逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 戦闘開始。仁科大佐配下の兵士達がおおすみに乗り込み、始まった人間の兵士との近接戦闘に戸惑うビスマルクと筑摩。そして南洲が疾走する。

 ※独自設定が多い回ですので、予めご了承ください。


89. ダークナイト

 「くうっ! リバースピッチ、全速後退っ。南洲さん、お怪我はないですかっ!? 春雨さんと秋月さん、吹雪さんが海面に落下、筑摩さんとビスマルクさんは、甲板左舷後方で確認できましたっ」

 乗船のため甲板に待機していたのが仇となり、軽量級の艦娘達が衝突の衝撃で海面に投げ出され、辛うじてビスマルクと筑摩は吹き飛ばされたものの甲板上に踏みとどまったようだ。幸いシートベルトで固定されていたため席から投げ出されずに済んだ鹿島が、慌てて操船を指示し状況の確認に当る。

 

 くらまがおおすみを斜め前に押す様に接触した結果、両艦は右舷同士をぶつけ削り合い、くらまの船首がおおすみの右舷後方に食い込む。互いの右舷に大きな亀裂が生じ外装の破口や破断面が複雑に絡み合い、お互いの動きを妨げるような状態になっている。後退して逃れようとするおおすみだが、八〇〇〇馬力の差を利してくらまがそのまま押し込みんできたため破口部はより複雑に絡み合い、くらまの船首は大きく破壊され、おおすみは後部門扉の開閉が行えなくなった。結果両艦とも停止を余儀なくされ一気に戦闘が動き出す。

 

 

 

 「被験者番号XCHW-0001D、貴方は私にとってそれ以上の存在ではありませんでした。ですが、部分的とはいえ貴方を被験者とした実験が成功し、その後のプロジェクトに道を拓いたのは事実です。よくここまで生き延びましたが、出番の過ぎた役者がいつまでも舞台に上がり続けるのは哀れです。槇原南洲、せめてもの慰めに引導を渡して差し上げましょう」

 

 くらまのCICまで戻ってきた仁科大佐は、計器類の光が照らす薄暗い中で複雑な表情を浮かべながら、淡々と語る。艦外監視用モニターに目を向け、おおすみの甲板にわらわらと乗員達が殺到する様子を満足げに眺めている。

 

 「ここまで近づくとお互いの対艦兵装の使用は自殺行為となります。貴方の好きな白兵戦でカタを付けて差し上げましょう。さすがの達人も一〇〇人近い相手をどうさばくのか、ゆっくり見物させていただきますよ」

 

 

 

 南洲や仁科大佐を技術的に表現するとCHW=Chemerical Humanoid-Weapon(異種配合人型兵器)、人間を核にしつつ遺伝的に異なった由来を持つ組織を加え構成される生体兵器である。艦娘の生体部分は人間と近縁種となるよう設計され、遺伝子的には異なる形質を持つ。ゆえに外見がどれだけ似ていようと人間と艦娘は全くの別種であり、生体組織の移植が本来的に成り立たない。それを免疫抑制剤や混合薬物で成り立たせているのが南洲であり、被験者番号の頭に付くXはeXperimental=実験の略称となる。その実験から得られた知見をもとにしたのが仁科大佐。この場合は融合ではなく継承、組織そのものの融合ではなく、艦娘が持つ機能を継承できるよう元の人体を遺伝子操作することで、異種融合で避けられない拒絶反応の問題を回避しようとした。より高度で無謀な実験が南洲であり、安定化を模索しながらも元の人体に手を入れた度合いが高いのが仁科大佐、とも言える。

 

 しかし一連の実験は失敗に終わった。CHWとして稼働できた艤装は砲戦装備のみで、より複雑で高度な制御を求められる空母系艦娘の艤装は現界さえさせられなかった。何より、(フネ)の記憶を持たない人間は、いくら艦娘の分霊を移植し艤装を展開できても水上機動が行えず、深海棲艦と本格戦闘を行えないという致命的な欠点が明らかになり、少数の生存例が指揮官として密かに軍組織に送り込まれた。

 

 それでも艦隊本部は満足していた。いずれ訪れる戦後、不要になった艦娘を素材として利用し、この実験を通して得られた技術を元に人間の兵士を強化する。強力な再生能力、強化された感覚器による通常兵器運用能力と限界の向上、一見普通の人間という秘匿性の高さ等、特殊部隊として理想的な能力を発揮するCHWは、深海棲艦との戦争終結後に再び諸外国との間に生じる覇権争いで優位に立つ手駒の一つとして認知された。

 

 そう発想し艦隊本部を誘導するよう三上大将を籠絡したのが、技本の霊子工学部門を率いる中臣浄階である。戦後経営という大戦略を描かせ権勢欲を刺激、かつオカルティックな能力による恐怖で屈服させ、手駒に引き込んだ。

 

 

 

 おおすみの全通甲板左舷後方まで吹き飛ばされた筑摩とビスマルクは、急いで南洲の元に駆け寄ろうとしたが、すぐに足を止める事になった。食い込んだくらまの艦首方向、前甲板に湧き出てきた兵士が次々とおおすみの甲板目がけ乗り込んできた。その数約三〇、全員屈強で大柄な兵士だが全員素手であり、どこか虚ろな目をしている。それでいてその訓練された動きは並の兵士のものではなく、ビスマルクと筑摩も表情を引き締め身構える。

 

 「大人しく投降しなさいっ! さもないと痛み目を見る…って人の話を聞きなさいっ」

 「ビスマルクさん、交戦規定(ROE)に沿ってる場合じゃないです。この人達…おかしい」

 

 警告を発するビスマルクを無視し無造作に突っ込んでくる兵士達。いくら訓練された兵士とはいえ、艦娘の動きを捉えるのは容易ではなく、振り下ろした拳や蹴り上げた足は躱され宙を切る。そして行く先を失った拳はそのまま砕けるまでおおすみの甲板を叩く。砕け血にまみれた拳を気に留めることなく攻撃を続ける兵士達にビスマルクは得体の知れない恐怖を感じ始め、徐々に及び腰になってゆく。同じように相手の攻撃をかわし続ける筑摩は、ビスマルクと対照的にうっすらと笑みを浮かべる。そして二人の脳裏に浮かんだのは全く同じ言葉であり、取った行動は全く別であった。

 

 -こんな人間はいないっ!

