

なんだかまた三葉のいじらしい一面が見られようで俺は嬉しくなる。

……すぐに会いに来てくれてたんだな。あれ、でも日記には書かれてなかったよな。

 

「今なら瀧に会いに行ってたてのはわかるんやけどな」

 

てっしーがにやにやした表情を浮かべて三葉の方を向いた。

三葉はというと、両手で顔を覆って首を振っている。

それじゃ、まるで俺が恥ずかしがってるように見えるじゃねえか。

 

「私、あまり覚えてないんだけど、何か他に変な事やってた?」

 

俺は、はっはーと思うと三葉をからかいたくなり、さらに聞いてみた。

だって、気になるだろ。今なら俺は三葉だから自分の事として聞けるしな。

四葉がんー、と品定めする様な悩んだ声を上げる。思いあたる節がかなりあるのか。

 

「瀧くん、瀧くんって、なんや悪霊にとりつかれた様につぶやいて受験勉強しとった事かなあ」

「あー言っとったなあ。でもその成果あってか、三葉は俺らん中で一番ええ大学入っとるからなあ。瀧くんパワーやって、クラスの皆は勉強運を上げる巫女の秘密の呪文かって思っとったで」

「私は糸守の転校生は、隕石の乗ってやってきた宇宙人に乗っ取られとるとか言われました……」

「へえ、それでそれで?」

 

あれは、ちが、とかごにょごにょ三葉が隣で声をもらしている。

俺の身体である以上、この会話を中断させようとするのは不審すぎるからだろう。

瀧くんのアホと小さく言って三葉は俺を、上から上目遣いで睨むという高等技術を用い始めた。

 

「一番やばい思ったのは、顔と名前しか知らん人の住所を調べる方法を聞かれた時やったな。探偵雇うか、自分で尾行するしかないわってな。犯罪やぞって言ったらものすごい怒っとったけど。瀧の事だったんなら、連絡先知っとったやろ」

「えーっと、どうだったかなあ」

 

俺は頭の後ろを掻いて、三葉を横目で見る。

なんだか不安そうな目でこちらを見始めていた。まるで、変な女やストーカーみたいに思われていないか心配しているようだった。

安心しろよ、三葉。十二分に思われてたから。

だが事情を知る俺は、いますぐぎゅーっと抱きしめてやりたい気分だ。

 

「瀧さん、本当にうちのお姉ちゃんが重ね重ねご迷惑おかけします。でも誤解しないであげて、お姉ちゃん必死やと色々空回りしよるから」

 

出来た妹がご丁寧に頭を礼儀正しく下げる。

傍から見れば、三葉の方を向いて自分の身を抱き、不安げにしている俺にだ。

するとさすがに色々我慢するのが限界だったのか、三葉が声を上げた。

 

「迷惑なんて、そんな事思うわけないしー!!本当は、三葉みたいな綺麗なお姉さんに近づいてもらえて嬉しかったです!!」

 

やけくその様に恥ずかしさをごまかすためか、それとも俺へのやり返しか三葉が言い出す。

勝手に俺の気持ちをねつ造するな!くそっ、そっちがその気なら。

 

「私の方こそ、瀧くんみたいなイケメン男子と仲良くなれて超嬉しいから!!」

 

のりのりで三葉の身体で声を出す。どうだ!これで三葉の方こそ恥ずかしいだろう。

 

「いーや。俺の方が幸せだからね!昨日なんて、つい三葉に見惚れてて全然仕事にならんかったわー」

 

あちゃーとわざとらしく頭を抱える三葉。げ、ばれてたのか。

いや、本当の事だけど、見惚れてたは嘘つけ!!それは三葉の勝手な妄想だろ!

