逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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多摩の猛攻を春雨とともに退け、再び提督室を目指す南洲。そこに待ち受けるものは。


07. 待ち伏せ・奇襲・罠

 無表情のまま、とーんとーんとリズムを刻むように軽くステップを踏んでいる多摩に、南洲は意識を集中する。扶桑の目が一層赤く輝き、ゆらめくようなオーラを帯びる。

 

 ゆらり。

 

 多摩の上体がわずかに動いたのを見逃さず南洲は銃を構えるが、狙いを定める暇もない。辛うじて捉えた多摩の動きは、跳躍し壁を蹴ると天井へ、天井から反対側の壁へと、立体的に高速で移動しながら迫ってくる。できれば砲塔を破壊、最悪でも脚を狙い撃ち機動力を奪い無力化したいのだが、多摩のスピードでは確実にそれができるか覚束ない。無差別に撃てば最悪多摩の命を奪ってしまうかもしれない、その恐れが南洲を躊躇わせる。

 

 「春雨(ハル)に『邪魔する奴は全て倒せ』って言ったのは誰だっけな」

 そう独り言をつぶやく南洲。口でいろいろ言う割には、艦娘に対しては非情になり切れない自分を忌々しく思う。自分を黒く塗りつぶせ、邪魔する奴は全て倒せ―――。

 

 南洲は迷わず廊下の右側の壁に背を預けしゃがみ込むと、多摩の進行方向に対しやや斜めに砲塔を構えその下に入るようにして盾とする。これで少なくとも攻撃を受ける方向を限定できる。残る左側だけを警戒し、少しでも気配を感じたら迷わず撃つ。だが、南洲の読みは外れた。

 

 大型の砲塔は強力な防盾になる反面、南洲の視界を遮る。多摩の進行方向に砲身を向け砲塔で体を庇っていた南洲の真正面に着地した多摩は、艤装を格納しヘッドスライディングの要領で、二連装の砲身の隙間を潜るようにして、上体を無理矢理に南洲の体と砲塔の間に通してきた。素手でも人間の首など容易にへし折る膂力に物を言わせ、多摩は直接攻撃を試みる。

 

 「無理矢理狭い所に入り込みやがって、やっぱり猫じゃねーかっ!!」

 

 たまらず砲塔を大きく上に動かし、後ろに大きく跳びながら、左腕を伸ばし多摩を撃とうとする南洲。が、目の前に多摩の姿はなかった。慌てて視線を動かすと、跳ね上げた砲塔の下部に両手両足でしがみ付いた多摩が再び艤装を展開し、単装砲をこちらに向けている。砲塔を振り回し多摩を振り払おうとするが上手くいかず、頭上を抑えられたままだ。

 

 -やべえな、さすがに。

 

 撃つしかないのか。お互いこの至近距離では外しようがない。あとは撃たれる前に撃たなければ。

 

 このわずかな間に起きた目まぐるしい戦闘の最中、南洲の体のすぐそばを猛烈な勢いで奔るチェーンが金属音を立てる。白い棘鉄球(モーニングスター)が多摩を襲ったが間一髪で躱された。ついに春雨が南洲に追いついてきた。着地と同時に体勢を整え廊下の中央に立つと、35.6cm連装砲を肩の位置まで動かし射撃体勢を取る南洲は、振り向かず背後の春雨に警戒を促す。

 

 「春雨(ハル)、手ごわいぞっ!」

 

 視線の先には、廊下の中央に蹲る多摩がいる。猛獣が獲物を前にし、四肢に力を込めながら襲撃の機会を窺っているのに似ている。春雨の奇襲も躱したってのかよ…南洲が苛立ってくる。こんな所で時間を使っている間に自分の稼働時間はどんどん減ってゆき、何より辻柾を逃がしてしまう。南洲が苦い顔をしながら砲塔を動かし多摩に照準を合わせる。

 

 そして多摩は、そのまま廊下に力なく俯せに横たわる。

 

 

 「お腹空いてもう動けないにゃ…。あの時の魚さえ食べてればにゃあ…」

 

 あの時の魚とは、今朝方春雨が南洲のために釣り上げていたものを、多摩がこっそり盗ろうとしていた時の話だ。どうやらビスマルクの言う敗残の艦娘への懲罰には食事抜きも含まれているのか、南洲が不愉快そうに顔をしかめる。廊下に伸びている多摩を助け起こすため、春雨が駆け出してゆく。その後ろ姿を見送る南洲はため息をつきながらも、春雨に任せることにした。

 

 「し、しっかりしてください~。あっ、これ食べますか?」

 明らかにエプロンのポケットの容量を超えた白い紙包みを取り出し、食べ物を多摩に勧める春雨。左手の銃をホルスターに仕舞いながら、その光景を遠巻きに見ながら南洲は思う。いったいどういう仕組みになっているのだろうか、と。

 

