逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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過去に縛られ流される羽黒、非情な手段で未来を求める鹿島、真っ直ぐに現在に向き合うビスマルク。


09. 迷える艦娘たち

 港へと向かう道をとぼとぼと俯きながら歩く羽黒。どうしてこんなことになったんだろう、いつも同じ思いが渦巻いている。

 

 突然の砲撃に襲われたかつての基地。燃え盛る炎の中を避難しながら、目にした当時の司令官の無残な姿が目に焼き付いて離れない。その姿が、艦娘という人型に生まれ変わった自分に恐怖を覚えさせ、人型の相手に砲を向けることができず、砲を向けられることに耐えられない。

 

 人型をした深海棲艦の上位種と戦えない高練度の重巡…いくつかの拠点を転々とすることになった。そんな私を引き取ってくれたのが今の司令官だったが、噂と違い不思議と彼は私には手を出さなかった。その価値もないということなのね…なのになぜか秘書艦という名誉ある地位を与えられた。ここで失敗するともう行き場がない、そう()()に言われ必死に命令を遂行し続け、言われるがまま仲間を窮地に追い込み続けた。

 

 今も流されるように命じられたまま提督達たちに合流する自分を、つくづく疎ましく思う。

 

 

 鎮守府東方沖20km・船上―――。

 

 各拠点には責任者の専用艇としてPG艇が配備されている。緊急時には44ノットの最大速力でいち早く離脱し指揮命令系統の保全を図ることを目的とするこの艇は、航行だけなら秘書艦だけでも操船が可能である。

 

 「あの感じですと全弾命中…侵入者は殲滅、ですね、提督さん! ふふっ♪」

 

 甲板に立ち、双眼鏡で鎮守府の方角を覗いていた艦娘が、ツインテールの銀髪を揺らしながら妖艶な目付きで後ろに控える提督を振り返る。

 

 練習巡洋艦 鹿島―自覚の有無はさておきフェロモンを振りまくことで有名だが、彼女こそビスマルクを不意打ちで拘束し、羽黒を表の秘書艦に仕立てた、この鎮守府を提督と共に運営している存在だ。

 

 「鹿島、貴様は他の艦娘と違いよく弁えている。だから大目に見ていたが、最後の一線は頑として許さないな」

 辻柾が後ろから鹿島に近づく。ほとんど息のかかるような距離、というより首筋に息をかけている。

 

 くすぐったそうにしながら、鹿島がすっと距離を取り、甘やかな声で答える。

 「うふふ♪ この鎮守府から提督に逆らう艦娘がいなくなってから…そう約束したじゃないですか」

 「ビスマルクごと侵入者は羽黒が片付けた。これ以上私に逆らう者は…」

 言いながら強引に距離を詰め、辻柾は鹿島を逃がさないとばかりに強引に抱きすくめ、首筋を舐め始める。

 

 観念したように鹿島も、辻柾を抱きしめるように両手を彼の背中に回すが、その右手には制服の袖の中に隠されていたナイフが握られている。

 

 「そう…逆らう者は、あとは貴様だけだ。おい、やれ」

 

 その言葉に鹿島は硬直し、陰に隠れていた羽黒が瞬時に跳躍、手刀で鹿島の右手を打ち据える。

 

 「きゃあーっ! やだっ…」

 ナイフは鹿島の手を離れ甲板に落ちる。素早く羽黒がそれを遠くに蹴り飛ばすと、思わずしゃがみ込んだ鹿島を後ろ手にして立ち上がらせる。鹿島の耳元で辻柾に聞こえないように、ごめんなさい、と囁く羽黒。

 

 「一応理由など聞いてみようか」

 辻柾は鹿島の顎をくいっと持ち上げ、下卑た笑みを浮かべながら静かに詰問する。何とか羽黒から逃れようと身をよじりながら、鹿島はキッとした目で辻柾を睨み返す。

 

 「…練習巡洋艦の私の役割は、みんなを少しでも強くして、少しでも生きて帰って来られる可能性を高めることですっ。なのに貴方は…なぜ鎮守府内の演習で実弾なんか使うんですかっ!! 安心して過ごせるはずの鎮守府で、なぜみんな怯えて暮らさなければならないんですかっ!! 貴方の望む様な下種な方法で信用を得て、やっと好機を見つけたのに…。みんなに犠牲を強いてでも、そこまでしても貴方を排除したかったっ!! それがどんなに辛かったか、貴方なんかに分かるはずがないでしょうっ!!」

 

 言いながら鹿島は大粒の涙をぼろぼろ溢す。後ろで鹿島を拘束している羽黒はショックを受けている。そんな二人の姿を見て辻柾は心底おかしいという態で笑い出す。

 「最初から艦娘など信用する訳がないだろう。どうせ碌でもない事を企んでいるとは思ったが、そこまでくだらないこととは思わなかったぞ。いいか、生死の限界を超えてこそ人も艦娘も強くなる。その限界を超えられない奴は、所詮そこまでだ。…羽黒、()れ」

