逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 宇佐美少将とのシブい飲み会を終え、宿舎に戻った南洲。だが彼の夜は終わらない。


52. それぞれのぬくもり

 「しか大淀のヤツ、あれくらいで酔っ払うとはな。宇佐美のダンナの相手、あれで務まるのかね」

 

 ほろ酔い気分の南洲は吐き出した白い息を纏いながら帰途に着く。あれくらい、と言いながら南洲と宇佐美少将が空けたのは一升瓶四本、途中まで付き合っていた大淀だが、いつの間にかふにゃふにゃしだし宇佐美少将に甘え始めた。見てられねーな、と捨て台詞のような言葉を残した南洲は、『お前ほどじゃねーだろ』と大淀を首に抱き付かせたまま苦笑いを浮かべる宇佐美少将に見送られ席を立った。

 

 

 

 ドアを開け壁に手を付ながら自分のタクティカルブーツを脱ぐ南洲の目に色取り取りの女性用の靴が目に留まった。

 「ただいま…ってまだアイツラいるのかよ」

 

 南洲が出かけた際には、六人揃って轟沈して床に雑魚寝をしている有様だった。それがまだ続いている、ということか。やれやれ、といった表情でリビングダイニングに入った南洲だが、想像通り春雨をはじめとしてビスマルク、鹿島、羽黒、秋月、龍驤が思い思いの姿勢で床に転がっている。手近の席についた南洲は、残っている食事に目をつけ、ひょいひょいと口に運び出す。

 

 「イタリアンか……うん、美味いな」

 南洲はポルチーニ茸のパン粉揚、カルパッチョ、ペンネアラビアータなどを次々平らげてゆく。

 「へえ、ケーキもあるのか…甘い物はちょっとあれだが、こんな日くらい食べるとするか」

 目に留まった白いシュトレンの残りを、適当な大きさに切り口に運ぶ。元来スイーツの類はあまり好まない南洲は、やや顔を顰め、手近にあった白ワインをグラスに注ぐ。軽くグラスを動かし香りを確かめると満足そうに少しだけ口に含む。

 

 「気合入れて作ってくれたんだな、どれも凄え美味いよ。予定通りに帰ってこれなくて悪い事したな」

 

 

 …悪い事をしたのは南洲ではなく、料理に鎮静剤を、ケーキに睡眠薬を、飲み物に気分が高揚する薬を混入させた艦娘達である。

 

 

 一頻り満足した南洲は席を立ち、床に転がる艦娘達を避けながら寝室へと向かう。この部屋にある家具は大きめのベッド、そして枕元に立てかけられた自身の刀。日本刀のような拵えにしてトラック泊地の木曾から譲られた艤装。木曾と言う霊力の供給元から離れても武装の態を維持しているのは、扶桑の分霊が宿りこれを守護しているから。技術者でない自分にはその原理や根拠はよく分からないが、扶桑の想いがある限り、この刀は刀として働き続け、それを振るう自分を守り続けるのだろう、南洲はそう考えている。

 

 枕元に腰掛けた南洲は、ぼんやりと刀を眺めながら、ぽつぽつと囁くように刀に話しかけ始める。

 

 「…宇佐美のダンナから、指輪をもらったよ。って言ってもソッチ系じゃねーからな、念のため言っておく。新たに強い絆を結んだ艦娘にあげろ、もういい加減前に進んでもいいだろ、だとさ。なあ扶桑、こんな俺でも、何でか知らないが六人もの艦娘がついて来てくれている。拠点の艦隊司令なら複数の指輪持ちもたくさんいるが、俺はどうしても割り切れなくて、な」

 

 かつて見た様々な鎮守府の例を思い返しながら、南洲は生あくびをし、再び言葉を紡ぐ。

 

 「お前は『仮初めでも幸せだった』、そう言ってくれたが、俺が今こうやって生きているのはお前だけじゃない、ウェダの艦娘の犠牲の上に立ってのことだ。なあ扶桑、俺はもう復讐とか復権のために剣を振るうつもりはない。お前や春雨、そしてウェダの仲間達のように、誰かの思惑で命を弄ばれる艦娘を生まないため、それをお前たち艦娘に強いる阿呆どもと戦うため、そのために生かされたんだと思っている。前に進む云々は、それが済んでからだな」