 「うにゃっ!?」

 多摩は甘い匂いに堪えきれないように、乱暴に紙包みを開け中に入っている洋菓子をガツガツと食べ始める。一心不乱に食べ続ける多摩を優しい目で見守りながら、春雨はすっと立ち上がる。その姿を不思議そうに見上げる多摩の様子が急変する。

 

 「う゛にゃっ!? …し、びれるにゃ…」

 多摩を見つめる春雨の表情には少しだけ申し訳なさそうな色も含まれる。だがその手は止まることなく、予備のモーニングスターのチェーンで多摩を雁字搦めに拘束してゆく。再び南洲は思う。だからそれを一体どこに格納しているのだ、と。

 

 「…何をした?」

 「ビスマルクさんから頂いたお菓子に、艦娘でも痺れるようなお薬を()()()()()()、はい」

 「ちょっとだけ、ねぇ…」

 

 致死量じゃ無ければちょっとですよ、とにっこりほほ笑む春雨の頭に、南洲は左手を載せるとそのまま自分の方に軽く抱き寄せる。

 「…正直、助かった。あとは三式弾で薙ぎ払うしかないと思ってた所だ」

 

 

 

 艦娘の機能を部分的とはいえ身に付けた南洲。35.6cm二連装砲の生む強大な破壊力と長距離攻撃、銃の形に再構成された副砲による近距離攻撃、薬物と移植された扶桑の生体機能により強化された運動能力と反射速度は、人間を大きく超える力を彼に与えた。

 

 だが、無敵とは程遠い。約1時間しかない稼働時間、艦娘とは異なり水上移動ができない、“素体”である南洲の心身の状態で性能が左右される等数々の制約に加え、運用上の重大な問題は、防御面では生身の人間そのままであることだ。艤装の展開時には、移植された扶桑の生体機能の恩恵で少々の傷はその場で修復されるが、修復能力を超える傷を負えばそこまでだ。

 

 そんなアンバランスな矛である南洲がその()()を最大に発揮するには、パートナーの春雨を前衛にして自分は火力を活かし後方支援に徹するのが理に適っている。だが南洲は常に春雨の前に出る。こんなこと(殺し合い)に巻き込んでしまった春雨へせめてもの誠意として。

 

 自分の頭に手をやり照れた表情で頬を赤らめる春雨に何事かを伝える。春雨は心配そうに何度も振り返りながら元来た道を引き返して行き、南洲は艤装を展開したまま目的の提督室まで歩を進める。

 

 

 

 「ここか…」

 

 重厚な作りの扉を前に呟く南洲。蝶番のある側の壁に身を寄せ、ホルスターから銃を抜きドアノブを撃ち抜く。がきんという金属音とともに火花が散ったかと思うと、ドアノブは跡形もなく消し飛び大きな穴が空いている。これで侵入者がここまでたどり着いたことが、室内にいるだろう相手には伝わる。室内からの攻撃はない。こちらが部屋に踏み込むのを待っているのか-? さらに牽制のため、静かに35.6cm連装砲の砲塔を動かし、砲身でドアを内側へと三分の一ほど押しやる。いまだ室内からの攻撃はない。

 

 逃げられたか…砲塔に身を隠しながら、南洲は室内が見える位置まで進む。見た目よりもかなり奥行のある執務室が広がり、部屋の中央部には豪奢な作りの執務机がある。

 

 そこに軍帽を被った誰かが座っている。

 

 銃を構えながらそのまま室内へ踏み込むと、砲塔がぶつかった扉が大きく開く。ぷつん、と何かが切れた音がした。極細のワイヤーが扉の上部から垂れている。ブービートラップ!? 襲い来るのは銃弾か刃物か爆発か-身構える南洲だが、警戒していたようなことは何も起きず、代わりに、室内に煌々と明かりがともる。

 

 南洲は中央にある執務机まで一気に跳躍すると、執務机に俯いたまま座っている誰かの顔を起こそうとする。見覚えのある豊かな金髪。これは---。

 

 

 ギャグボールを口に嵌められ、整った顔を苦痛に歪ませるビスマルクが、喉を潰されるようなくぐもった声しか上げられないながらも、必死に何かを言おうとしている。見れば鋼鉄製の首輪を架せられ、そこに溶接された鎖は椅子の脚に一切の遊びなく直線的に繋がれている。これでは首を動かそうにも動かせない。

 

 「やれやれ…こんな所でお前に会うようじゃ、作戦は完全に失敗だな」

 南洲は皮肉交じりに言いながら、それこそ縫糸をちぎるような気安さで、扶桑の右腕で苦も無く椅子に繋がれた鎖を引きちぎり、ギャグボールをビスマルクの口から外してやる。

 

 顔にはきつく縛られた革紐の跡が痛々しく残るビスマルクが間髪入れずに叫ぶ。

 

 「大尉っ、罠よっ!! ごめんなさ―――」

 

 

 ビスマルクの言葉が終わらぬうちに、執務室に外から砲撃が加えられた。


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