逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 部隊を逃がすための、大切な『家族』を守るための戦いー南洲は一人で仁科大佐に挑もうとする。


62. 戦闘開始

 夜明けまであと少しの時間、突如工廠の真下で発生した砲撃音とそれに続く施設の崩落は、大湊の艦娘の耳目を驚かせるのに十分だった。直ちに駆けつけた秘書艦の不知火他数名の艦娘だが、工廠の地下にラボがあることを初めて知り、瓦礫と破壊された機材で埋もれた室内で、目の前にいる存在が理解できず思考停止状態に陥ってしまった。

 

 「ガァァァデーーームッ!! フ○ーックッ! サノバ○ィーッチィィィィ!! 貴重なデータがぁあああっ!! クソどもがあっ、許さん、許さんぞ!!」

 

 瓦礫を押しのけてその下から現れた連装砲の砲塔が、埃と血で汚れた第一種軍装を着た男の腰あたりにマウントされた基部に繋がっている。普段はびしっと整えられたオールバックの髪型が乱れ幾筋もの血で飾られた怒りの形相、口汚く誰かを罵る姿-自分の知っている仁科大佐ではない、知らない生き物を見るような感覚に不知火は襲われる。背後では夕雲や早霜、瑞鳳が怯えているのが伝わり、不知火は意を決して近づこうとする。だが仁科大佐は、無表情で制服の埃を払い、目の前の不知火を乱暴に押しのけると、空母水鬼が蹴破った扉へ視線を送る。

 

 「自分だけが特別だと思ってはいけませんよ、槇原南洲。貴方は所詮進歩を続ける技術の通過点に過ぎません。それにしても…フォールダウンを期待して山城を生かしておいたのが裏目に出ましたね。挙句に水鬼が出奔するとは…こうなったら止むを得ません、少佐と山城は必滅し、水鬼とビスマルクを回収しましょう」

 

 呆然と立ち尽くす数名の艦娘達をそれ以上気にすることもなく、ぶつぶつ言いながら仁科大佐はそのまま外に出て行った。

 

 

 

 

 

 同じ頃、PG829(しらたか)艇内も混乱していた。

 

 山城の損傷は、艇内の入渠施設で高速修復剤を併用して既に修復済みだ。ひと段落した彼女の口から語られた、仁科大佐の正体と所業を知らされるだけでも十分に衝撃的だったのに加え、夜明けまで間もないこの時間になり、()()()()が南洲を抱えてしらたかに乗り込んできたのだ。

 

 

 「………あかん、意味がまったく分からん」

 

 部隊全員に二名のゲストを加えて集合したしらたかの艇長室。出航準備中の鹿島はオペレータ席に座り、羽黒と秋月は一連の話が理解の限界を超えフリーズ状態、ビスマルクの隣で周囲を警戒し続ける山城。南洲はといえば、立ったまま壁に凭れているが、左手は涙目で絡みつくように抱き付く春雨、右腕はしがみつく空母水鬼に占拠させたままにしている。そしてその光景を頭を抱えながら見守る龍驤という図式ができている。

 

 「…意味、分カラナイ? 案外頭悪イノネ」

 空母水鬼が龍驤を揶揄し、南洲の方に視線を向けるとにっこりとほほ笑む。

 

 「ウチが言いたいのはな、これまでの話が全部ホントだとしても、肝心の全体の絵柄が見えてこーへんっちゅーことや」

 

 山城の話によれば、最初に気付いたのは芦木先任司令だったという。書類上は択捉島の単冠湾泊地が目的地だが、入手先の不明な大量の資源資材が大湊を経由して今は無人島となった新知島と色丹島に集積されているという異常事態。

 

