君の名を忘れない。   作:ばんなそかな

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三話 知らない記憶

バイトが終わって、倦怠感が残る体を引きずって俺は家に帰った。

すでに夜遅いが、家につくと、まだ父親はキッチンにいた。

 

「おい、瀧。何か食べるか?」

「いや、今日はいい」

 

短く会話して自分の部屋に向かう。

ベットに座り込んで充電が済んでいる携帯を起動した。

 

「確かに、三葉からだ……」

 

今朝のLINEは宮水三葉の名前が表示されいてた。

見落としたことに唸るが、スクロールして戻すとさらに会話が続いる事に気づく。

最近のものだと、三葉がもうすぐだね、というメッセージに俺が?、と返信してる。

続いて見るとどうやら奥寺先輩が言っていた相談というのは、お勧めのカフェの話だとわかった。明日、妹をどこに連れてってやろうかという内容を相談していた。

他にもいかにも自分が話しそうな建築の話や、三葉の最近のブームを話たりしてる。

こけし集めってなんだそれ……。

 

ーーーまるでカップルの様に気の合う会話で、そして……糸守の事にも触れらていた。

 

「宮水先輩か……」

 

つぶやいて俺は携帯から視線を話した。そこには確かな違和感があったからだ。

三葉のまるで遠慮がちの様な、年上のお姉さん気取りな文体。

そして、何より極め付けは、俺が三葉に対して敬語で会話をしている事。

 

「俺は一か月先まで、糸守町の事を忘れていたし、三葉の事も知らなかったはずなんだよな」

 

つぶやいた後、ふと思い至った。閃くとはまさにこの事だ。

名探偵もびっくりの推理がパズルの様にすいすいはまってくる。

メッセージをもう一度見返して、もうすぐだね、という一日前の俺なら訳が分からなかった内容だ。でも今の俺なら思い当たる。

 

ーーー三葉は俺たちが一か月先に入れ替わるのを知ってるから、この文を送ったんじゃないか?

 

けれども自分の考えが妄想のたぐいかとも思ってしまう。

俺が知っている彼女なのだろうか、俺が知らない空白の存在の三年間がうとましく感じる。

変わっているのはあたりまえだよな。今の三葉は二十歳なんだから。

……最後に会った時より髪が伸び……そしてきれいになっていた。

 

「ああ、もううだうだ悩むな。当たって砕けろだ!」

 

そして電話ボタンに手をかけようとして、ふと手が止まってしまった。

目の前の鏡などないが、それを見つめるように俺は、心の中で呟いてしまった。

 

……俺は誰だ。

 

俺は立花瀧だ。それだけは、確かに言える。

けど、この世界で立花瀧と生きた三葉が過ごした日常は、俺の日常じゃない。

 

今までいた立花瀧は、どこに消えた。……俺が消した?忘れた?

 

昼間、三葉が笑いかけてきた顔をまるで、俺じゃない誰かに向けられたようだ。気分が悪くなる。異物として自分が存在するように思ってしまう。

俺は、携帯から手を放した。

狭い部屋の中を歩き回り、自分の記憶との違いを探す。

けど、趣味の本も、買っている服も、果ては下着までそっくり同じだった。唯一違うといっていいのは、机の上に載ってある糸守の写真集だ。

 

「三葉が俺に教えたのか……?」

 

ベットの上に再び荒々しく飛び乗り、携帯を開いた。

何かを記憶の糸口があるかもしれないと思い、とりあえず写真を開いてみる。

目新しいものはないな、と思いながら見ているといきなり三葉が現れた。

どこかのカフェだ。満面の笑みでこちらを見ている。目の前にはどでかなパフェ。

 

……んん、やっぱ記憶にねえ、太るぞ……。

 

「はは、なんだよ。元気そうじゃねえか」

 

さらにめくると、確か奥寺先輩を隠し撮りしようとした(気づかれたけど)写真に、いきなりピースが現れ、三葉が最後の写真に割り込んでる。今度はちょっとむくれ顔。

次には、バイト先の先輩たちと集まって誕生パーティをやっている。

皆が集まった真ん中に小さなケーキと、三葉の隣で照れくさそうに頬を掻いてる俺。

 

そっか、この日は三葉の誕生日か。

 

俺は写真を下げて、今度は日記を開いてみる事にする。

おお、やっぱ俺は俺だ。ちゃんと日記アプリに、まめに日記をつけている。

 

デート?なのか???