 

「私なんて、瀧くんと会った時なんて、感動して泣いちゃったし!」

 

俺たちはいつの間にか立ち上がって、なぜか、お互いにお互いを辱める事に熱中していた。

おい、お前らと、ようやくてっしーの仲裁の声が入った俺たちはようやく我に帰る。

はっと、店中の視線が集まっているのに気が付いて、俺たちはストンと椅子に腰かけた。

 

(なにやってるんだか、俺たちは……)

 

*****

 

食事が終わり、皆がトイレに行っている間に、俺と三葉は少し離れた場所に移動する。

実は俺たちも朝からトイレに行ってないのだが、言いたくない事を言わないルールを適応して後でこっそり行こう。

 

「もう!瀧くんのあほ、バカ!なんであんな事聞いちゃうのよ!!」

 

三葉は顔を赤らめてぽかぽかと叩いてくるが、俺は必至によける。

おい、自分の身体なんだからもうちょっと大事にしろよな。

 

「そっちこそ何が年上の綺麗なお姉さんだ、どこの世界にそんなのがいる。奥寺先輩ならともかく」

「あー!!言った。ひどいっ!!瀧くんなんて私が抱きついたりしたら、顔真っ赤にしとったくせに!」

 

記憶がないせいで、嘘か本当かわからなくて言い返せない。どっちにしろ健全な男子高校生に抱きつく方が悪いのだ。

 

「それに瀧くんだって自分のイケメン男子とか言っとったし。もう皆に変な目で見られたやん!」

 

三葉はぶつぶつなおも言っていたが、俺が頭を掻いているとじっと見てきた。

手を伸ばして、俺が着ている服をぴんと伸ばす。

 

「瀧くん、眉にしわ寄ってる。それにもうちょい顎引いて。なんか見下してる様に見えるからやめてよね。後、足広げすぎ」

「三葉だって、内股すぎ。それにひじとひざを内側に寄せるな。おネエっぽくみえるだろ」

 

そういや、自分の体を他人視点で見れるなんて、世にも奇妙な体験だよな。

俺たちは面白くなりここぞとばかり、自分の体を見てお互いの修正点を上げていく。

俺が顎に手を当てて、三葉に及第点をあげていると、三葉がにやー、としてきた。

 

「そんなにじろじろ見て、ほんとはかっこいいなっとか思っとるんでしょ」

「お前だって、可愛いとか思ってるだろ」

 

すると近くの店で、店員がくすくすと笑うのが聞こえてきて俺たちは顔を赤くして、うつむいた。全くこれじゃ、端から見たらただのバカップルだ。

やっぱ入れ替わりは、面倒なんてもんじゃない。

 

*****

 

楽しい時間はあっという間にすぎるとは、まさにこの事だった。

どうやら三葉の体感時間でも1日の長さは変わらないようだ。

夏真っ盛りの太陽は、まだこの時間でも顔をのぞかせているがもうすぐ沈むだろう。

 

「じゃ、私らはここでお別れ、三葉は家族と少しは話をした方がいいと思うんよ」

「え、もう行くの?」

 

別れを言い出したさやちんはてっしーが持っている買い物袋を三葉に持たせる。

それから手を振ってから、てっしーの腕を引っ張って離れていく。

 

「うちらはてっしーの汚部屋を片付ける仕事が残っとるからね。またね四葉ちゃん」

「ちょっ、俺の部屋は触れさせんからな。って聞いとんのか早耶香ぁ!」

 

こりゃ、尻にしかれるのはてっしーの方かな。

そう呟くと、宮水姉妹がうんうん、と頷いていた。

 

それから東京駅の構内で俺たちは、三葉の親父さんが来るのを待つことにした。

俺は三葉に耳打ちして、大丈夫かなと切り出す。

 

「だってさ、前に俺が町長を説得に行ったとき正体見破られたんだぞ。俺、あの人苦手だ」

「え、そうなの!?どうしよ」

 

また、お前は誰だなんて言われたら心臓が止まりそうになるな。まさか、大の大人が超常現象に気づくとは思ってなかったからな。そういやあの人、宮水神社の神主だったらしいし本当は色々気づいているんじゃないかと思う。

 

「まあ、ただ挨拶するだけなら大丈夫だと思うけどな。たぶん。それより俺がここにいる方が心配なんだけど」

「え?瀧くん、前のうちに来たときに一度顔を合わせとるよ」

 

まじか。そりゃ前のバージョンの瀧くんだ。娘が家に男を連れてくるなんて殴られてたりしやしないか。思わず俺は頬をさすった。

お父さん!と、四葉が突然声を上げて俺は準備する暇もなく父親と対面する事になった。

近づいてくるその姿は、ぱりっとしたスーツ姿は変わらないが、どこか険が抜け、少し年を取った気がした。

 

「久しぶりだな、三葉」

 

