逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 綻びは思いもよらぬ所から訪れる。敵の目的についにたどり着いた南洲。

(20170308 サブタイトル変更)


72. 終わりの始まり

 「む」

 「あら」

 

 艦隊本部の管理棟を訪れた南洲と所用から自席に戻る途中の大淀は、廊下でばったり出くわした。手間が省けた、と南洲が差し出したレポートを受け取り、内容をぱらぱらと確認した大淀は満足そうにバインダーに紙の束を挟み胸元に抱える。新母艦と鹿島の艤装の同調訓練、龍驤への烈風改配備、新人二名との連携向上など、南洲にしては珍しくきちんとしたレポートを提出している。

 

 「慣熟訓練は順調そうですね、何よりです。それに、いざという時は私も出撃しますから安心してくださいね」

 

 大淀はバインダーを小脇に挟んだまま、ふんすと意気込みを示す。おもむろに屈伸を始め、デスクワークばかりだと体がなまっちゃって、と南洲に笑いかける。

 

 「体がなまった、ねえ…。実戦なんて危ない橋を渡らなくても、ダンナもいい加減歳だし、大淀が頑張って動いた方がいいんじゃねーの? ま、何にせよ、運動は大事ってことだ」

 一瞬きょとんとし、すぐに南洲の言う意味を理解した大淀は、真っ赤になってあうあうしながらも言い返そうとする。

 

 「せ、せくはらです、槇原少佐っ。査察部隊の長ともあろう方が…」

 

 にやっと笑みだけで返事をした南洲は、くるりと振り返り手を振りながら歩き出す。

 「じゃあな大淀。羽黒が待ってるから俺は行くよ。()()はダンナと頑張れよ」

 背中越しに大淀の『もーっ!!』という抗議の声を聞きながら、南洲は冷めた表情で呟く。

 

 

 「お前まで同族殺しに付き合う必要はねーよ」

 

 

 

 同族殺し-南洲がそう言うのには理由がある。単冠湾泊地と大湊警備府、そして南洲隊による合同作戦の相手は、択捉島から北東約150kmに位置する新知島の武魯頓(ぶろとん)湾に潜む深海棲艦部隊。それだけならまだいい。だがこの部隊は、艦娘を堕天(フォールダウン)することで生み出された存在だ。全員かどうかの確認は取れていないが、先の大湊防衛戦を振り返れば、最低でも四、五人は艦娘と深海棲艦をコンバートできると推定できる。そんな相手と戦うと知った部隊の面々の反応もやはり様々だった。

 

 「…………」

 無言のまま俯き、握った南洲の手を離さない春雨と翔鶴(空母水鬼)。彼女達もまた深海の淵から帰ってきた艦娘であり、複雑な心境は推して知るべし、という所だ。

 

 「あー………そやなあ、足腰立たんくらいブッ飛ばして縛り上げたらええんちゃう? ほら、自分らが大坂でされたみたいに。ええなあ、縄がきちんとひっかかって…」

 若干ハイライトの消えた目だが、殺さずに拿捕する方向で考えてることを窺わせる龍驤。

 

 「とにかく戦うだけです。私の使命は…な、南洲さんをお守りすることですからっ!」

 良くも悪くも普通な感性を持つ秋月は、南洲を守る、その一点に集中しようとする。

 

 「可能なら相手の無力化、あくまでも可能なら…ってところかしら。でも、最優先は貴方を守る事よ、南洲」

 長い金髪を手で背中に送りながら少し考え込み、『可能なら』の言葉にある種の覚悟を含みつつ、それでも決然と答えるビスマルク。

 

 「勝ち負けとかじゃなく、できるなら…南洲さんが鹿島を救ってくれたように…。あ、でもライバル増えちゃう? うーん…困りました」

 本当に困った表情で、それでも相手の事を常に思いやる鹿島。

 

 一方、あまりにも想像していた活動内容とかけ離れていたのだろう、吹雪は完全に思考停止に陥っている。宇佐美のダンナ、予備知識くらい教えといてくれよな。

 「え、えええっ!? ふぉ、ふぉーるだうん? 深海棲艦とコンバート? そ、そんなあ~っ!! ど、どうすればいいんですか、隊長ぉ~」

 

