逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 大本営の政治的混乱は、南洲達の作戦実施に大きな影響を与える。それでも中臣浄階の部隊に立ち向かおうとする南洲と艦娘達。

※ご注意
この章は以前コラボをさせて頂きました

zero-45様【大本営第二特務課の日常】
https://novel.syosetu.org/80139/

 と世界観のごく一部を共有している側面がありまして、たまに重なる話題や登場キャラの名前が出ることがあります。コラボというほど緊密ではなく、同じ話題にさらりと触れる時もあるんだね、という感じでご理解いただければと思います。


Mission-6 立ち上がる女たち
75. 遥かなる海の途中で


 「命令をよくご理解ください。 『国内鎮守府に居る将官へは待機命令が下り、現在進行中の作戦で中止可能な物は全て中止、戦力を拠点へ引き上げて整えよ』です、石村中将。あなたは外地におられ、しかも泊地司令なので待機命令は対象外ですが、作戦中止命令の対象となります」

 通信機の向こうで事無かれ主義担当者のドヤ顔が目に浮かぶようで、秘書艦の雷が怯えるほど険しい表情を浮かべる石村中将は、滔々と話し続ける通信将校を無視して通信を終了すると、にやりと意味ありげな笑みを浮かべ、雷に展開中の全部隊の撤収を命じるよう伝達する。

 

 「やれやれ、命令か。ふむ、従うとするか。一刻も早く撤収せよ。以後単冠湾泊地および大湊警備府の部隊は()()()()に戻る」

 

 そして誰に言うともなく呟く。

 

 「さて、『人在る所に人無く、人無き所に人在り』とは至言だが、槇原南洲…貴様がカギを握ることになるぞ」

 

 

 

 単冠湾の部隊が新知島の敵本隊に北方から圧力を掛れば、もとよりハワイを目指す敵艦隊は東南へと進路を取るだろう。というよりそう強要する。そして逃れた所を北上するMIGOと東進する大湊も加え三方から挟撃する―それが単冠湾泊地と大湊警備府、そして南洲率いる査察部隊MIGOの合同作戦の概要()()()

 

 だが。

 

 連続して起きた二つの事件、モドキの暴走と三上大将の収監により大本営は揺れに揺れ、国内将官の待機命令に始まり進行中作戦の中止、国内外の要人を招き行われる大坂鎮守府での緊急会談など事態は急変した。

 

 そもそも現在の情勢下で北太平洋の重要性は極めて低い。かつて起きた深海棲艦同士の数少ない抗争の結果、太平洋の北側は『無主の海』として放置されている。そうした経緯に加え、ハワイ諸島とミッドウェー島以外に利用可能な島嶼もなく波荒い広大な海が広がるだけの地勢的要因もあり、ほとんど無視されていたとも言える。

 

 その意味では、中臣浄階が北方海域を拠点に選んだのも、そこを舞台として中臣一派の戦力殲滅に出た宇佐美少将と石村中将の作戦も、戦略的価値の低さから大本営の目が向きにくい点を逆手に取ったものだった。反面、このように情勢が急変すれば優先度の低い作戦として真っ先に中止させられるリスクもあり、よりによって今回はそれが顕在化してしまった。

 

 

 そしてそんな政治的事情に関わりなく、よりしがらみの少ない方がより速く動く。

 

 三方向からの挟撃作戦は脆くも瓦解、単冠湾部隊の撤収を見届けるかのように、悠々と武魯頓(ぶろとん)湾を抜錨した深海棲艦(元艦娘)の連合艦隊は、色丹島を出発した部隊と合流し東南方向へと進路を取る。大湊の部隊との合流のため北上を続けていた南洲の部隊もまた、情勢の変化を受け進路を変更、東へと進んでゆく―――。

 

 

 

 「ふーん」

 「ふーん、って司令官っ! 大本営からのご命令ですよっ!? 『現在進行中の作戦で中止可能な物は全て中止、戦力を拠点へ引き上げろ』って…」

 「俺にはまったく関係ない話だ。()()は待機で、連中が指揮する中止可能な作戦は中止、そういうことなんだろ。ちなみに俺は佐官、覚えておけよ」

 