 首謀者は言うまでもなく当時の副官、仁科大佐である。情報を掴んだ芦木先任司令は、山城に詳細を記録したデータを託し大本営に送り込もうとした。だが仁科大佐の知るところとなり、山城は()()()()()()()()()()()()()()()()()拿捕、芦木先任司令は山城の目の前で殺害、そして山城はロックチョーカーで自由を奪われた上で損傷を修復されず自室に監禁された、それが真相とのこと。いずれかの時点で、芦木先任司令が宇佐美少将に引き籠りがちな山城の将来を案じる相談をしたのは確かで、それに応えるため南洲が大湊に赴き、さらに仁科大佐がそれを利用した、ということらしい。

 

 「…私の話、疑うっていうの?」

 「仁科大佐ノ事ヲ含メ山城ハホントノ事ヲ言ッテルワヨ。ソシテ技本ノ深海棲艦部隊ハ新知島の武魯頓湾に潜ンデイルハズヨ。『本当ノ戦争』ノタメッテ言ッテタケド?」

 「そこやっ! 技本所属の深海棲艦部隊の『本当ノ戦争』? 一体何をしようっちゅーんや? それに………」

 伸ばした人差し指を空母水鬼に向ける龍驤が言葉を溜める。それに釣られて山城を除く他の全員が視線を空母水鬼に向ける。

 

 「…キミは元トラックの翔鶴なんやろ? せやけど同時に空母水鬼でもある、と。まあ、それは置いといて。せやけどな、パパが隊長でママが春雨っちゅーのはどういうことや?」

 

 龍驤は両手で何かを右から左へ動かすような手振りをすると、空母水鬼が投下した爆弾(発言)の解体作業を始めた。

 「…私ノ存在自体ニハ驚カナイノネ、ソノ方ガ驚キダワ」

 「この部隊にいれば、多少の事じゃビックリしないわよ」

 ビスマルクが軽くウインクしながら山城に笑いかける。何で自分に振るの、と山城が助けを求めるように周囲を見渡すと、『ママ』と言われ照れっぱなしの春雨を除く他の面々は南洲を見つめている。空母水鬼がやれやれ、という感じで言葉を継ぐ。

 

 「言葉ノ綾ヨ。DNA的ニ繋ガッテイル訳ナイデショウ。デモ、二人ガイナケレバ技術的ニ私ハ存在シテナイカラ、ソノ意味デハ間違イデハナイ。マ、ソウイウコト」

 

 

 喧騒を余所に、南洲は目を伏せ考え続けていた。仁科大佐がかつての自分同様艤装を展開できたとしても、自ずとその能力は砲戦系に限定できる。人間の脳には、空母系艦娘のように同時に多数の艦載機を制御する容量がないためだ。なら最大射程距離以上に離れれば無力化できる。相手は海には出れない。

 

 「今すぐ山城と空母水鬼(翔鶴)を連れて大湊を離れるぞ。後始末は宇佐美のダンナに丸投げするさ。悪いようにはしないー」

 「アラートッ!! えっ、砲撃されてるっ!? みんな伏せてーーーっ!!」

 

 南洲の言葉を遮り鹿島が悲鳴のような叫びを上げると、巨弾の着水による衝撃と巨大な水柱がPG829(しらたか)の周りに立ちあがり、艇が大きく揺さぶられる。左舷をがりがりとコンクリート製の突堤で削られ、さらに反動で艇の後部が激しく衝突する。最上部に位置する艇長室の揺れは激しく、全員が室内を左右に弾けた。

 

 「きゃああああっ!」

 「全員無事かっ? 鹿島、艇内各部状態チェック急げっ」

 南洲の言葉で鹿島がコンソールに噛り付き切迫した声で状況を報告する。

 「左舷外装亀裂と歪み多数、左舷カタパルトレール使用不能、ウォータージェットポンプ一番二番損傷っ…第二撃来ますっ!!」

 

 第二撃で再びしらたかは大きく揺らされる。そんな中を南洲は上甲板に向け走り出す。

 「…ま、黙って行かせてはくれないってことだ。仕方ない、しらたかは捨てる、お前らは俺が艇から降りたら緊急発艦、山城と翔鶴を護衛しながら離脱しろ。いいな、命令だ」

 山城は仁科大佐を立件するための、翔鶴は技本の秘密を暴くための、それぞれ生き証人だ。当然相手も遮二無二狙ってくるが守りきらねば。しらたかを潰された以上、部隊が離脱する時間を稼ぐしかない―――。

