逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 想いの繋がる先-二人の”南洲”、そして春雨とビスマルク、ついでにもう一組。そしてそれを蹂躙するかのように荒ぶる、囚われの扶桑。


94. 根の国の女王-後

 戦域を離脱し無事おおすみに帰還したLCACからビスマルクが覚束ない足取りで降りてくる。制服の上着は胸の下あたりから大きく破れ、下半身はほぼ露出した状態、軽巡棲姫(神通)の雷撃を受けた左下肢は火傷と出血が痛々しく、足元のショートブーツ様の主機も破損するなど、正しく大破状態である。

 「さて、と…入渠して再出撃しなきゃね。アカシはどこかしら?」

 

 「どこほっつき歩いてたんだよ、このじゃじゃ馬が」

 

 その声に立ち止まるビスマルク。帰投指示を出した後ウェルドックに向かった南洲が、その姿を認め彼らしい皮肉っぽい表現で帰投を歓迎し、ビスマルクの方と歩き出す。ビスマルクはしばらくの間何かを堪えるように肩を震わせ、やっと南洲の方を振り返ると、右手で長い金髪を後ろに送り、自信に満ちた声を装い南洲に応える。

 「し、失礼ねナンシュー、あの程度の相手にこの私がやられる訳ナイデショウ? 退屈だったからちょっと長めに遊んであげていただけよ。それとも、私がいなくて寂しかったの?」

 

 いつもの苦笑いではなく、柔らかく微笑みながら南洲はビスマルクへと近づいてゆく。

 「そうだな。もう少しで自分で迎えに行こうと思ったほどだ」

 軽口に真面目に返されびっくりしたが、思わず嬉しそうに微笑んでしまった。

 

 「敵本隊への攻撃のタイミング、お前が大破したと聞いてどうでもよくなった」

 その言葉で微笑みが歪み、必死に涙をこらえ顔をそむける。

 

 「よく生きて帰ってくれた」

 その言葉でぺたんと座り込み、大粒の涙が止まらなくなる。

 

 そして抱きしめられた温もり、背中に回した手が確かめる南洲の存在。そして耳朶をくすぐる囁き。

 「な、何よ。相変わらずヒドい発音ね。そ、そんなので、気持ちが伝わるとでも…」

 

 それ以上堪える事が出来なくなり、大きな声を上げ泣き出した。

 

 

 

 「……ルクさん、ビスマルクさんっ!! よかった…本当によかったです」

 はっとして目を覚ますと、目の前で春雨が安堵のため息を漏らしていた。そっか、私意識を失って夢を見てたんだ…。

 

 あれ、右腕がくっ付いてる? 身体を動かすと、びちゃっと水音がする。入渠ドック? そっか、助かったわ。にしても、やってくれたわね、フソー。しっかりお礼しなきゃ。ばしん、と左の手の平を右の拳で叩く。どうやら正常に機能しているようね。思い返してもはらわたが煮えくり返る―――。

 

 

 扶桑を取り押さえようとくらまに突貫したビスマルクだが、砲撃による母艦への被害を怖れ、それほど得意ではない近接戦闘で扶桑と対峙することになった。それに対し扶桑は砲撃の構えを見せるだけで良かった。ビスマルクが砲撃を阻止しようとする所を攻撃するだけの簡単なお仕事。積み重なった損傷に、ついにビスマルクは甲板に膝を付き、項垂れるような姿勢から動けなくなった。扶桑は無造作にビスマルクの長い金髪を掴み、無理矢理顔を上げさせる。

 

 「私の方が肌の肌理(きめ)は細かいけれど、肌の色は貴方の方が白いのね。多少の差は我慢、ですね」

 何を言ってるの、コイツは…ビスマルクは扶桑の意図を掴みかねた。だが自分の声とは思えない絶叫を上げながら、すぐに理解した。激烈な痛みが走り、力任せに右肩から先を()()()()()()。視線の先には、自分の右腕をくっつけようとしている扶桑の姿。

