逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 順調に回復する南洲。とある早朝、何かを始める。


67. 誰にも分からない

 ―寒いなあ。

 

 早朝目が覚めた南洲はゆっくり警備府の中を散歩している。以前に比べ性能が低下しているとはいえ、艦娘の生体組織が体の約四分の一を占める南洲の頑丈さと回復力はやはり尋常ではない。軽巡棲姫との戦闘から七日、大湊での療養開始から五日、すでに刀を杖代わりにしなくとも歩き回れるほどに南洲は回復している。

 

 半壊した警備府の復旧は、軍事施設としての中核機能を優先して急ピッチで進んでいる。だが、逆に言えばそれ以外の施設ー厨房、食堂、艦娘寮、倉庫などは完全に後回しになっている。冬の青森にしては珍しい快晴の青空だが、空気は冷たく足元の雪も解ける気配はない。しゃりしゃり音を立てる足元の雪、(かじか)む寒さ…熱帯のウェダとはまるで違うと思いながら、目的もなく歩き続け中庭に着いた南洲の目にある物に目が留まった。

 

 「ふむ…当座しのぎだが作ってみるか」

 

 程なく厨房や食堂は復旧されるだろうが、それまでの間の繋ぎとして、南洲は簡易キッチンを中庭に組み上げることにした。要するにキャンプ場の竈である。南洲の立ち位置を巡って微妙な空気でぎくしゃくしている大湊と査察隊の艦娘達だが、共通していたのは食堂の復旧が後回しにされたため携行食(レーション)が連日続きうんざりしていた点である。

 

 -ま、一緒にメシ喰えば何かのきっかけになるだろう。

 

 艦娘寮から見渡せる中庭で右に左に動き回る南洲の姿はすぐに艦娘達の目に留まった。南洲が瓦礫を集め出したのを皆窓越しに興味深く眺めていたが、ウェダ基地開設時も同じようにアウトドアライフを短期間だが二人で過ごした春雨は、すぐに南洲が何をしているか気付き、艦娘寮から駆け出すと中庭に行き手伝い始めた。

 

 楽しそうに作業をする二人の姿を見て、陽炎がしぶる不知火の手を引きながらやって来た。

 「ねえねえ、何してるのていと…少佐さん?」

 黄色いリボンを揺らしながら興味深そうに覗き込んでる陽炎と、真面目な表情を崩さない不知火。

 

 「ちょうどいい、暇なら手伝ってくれないか」

 「もちろん! 何すればいい?」

 「ご命令とあらば勿論、何でも仰って下さい」

 対照的な返事を返す二人に南洲は苦笑いを浮かべる。

 「堅苦しい話じゃないんだがな」

 依然として背筋を伸ばし敬礼の姿勢で命令を待つ不知火を、陽炎がきょとんと見ているうちに、南洲隊と大湊のほとんどの艦娘が中庭に集まってきた。

 

 南洲は艦娘の一群の中で、頭一つ背の高い艦娘、矢矧の姿を認めると、ちょいちょいと手招きをして呼び寄せる。矢矧はぎこちない表情でやってくると、敬礼をしながら訥々と言葉を継ぐ。

 

 「な、何でしょう少佐? その…こ、こないだは…ああもう、まともに顔が見れないじゃない」

 両手で真っ赤になった頬を押さえ横を向く矢矧と、ジト目で南洲に凍てつく波動を放つ春雨と鹿島、今まで見せた事のない矢矧の仕草に戸惑う大湊の艦娘達。さわがしくなった周囲を気にすることなく、南洲は二言三言矢矧に何かを言いつける。軽く首を傾げ顎に手を当てながら矢矧が南洲の質問に答える。

 

 「どうかしら…見てみないと何とも言えないわ。でもあったとしても焦げたりしてるかも知れないけど?」

 「程度問題だが構わんさ、鹿島と羽黒…あと何人か、矢矧を手伝ってくれ。あとは龍驤、何人か連れて材料を集めてきてくれ」

 軽く手を上げて南洲に答えると、龍驤は祥鳳と龍鳳、瑞鳳を伴い矢矧達とは別な方向へと歩いてゆく。

 

 二組を見送った南洲は背伸びをして首をこきこき鳴らすと、周囲にいる艦娘達に呼びかける。

 「材料は大体集まった。後は俺と春雨の指示に従って、作るのを手伝ってくれ」

 

 南洲が慎重に位置を決め、中庭にあっという間に完成したのは数基の即席の竈。瓦礫と化しそこかしこに転がっているのは、警備府の建物を覆っていた耐火煉瓦で、竈を作るのには最適の材料だ。幸い半壊状態の警備府では焚き付けにするものには困らない。南洲は器用に火を点け、即席の竈の中に炎が踊り出す。それを見た艦娘達が集まり竈の周りで暖を取り始める。さらに南洲の足元には多少(いびつ)だが大小さまざまな鉄筋やブロック、板等が転がり、矢矧達の帰りを待って次の作業に移る。

 

 「南洲さん、ありましたよ♪」

 手ぶらで駆けてきた鹿島がにんまりしながら南洲の腕にしがみ付く。すぐに日の光を受けきらきら輝くシートを抱えた矢矧と羽黒が追いついてきた。南洲が矢矧に頼んだのは、断熱用アルミシートとテントシート。地面に板を敷き、さらにその上に断熱用アルミシートを敷き地面からの冷気を遮断、さらにテントシートを敷きその上にブロックを置いて椅子代わりにする。

 

 「お待たせしました、少佐。アレが作れそうですね」

 祥鳳と龍鳳が協力しながらお米に野菜、塩鮭、そして酒粕を運び、瑞鳳と龍驤が鍋と飯盒、食器類を運ぶ。その班分けに何らかの意図はあるのか、と頭を一瞬だけよぎった疑問を追いやり、南洲は全員に呼びかける。