 プリントアウトした指令書を片手に、吹雪が血相を変えて南洲に迫るが、一方の南洲は秘匿回線経由で宇佐美少将、さらに石村中将から立て続けに連絡が入りそちらを見ようともしない。通信への返事も、なるほどね、そういう事か、だいたいあの辺かな、じゃあまたあとで、の四語しか発しない。通信が終わるのを今か今かと待ちわびる吹雪に、どこかふざけたような笑みを浮かべ相対する南洲。

 

 

 「そんなの屁理屈ですーっ! 将官は待機、全作戦は中止、そういう内容ですよ、これ。軍人たるもの命令には―――」

 「吹雪」

 

 吹雪の話を遮る南洲。声の質は一見静かだが反論を許さない空気を帯びたものに変わり、吹雪にもその緊張が伝わる。

 

 「宇佐美のダンナと大湊、石村中将と単冠湾は必ず動く。何故か分かるか? 俺達は、自分の勝手な都合で艦娘(お前たち)の尊厳を踏みにじる連中の排除のために存在しているからだ。艦娘を深海棲艦に強制的に変えるような実験を行い、あまつさえ他国への侵攻の手先にする中臣浄階…こんな大規模で組織的なテロのお先棒を艦娘に担がせてたまるかっ! お行儀良くしてる暇なんかねーんだよ」

 

 決然とした南洲の言葉に押された吹雪は、唇を真一文字に結びこくりと頷くことしかできなかった。明確な指揮命令系統に組み込まれ組織的な戦闘のために整備された鎮守府などの拠点に対し、状況によっては周囲の全てが敵となる中での活動を続けてきた査察部隊の本質の一端を見たように感じ、我知らず武者震いしていることに気が付いた。

 

 -これが査察部隊の戦いの意義…。でも、連合艦隊級の敵を私たちだけで迎え撃つなんて…。ううん、私だって、私だってやれるんだからっ!!

 

 

 

 抜錨してから約一〇日、現状の彼我の進行速度から見ればあと数日後には、ミッドウェー島西方約100kmクレ島周辺海域に自分たちがわずかに早く到着し、連中を迎え撃つことができる。そうは言っても、思いっきり不利だがな―――。

 

 南洲は母艦LST4001(おおすみ)を全通甲板上に一人立ち潮風を全身に浴びていた。遮るもののない水平線に夕陽は沈み始め、あらゆるものを赤く染め上げてゆく。誰かを待っている様子の南洲の手には缶コーヒーが二つある。

 

 戦艦一、重巡一、航巡一、練巡一、正規空母一、軽空母一、駆逐艦三。これが手元にある全戦力で、このうち鹿島は母艦の操船兼索敵要員なので、正面戦力としてはカウントできない。対する敵艦隊、武魯頓(ぶろとん)湾の監視を続けていた単冠湾部隊の報告によれば、戦艦二、重巡一、軽巡一、駆逐艦三、そして正規空母五。これに母艦と輸送船団のような部隊が随伴するらしい。

 

 -さて、どうしたもんかな。というかあの部隊、誰が指揮を執ってるんだ?

 

 絶海の太平洋で大きな戦力差の敵を迎撃する絶望的な作業。それでも引き下がるわけにはいかない。このまま敵の侵攻を放置などできないからだ。

 

 ふと南洲の横に一人の艦娘が立つ。長い黒髪を風に揺らしながら、夕日に照らされオレンジ色に染め上げられた筑摩の姿。その目には恐れや焦りの色は無く、明日の天気を尋ねるようなごく普通の口調で筑摩が問いかける。

 

 「全てが不足している戦いのようですね。どうされるおつもりですか」

 「人任せだがダンナと石村中将を信じるしか無い、って所だな。もしオレ達だけでの戦いになるなら、徹底的に逃げまくって夜戦に持ち込んでから離脱ってところか。あとはまあ、LST4001(こいつ)は図体もでかいし、いい囮になれる」

 

 右手で口元を隠すように小さく笑った筑摩は、言葉を続ける。

 