 対する筑摩も、ある意味で想像の域を超えない、あるいはある意味で想像を超える言葉を呟く。宇佐美のダンナ、社会常識くらい教えといてくれよな。

 「要するに深海棲艦の大部隊が相手ですね…そこに利根姉さんはいるの? いなければ隊長の命令通りに。殺せと言うなら殺します。生け捕り…はした事がありませんが、命令なら」

 

 そして羽黒は―――。

 

 「すべての戦いが終わってしまえばいいのに…」

 それは答えではないが、彼女の心からの祈りなのかもしれない。

 

 

 

 「お帰りなさい、隊長」

 管理棟の入り口脇に立つ羽黒は、南洲に気付くと笑顔で振り返る。セミロングの髪が揺れ、にっこりとした笑顔で南洲を出迎える。南洲が外出する際は、必ず誰かが一緒に行く-これは部隊の不文律で、今日はその役目を羽黒が担っている。

 

 「思ったより早かったですね」

 「途中でばったり大淀と会ってな、その場で書類提出したよ」

 このご時世、IT化は当然艦隊本部でも進んでいるが、多くの将官、位が上になればなるほど不思議とプリントアウトした書類での提出を好む傾向があり、宇佐美少将もそこに含まれる。港へと緩く続く上り坂を連れ立って歩きながら南洲と取り留めのない話をし、口元に手を当て微笑む羽黒の表情が一転、不安げな物に変わる。

 

 

 第二種警戒警報を意味するサイレンが響く。第一種は外部からの武力攻撃を意味し、第二種は内部での事故や障害が発生した事を意味する。通常であればその内容が通知されるのだが、ひたすらサイレンだけが鳴り続けている。艦隊本部は広大な大本営の敷地の一角を成し、同じ敷地内に技術本部やその他の管理棟も林立しているため、内容の通知が無ければどこで何が起きているのか分からない。だが、目的地の港の方から黒煙が上がるのが見える以上、港で何かがあったのは間違いないだろう。

 

 「隊長…」

 南洲のジャケットの袖を小さく掴み、羽黒は不安げな表情のままで少し身を寄せながらその顔を見上げる。羽黒の視線を一顧だにせず、南洲は向こう側から右に左に大きくふらつきながら近づいてくる影に集中していた。

 

 

 よろよろしながら近づいてくる、記憶に鮮明な病衣を着た金髪の白人女性。覚束ない足取りで首をほぼ真横に倒していたが、南洲と羽黒に気付くと頭を真っ直ぐに起こし、一言だけ発すると、後は何とも表現できない叫び声を上げる。

 

 「promozite mi! ■■taう■■えche△△△がaahhーーーーーっ!!」

 

 羽黒を背中に庇うようにし、南洲は無表情のまま抜刀の体勢に入ろうとするが、羽黒がそれを押しとどめて前に出てくる。

 

 「お、おい…」

 「人間…? でも深海棲艦と同じ気配…一体、どうなってるの?」

 

 南洲を庇うように前に出た羽黒は艤装を展開し、自分に言い聞かせるように大丈夫、と呟き、胸に手を当て深呼吸を繰り返す。かなり改善しているとはいえ、ウェダ時代のPTSDで『人型』の相手と戦う事に躊躇いを見せる羽黒。まして今目の前にいるのは、一応は人間…に違いない。だが羽黒は深海棲艦の気配がするという―――。

 

 南洲が状況を掴みかねている間に、羽黒が鋭く叫びながら避難を促す。

 

 「来ますっ!! 逃げてくださいっ!! …私が…守ります!」

 

 羽黒の視線の先では、件の女がさらに大きな叫び声を上げている。限界まで開いた口がさらに開き、唇の付け根が裂け始め、それでも足りないように鈍い音とともに顎が外れる。そして鳩尾から上を縦に裂き、だらりと下がった顎を砕き、黒鉄色の砲身が顔を出す。血に濡れた上半身を前に倒し、羽黒に照準を合わせようとするその姿は、大きさや装甲は異なるが、駆逐イ級の後期型を彷彿とさせる。