 

 目の前に迫る一人の兵士ににっこり微笑みかけた筑摩は、右脚を頭上より高く持ち上げる。その足は筑摩の腰めがけタックルしようとしてきた兵士の肩に振り下ろされた。突然上から加わった衝撃でタックルは潰され、そのまま右足で踏みつけられる。長い黒髪を右手で後ろに送り髪を整えるように頭を動かした筑摩が宣する。

 

 「この様子では遠慮いりませんね。利根型航空巡洋艦二番艦筑摩、隊長の命令なので命は奪いません、なので勝手に死なないでくださいね」

 

 言い終わると、自分に突っ込んできた兵士を起き上がれないよう押さえつけていた右足を踏み込み、相手の肩をそのまま砕いた。

 

 こんな人間はいない-二人の脳裏をよぎったその言葉は半分正解である。南洲や仁科大佐が指揮官とすれば率いるべき部下が必要となる。彼らに施された実験結果をもとに改造された、より短工期低コストで作れる単機能型の兵士、それがくらまのクルーである。脳に大幅に手を入れられた彼らは、強化された筋力と痛覚の遮断を受け、文字通り壊れるまで戦い続ける。その代償として複雑な脳機能は放棄され、一つの命令のみを忠実にこなす生きた操り人形となった。人の姿を保ったまま思考の多様性を失った彼らは紛い物(マガイ)と呼べるかもしれない。

 

 その間にも残りの兵士の一団は二人をめがけ突入してくる。二人の艦娘と二九人のマガイ。力と速さはビスマルクと筑摩が上、戦技と数はマガイ。いくら強いとはいえ、(フネ)同士の砲戦や機動戦を前提とする艦娘は、春雨のような例外を除けば人間相手の近接戦闘など想定もしていない。それでも単純に殺せばいいなら話は簡単だが、ビスマルクは躊躇いのため、筑摩は命令を守るため、全力で戦うことができない。そして数の差により手足を押さえられ動きを封じられ、甲板に押し倒される。

 

 「ちょ、ちょっと離しなさいっ! 気安く触らないでっ」

 豊かな金髪を甲板に広げ押し倒されたビスマルクは、それでも強気の姿勢を崩さずマガイをきっと睨みつける。対するマガイは無表情のまま、ビスマルクの豊かな胸に手を伸ばす。怒りと羞恥でさあっと頬をそめたビスマルクだが、すぐに相手の目的に気付き表情が青ざめる。必死に抵抗して逃れようとするが、複数のマガイに押さえつけられ、体が自由に動かせない。

 

 左胸に添えられた手がそのまま押し込まれようとする。劣情はおろか殺意さえもない昏い眼。艦娘の機能を停止させる方法は意外とシンプルで、脳か心臓を一撃で破壊するか、全身を焼き尽くすこと。目の前のマガイは、自分の心臓を抉り出そうとしている。向こうでは制服のあちこちを破られながらも何とか逃れた筑摩が、自分を助けようとマガイに主砲を向け照準を合わせている。その間にもマガイの手は胸に食い込んでくる。

 

 「ああ、どうすれば…い…いやあああああっ」

 

 

 黒い影が飛び込んで来たのと同時に光が弧を描き、目の前のマガイが吹き飛ばされる。上段から振り下ろされた刃は真横からマガイを両断した。後ろ半分はべたりと甲板に倒れ、前半分は蹴り飛ばされた。間髪入れずに自分の手足を抑え込んでいた四人のマガイが次々と八個の物体に変わる。

 

 おおすみの艦首側で同じように戦っていた南洲は、ビスマルクの悲鳴に素早く反応した。全長一七八mのおおすみの甲板を、風を巻いて疾走する。一気に『縮地』で距離を詰めると襲撃者を一蹴した。

 

 「悪ぃな、遅くなった。艦首側からもこいつらが乗り込んで来てな。少し手こずっちまった」

 顔に返り血を浴び、刀を肩に担ぎながらにやっと笑う南洲。話しかけながらも、近づいてきたマガイを真っ向から斬りおろす。刀勢に導かれる様に、両断されたマガイは八の字に甲板に崩れ落ちる。気付けば自分の周囲に転がる殺戮の痕跡と血だまりだが、ビスマルクは気に留める事もなく、差し出された左手を掴むと立ち上がり、そのまま南洲の胸に飛び込む。包囲を逃れた筑摩も一気に南洲の元まで駆け寄ってくる。

 

 「まるでナイトみたいな登場ね、これ以上貴方を好きになったらどうするの…もう、手遅れだけど」

 「鍛えた人間の極致を見せてもらいました、隊長。凄まじい刀捌きです。ああ…利根姉さんにも見せてあげたかった」

 

 ビスマルクを胸に抱き、筑摩に背中を預けた南洲は改めて周囲から迫るマガイを見渡し、唇を歪め笑う。

 「血まみれで手当たり次第に斬りまくるナイトがいるかよ。TVなら子供が泣くぞ。まあいい、さっさと蹴散らしてくらまに乗り込むか」

 


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