 

 「やっぱりダメですね。そんなの…分かっていましたけど…」

 言葉ほど残念な素振りを見せない扶桑は、無造作にビスマルクの右腕を甲板に落とすと、半壊した元ヘリ格納庫の辺りに視線を彷徨わせる。そしてビスマルクを左腕だけで軽く持ち上げ、思いっきり放り投げた。

 

 

 

 「くらま(この艦)の入渠ドックが一つだけまだ生きてたので、はい。高速修復剤も勝手に使っちゃいましたけど、怒られないでしょうか…?」

 

 春雨らしい言葉ね、と笑いそうになり、ハッとする。

 「春雨(ハル)、ナンシューは? ナンシューはどうしたのっ!?」

 「ヨシクニさんは…」

 春雨のその呼び方にいらっとしながらも、今は言い争ってる場合じゃない、とビスマルクは猛然と立ち上がり、駆け出そうとする。

 「ビスマルクさんっ!?」

 

 あの夢は夢じゃない―――技本艦隊の打撃部隊を抑えるため、独りで殿を務め大破した後のこと。救出に駆け付けたLCACに回収され母艦に戻った時のこと。南洲が囁いた言葉を思い出す。

 

 下手くそなドイツ語での告白、いつの間に勉強したの? 下手でも十二分に伝わる想い。色んな感情が湧きあがり泣きじゃくるだけの私を、ナンシューは優しく抱きしめてくれていた。

 

 -私は、ナンシューにまだ返事してないのよっ!!

 

 「春雨(ハル)、止めないで。私はナンシューを取り返すっ! 邪魔するなら…」

 「…その話はまた後でっ。それより、服を着てくださいっ!!」

 

 …はい?

 

 その言葉で我に返るビスマルクは、視線を自分の体に彷徨わせる。傷一つない輝く白い肌、すらりと伸びた長い手足、鍛え上げながらも柔らかさを失わないお腹、強烈に存在を主張する豊かな胸…が丸出しじゃないっ!! 入渠してたんだっけ…でも何でこんな時だけ無駄に細かく説明するのよっ!! 叫び声を上げながら体を庇うようにしゃがみ込む。

 

 「も、もっと早く言ってよっ!!」

 「だって、あんな勢いで駆け出すなんて―――」

 

 二人が半壊した工廠内でビスマルクが着られそうな制服を探している間に、後部甲板では一つの影が必死に何かを探し動き回っていた。すぐに目的の物を回収し、その影は直ちにその場を離れていった。

 

 

 その影-大鳳。技本艦隊で唯一、モドキの強襲による混乱を奇貨として、大湊部隊による拿捕を振り切りくらまに帰還していた。春雨がビスマルクを連れ工廠内に退避し、南洲と扶桑が睨み合いを続ける間に、斬り飛ばされた仁科大佐の四肢を集め、その体と一緒に急ぎ甲板を離れ、現状では最も安全と言えるおおすみの甲板へと飛び移り艦橋構造物の陰に隠れた。

 

 「ひどい…何でこここまで…許さなイ…大佐、少シ時間ヲ下サイ、仇ヲ討ッテ後ヲ追イマス」

 四肢を切断され甲板に放置されていた仁科大佐の体。堕天(フォールダウン)の前兆、燃えるようなオーラを纏い始めた大鳳が、飛び上るほどに驚く。

 「勝手に殺さないでください、大鳳。私はこの通りピンピンしています」

 「何を食べたらそんなふざけた体になるんですか…ほんとにもう」

 流石に多量の出血で顔色は蒼白だが、いつも通りの口調で大鳳に微笑みかける仁科大佐と、唖然としながらも嬉し涙が頬を伝うのを止められない大鳳。

 

 「あまりにも鋭利な切断面で組織の損傷が最小限で済みましたからね。傷は全て塞がっていますよ」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔のままうんうんと頷く大鳳に、仁科大佐が淡々と話しを続ける。