 

 先に艤装を展開したが逡巡する羽黒と、遅れて姿を現したが躊躇のない異形。一つだけ響いた砲声、南洲の眼前で羽黒が無防備に撃たれ、そのまま地面に座り込む。どうやら相手は小口径砲らしく、羽黒の装甲を貫くには至らないがそれでも無傷と言う訳にはいかない。制服の上着の左袖が千切れ素肌をむき出しにし、艤装を抱きしめて固く瞳を閉じる羽黒の姿に、今度は南洲が咆哮を上げ右脇に吊ったホルスターから銃を抜き異形に全弾撃ちこむ。デザートイーグルに似たこの拳銃は、扶桑の残した副砲を鋳潰して製造されたものである。人間相手でも50口径相当の威力を有し、艦娘や深海棲艦相手なら四十一式15cm砲と同等の威力を発揮する。木曾刀を譲られるまで南洲の装備と言えばこれだった。

 

 全弾命中、両腕と左脚を吹き飛ばし心臓に複数弾を撃ちこんだ結果、異形はぴくりとも動かなくなった。自分の上着を羽織らせ、見上げる羽黒の涙を南洲はそっと指で拭う。

 

 

 

 異形騒ぎの始まりは、意外な事だった。技本がチャーターした民間の輸送船に積まれる予定だった四五ft(フィート)コンテナ二本。積み込み作業中に、クレーンの作業員が操作を誤り一本のコンテナを落下させてしまった。壊れたコンテナの中から、人種国籍性別を問わず生きた人間が一人また一人と抜け出して幽鬼のように歩き回り、挙句に駆逐イ級に似た姿へと変容したのだ。警戒警報どころか戒厳令が出ても不思議ではなかった。

 

 -あの港湾作業員のせいでとんでもないことになったな。

 -逃げた女を発見し次第陸戦隊に連絡…いや、あれ見ろ、すでに片付いてるようだな。

 

 白衣を着た二名の男が手を振りながら小走りに近寄ってくる。どうやら味方と勘違いしているようだ。南洲はじろりと視線を送ると、狂気を帯びた笑みを浮かべ瞬時に抜刀し縮地で跳ぶ。自分も着せられた病衣、深海棲艦に変容する人間、その異形を追う様に駆けつけてきた白衣の男達―――。

 

 ー相変わらず技本くせえやり方だ。

 

 事態が呑み込めないという事を考える間もなく、二人は南洲の強烈な峰打ちで意識を手放した。

 

 

 

 艦隊本部地下某所―――。

 

 「ダンナ、色々分かったぜ。悪いがこれ以上の質問は無駄さ、『死人に口無し』って言うだろ。つか今日はどこ行ってたんだ?」

 血の臭いを纏いながら奥の小部屋から出てきた南洲が宇佐美少将に問いかける。飾り気のない事務机に付く宇佐美少将は、おそらく大淀には見せた事のないだろう生臭い笑顔で応える。質問という名の尋問、尋問という名の拷問、南洲に攫われた二人がそれに耐えられるはずもなく、さらに宇佐美石村の二将官が収集した情報と併せ、ついに中臣浄階の計画の全容が明らかとなった。

 

 「軍令部総長の大隅大将にちょっと挨拶にな。手土産の情報共有(世間話)で随分盛り上がっちまってな。で、お前の方の収穫はどうなんだ、南洲?」

 

 「あの二人はイ級モドキの調整役だと。色丹島にはあれがワンサカいて、アメリカ本土でのテロ要員なんだとよ。ダンナ達の仕入れた話と一体だな」

 「そうだな。もはや猶予はないぞ南洲。中臣浄階は、往時の戦争を仕切り直したいらしい。新知島に集結させた深海棲艦部隊の目的は真珠湾強襲だ」




昨日は手違いで執筆途中のものを公開してしまったという…。昨日公開分をお読みいただいた皆様、すみませんでした。

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