逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 偽らざる思いが生む変化、諦めにも似た覚悟が支える決意。最終局面、あくまでも査察部隊として南洲は技本艦隊に対峙する。

(20170419 サブタイ変更)


85. 強く儚い者たち

 「南洲、お前たちのお蔭でかなり優位に事を運べそうだ。何だかんだ言って俺の意図を分かってくれたようだな」

 

 ストレッチャーと共に駆けつけた明石、CICを離れる事を拒む鹿島、それを説き伏せるのに忙しかった南洲には、スピーカーから飛び込んできた声が耳障りなノイズにしか思えなかった。飛び込んできた強制通信の主は、南洲の上司でもある宇佐美少将。ハワイ攻略作戦の阻止のため同じ相手と戦いながらも、立ち位置の差が明らかになり、南洲は抗命罪覚悟で自分の信念に従った行動を取った。にも関わらず、結果的に宇佐美少将の掌で演出通りに踊らされた事を否応なしに思い知らされた。

 

 

 技本艦隊の艦娘達を拿捕し、保護したい南洲。自分の部隊の艦娘達に手を汚させないため相手の指揮官は自分が乗り込み捕縛、()()()を証拠として技本の闇を暴く。

 

 技本艦隊の艦娘達を可能な範囲で拿捕し、諸外国や大本営内の別派閥との取引材料にしたい宇佐美少将。相手の指揮官や抵抗を続ける艦娘、()()()は自軍の艦娘の手で殲滅する。

 

 

 ここに至る過程や経過に今の所大きな齟齬はない。だが最終目的が恐ろしく異なる。南洲の無言を同意と受け取ったのか、機嫌よさ気な声で宇佐美少将は話を続ける。

 

 「お前の部隊も結構な損害を受けたようだな。後は心配いらない、俺と石村中将に任せておけ。敵の指揮官もろとも残りの艦娘もモドキも殲滅する。抗命云々だが、まあ何だ、十分な戦果もある事だし、戦場での高揚感が感情的な発言に繋がったとして、この通信を以て譴責したことにしておく。だが次はないぞ、南洲……南洲? おい、聞いてるのか?」

 

 依然として返事をしない南洲に、宇佐美少将が不審げな声を掛ける。ようやく、南洲が重い口を開く。

 

 

 「なあダンナ、俺のように自分の手で人を殺した事はあるか? 命を絶つ感触…慣れないけど麻痺するんだよ。いや、忘れたいから、覚えていたくないから心が拒絶するんだ。そして人を殺すってのは自分を殺すって事だと、いつの頃か気が付いた。それでも許せないヤツはいる。こんな矛盾した俺でも、傍にいてくれる連中がいて、俺を光の指す方へ引っ張って行くなんて張り切ってるやつまでいる。笑っちゃうよな、あまりにも純粋で。守るべき人間(モノ)や仲間に手を掛ける…そんな下ろせない重荷を艦娘達に背負わせたくないんだ」

 

 肺腑を絞るような南洲の悲痛な思いであり、紆余曲折と呼ぶにはあまりにも数奇な道を辿った男がたどり着いた一つの答え。それはドロドロと生臭く、言葉尻一つで執拗に相手を追い込む様な政治周りが主戦場の宇佐美少将にとって、あれだけの血腥い経験を経ても南洲がそう言える事に対し、お前も十分純粋だがな、と思わせる言葉。それゆえに何だかんだ言いながら宇佐美少将は南洲に目を掛けていた。彼もまた、軍政を預かる将官としての計算高さと現実主義と、秘書艦の大淀が惚れる人情味の両方を使い分ける男でもある。

 

 「…南洲、よく聞け。すでに大湊の部隊による航空攻撃と単冠湾の部隊の突入が始まっている、敵艦隊との戦闘はこっちに任せておけ。敵の抵抗を無力化した後、一時間だけやる、お前とお前の部隊には敵母艦の臨検及び敵指揮官の捕縛を命じる。時間内に母艦を制圧できなければ攻撃を再開し技本艦隊を殲滅する、いいな」

 

 顔が見えないのは勿論知っている。だが南洲は驚きに満ちた目でスピーカーを見つめてしまう。再び通信が入った。

 