 

 そこまで言うと南洲は刀の柄を、まるで誰かの頭を撫でるようにぽんぽんと軽く叩く。立ち上がって寝室を後にする南洲は、自分の背後で刀がぼんやりと白く光っていた事に気づかないまま歩き去る。

 

 

 「しかし何でこんなに眠いんだ……。だめだ、耐えられない…」

 トイレで用を足した後、とりあえず歯を磨き眠気を覚まそうとするが、南洲の眠気は醒めるどころかますます強くなり、寝室へ戻ることも覚束なくなってきた。ふらふらとした足取りでリビングまで戻ってきた南洲は、何とかソファに座り、そのまま眠りへと落ちて行った。

 

 

 

 その頃リビングの床では、静かな駆け引きが行われていた。南洲が歯を磨いているあたりで、ほとんどの艦娘が目を覚ましていた。そしてソファに南洲が座り、すぐさま寝息が聞こえ始めた。

 

 薄暗いリビングダイニングの中、やがて一つの影が長い金髪を揺らしながら立ち上がる。南洲のすぐ前まで進み膝立ちになると、愛おしそうに頬を撫でている。

 

 「そんな寝顔なのね、アナタは…」

 しばらくの間南洲を見つめていた影が、寝ている南洲に口づけようとする。

 

ごんっ。

 

 鈍い音が響き、南洲に口づけようとしていた影がずるずると崩れ落ち、南洲の左脚に凭れるような姿勢で動かなくなる。その背後にはワインボトルを逆さに持った一つの影が立っている。

 

 「そのくらいにしておいてくださいね」

 静かに言い捨てるとワインボトルを床に置き、ツインテールと幅広のミニプリーツスカートを揺らしながら最初の影と同じように南洲に近づくと、依然として眠っている南洲にしな垂れ掛かる。

 

 「いつも私から不意打ちしてばかりですね、うふふ♪」

 その指先は南洲の顎から首筋をなぞり、シャツの第三ボタンまで開けると胸元を露出させ、愛おしげに、まるで猫が目を細めるような表情ですりすりとしている。

 

がんっ。

 

 棘鉄球(モーニングスター)が振り下ろされ、南洲の厚い胸板に頬擦りしていた艦娘がずるずると崩れ落ち、南洲の右脚に凭れるような姿勢で動かなくなる。

 

 「油断も隙もあったものではありませんね」

 眠そうな表情のまま、ゆるやかに軽いウェーブのかかったサイドテールを揺らす別の影がソファに上る。絶対に離さない、そう言わんばかりに左腕にきつくしがみつき、満足そうな表情ですりすりと頬擦りをする。

 

 「いつものお返しです、はい」

 南洲の耳たぶをはむはむしたり首筋をぺろっとしたりしていたその影は、そのうち再び眠くなったのか、うつらうつらと頭が上下に揺れ始め、すやすやと眠りに落ちて行った。

 

 

 「…みんな凄すぎです。けれど、勉強になります!」

 小さなガッツポーズでふんすと気合を入れた表情で、さらにもう一つの影が立ち上がる。ごそごそと取り出した小さな包みを紐解き、何かを取り出す。手の中には二枚組でゴムの外周カバー(サイレンサー)がつくUSMCモデルに似たダブルタイプの認識票がある。一枚目の表面には南洲の名前と所属等基本情報、裏面には手彫りで薄くエッチングされた文字『この力で、艦隊を…あなたをお守りします!』が窺える。南洲の正面に立ち、悪戦苦闘しながら認識票を付けると、満足そうな表情で、震えながら南洲に口づけようと近づいてゆく。

 