 「みんなと同じことを言うんですね。『夜戦までとにかく耐えて一撃を加える。そして敵の追撃が始まったら、全員で盾になり隊長を逃がす』って」

 

 頭をガリガリ掻きながら心底困ったような顔で筑摩を見つめる南洲。南洲が待っていたのは実は鹿島である。

 

 LST4001(おおすみ)のオペレーションの中核を成す鹿島だが、状況が悪化したらすぐに母艦を捨てて退避するよう説得するため甲板に呼び出していた。だが、偶然だろうが鹿島ではなく筑摩が現れた。筑摩は南洲から視線を外すと、暴れる長い黒髪を押さえながら不思議そうな表情で呟く。

 

 「運命、なんでしょうか。再びこの海での戦いに参加するなんて。あの時、私の偵察機は報告ミスを犯し、利根姉さんはカタパルトが不調で発進が遅れ、みすみす敵の機動部隊の跳梁を許してしまった」

 

 ここではないどこかに思いを馳せる筑摩の言葉を、南洲は何も言わずに聞いている。

 

 「隊長が私にどのような役割を課すのか分かりませんが、必ず全うします。戦力差? ふふっ、私たちは前世で有利な条件で戦った方が少ないので、あまり気にしないでください。それに、勝てばいいんですよね?」

 

 それは決意と優しさに満ちた言葉。南洲も同じように薄く笑い、筑摩に缶コーヒーを差し出し、彼女が両手でそれを受け取る。

 

 

 ごうっ。

 

 一際強い風が吹き抜け、筑摩のスカートと呼ぶには頼りない制服が大きくめくれあがった。南洲の手ごと両手で缶コーヒーを受け取った筑摩はスカートを押さえることもできず、ただ吹く風に任せている。

 

 「あっ! 強い風が…もう、このスカートだと……」

 「ちょ、おま、なんではいてな―――」

 「南洲さんっ!?」

 

 南洲の声は甲高い非難の声で遮られた。筑摩の向こうで鹿島がぷるぷる震えている。さら離れた背後にはいつの間にか甲板に集まってきた部隊の艦娘達。

 

 「南洲さんが二人きりで話をしたいっていうから…シャワーを浴びて色々準備してきたのに…。甲板でのアウトドア的なのは恥ずかしいですけどそれも新鮮というか…。でもまさか筑摩さんまで一緒に、とは思いもしませんでした。流石にそこまでは心の準備が…」

 

 ハイライトが消えかけた目でぶつぶつ言い続ける鹿島がゆらりと近づいてくる。慌てて握られたままの手を大きく動かし、筑摩と距離を取る南洲。その拍子に手にしていた缶コーヒーが甲板に落ち、肩をいからせ口をとがらせながらずいずい近づいてくる鹿島の足元まで転がってゆく。南洲しか見ていない鹿島の目には当然その物体は視界に入らず、見事なまでにすっ転び体勢を崩したまま南洲へと突入し、二人とももんどりうって甲板に倒れ込む。

 

 その光景を見ていた他の艦娘達も慌てて南洲に駆け寄ってくるが、すぐにその表情は呆れと不平に変わってゆく。

 

 「ちょっとナンシュー、何をどうしたらそんな体勢になる訳っ? ど、どこに顔を突っ込んでるのっ!? このへんたいへんたいへんたいっ!!」

 「はあ…もう私が好きな南洲はどこにもいないのでしょうか…いっそ棘鉄球(モーニングスター)で記憶をリセットしてゼロからやり直した方が…」

 「ソウイコトナラ…私モマザロウカ」

 

 ぎゃあぎゃあと騒がしいビスマルクと春雨、肩脱ぎになり出した翔鶴(空母水鬼)とそれを止める羽黒、煽る龍驤に赤面する秋月、この部隊のもう一つの面を目の当たりにした筑摩と吹雪は視線だけで会話し、頷き合う。

 

 -こんな不利な作戦でも、指揮官と部下がお互いを第一に思う…いい部隊に配属されましたね、私たち。いろいろ複雑骨折している女性関係はともかくですけど。


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