 「堕天(フォールダウン)した艦娘の処遇は…そうだな、複数の選択肢を検討してみるさ。誤解するなよ、最も効果的な対応を追求するだけだ。南洲、敵の司令官は前大湊警備府司令官の仁科大佐だ…心して掛かれよ」

 

 

 

 その頃、単冠湾泊地部隊-旗艦日向以下伊勢、山城、阿武隈、電、響は、技本艦隊の母艦くらままで三五km前後で足止めをされ、逆に自部隊までは約三〇kmまで接近され、技本艦隊の打撃部隊と撃ち合いを演じていた。阿武隈率いる水雷戦隊が砲撃の間を縫い懐に飛び込もうとしても、海からは中盤を支える高雄に牽制され、空からは後衛を務める雲龍が航空攻撃を仕掛けてくるため、今の位置からの前進が阻まれている。

 

 戦艦棲姫(霧島)と比叡は対照的な戦いを繰り広げる。前者は駆逐艦に屈強な腕を取り付けた巨獣のような艤装で砲撃に耐えながら、16inch三連装砲二基六門、12.5inch連装副砲の一斉射撃で単冠湾部隊を襲う。一方比叡は高速戦艦の名に恥じず巧みな機動で敵に的を絞らせず、要所で的確な射撃を加え続ける。

 

 「ふむ、指示通りの距離で上手く足止めしていますね。雲龍、位置情報を知らせなさい」

 くらまの後部甲板に立つ仁科大佐は、腰にマウントされた基部から延びるフレキシブルアームに接続される長大な砲身を備えた41cm連装砲塔を動かし、雲龍からの情報に従い照準を合わせ砲撃体勢に入る。仁科大佐が指定した三五km、それは単冠湾部隊の最大射程距離を超え自身の四一cm連装砲の射程距離の内。自身を戦力に加味したアウトレンジ戦-それが仁科大佐の戦術だった。

 

 「作戦を邪魔し、部隊を傷つけてくれたお礼をしなければなりませんね。これは霧島の分っ!!」

 山城のやや遠くに水柱が上がる。遠弾だが狙いは悪くない。

 

 「これは大鳳の分っ!」

 日向が挟叉される。旗艦が挟叉を受けた事で単冠湾部隊に緊張と混乱が走る。

 

 「そして…これはスパッツの分っ!!」

 伊勢が直撃弾を受け、交通事故にあったかのように水面を大きく転がりながら弾き飛ばされる。

 

 

 

 「…現在、大湊の航空隊と単冠湾の打撃部隊が猛攻を加えているが、技本艦隊はしっかり持ち堪えているようだな」

 「仁科大佐ヲ甘ク見ナイデクレル? アノ人ハ優秀ナ指揮官ヨ、貴方ナンカ足元ニモ及バナイワッ!」

 

 南洲が目の前に居並ぶ艦娘達に状況の説明を行い、憮然とした表情で駆逐古姫(神風)が南洲の言葉尻を捕まえて噛みつく。珍しく筑摩と秋月が顔色を変え、非難めいた視線を送る。揶揄された南洲は、唇を歪めて笑い、皮肉めいた口調で返す。

 

 「どれだけ優秀か知らんが、アイツはお前たちを実験材料にし、挙句に他国への侵攻に利用した。そんな奴の足元に及ばなくてありがたい事だな。まあいい、今のお前と議論しても始まらん。明石、悪いが頼む」

 「は、はいっ」

 

 居並ぶ艦娘達とは、部隊の面々だけではない。安定剤を投与され医務室で眠っている鹿島、入渠が長引いてるビスマルク、抵抗が激しく拘束を継続している軽巡棲姫(神通)を除き、拿捕した技本艦隊の艦娘-萩風、駆逐古姫(神風)、天城、飛龍も含め、LST4001(おおすみ)に乗艦しているほぼ全員が食堂に集まっている。明石はプロジェクターに情報を映し出す。

 

 「えっとですね、今からお見せするのは翔鶴さんの彩雲と龍驤さんの二式艦偵からの情報を3Dモデリングで表示したものです。リアルタイム処理ができないため、更新にタイムラグが出るのはご容赦ください」

 

 画面にはゲームのように簡素化されたデザインながら各艦娘や各艦、各機の特徴を捉えた3Dモデルがちょこまかと動き回っている。

 

