逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 私闘に赴く南洲と仁科大佐は、一瞬目を離した間にビスマルクの前で行方を眩ませる。部隊の六名は、大湊の艦娘達の協力が得られぬまま、唯一事情を知っているであろう山城の元へと向かい、事態の打開を試みる。


60. 消せない記憶

 通信を通して飛び込んできた、半ば泣き出しそうなビスマルクの声。警備府内各所を調べていた部隊の五名に緊張が走る。

 「南洲を見失ったのっ! いったい…ああもう、あのpervertieren(変態)、やっぱり何か企んでっ」

 

 ビスマルクがいる司令部棟と艦娘寮を繋ぐ渡り廊下に部隊の五名が合流するには、ややしばらく時間が必要だった。五名は五名で、いつまで経っても合流しないビスマルクに業を煮やし、警備府内を方々探し回った末のことで、通信が入るや否や脱兎のごとく指定の場所に駆け付けた。

 

 難しい顔で腕を組む龍驤、不安げな秋月と羽黒、平静を装う鹿島、そして春雨の様子は明らかに普段と異なる。南洲と同じように、すうっと目を細めビスマルクを見据えている。我ながら言い訳っぽい口調になっていることはビスマルク自身も感じていたが、部隊の五名にここに至る経緯を説明を始める―――。

 

 

 

 私闘のための場所へと向かい歩きはじめた南洲と仁科大佐。その後を南洲の刀を抱きながらビスマルクはついていった。無論護衛である。

 

 無言のまま続く三人の行進。歩みを止めずに顎に右手を当てビスマルクは考える。自分の過去、秘めておきたい部分を執拗に触れられ続ければ南洲でなくとも不愉快になる。しかも自分が明らかに優位にあると言わんばかりの口ぶりで私闘の申し入れ。悪癖だとビスマルクは以前から懸念していたが、立場や権力を盾に取る相手ほど反逆的になる南洲の傾向を考えれば、一連の挑発は的を射ており、仁科大佐が南洲の性格まで把握した上でのことなら大成功だと言える。

 

 -一体何が目的だっていうの?

 

 自分に執拗なまでに執着するのも、南洲を怒らせるための演技? だとしても、見る限り身体能力で南洲の優位は揺らぐように思えない。仁科大佐が何か武術の達人だったとしても、南洲もこれまで数々の修羅場を生き残った軍人であり、暗殺者である。仁科大佐にとって有利なことなど何一つない。

 

 三人は艦娘の寮と司令部棟を繋ぐ渡り廊下に差し掛かっていたが、考え事に集中し過ぎていたビスマルクはいつの間にか足を止め、前を行く二人と距離が出来ていた。それぞれ渡り廊下の端と端。ハッとして顔を上げたビスマルクの目の前には、渡り廊下の向こうの閉ざされた扉が映った。飛ぶように一気に廊下を越え、扉を壊しかねない勢いで開けると、そこには誰もいなかった。

 

 

 

 夕方を過ぎ日が傾く頃、南洲たち一行は大湊警備府の秘書艦である不知火に面会を求め、南洲と仁科大佐の捜索への協力を申し入れたが、結果として協議は物別れに終わった。

 

 「なるほど………仁科司令に落ち度があるかのような物言い、非常に不愉快ですね。だいたい何ですか、黙って聞いていれば、それでは私たちの司令官はまるで変態ではありませんか。あの方が我々の前でそんな奇矯な言動を見せたことは一度たりともありません。ましてや司令から私闘を申し込んだなど…バカも休み休み言ってください」

 

 鋭い眼光で睨みつけ不快さを隠そうとしない不知火に、今度は部隊が唖然とする番だった。港での出迎えから今日に至るまで、一つとしてまともな言動を見たことが無い。だがここで仁科大佐の変態性の程度について議論しても意味はない。おそらくは大湊の艦娘達には徹底して見せていないか、自分たちには徹底して装ったか、いずれかだ。

 

 ビスマルクの視線の向こうでは、仁科大佐がくいくいと腰を入れて歩く姿や大げさな手振りを交えての演説を巧みに真似する龍驤に対し、不知火がこめかみに薄く青筋を立てながら引きつった笑いを浮かべている姿が見える。自分たちの司令を揶揄された事への怒りを堪えているのか龍驤のトリッキーな動きに笑いを堪えているのか、それは定かではない。その二人の間に割って入る様に春雨が進み出て、流石の不知火も顔色を変えるような事を平然と宣言する。

 

 「私たち…いいえ、私にはその仁科大佐(変態さん)のことはどうでもいいのです、はい。一刻も早く南洲を見つけたいだけですので。なので、貴方たちがどう思おうと構いません、妨害は全て排除して、私は私の必要なことをするだけです。()()()()大湊の艦娘さん達がその中に含まれていたとしても、それはそれなのでご了承ください」

 凍てつく表情で怒りを露わにする不知火に対し、花が咲くような笑顔で応えぺこりと頭を下げる春雨。だがその手には棘鉄球(モーニングスター)のチェーンが握られ、いつでも投擲できる体勢を取っている。

 

 -この子、大人しい顔してるのに、こうなると南洲以外では止められないのよね。さっさと何とかしないと、マズいわね、これは…。

 

 不穏な空気を感じ取った鹿島や羽黒がやや強引に春雨を引き戻し、龍驤が不知火を何とか宥める。その間にビスマルクは部隊に対し一つ提案を行う。

 