三葉に聞いた話だと、政治家はやめて大学に籍を戻しているらしい。テレビや雑誌に引っ張りだこでほとんど一緒に住んでる家に帰ってこなかったって文句はあるらしいが、それでも得たお金は糸守の困った人の援助に使っているそうだ。

 

「三葉、その、なんだ。元気でやっているのか?」

「はい……お父さん、うん、元気だよ」

 

宮水さんは言葉短めに聞いてきたが、俺の返事が丁寧すぎたせいか眉をひそめた。

親子の会話を展開出来るはずもないが、どうやら三葉と父親の関係もそれほどフランクなものではないようだ。助かった。とりあえずお父さんも元気そうでなにより、と返しておく。

 

「君は立花君だな。娘と仲良くしているようだが。三葉、彼はまだ高校生だろう。不埒な関係になるなら今すぐわかれたほうがお互いのためだ」

 

娘との会話より、父親らしいふるまいの方が口が回るらしい。けど、それに対して三葉はむっとした顔をする。けれども、宮水さんは苦笑して首を振ると、

 

「ーーーいや、俺が言えた義理はないな。どんな出会いだろうと何が幸いするか、わからないものだ。とにかく体を大事にしなさい。……それに、今年も無事に家に帰ってきて欲しいしな」

「お父さん……」

 

三葉がぽつりと、呟いた。

俺は、誰がお義父さんだ!と怒鳴るかと思ったが、宮水さんはん?と静かに三葉の方を向いた。何かを考えるように視線はじっと三葉から離さない。

 

「あの、娘さんの事は大事にしますから。絶対に大丈夫ですから」

 

キリっとした三葉の言葉に宮水さんは、やれやれと首を振って聞かなかった事にしたようだ。

全く、相手にしてられるかとばかり、宮水さんは四葉の荷物を持つと踵を返した。

 

*****

 

四葉は二人に大きく手を振って離れた後、隣を歩く父親に聞く。

 

「お父さん、お姉ちゃんにあの事、話さなんで良かったの?」

「ああ、いや。うむ……まずはお義母さんに話を通してからだからな。それからにするとしよう」

「はあ、絶対あの人嫌がるわ……目に見えとる」

 

二人は親子の会話をしながら岐阜へと帰る新幹線を目指す。

 

*****

 

俺たちは、三葉の家族が離れるのを見届けた。

もっと話したい事があったのかもしれないけど、この体じゃしょうがない。ばれなかっただけよしとするしかない。

そして、それからようやく今日初めて二人っきりになれた事を自覚した。

周りの喧騒とは逆に、俺は三葉の事を強く意識してしまう。

それはきっと三葉も同じに違いない。そっと伺うように俺は三葉に声を掛けた。

 

「帰ろっか……」

「うん」

 

頷いた三葉は、えっと、と前置きしてから聞いてくる。

 

「あのね、良かったら家で晩御飯食べていかない?良かったらだけどね。今日、瀧くんのお父さん家で待ってるかな?」

「いや、俺がバイトの日だったから、外で何か食べて帰ると思うよ。だからいただくよ」

 

そう言うと三葉は嬉しそうに頷いた。

 

三葉の部屋のリズム良い包丁の音が響き、俺は三葉のベットに腰掛けて鍋の水が沸騰する音を聞いている。しかし、こうやって2人で一つの小さなアパートにいるって事が妙に気恥ずかしい。同棲するという気分はこんなものなのだろうか。

三葉の部屋をじーっと眺めるのも悪い気がしたので、自分の携帯を開く。

司からのメッセージが届いていた。

 

""ホテルに行くつもりなら、アレ忘れんなよ"

"余計なお世話だ!!!"

 

怒りに任せて画面を叩き、俺は返事を送った。

やっぱりなんだか色々な奴に 俺はなめられてる気がする。

 

「お待たせー。昨日の魚がメインだけどごめんね」

 

しばらくすると三葉がテーブルの上をどけて、料理を運んできた。

いい匂いがする豆腐の味噌汁に魚の酢づけ、俺のためだろうか、肉が多めのキャベツ炒め。汁椀がコップだったりするのは一人暮らしの仕様だ。

いただきます、と手を合わせてから、食べ始めると三葉が身を乗り出してじっと見てきた。

 

「どう、かな?」

「三葉の味は知ってるよ。入れ替わりの時に残り物をよく食べてたからな」

 