 

今日、宮水先輩に誕生日ケーキのお礼だって言われて遊びに行かないかと誘われた。俺おひとりで?の言葉に、絶対ひとりでときたもんだ。つい期待してしまう。ああ、期待したとも。だけど、最初に思いっきり、デートってのはなぜか、釘を刺されるように否定された。地味に傷つく。結局、新しくできたカフェで食べて……あの先輩絶対に太るぞ。その後、なぜか美術館に連れていかれた。まあ、なんだかんだといって色々と、気が合って楽しかった。これって期待していいんだよな?

 

「なっ、でーとぉ?俺の野郎。俺だってまだ三葉とデートした事ないんだぞ!」

 

とりあえず、自分の切れておいて指に力を込めて、次々めくる。

 

宮水先輩の誕生日。

 

店で残ったケーキーの残りに色々トッピングして、バイト先のみんなで先輩をお祝いした。俺は、チョコペンで名前を書いただけだったんだが、めちゃくちゃお礼を言われた。まさか、みんなの前でプレゼントなんて渡せないので、帰り道に渡した。奥寺先輩に何度も言われてた通りに渡したとも。星型の飾りがついたネックレスだ。まあ、あの笑顔を見れたなら、二週間丸々悩んだかいはあったというものだ。と、いうか俺は奥寺先輩と宮水先輩、一体どっちが気になってんだ?

 

「知るかっ!贅沢な野郎が。三葉に決まってるだろ!今すぐ変われ俺と」

 

その後も、ずっと三葉の事が書いてあったり、後は記憶通りだった。

いくら見ても記憶が蘇る事ない。やっぱり俺とこの俺は……繋がってない。そしてずいぶんとさかのぼったところで、指を止めた。

 

見出しは、変な女。

 

確か、中二の頃に電車の中で出会った変な女と再会した。何やら誰かに会いに来たと言っている。名前はみつは、と名乗って、まるで何かを期待するような顔してから、それから悲しそうな顔した。わからない。なぜだかすごく気になる。今年から都内の大学に通う事になるそうだ。これまたわからん。いきなり見ず知らずの人間に、名乗られて俺は相当不審そうな顔をしていたに違いない。と、いうかあの女の目に浮かば気迫がやばかった。……でも泣き出しそうな表情を見てたらなんだかほっとけなくて、結局色々と身の上話を延々と聞く羽目になっちまった。まあ、なかなか可愛い子だったし。それから彗星が落ちた糸守町の住人だと聞いて驚いた。まるで誰か大切な人をなくしたような顔をしてたからそれ以上は聞けなかった。結局なんでか連絡先を交換し、駅まで見送る事になった。やっぱり瀧くんは瀧くんだね、とか言われたが、あの人と知り合いだったっけ?あと、前に電車でついもらってしまった紐を返そうとしたら、すでにあの人は、全く同じのを髪につけてた。だから持っててと言われた。組紐とかいうらしい。、正直言うとあまり髪型に似合ってなかった、もっと髪が長かったら好みのどストライクだったのに。

 

「あっちゃあ、三葉の奴、傷ついただろうな……」

 

電車の時以上のショックを受けただろうか。三葉以外と抜けてるからな。三年の入れ違いにもう気づいてたよな。ってことは三葉は、俺との関係を一から始めたのか。

 

「組紐がふたつあるのか?そっか、まだこっちの俺は三年前の三葉に渡してないんだな」

 