 「槇原南洲…あれほどの技量で斬られたのは得難い経験、思い出すと興奮してしまいますね。ああ…失血多量なのに興奮したら股間に血流が集中して…貧血のようです」

 「大佐…骨の髄まで変態ですね。でも好き」

 泣きながら笑いながら、自分をぎゅうっと抱きしめる大鳳に、再び仁科大佐は指揮官としての表情で命じる。

 

 「さて、このフネには明石がいるはずです。私の体と四肢を繋がせましょう。さ、大鳳、急いでください」

 

 

 

 そして春雨とビスマルクが再び後部甲板に戻ると、そこで繰り広げられていたのは異様とも言える光景だった。

 

 

 人間が艦娘を圧倒している。

 

 

 瞬き一つの間でその姿を見失う速さで、踏込み、止まり、跳躍する。唯一刀の煌めきが直前までの動きを教えてくれる。四分の一を艦娘の生体組織で置き換えられた南洲の肉体は、人間の範疇を超えた運動能力を示し、それは極限まで鍛え上げられた剣技を余すところなく発揮させ、扶桑は守勢に回っているようだ。

 

 「情けないわ、あなた。仮にも妻に刃を向けるなんて…」

 南洲の刃をすれすれで躱しながら、左手の着物の袂で目元を隠し泣き真似をする扶桑を、依然として冷然とした目で見据える南洲。

 

 「第二次渾作戦…お前は()()()()()()んだろう? そのために春雨は…」

 「ふふっ。意外と根に持つ方だったのね、あなたって」

 

 かつて南洲が強要され止む無く実施した強行輸送作戦。春雨を含む第一艦隊が空襲を受けた際、後衛の第二艦隊は援護に急行した。逡巡を経て扶桑が到着した時には、反跳攻撃(スキップボミング)を受けた春雨は轟沈していた。南洲と春雨の数奇な道のりはそこから始まったとも言える。

 

 -違うぞ、ヨシクニッ! 目の前の扶桑は違うっ! お前が今振るってるその刀こそ、本当の扶桑の魂だっ!

 

 必死に呼びかけるナンシューをあざ笑い、ヨシクニを挑発するように、扶桑は殊更皮肉めいた言葉を投げかける。その言葉にくわっと目を見開いたヨシクニは、一旦飛び退き、間髪入れず走り掛かりで真正面から切り掛かる。

 「黙れナンシューッ。もういい扶桑、貴様は死ね。春雨を傷つけるやつを、俺は許さんっ!」

 

 「そして、熱くなると単調になる。何も変わっていないのね、嬉しいわ」

 

 走り掛かりでの大上段からの真っ向斬り下し。タイミングを合わせすいっと前に踏み込んだ扶桑は、左手一本で切り掛かってきた刀の鍔下すぐ、南洲の右手を掴み組み止める。

 

 瞬間、左に並ぶ様に踏み込んだ扶桑が南洲の膝裏を蹴り体勢を崩す。振り上げた戻しの足が延髄を踏みつけるようにして甲板に這わせる。その間、万力で固定したように扶桑の左手は南洲の右手を離さす、無理な動きを強要された南洲の右肩は、甲板に叩き付けられると同時に脱臼を起こした。

 

 そのまま南洲の右腕はもぎ取られ、本来の持ち主の手に渡る。ビスマルクの時とは異なり、右腕は肩口を接合面として扶桑の体に見る間に融合する。動きを確認するように右肩を回す扶桑は、珍しそうに右手にある刀を眺めている。

 「これは艦娘の艤装…木曾の匂いが微かに残っているけど、拵えは日本刀みたい」

 

 右肩からの出血が続く南洲は急速に体力を奪われ、もがきながらも踏みつける扶桑の足から逃れられずにいる。

 「春雨…逃げろ。パヤヘに抜ける非常用トンネル、分かってるだろ? 急げっ」

 -ヨシクニッ! 何言ってんだ、おい? やる気ないなら体を空け渡せっ!! 俺がやるっ。

 


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