逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 仁科大佐の砲撃を止めようとする南洲。だが離脱を命じていた部隊は、むしろ反転攻勢に出ようとする。


63. 彼女達の選択-前編

 「さて、どう料理するかね。煮ても焼いても喰えなさそうだが」

 「春雨は料理大好きですけど、仁科大佐さんは美味しくないと思います、はい」

 

 南洲と春雨は仁科大佐を注視する。かつて南洲は扶桑の35.6cm連装砲を展開することができた。鉄と油を依代に現界させる艤装、ヤツは誰の力を振るっているのか? ゆらゆら揺れる連装砲が不意に仁科大佐の頭上を越え持ち上がる。砲身がゆるりと仰角を取ると、仁科大佐は両脚を広げ反動に備える。

 「山城や貴方が騒いでも怖くありませんが相手をするだけ時間の無駄、水鬼とビスマルクは…生きてさえいれば後は技本で何とかします」

 

 -あくまでもしらたかを撃つ気か。アイツら…モタモタしてる暇はねーぞ!

 

 南洲は仁科大佐を取り押さえるため突進し、春雨も遅れずに疾走を始める。仁科大佐との距離をみるみる詰めながらインカムで鹿島に全員離脱済みかどうか確認する南洲。だが、その返事は微妙なものだった。

 「はい、南洲さん♪ 全員しらたかを離脱済み、配置完了しています、うふふ♪」

 

 間近で見た仁科大佐の砲塔(それ)は、長大な砲身、砲塔と砲身の根元を塞ぐ白いカンバス、傾斜装甲で構成され全高の抑えられた砲塔―――41cm連装砲、砲塔測距儀の形状からして、コイツの『力』は陸奥か。

 

 再び砲撃が行われ、仁科大佐の周囲が爆煙で覆われる。三度目の砲撃で至近弾を受けたしらたかは、これまでに受けた損傷を含め持ちこたえられずついに轟沈し、水中で搭載火器が誘爆、船体に見合わない巨大な火柱と黒煙を上げた。

 

 「全員無事かっ!? 応答せよっ」

 「南洲さん、45秒後に応射開始します。急いで離れてくださいね、うふふ♪」

 

 インカムから鹿島の声が飛び込んでくる。南洲はその内容に不満を覚えながらも、速度を上げ、春雨と共に仁科大佐の左右を駆けぬけると一気に距離を取り防風林に飛び込むと、砲撃に備え地面に伏せる。

 「全員無事なんだな、鹿島っ!? 応射なんてしなくていいからさっさと逃げろっ!!」

 

 

 「私たちは二度と貴方を一人で戦わせません。私たちだって貴方を守れますから。これ以上一人で何もかも抱えないでくださいね、約束ですよ♪ …5…4…3…2…斉射っ」

 

 

 鹿島のカウントダウンの向こうから、Feuerとドイツ語が聞こえてくる。ビスマルクが砲撃を行うようだ。四基八門の主砲からの一斉射撃、先ほどの仁科大佐の砲撃よりも激しい轟音が響き渡る。地表が着弾の衝撃で激しく揺れ、さながら地震のようである。必死に砲塔の下に潜り砲撃をやりすごそうとする仁科大佐だが、彼を中心とする着弾点周辺は目茶目茶に地面が抉られ原型を留めていない。だが爆発に付き物の爆風や炎は上がらず、着弾位置表示用に仕込まれた発煙剤による青い煙がもうもうと立ちこめるだけ。どうやら選択したのは演習用榴弾のようだ。

 

 「流石にポアする訳はいかないので演習弾にしてみました♪ みなさん、敵は現在沈黙中、なれど警戒続行します。山城さんと翔鶴さん、聞こえますか? そのまま敵の最大射程圏外まで離脱し待機、状況によっては航空支援をお願いします。秋月さんと羽黒さんは引き続きお二人の護衛ですね。対地制圧はビスマルクさん、龍驤さんは直掩ですね。私は現在位置で湾口封鎖しつつ戦闘管制にあたりますっ」

 

 

 

 失った悲しみに耐えられず、それでも前を向いた矢先に再び守り切れず全てを失い、自分を呪い相手を呪い力を欲した-本来の性格である槇原南洲(まきはら よしくに)という人物は、軍人としては優し過ぎたのかも知れない。そんな彼がウェダの惨劇を経て、それでも戦い続けるために被った槇原南洲(まきはらなんしゅう)という復讐の仮面(ペルソナ)。この先南洲がどうなるのか、今の時点では誰にもわからない、だがこのままでいいとは思えない、それだけは確かだ。

 

 なら南洲に守られ続けてきた自分たちは、南洲のために何ができるのか。想い人一人守れず、何のための艦娘なのか―――それが空母水鬼、そして春雨の話を聞いた彼女達の想いであり、意地だった。

 

 

 

 「仁科もろとも大湊警備府を破壊するつもりかっ?」

 「大丈夫よアトミラール、あの男は私が思いっきり突き飛ばしても平気なくらい頑丈なのよ。これくらいで丁度いいわ」

 

 上空を舞う龍驤の紫電改に守られながら、インカム越しに文句を言う南洲にビスマルクがしれっと答える。これまでの仁科大佐の変態行為にやっと仕返しができた、と満足そうな表情で長い金髪を潮風に揺らす。

 

 

 抜刀した木曾刀を右手に提げる南洲は、警戒しながら仁科の元へと向かう。軽く頬を膨らませたままの春雨も棘鉄球(モーニングスター)を右手に下げそれに従う。

 「なあ…飛び出した割には俺何もしてないよな。というか春雨(ハル)、お前、俺を止める気だったんだろ?」

 「いつもいつも傷だらけにならないで…ほしい、です。今日は後衛ではなく護衛です、はい」

 