俺は立ち上がっていつもしまってある引き出しに手を掛けるもそこにはない。

どこにやったんだ俺の奴。まさか三葉とお揃いが恥ずかしくてでどっかしまったとかじゃないだろうな。しばし考え、俺はすっといつも物置にしていうクローゼットの中のケースを取り出した。やっぱ、俺は俺だな。妙な事を納得しながら組紐を手首に巻き付けて再び携帯に戻った。

 

変な女2

 

まただ、俺の行く先々にあの女がいる気がする。今日、始めたバイト先にもあのみつはという女がいた。まあ、色々教えてくれる頼れる先輩ではあるけど。帰り道一緒に変える事になった。やばい、なぜか宮水先輩と呼ぶと悲しそうな顔する。驚いた事に宮水先輩が住むマンションは一駅ぶんぐらいしか離れていない。……ますます、やばいと思ってきた。え、ストーカー?

 

「おい、三葉の奴。俺が引いてるじゃねえか」

 

だけど、事情を知ってるこっちはものすごくけなげだ、と取れる。どんな思いで東京の大学までやってきて、俺のところに会いに来てたのだろう。その事を想像するだけでいじらしく思えてきた。さらに日記をめくっていく。

 

遊園地にて

 

今日は、宮水先輩に誘われて遊園地にいった。っていってもてっしー先輩と名取先輩と一緒だったけど。これがいわゆるダブルデートって思ってたら、宮水先輩に思いっきり顔を赤くされて否定された。いや、まったく。女ってわからねえ。宮水先輩が、経験のない俺にデートの体験をしてあげるから、みつは呼びをしろと強要された。タメなんて無理だろ。しかも一回だけいやいや呼ぶと、思いっきり泣かれた。ますますわからねえ。てっしー先輩がいうには、たまに狐付き状態になるらしい。てか、またあの二人にどっかで会った事ないか、と尋ねられた。どうやら最近の俺は、全く知らない人に知ってる風に話しかけられる体質らしい。

 

「てっしーとさやちんもかよ!!」

 

連絡先を確認すると、二人の名前が入っていた。しかも知らない人の名前も数人入っている。

これは、糸守町の三人が俺と関わっている影響か?しかもあの二人ももしかして東京にいるのだろうか。まったく、俺の人間関係変えるなどころの話じゃない、まるっと入れ替わっちまってる。

 

なんだか知らないことが増えていることが恐ろしくも感じた。

でもこうやって、当たり前の様に三葉と過ごしている日常がとても輝いて見える。

 

「最後の日記……」

 

明日の観光巡りのアドバイスを三葉さんにした。どうやら役に立ったようで何よりだ。それから最後に、もううすぐだねって宮水さんに言われた。もうすぐって何のことだって聞いても答えてくれない。何のことだ?たまに右手を見つめているが何を見ようとしているのだろうか、楽しそうに見えてその一方で何かを探してるようなその表情がすごく気になる。四葉ちゃんが言うには、姉の奇行は少々無視するのがうまくやっていくコツってことらしいが。

 

ひたすら日記に書かれた文章を追っていた俺は目を閉じて、手でこすった。それからこめかみを抑え、何かが迫ってくるのを振り切る。

 

もう少しだけ、俺は知りたい……。

けど、とても耐えられない疲労が体にのしかかりまぶたが落ちかかる。

まとわり靴倦怠感が、ただのバイト疲れではないとわかる。

 

ーーー俺は一体どこに結び付いてしまったんだ?

 

「三葉に会って……確認しなくちゃ……」

 

指に力を込めて、三葉の発着ボタンを押そうとする。

でも俺は少し怖いと感じているのを自覚した。

……あなたは、誰、と聞かれてしまうのが。

その事を考えた瞬間、俺は暗闇の中に落ちて行った。




今気づきました。
凛々@やっはろー!さんの作品と題名がかぶってしまっていましたね。
すみません。でももう大丈夫です。。つけときましたから。

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