 「や…やっぱり恥ずかしすぎますっ!!」

 いったん身をひるがえし、気持ちを落ち着けるようにテーブルの上のシュトレンを摘みもぐもぐと食べた後、洗面台の方へ行った方と思うと口を濯ぐ音がする。そして夜目にも分かるほど真っ赤な顔で、ポニーテールを揺らしながらソファの右側にちょこんと座り、目を閉じて触れるか触れないかの口づけをすると、やり切った感の溢れる表情を見せる。そして何故か急に訪れた眠気に逆らえず、南洲の右肩に凭れかかる様に眠りに落ちた。

 

 

 そんな一連の光景をブランケットの影からちらちらと、それでいて目を離せず真っ赤な顔で見ていたもう一人が、おずおずと起き上がる。その表情はさきほどの影同様、夜目にも明らかなほど真っ赤になっている。

 

 「もう少しで轟沈するところでした…」

 気持ち的な戦いを意味しているのだろうが、自分を落ち着かせるようにすーはーすーはーと何度も深呼吸を繰り返し、意を決したように立ち上がり、南洲の前まで進むと、くるっと向きを変えソファを回り込むようにして背後にまわり、ふわっと両腕を肩に回す。頬と頬がくっ付くような距離で、依然として真っ赤な顔のまま何かを南洲のジャケットの襟の裏側に取りつけている。普段は自分の髪を止めているカタパルトをモチーフにした髪飾り、それをピンバッチのように改造し、目立たないような位置にそっと止める。そして軽く頭を動かした南洲の唇が自分の頬に触れるのを感じ、さらに頬が熱くなるのを感じていた。

 

 「こんな私ですが、せいいっぱい頑張りますね…」

 小さくつぶやいたその影は、南洲の温もりを楽しむようにそのままの姿勢を続け、やがて小さな寝息を立てはじめた。

 

 

 「うー、変な姿勢で寝てもうたから体痛いわ。…なんやあの珍妙なオブジェは? まあええわ、ちょうどいい所が空いてるし…はあどっこらせっと」

 Cd値が良さそうな空力的に洗練されたシルエットを見せる最後の影は、大きく開いている南洲の両脚の間に白い大きなサンタ袋を運ぶと、そこにクッションソファよろしく体を横たえると、再び眠りについた。

 

 

 

 翌朝、羽黒は他の艦娘達より一足先に目を覚まし、自分がどのような姿勢で眠りに落ちていたかに気づき、ぱっと南洲から体を離した。そして南洲を中心とする光景に苦笑を浮かべながら、名残惜しそうに南洲の宿舎を後にしていた。

 

 そして目が覚めたビスマルクは、自分の記憶が途中で途切れていることが不可解だったが、それ以上に南洲の脚にしがみつくようにして、左腿を枕にして寝ていた自分に気付き顔を赤らめ、視線を動かした際に目に飛び込んできた物に驚愕した。

 

 

 茶髪のツインテールが南洲の下半身に顔を埋めている(ように見える)。

 

 「な…な…何をやってるのよーっ!!」

 

 絹を裂く絶叫と言うのは、まさにこういうことだろう。その声で一斉に全員が目を覚ます。南洲ももちろん、びっくりしたような表情でがばっと身を起こす。

 

 「何を騒いどんのや…ってこ、これは…! あかん、ウチにも心の準備が…ってなわけあるかーっ!!」

 

どごっ。

 

 「……………!!」

 

 そして龍驤はというと、仰向けで寝ていたはずが器用に一回転してうつぶせになりそのまま眠っていた。正確な位置としてはサンタ袋の端に顔を埋めていただけだが、角度によってはビスマルクが誤解した形に見えなくもない。目が覚めて突然目に飛び込んだ何かに吃驚仰天、龍驤が思わず放った綺麗な右ストレートが南洲に声にならない叫びを上げさせる。

 

 

 ぎゃあぎゃあと騒がしい艦娘達を視界の端に捉えながら、南洲はなんでこんな事になっているんだと考え、涙目で男にしか分からない痛みに一人耐えていた。

 




 ここまで物語にお付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございます。Xマスなのでたまにはこういうお話もお許しください。

 年明けから物語は第五章に突入いたしますので、宜しければまたおつきあいいただけますと嬉しく思います。年内はもう一本連載中の方を投稿するかもしれません。

 それで皆様、一足お先によいお年を!

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