 

 

 

 「『明けない夜はない』と最初に言ったのは誰なのでしょうね。ですが、暗夜はどこまでも暗夜、そう思いませんか? さあ、改めて奏でましょう、殲滅のメロディーを!」

 

 しらたかが係留される突堤に向けゆっくりと近づいてくる異様な人影。小柄で細身の男性-仁科大佐の背中にあるのは連装砲の砲塔。腰にマウントされた基部から延びるフレキシブルアームに接続されている。

 

 「技本、復讐、査察、俺自身…そんな事は今はどうでもいい。俺の家族に手を出す奴は許さん。ウェダの二の舞にさせるか。今度こそ守る、絶対にな」

 

 艇の中央部、しらたかの出撃デッキの舷側に立ち仁科大佐を見下ろす南洲。夜戦カモのMCUUを着用し足元はタクティカルブーツ、右脇に吊ったガンホルダー。そしてその上に羽織る、かつてトラック泊地の木曾から譲られたマントが冬の潮風に激しく揺れる。

 

 -木曾刀は…ビス子に預けたままだったか。まあいいさ。仁科大佐は変態だが、剣撃に付き合ってくれるほど物好きでもないだろうしな。

 

 

 「…貴方が佩びてくれないなんて、不幸だわ…」

 

 振り返ると、両手で大切そうに木曾刀を抱きしめる山城が近づいてくる。甲板に片膝を付くと、巫女服の袂で包むようにした刀を両手で水平に保持し、頭を下げその上に捧げる。南洲が手を伸ばし、鞘の中ほどを掴むが山城も手を離さない。そして山城が顔を上げると、紅い双眸が涙に濡れている。

 

 「やまし…いや………扶桑か…」

 「はい、山城()も許してくれたので、依代(よりしろ)にさせてもらいました。口調も真似てみましたけど、どうでした? ………南洲、ご武運を。私はいつでも貴方の()にいますから」

 

 綺麗な表情で微笑む山城(扶桑)の目はひたすらに優しく、南洲はひたすらに悲しい目で見つめ返す。そして刀から手が離れ、山城は糸が切れた人形のように甲板へと崩れ落ちる。南洲は扶桑の宿る木曾刀を左腰に差し位置を整える。

 

 離脱のため出撃デッキに集まってきた艦娘全員が見守る中、大きく助走を付けた南洲は、舷側を蹴り仁科大佐に向かい跳躍する。黎明の冬空、風を纏い揺れるマントが不規則に形を変えながら、黒い影となり仁科大佐に迫る。影の中の一つの光点、赤い右目が仁科大佐(標的)を見据え、左手に構えた銃を向け発砲する。雪に覆われた地面に立ちそれを迎え撃つ異形の男は、銃撃を砲塔で弾きながら南洲に照準を合わせ砲撃体勢に入ろうとするが、慌てて体を庇うように砲塔の向きを変える。

 

 南洲と同じタイミングで、その背中に隠れるように跳躍したもう一つの影、速度と重量の違いから先に自由落下を始めた黒いメイド服姿の春雨が、左手に装備した12cm連装砲B型改を連射する。

 

 「逝く時は一緒がいいとは、どこまでも健気ですね、貴女は」

 連装砲の砲塔を盾にして春雨の斉射を防いだ仁科大佐が、砲煙の中からゆらりと姿を現し、すでに着地した南洲と春雨に対峙する。

 

 南洲は苦笑交じりに自分の背後にいた薄桃色の影に話しかける。

 「…………離脱しろ、って命令したんだがな」

 「そんな命令をするくらい分が悪いんですよね? なおさら私が一緒にいなきゃ、です」


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