どうやら三葉が聞きたかったのはこの言葉じゃないらしい。

むう、と眉が不満そうに動いて腰をぺたんと降ろした。

全く、わかったよ。何を期待してるかぐらいわかるっての。

 

「前よりすげえ美味しいよ」

 

するとぐっと箸を持った手を握った。嬉しそうに口元が弧を描き三葉も食べ始める。

 

「……一応言っとくけどさ、今は、俺の体に三葉が入ってるんだから、食べさせてくれるなら三葉が食べてくれないと」

「んん?え?あ、そうじゃないっ!もー、なんでもっと早く言ってくれないのよー!これじゃ自分で作って自分にごちそうしてるみたいじゃない」

 

えーん、とさめざめと、一転して悲しい顔でもりもりと、三葉は料理を詰め始めた。

いや、気づいてるんだろうと思ってたんだけど。やっぱどこか抜けてるな三葉。

まあ、そこが可愛いんだけど。

それにしても……一人暮らしでこれだけの食材を調理するのは大変だろうな。

俺だって作るけど、洋食は濃い味付けで誤魔化せるところがあるが、和食はダシや食材の味が重要だ。買って来れば楽だろうに、一体なんのために手間暇かけて……。

つい、俺に毎日このご飯を作ってくれ!、なーんてフレーズが浮かび三葉をからかいたくなるが、それはいくらなんでも段階を飛ばしすぎだ。自重しよう。

 

食後にお茶を継いでもらって飲んでいると、縁側に座るジジババになった気分になる。

 

「昼間の事だけどさ。高校の時、何度も東京に来てたんだろ?どうして俺に会わなかったんだ?」

 

確か日記には三葉と再会したのは、大学に入学した時だと書かれていたはずだ。

 

「だって……もう言われたくなかったんだもん……!」

「何を?」

「お前、誰って……、私、あれ言われたのものすごくショックだったんやからね!」

「そういやそうだったな、髪の毛切っちまうぐらい。全く三葉は思い切りがよすぎ」

 

俺は三葉の以前よりも伸びている髪にそっと触る。やっぱ三葉は長い方が似合うと確信していると、三葉は手を絡ませながら話を続けた。

 

「何も知らない瀧くんに、私だけが知ってる事を押し付けるのもなんだか嫌だったから、もう一度知り合って行こうって思って。きっと瀧くんいつか思い出してくれるからって」

「はあ、すげえよ、お前。よく我慢出来てたよな」

 

すごいが、それでも俺からしたら、少々引くようなアタックの仕方だったみたいだけどな。

でもそれでも三年間あの事を、言い出せる相手もなくずっと三葉は胸の内に秘めているしかなかったのだ。胸の奥に熱いものが広がってきて俺は今の自分の体がすごく大切に思える。

 

その気持ちが表に出るのを誤魔化そうとコップに手を伸ばそうとした。

すると三葉の体で距離感の誤差が起きてしまった。

コップの淵をかすめてしまってテーブルから落ちそうになるが、三葉が俺の体でさっとそれを防いだ。けれども、バランスをくずした俺たちはベットに倒れ込んでしまう。

 

相手の顔が見えないほど近くに近づき、瞳だけが目に入る。

俺の瞳の中に三葉が、そして三葉の瞳の中に俺が映っているはずだ。

雰囲気と勢いとは、こういうものをいうのだろうか。

思わずベットのきしむ音と共に、自然と体が寄っていってしまった。

だが、

 

「俺、男ってか自分自身に迫られてるって……なんだこれ」

「私も……自分自身を押し倒してるって……なにこれ」

 

ちょっとタンマ。ファーストキスの相手が自分自身というのは色々な意味で笑えない。

 

「さ、さすがにこれはないよね……あはは」

「だな……はは」

 

また元の体に戻ったら必ず、だ。

お互いに視線を交わした後、俺たちはあのカタワレ時の様に笑いあう。

まるで世界が変わってしまったかのように、夜だというのにどうしてこうも2人でいると明るく輝くのだろうか。

俺は、こうしてまた三葉と笑いあいたかったのだという事を思い出した。

 

楽しいひと時は終わり、瀧くんの部屋に帰らなくちゃと、三葉が言い出す。

 

