逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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ビスマルクとともに鎮守府を脱出し春雨との合流を急ぐ南洲。この鎮守府で起きていたことの黒幕が明らかになる。


08. マリオネット

 「…全弾命中、です」

 

 港にほど近い鎮守府の東約2km地点に立つ、艤装を展開している一人の艦娘。沈んだ声で攻撃成功の通信を行うのはこの鎮守府の秘書艦であり、南洲のかつての部下である妙高型重巡洋艦四番艦の羽黒だ。通信の相手から指示が返ってくる。

 

 「貴様は港まで移動した後海上進出、()()に合流しろ」

 

 その通信相手こそ、この鎮守府の提督であり、南洲が追い求める戸越 伸彦(とごし のぶひこ)少将-本名 辻柾伸彦その人であった。

 

 戸越(辻柾)は、大本営作戦部にあって大成功か大失敗の二択になる作戦参謀として有名であった。作戦をギャンブルと思っているような男ではあるが、上に取り入る術には長け、巧みに責任を回避し続け出世まで成し遂げた。最もこの出世は態の良い厄介払いでもあったようで、これ以上この男に作戦立案を任せておくと碌な事にならない・現場で最前線の苦労を味わえば少しはマシになるだろう、そういう意図だったようだ。

 

 果たして現場着任からほどなく、辻柾は本性をむき出しにし始めた。この男の獣欲と加虐的性向の赴くまま、多くの艦娘が被害者となった一方で、酷烈な管理が艦娘を恐怖で縛る督戦隊的な役割を果たした部分もあり、鎮守府としての戦果は決して悪くはなかった。

 

 大本営としても頭を抱える事態であり、そんな中ドイツの駐日武官経由で寄せられたビスマルクの訴えは渡りに船だった。上手くいけばそれでよし、失敗すればドイツ艦の反乱で事を収める。諜報・特殊作戦群に”仕事“の依頼が入った背景は、まさに南洲の読み通りであった。

 

 

 

 羽黒の4基8門の12.7cm連装高角砲で集中砲撃を受けた提督室は跡形もなく破壊されていた。被害は提督室に留まらず、ロの字型をした鎮守府、上空から見て正門側を下辺とすれば奥にある上辺にあたる部分は半壊状態だった。

 

 ビスマルクの拘束を解いている最中の着弾。35.6cm連装砲の装甲天蓋にも二、三発の直撃を受けたが苦も無く弾き返せた所を見ると小口径砲か高角砲と言ったところか。それでも部屋を破壊し()()()()()を殺傷するには十分すぎる威力を発揮する。着弾の衝撃や爆風で提督室を中心とする二階部分は破壊され尽くしあっという間に崩落、南洲とビスマルクも瓦礫ともども一階部分へと落下してゆく。そんな中で南洲は砲塔と自分の体の間にビスマルクを挟むことに成功した。何とか着地したものの衝撃を逃がし切れず、南洲は体勢を大きく崩し床に倒れこみ、その上から降り注いだ瓦礫であっという間に生き埋めになってしまった。

 

 「………い、大尉? しっかりしなさいよっ!! ねぇ、聞こえてるのっ!?」

 「うるせえな、耳元で叫ぶんじゃねーよ」

 

 自分の顔のすぐ真横にビスマルクの顔がある。仰向けの南洲に覆いかぶさるように俯せのビスマルク、その上に二人を覆う35.6cm

連装砲砲塔。そして周囲は瓦礫で埋まっている。

 

 「それより大丈夫かっ、ケガはしてないか? …おいっ、落下してからどれくらい経った!?」

 ビスマルクの身を案じる南洲だが、言いながら一瞬意識が途切れていたことに気付いた。いろいろな理由でこれはマズい。自分の稼働時間、辻柾の逃亡、敵部隊の集結…どれをとってもグズグズしている暇はない。

 

 「多分10分、15分は経っていないかしら。…大尉がクッションになってくれたから私は大丈夫よ…あ、ありがとう。それより…あなた、一体何者なの? 艦娘、という訳じゃなさそうだけど」

 

 人間が艤装を展開できるなど聞いたことがない。そして目の前にいるのは明らかに人間の男性であり、艦娘ではない。だが現実に巨大な二連装砲を操り、常人離れした筋力と運動能力を見せられた。

 

 「…体の四分の一位は、艦娘の生体機能を組み込まれている、まぁそういうことだ。それよりビスマルク、頼みがある。お前の左脚で、そこに突き出てる角材、蹴り折ってくれないか?」

 

 ビスマルクは上体を反らすようにして頭を動かし後方を覗き見る。確かに折れた角材が見える。

 

 「お安いご用よ。せーのっ!!」

 

 南洲に覆いかぶさるようにしているビスマルクが、左膝を曲げながら太ももを自分の体に引き寄せ、そのまま一気に伸ばす。軽い音を立て折られた角材は遠くに飛んでゆく。

 

 「ぐぁあっっっ!!」

 「え?えっ? ど、どうしたの、大尉!?」

 