 「現在、北西方向から突入した大湊の航空隊を大鳳さん、葛城さん、照月さんが迎撃中です。双方被害が出ていますが、技本艦隊が優勢のようです。一方で北方から突入してきた単冠湾部隊ですが、こちらは霧島さん比叡さん高雄さん、さらに雲龍さんと交戦中です」

 

 萩風と天城は視線を交し合い不安そうな表情を浮かべ、飛龍は心ここに在らずといった風情、唯一駆逐古姫(神風)だけが誇らしげな表情を浮かべている。その様子を眺めていた南洲は暗然とした表情になり、明石の話を思い出す。

 

 『入渠時に行った各種検査の結果、技術応用の多彩さが興味深い…すみません、そういう事じゃないですよね。飛龍さんや神通さんはPTSDを利用した解離性同一障害(DID)方式、萩風さんと天城さんは、MKウルトラやサイコトロニクスの発展的手法が用いられた“自分は堕天した”という強力な洗脳(マインドコントロール)です。神風さんはその混合型でしょう。情緒的説明になりますが、堕ちる度合いがより深くより強力な深海棲艦化を狙えるのがDID方式です。ですが現在は安定性と管理の容易さから洗脳方式が主流になっている事が窺えますね』

 

 「コレダケ寄ッテ集ッテ攻メ立テテモ技本艦隊(私達)ヲ沈メラレナイノ?」

 駆逐古姫の勝ち誇ったような言葉に、吹雪が席を立ち反駁する。

 「私達はそんなつもりで戦っている訳じゃありませんっ! これ以上、こんな戦闘を続けちゃいけないんですっ!」

 前のめりで反論しようとする駆逐古姫の言葉を遮り、南洲が問いかける。

 

 「…お前達、ハワイ攻略と聞かされて何の疑問も抱かなかったのか? あれから何十年経ってると思ってる?」

 

 それは、おそらくほとんど全ての艦娘が心の奥底に秘めている思い-どこからやり直せばあの国に勝てるのか? 戦後に生まれた者にすれば、どこまで遡っても勝ち目はない戦争だった。だが国と国民を護る事が存在意義だった軍艦(フネ)と軍人の想念が現界した艦娘達に、洗脳(マインドコントロール)でハワイ攻略への疑問を奪う。その刷込み(インプリンティング)は麻薬のように浸透したことだろう。自我も時間も曖昧になり、往時の渇望を下敷きにした悲しい願いに支配された。

 

 南洲の言葉に衝撃を受けたような表情を見せる技本艦隊勢。青ざめた、といっても元々青白い表情の駆逐古姫(神風)は、それでも何か言い返そうと必死に言葉を探すうちに涙目になってきた。慰めるように守るように駆逐古姫を抱きしめる萩風と天城。すっと黄橙色の上着を着た艦娘が立ちあがり南洲へと近づいてくる。

 

 

 「司令官…私は今の自分がどこの所属で、何のために北太平洋にいるのか、誰と戦った結果でここにいるのか、ぜーんぶ思い出しました。これじゃ多門丸に顔向けできません。反逆罪で解体ですよね、あはは、は、は…。でも、またいつの日か艦娘になるなら、今度は最初から槇原司令の元がいいな、う…ん」

 

 目に涙を一杯に溜めながら、それでも精一杯笑顔を南洲に見せる飛龍。我に返り自分の立ち位置を冷静に判断すると、どう考えても自分達のした事は反逆罪でしかない。それでも、捕縛されるなら南洲がいい、全てを受け入れるように飛龍は微笑み続けようとする。

 

 「飛龍さんっ」

 堪らずに羽黒が飛龍の元に駆け寄る。その声にはっとした表情で振り返る飛龍が、羽黒の顔を見て堪えきれずぼろぼろと涙を流す。この二人と春雨、そして軽巡棲姫(神通)は、元々南洲の部下としてウェダ基地で苦楽を共にしてきた。そして多くの視線が南洲に集まる。すうっと息を吸いこんだ南洲は、決然とした表情で告げる。

 

 

 「大湊と単冠湾が連中の無力化に成功した後、俺達は敵母艦の臨検及び敵指揮官の捕縛に取り掛かる。仁科大佐の数々の不法行為による()()()の多くは保護に成功した。忘れるな、俺達は全ての艦娘の権利のための即応部隊、艦隊本部付査察部隊MIGOだっ!」

 


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