「なんで?三葉もこの部屋にいたらいいのに」

「それは、だめ。だって瀧くん未成年やし。こんな時間まで連れ込んでるなんて私、四葉の言った通り犯罪者になるじゃない。それに私、瀧くんのお父さんとも会った事あるんよ。お父さんに変に思われたくないよ」

「いや、思われるって……、友達のところ泊まるって事にすれば」

「それはダメ。嘘はよくないよ、瀧くん。いいから今日は帰ろ、ね、年上のいう事は聞きなさい」

「こんな時だけ年下扱いかよ……」

 

俺はふてくされたように言うが、三葉はそれを聞かないふりをした。

まさか、以前の俺はこうやって三葉の良いようにされてたんじゃないだろうな。

 

「じゃあね、瀧くん。絶対、お風呂は禁止だから。何もしないで今すぐ寝る事」

「わかってるよ。そっちこそな」

 

またもや、三葉に寝間着に着替えさせられた。といっても今度は目をつぶってるだけでよかったけど。それから別れの言葉を返した後、こうして三葉は俺の家に、俺は三葉の家に残ることになった。きっと、前の入れ替わりの通りなら一日寝れば元に戻っているはずだからな。

 

三葉がいなくなって静まり返った部屋に、俺は一人暮らしの寂しさを感じた。

もし、俺の事を覚えてなかったら三葉は家族と一緒に暮らしてたのだろうか?

婆ちゃんや四葉の事を考えると申し訳なく思うけど、それでもやっぱり三葉がそばにいてくれてたまらなく嬉しい。

 

テーブルの上に三葉の携帯が載っているのが目に入る。

自然に手を伸ばしてしまったが、悪いという想いが動きを止める。

彼氏だったとしても、人の携帯の中を見るのはちょっとな。あれ、俺って三葉の彼氏じゃないんだよな。なんでだっけ?とりあえず俺の記憶を思い出す手助けになるとこだけ、と思い携帯を開いた。

三葉も日記をつけていたので、開いてみた。

一番新しいのは一昨日の日記のようだ。前の俺が何かを伝えようとした日。

 

今日は瀧くんと、帰り道に色々お話しできて良かった!明日の東京巡りの準備も出来たし、やっぱり共通の話題があると話が進むよね。瀧くんの建築の話はちょっと、私には理解できそうにないし、もっと楽しい話題を振るべきかな。ついつい、糸守の事ばかり話ちゃうから、瀧くんはいつも黙ってしまうんだよね。それと、今日瀧くんに大事な話があるって言われちゃった。もしかして告白?でも、瀧くんにはあいつの記憶はないし、本当に告白だったらどうしよう。つい勢いでOKって言ってしまいそう。……ほんとにどうしよう!!!

 

……なんだか、もうお腹いっぱいです。

 

と、そこでいきなり携帯の新着メッセージが届き画面の上に通知される。

 

"もし私の携帯見てたら、今すぐ瀧くんの……"

 

の?!、のの続きはなんだ?!

気になるもこれを開いて既読にしてしまうほど、俺は馬鹿じゃない。

はい。見なかった、なかった事にしよう。

それにしても三葉のやつは。脅すほどそんなに俺が信用出来ないのか。全く。

それに三葉の方こそ俺の携帯を開いてんじゃねえか。

いいのか、今三葉のおっぱいは俺の人質なんだぜ。とでも返信してやろうかと思ったが、さすがに馬鹿らしくなってやめた。

 

ベットに寝転んでふと、右手を部屋の明かりに掲げてみた。

細くて力を入れてしまうと折れてしまいそうなすべすべした手。

左手で右手をなぞってみて、ふとその感触に覚えがある気がした。

何度も自分自身で触っているはずだけど、そうあの時だけは、確か俺自身の身体で触れて何かしたような。そこで、はっと記憶が蘇る。

 

あれ、そういや俺あいつの手に好きだって書いたんじゃねえか!って返事をまだもらってないし!

 

じっと向こう側が透けそうな薄い手を見つめても、まさか三年前に俺の書いたのが残っているわけがない。アイドルの握手会じゃあるまいし。俺はやれやれ、と思い立ち上がる。

 

ーーーそして俺はペンを手にとった。

 




おお、いつの間にか10000字近く書いてました。
やばい、睡眠時間が……。
もっとうまく文章まとめれるようになりたいなーって思います。

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