 苦笑いを浮かべた南洲だが、たどり着いた着弾点で安堵と驚愕の両方を覚えることなった。

 

 脅威だった41cm連装砲は、ビスマルクの38cm砲計八発の直撃弾や至近弾を連続で浴びせることで、破壊に至らなかったが砲塔は大きく凹み、一門の砲身は直撃を受け破断、無力化に成功している。もっとも本体の仁科が、巨弾が天蓋に直撃した衝撃をまともに受け脳震盪を起こし行動不能のためあれ以上の砲撃は無理だったようだ。至近弾での衝撃による両脚と左腕の複雑骨折等全体としては重傷だが、とにかく生きている。そして…生体修復が進行し目の前でそれらの傷が緩やかに修復されている。

 

 徹甲弾や榴弾での攻撃、あるいは三式弾で焼き払えば、連装砲はともかく、仁科自身は跡形もなく消し去ることは可能だっただろう。だが仁科を殺さずに無力化するギリギリの選択としての演習弾、南洲は鹿島の作戦指揮とビスマルクの射撃精度に感心し彼女達の成長を嬉しく思う反面、演習弾とはいえ戦艦娘の砲撃をまともに受けてなお生き延びるまでに人間を別な何かに作り替える技本の技術とその発展スピードに暗澹とした思いを抱いていた。

 

 「俺に効果があったってことはお前にもあるってことだ。………手前には似合うんだな、これ」

 刀を収めた南洲がごそごそと取り出し、仁科の首につけたそれは、ピンク色のハートをあしらったロックチョーカー。艦娘の機能や能力を制限するこのアクセは、南洲や仁科のような()()()()()()()()()()()()()者にも機能する。

 

 「大湊警備府司令官仁科良典大佐、当査察部隊への不当な攻撃の現行犯として緊急逮捕する。加えて前任司令官芦木中将殺害容疑、支配下艦娘への重暴行及び監禁容疑等、警備府資産の不正流用等貴官には余罪がある。背後関係も含めて全てを明らかにしてもらうぞ」

 

 そう宣すると後手に手錠をかけ仁科大佐を立ち上がらせる南洲。陸奥の力をロックチョーカーにより制御された仁科は、生体修復機能も停止し、苦痛にひどく顔を歪める。春雨は部隊が目標の拘束完了を受けこちらに合流のため向かっていると伝えつつ、連装砲を改めて構え直す。南洲もため息を付きながら近づく影に声を掛ける。

 

 

 「さてひと段落…と言いたいところだが……お前らは俺を邪魔しに来たのか、見届けに来たのか、どっちだ?」

 

 

 南洲も既に気づいていたその存在。南洲と春雨が伏せていた防風林と反対方向にあるそれに身を伏せていた数名が艤装を展開しながらこちらに近づいてくる。これだけの騒ぎであり、警備府の艦娘達が駆けつけない方としたらむしろその怠慢を咎められる。不知火を先頭に陽炎、霰、霞、夕雲、早霜、神通、祥鳳、瑞鳳が南洲のすぐ眼の前までやって来た。

 

 「…山城さんが脱走を試みた。前秘書艦ゆえ改心する機会を与えるために自室に拘束している…そう聞かされ信じていた」

 鋭い眼光で睨みつける不知火に、すぐさま春雨が棘鉄球(モーニングスター)を投擲しようと反応したのを、南洲は左手を上げ合図をし押しとどめる。一方で南洲の右側、後ろ手に縛り上げられた仁科大佐はつまらなさそうな表情で生あくびをしている。それを見た大湊の艦娘達の表情が険しい物に変わる。

 

 「アリューシャン方面で苦戦を続ける友軍のため、ここ大湊からの輸送支援が生命線になる。そう言われ荒天の中、単冠湾泊地や他の北方の拠点に物資を運ぶため多くの仲間達が向かい、そして帰ってこなかった。尊い犠牲、そう聞かされそう信じたかった」

 

 事実は残酷なものであった。色丹島と新知島(しむしるとう)に密かに展開中の技本の手による深海棲艦艦隊に襲われ、ことごとく輸送隊は潰滅していた。そもそもが深海棲艦部隊へ補給物資を届けるための輸送であり、帰る道など用意されていなかった。

 

 「査察部隊が不知火に協力を求めに来た時、『沈めばいいのに…』と思った。だが工廠地下の研究施設、そして司令の豹変を見て、査察官と山城さんの殺害を聞かされても………それでも信じたかった。我々は仁科司令の手で建造されたのだ」

 

 今大湊に配属されているのは、今南洲の目の前にいる艦娘達に加え他数名しかいない。相次ぐ戦没で、みな新規に建造された艦娘ばかりで、転属組で古参の神通を除けば、どの娘もまだまだ練度が低い。

 

 

 「不知火―――」

 

 不意に仁科大佐が声を上げた。無表情のまましゃべり続けていた不知火の表情に一瞬喜びの色が浮かぶ。

 

 「私は怪我をしているのです。秘書艦なら医務室の準備をしてきなさい。ああ、それと次の輸送船団の護衛は第十八駆逐隊でした。しっかり届けて欲しかったのですが」

 

 それでもまだ信じられる何かを僅かでも探していた、そんな不知火だが全てを理解せざるをえなかった。言外に仁科司令は自分の疑問を肯定した上で、その上で次に沈むはずだったのはお前だ、そう告げている―――。

 

 不知火が浮かべた僅かな笑みは消え、うっすらと涙目になる。頭をふるふると振って顔を上げた彼女は、不敵な笑みを浮かべ、肩掛け式の連装高角砲の砲口を仁科大佐に向ける。

 

 「怒らせたわね…!」

 


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