 突然の南洲の悲鳴に慌てるビスマルクが、改めて後方を覗き見ると、南洲の脹脛から血が噴き出しているのが見えた。自分が蹴り折ったのが南洲の脚に刺さっていた角材と分かり、何をさせるのよと文句を言う。脂汗をかきながら、続けて南洲はビスマルクに指示を出す。

 

 「き、気にするな。それよりも、そのままお前の左脚を俺の右脚に絡めて、その刺さっているヤツから引き抜いてくれ。…ああもう、耳元でごちゃごちゃ言うな。言う通りにしてくれ」

 

 しぶしぶ、といった態でビスマルクは南洲に言われた通りにする。脚を絡ませ、左の足だけで南洲の右脚を持ち上げる。角材が刺さった脚は抵抗が大きく、ビスマルクは南洲にきつく抱き付き左脚だけにゆっくり力を込める。

 

 「んんっ…………はぁ……んーーーーーーっ、ああっ」

 

 不意に抵抗が軽くなり、嫌な音とともに南洲の右脚が自由になる。うっすら額に汗をかいたビスマルクは安堵の表情を浮かべる。

 

 「さんきゅ…ダンケシェーン。助かったよ」

 「クス…ひどい発音ね。まぁいいわ、今度ゆっくりドイツ語を教えてあげてもいいのよ?」

 「…それにしても、お前…結構大きいんだな」

 「?………!!」

 

 みるみる顔を赤くするビスマルク。南洲が何を言ってるのか一拍遅れて理解した。左脚に力を入れるため、南洲にきつく抱き付いていた。結果としてそれは自分の豊かな胸を押し当てていたことであり、南洲はそれをからかっているのだと気が付いた。

 

 「なっ!! し、仕方ないでしょうっ!? まったく、このへんたいへんたいへんたいっ!」

 「男は大体こんなもんだ。さぁ、脱出するか。こんな所でお前と抱き合っていたなんて春雨に知られたら…後で何をされるか分かったもんじゃないしな」

 

 言いながら35.6cm連装砲を動かそうとする南洲。周囲の瓦礫からぱらぱらと破片が散らばるがなかなか動かない。

 

 「ちいっ。…おい、ビスマルク、()()()

 

 言うや否や、連装砲が轟音とともに火を噴き、砲撃とそれに伴う爆風で周辺の瓦礫を吹き飛ばす。

 

 多くの兵士や艦娘が右往左往しながらも消火活動や状況の把握に忙しく動き回る中、瓦礫の下から爆発音が響き、瓦礫と土が猛烈な勢いでまき散らされた。何らかの爆発物に引火したのか、と兵士や艦娘が退避する中、二つの人影がゆらりと立ち上る。ビスマルクと南洲が、混乱を利用し立ち込める土煙の中を移動しながら鎮守府から脱出を図る。

 

 

 

 ビスマルクに肩を貸され、右脚を引きずる南洲は港へと向かう。混乱する鎮守府を首尾よく抜け出し、提督室へ向かう直前に二手に分かれ先行した春雨との合流を目指す。脚にケガを負った南洲の走るペースは上がらないが、それでも鎮守府を抜け出した時点より速度が上がっていることにビスマルクは疑問を感じ始めた。

 

 「…ねぇ大尉…脚、いいえ、あなたの体は一体どうなっているの?」

 「あと数分もあれば取りあえず何とかなると思うが…すこし修復の時間を取るか」

 

 南洲はそう言い、ビスマルクの肩から自分の左腕を降ろし、少しだけ足を引きずりながら、手近にある木の根元に座り込む。腕を組みながら南洲を見下ろすビスマルクの視線は、角材で貫かれたはずの脹脛に注がれる。

 

 「…気になるのか? というか、気になるよな」

 言いながら血で汚れたMCCUUのパンツの裾をめくる南洲。ビスマルクが不快そうな表情に変わる。

 

 「………何よ、それは。あなた、本当に人間なの?」

 「このくらいの損傷なら、何とか、な。痛くない訳じゃないぞ、念のため言っておくが」

 

 ビスマルクの視線の先にはすでに穴がふさがりかけた脹脛がある。人間に艦娘の組織を融合したという南洲の話は、未だに半信半疑だ。少なくともこれまでの自分の常識とはかけ離れすぎている。だが目の前にある『事実』を否定するほどビスマルクは頑迷ではなかった。それでも、目の前にいる南洲から目を逸らすように軍帽を目深にかぶり直し、大きくため息をつきながら話を変える。

 

 「…はぁ…まぁいいわ。それよりも大尉、すっかり騙されてたわ。羽黒はSchaufensterpuppe(身代わりの人形)に過ぎなかった。この鎮守府で起きていた事を裏から糸を引いていたのは別な艦娘で、そいつが私を不意打ちしてあんな目に合わせたのよっ! そいつは…練習巡洋艦の鹿島は、すでにアトミラールと一緒に鎮守府を脱出しているわっ!!」


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