 「ねえ春雨(ハル)、それにみんな。取りあえず何か知ってそうな子がいるから、そこをあたりましょう」

 

 

 

 そして再び舞台は山城の部屋の前に戻る―――。

 

 南洲と仁科大佐がビスマルクを巡って緊張を高めていた時、山城もまた必死に南洲を止めようとしていた。

 

 『ダメよっ!! ソイツと戦っちゃダメッ!! …逃げて、早く逃げてっ!! お願いだから…』

 

 明らかに南洲では仁科大佐に勝てないから逃げろ、そう山城は言っていた-山城の部屋の前で起きた一連の事態の詳細を説明するビスマルクだが、秋月が珍しく妙な所に喰いついてきた。

 「つまり、南洲さんと変態大佐はビスマルクさんを巡って争いになり、ケンカで決着をつける。勝った方がビスマルクさんを手に入れる、そういう話なんですよね?」

 

 これには流石に羽黒も鹿島も目の色を変えビスマルクを凝視し、龍驤はにやにやしながら「ほっほ~」と野次馬モードに突入する。狼狽しながらも、つい頬を染めてしまったビスマルクはしどろもどろになりわたわたと手を忙しなく動かしながら言い訳を続けている。ある意味でいつもの浮かれたガールズの空気をかき消すように、部屋の中から声がする。

 

 「はあ………あなた達、人の部屋の前で何を騒いでる訳? もうお願いだから放って置いてよ。さっきの少佐、仁科大佐に連れていかれたんでしょ? だから逃げろって言ったのに…」

 

 

 どんっ。

 

 羽黒が両手で激しくドアを叩く。

 「山城さん、一体どういうことですかっ!? お願いです、ここを開けてくださいっ。私たちの司令官が行方不明なんですっ!!」

 

 「…司令官って、どういうこと? あの少佐、艦隊本部から送り込まれてきた大湊(ここ)の副官か補佐官じゃないの?」

 疑問に対し鹿島が簡潔に説明を加え、山城はようやく南洲と仁科大佐の関係性について理解したようだ。

 

 「査察部隊、かぁ。そんなのが発足していたなんて。けど芦木中将(お父様)はもう帰ってこないし、私ももう…。せっかく来たんだから、忠告してあげる。仁科大佐に関わると…いくら艦娘でもただじゃ済まないわよ。アイツのせいでお父様も私も…だからさっさと逃げなさい」

 

 

 「ただじゃ済まないのは、南洲に手を出す人と、南洲を助けられるのに動かない人です、はい」

 「へぎゃっ」

 

 金属が擦れるような音がしたかと思うと、同時に分厚いドアが中央部から叩き割られる。棘鉄球(モーニングスター)の直撃を受けたドアは内側に向かい『く』の字にひしゃげ、ドアの上部は廊下側に破片となり飛び散り、下部は辛うじて僅かにつながった蝶番だけを支えに部屋の内側に倒れ込む。間髪入れずに薄桃色の影が風を巻いて室内に飛び込み、壊れたドアの上に立ち室内を見渡す。

 

 

 「………いない? 逃げた、のですか?」

 「…ここにいるんですけど。さっさとドアから降りてくれない? ………不幸だわ」

 

 ドアに背中を持たれ両脚を投げ出すように座っていた山城は、倒れ込むドア、さらに間髪入れずそのドアの上に乗っかってきた春雨のせいで、脚を伸ばしたまま上体をべったり膝に付ける、いわゆる長座体前屈の姿勢を強いられていた。慌ててぱっとドアから飛び降りて半分になったドアの残骸をどけた春雨は、驚愕し目を見開く。一瞬の出来事に唖然とした他の五人もすぐに事態を悟り室内を覗き込み、そして顔を顰め口で手を覆う。

 

 

 窓のない部屋に充満する血の臭い。山城の両脚はめちゃめちゃに破壊されていた。程度で言えば大破寸前の中破か。無論艦娘である以上入渠すれば生体組織の修復は短時間で行えるが、それをせずこの部屋に放置、いや隔離していた、ということだ。

 

 

 「………何が『自室に引き籠った元秘書艦』よ。ふざけないでっ!! 辻柾も仁科もみんな一緒、艦娘(私たち)をなんだと思ってるのっ!! 意識は…大丈夫ね。というか、この程度の損傷だと失神もできないなんて、お互い不幸な体ね。さあ入渠しに行くわよ、ラボはどこ?」

 

 「そんなっ!? 何を言ってるんですっ? 貴方がたの仲間でしょうっ?」

 涙目の鹿島が珍しく声を荒げ、しばらく誰かと何かを言い合っていたが、諦めたように通信を終了する。そして困り果てた表情で説明を始める。

 「不知火さん、山城さんの入渠は絶対に認めないって…。どうしてっ!?」

 

 「なら…PG829(しらたか)へ戻りましょう。私たちの母艦で私たちが何をしようが誰にも文句は言わせないわっ!」

 決然とした表情で走り出したビスマルクとそれを追う部隊の四名。一人春雨だけは俯いたまま動こうとしない。普段は長い髪の毛の毛先だけが薄青いが、今は下三分の一くらいまで薄青く変わっている。やがてゆっくりと山城の部屋に向き合うと、誰もいない薄暗い部屋目がけ、再び棘鉄球(モーニングスター)を投擲する。ドアを破壊した時よりも大きな破壊音と震動、打ち抜かれた壁からは夕陽と冬の風が入り込む。

 

 「………血の臭いはウェダを思い出すので、どうしても好きになれません、はい」

 


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