 

 夜風だけが甲板を渡る。羽黒は鹿島の言葉を反芻していた。皆に犠牲を強い、自分を隠れ蓑に使い、ビスマルクを囮にし、そうすることで自分の心から血を流しながら、それでも皆のためにこの男を排除する機会を引き寄せようとした鹿島。そしてその機会は自分の手で失われようとしている。

 

 「…どうした羽黒、貴様も、か? まあいい、護衛の連中がそろそろ到着する頃だ。貴様らの処分は追って伝える」

 

 

 

 「あと少しで羽黒さんに追いつけたのに…ううっ、ごめんなさい」

 ビスマルクの計画が漏れていたことが分かった時点で、南洲は春雨を港に先行させ、まだ港にPG艇が係留されていた場合の破壊を命じていた。港に向かう途中で、春雨は遥か先を行く羽黒の背中を見つけ全力で追いかけたものの、寸での所で海上に脱出されてしまった。港で合流した3人は善後策を練る。

 

 「ところで南洲、ビスマルクさんと随分仲良くなったようですけど…?」

 春雨は南洲との再会を喜び胸に飛び込むように抱き付きながら、上目づかいに不平を鳴らす。そんな春雨に優しく視線を返し薄く微笑みながら、左手で頭を撫でる南洲。

 

 その光景を腕組みしながら遠巻きに見ていたビスマルクが呟く。

 

 「………大尉は、あんな顔もできるのね。私だけ部外者、っていうのも面白くないわね…」

 

 初めて会った神社の境内では昼間から酒を飲んでいる口の悪いイヤな男、提督室では砲撃に晒されながらケガを顧みず自分を庇った勇敢な男、そして今目にしているのは自分の部下(?)を受け止める優しい男。一体どれがこの男の本当の顔なのか…この短時間で、南洲に対するビスマルクの興味はあっという間に深くなった。

 

 ねぇ…と二人に話しかけようとした矢先、ビスマルクの表情が変わる。複数の主機が海上を走る音、さらに遠くから微かに届く言い争いの声が耳に入った。

 

 -そういうことね。

 

 ビスマルクは軍帽のつばに軽く手を添え静かに微笑む。すると背後の基部ユニットの両側から艦首を分割したような装甲が腰の両脇を覆う。その側面に主砲が一基ずつ、さらにジョイントアームに接続される主砲が一基ずつ肩の横に、計4基の38cm連装砲が現れた。ドイツの誇る超弩級戦艦の魂を現界させた艦娘がその真の姿を明らかにした。

 

 「大尉、感動の再会に水を差して悪いんだけど、複数の艦娘が展開中で、PG艇(向こう)もモメてるみたいだけど?」

 

 ビスマルクの言葉に、南洲と春雨も暗い夜の海の視線を向け、そしてお互いの目を見ながら頷きあう。

 

 「また二人の世界に入っちゃって…。せっかく艤装を展開してあげたんだから、何か私に言うことはないの、大尉?」

 不機嫌そうにビスマルクが南洲と春雨に向かって声を掛ける。再び視線を合わせた南洲と春雨だが、春雨の次の行動はビスマルクの予想を裏切るものだった。

 

 春雨は着ているメイド服を脱ぎ始めた。ホワイトブリムを頭から外し、エプロンを外し、ワンピーススカートをたくし上げ、そのまま上に持ち上げる。

 

 「わーーーーっ、な、何をしてるのよ春雨っ。ああもうっ、大尉も Mädchen(女の子)の着替えを見ちゃダメなんだからっ!!」

 慌てて南洲に近づくと、彼の目の前で春雨を隠そうと両手をわたわたと振るビスマルク。南洲はそんなビスマルクの右往左往ぶりが新鮮で、つい微笑みかける。瞬間、ビスマルクの頬がさっと赤くなる。真っ白な肌に差した朱の色は夜目にも美しく、彼女の美貌を引き立たせる。

 

 「夜戦、突入させていただきます」

 

 その声にビスマルクが振り返ると、春雨は白露型駆逐艦のシリーズ前半の艦に共通の黒いセーラー服姿になっていた。どうやらメイド服の下に着ていたようだ。あっけに取られているビスマルクに南洲が声を掛ける。

 

 「なぁビスマルク、俺にはどうしても辻柾を確保しなければならない理由がある。お前が必要だ、力を貸してくれないか?」

 真っ直ぐに目を見ながら、ビスマルクに助力を求める南洲。言われるまでもなく、もちろんビスマルクはその気だ。ただ、南洲から言葉にしてほしかった。満足げに頷きながら、力強く宣言する。

 

 「Gut, mein admiral、指揮を取らせてあげてもいいわよ。ビスマルクの戦い、見せてあげるわ!」


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