 

 「よし、準備はできた。これからみんなで朝ご飯を作って食べるとしようっ」

 

 粕汁と飯盒で炊いたご飯だけのささやかな献立だが、やはり火を使った温かい食事には代えがたい魅力がある。全員で竈を囲んで朝食を取る。

 

 「あ……霞ちゃん……お寝坊……」

 霰が駆け寄ってくる霞を見つけ、ぽつりと呟く。慌てた様子で髪をサイドにまとめながら走ってきた霞に、春雨が微笑みながらほかほかの粕汁の入ったお椀を差し出す。

 「何よ補給なのっ? ……あ、あったかい…」

 

 

 そしていったん火の付いた食欲は収まらず、誰が言いだすともなく食材、最も手軽なものとして陸奥湾で魚をゲットする流れになった。これに多くの艦娘が参加を希望し、南洲に許可を求めてきた。

 

 「いや…俺は大湊(お前ら)に許可を出す立場じゃない」

 

 困った表情で答える南洲に困った表情で応える大湊の艦娘達と南洲隊。二組の艦娘の浮かべる表情は同じでも、そこに込められた意味は異なる。気まずくなりかけた雰囲気は、ひょこっと現れた宇佐美少将が助け船を出すことで何とか柔らかくなった。

 

 「あー済まないな、お嬢ちゃん達。まだ正式に辞令が出てないからな。よし、粕汁のお礼に南洲の上司の俺が許可する、頑張って大物捕まえてこいっ」

 

 全ては魚のために-どこかから取り出した大漁旗を掲げ、勇躍冬の海へと出る準備を始めた艦娘達を微笑ましく見つめている宇佐美少将に、眉根を顰め心底困ったような表情で南洲は視線を送る。

 

 

 その後南洲は、重要な話がある、と宇佐美少将のもとを訪れていた。飛行艇用のハンガーを持たない大湊警備府ではUS-2は港に係留されたままになっており、密談をするには格好の場所となっている。規則正しく寄せる波に揺られるUS-2の中、二人は話を始める。

 

 「しかしなんだ、お前もいい事考えたな。共同作業を通して打ち解けさせる、か。ま、一杯やるか」

 監視役兼被害者の大淀の目がない今、昼間から日本酒を用意した宇佐美少将はぐい飲みを満足そうに傾ける。

 「別にそんなつもりじゃなかったんだがな。肋骨の炎症も収まったらしいから、やっと俺も青森の地酒を楽しめそうだ」

 にやりと笑いながら、同じようにぐい飲みを空ける南洲。無論、青森の地酒を品評することが二人の目的ではない。取りあえず喉を潤した二人は、前置き無しに本題に斬り込む。

 

 「今までのように、問題が起きてから拠点に乗り込んで事情を解明し現場の当事者を拘束、じゃあラチが明かないだろう。三上大将と中臣浄階ってのをどうにかするしかないんじゃねーのか、ダンナ?」

 「軍組織の頂点二人だぞ…。それに、どうにかするって…南洲、何を考えている?」

 

 南洲はそれに応えずうっすら笑うと席を立つ。

 「おい、俺の話はまだある。石村中将とも相談しているが、お前にはここ―――」

 「心配してくれてるのはありがたいが…ダンナ、あんまり勝手に事を進めないでくれないか。それが俺の言いたい()()()()だ」

 

 宇佐美少将の言葉を遮り、南洲はそのままUS-2を後にする。残された宇佐美少将は、はぁっと大きなため息を付きながら頭を掻き考え込む。石村中将は大湊警備府の後見役になることは了承してくれている。それは択捉島という離島に拠点を構える関係上、後方支援拠点として大湊の安定が単冠湾泊地の安定にも繋がるからだ。だが大湊を誰に預けるのか、その点についてはまだ合意を得られておらず、連日協議が続いている。

 

 「復讐と復帰、お前はどっちに行くつもりなんだ、南洲…」

 

 それはかつて遠藤大佐が南洲に問いかけた言葉と偶然にも重なるものだった。

 

 

 

 夕方になり、続々と艦娘達が満面の笑みを浮かべながら帰投してきた。

 

 「大漁ですっ! はい、これっ!」

 南洲の目の前に差し出されたのは全長3mを超えるクロマグロ。それも一尾や二尾ではない。聞けば下北半島の先端、大間まで遠征したらしい。

 「こ、これどうしたんだ…?」

 「いやー、地引網ならぬ空引網ちゅーの? ウチの二式艦偵で魚群キャッチしてな、すかさず鳳ちゃん達(祥鳳、瑞鳳、龍鳳)の九十九式艦爆の脚に網をひっかけてな、 こう掬い上げたんや」

 両手で何かを掬うような手振りをする龍驤。その後ろではMVPの軽空母三人がキラキラした顔でこちらを見ている。無論マグロだけではなく、夕雲や早霜、陽炎や霰など多くの駆逐艦達が背負ったドラム缶には大小さまざまな魚が入れられている。

 

 「すごいなみんな、今夜は豪勢に魚介尽くしといくか。こんだけあると保存食も作らんと勿体無いな」

 

 その言葉にわあっと歓声が上がり、どんな料理が食べたいか、誰が何を担当するかなど一気に盛り上がったが、南洲はふと気づいた。

 

 「なあ、春雨はどうしたんだ?」

 「あれ? 途中まで一緒でしたけれども…? ちょっと用事があるとか言ってたから、まだ港でしょうか?」

 

 南洲はこの場に春雨がいないことを確認すると、その姿を求め港へと向かい歩き出した。


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