逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 第四章最終話。南洲の見る夢として回想されていたウェダ基地の崩壊、最終局面。

※一部痛々しい表現が含まれていますのでご注意ください。


50. 折れた刀-後編

 バネ仕掛けの人形のように比喩ではなく跳ね起きる。その勢いで俺の左腕にしがみ付くようにして眠っていた春雨も起こしてしまい、こちらをびっくりしたような目で見つめている。心臓が壊れそうなくらい鼓動が速い。背中にもびっしょりと冷や汗をかいている。あんなに鮮明に昔の事を夢に見たのは何時以来だろう…。心配そうな春雨の頭をくしゃくしゃと撫で、俺はソファベッドから立ち上がる。ふと視界に入ったのは、テーブルに置かれたラップのかかった料理。そうか、これを届けに来てくれたのか…俺は努めて明るく春雨に呼びかける。

 

 「なんだよ、麻婆春雨か。ってことは()()()()春雨から食べればいいんだ?」

 

 だが春雨は不安そうな表情でこちらを見ているだけだ。

 

 「昔のこと、夢に見てたんですか?」

 

 お見通しか…俺は苦笑いを浮かべ誤魔化すように頭を掻く。うわ、頭も冷や汗でびっしょりだな。せっかくだ、食事を取ろう。そんな俺を見続ける春雨が、口を開く。

 

 

 「南洲………どっちから食べてもいいですけど、美味しく食べてね?」

 

 目の端に何かを期待したような光を乗せながら、いたずらっぽく春雨が笑う。

 

 

 

 とにかく何とか真面目に報告書は書き直した。提出は…明日でいいや、面倒くさい。なので俺と春雨はすでに宿舎に戻っている。春雨が期限を守れとぶつぶつ言うので、耳たぶを軽くはむっとして、『今はお前が優先だ』とか言うと、案の定真っ赤になってそれ以上報告書のことは言わなくなった。

 

 「俺はシャワー浴びるよ。汗びっしょりで気持ち悪い」

 そう言うと俺はTシャツを脱ぎながら、バスルームへと向かう。洗面所にある鏡の中の自分と目が合う。かつて俺の右腕は、まさに扶桑のもの、右肩から先が白く柔らかそうな女の腕だった。だが今は、色こそ白いままだが筋肉の付き方や骨の太さなど、元々の俺の腕に見た目は近づいてきている。これが正常なのか異常なのか俺には分からないし、考えても仕方ない。

 

 

 熱いシャワーを浴びても、さっきまで見ていた夢、いや、自分の過去が頭から離れない。夢の続きのように、俺は記憶の底から甦ってくるウェダの最期の日を思い出していた。

 

 

 

 ウェダ沖で突如起きた戦闘、数名を現場に急行させ状況把握を命じたが、なぜか旗艦の扶桑と連絡が取れない。どうやら通信をオフにしているようだ…一体何が起きている? 執務棟には俺と五月雨と飛龍、そして蒼龍が詰め通信機の前で顔を寄せ合っている。

 

 「ねぇ提督、取りあえず彩雲出してみませんか? 何もしないよりはいいと思うので」

 弓道が身に付いた者特有の柔らかくも芯の通った綺麗な姿勢で、飛龍が俺の返答を待っている。彼女の方に視線を送り小さく頷くと、飛龍も頷き返して、タッと走り出す。飛龍がドアを閉めた瞬間、蒼龍と五月雨が顔を見合わせきな臭い表情を浮かべている。

 

 「ねえねえ、聞こえた…?」

 「はい…でも…どうして内陸から」

 

 不審に思った俺は問いただそうと二人の方へ歩き出した。そして直下型地震が突然起きたような轟音、衝撃、爆風に襲われ、俺は不覚にも一瞬意識を手放してしまった。

 

 

 次に目が覚めると赤く照らされる夜空が見えた。これは一体…? 頭を振るとズキズキと痛むが、改めて周囲を見渡し、俺は情けないが思考停止に陥った。多くの建物が全半壊し、あちこちで火災が起きている。明らかな攻撃、航空機の姿を捕捉していない以上、おそらくは砲撃を受けたってことか。俺のいた司令棟も半壊し、西側の壁と屋根は吹き飛ばされ、一部は火が付いている。こうやって生きている所を見ると直撃は免れたようだ。

 

 「「提督っ!!」」

 おお、蒼龍と五月雨、無事だったのか。飛龍はどうした? 俺の問いに蒼龍が首を激しく横に振る。この混乱だ、安否が掴めなくても当然か。腑抜けてられるか、と立ち上がろうとした途端、激痛が走り思わず叫び声を上げてしまった。

 

 「無理しちゃだめだよっ!! 今柱をどけるから動かないでっ」

 「待ってください蒼龍さん、提督の腕が…」

 五月雨の言葉で自分の右側を見る。ああもう、血が目に入ってうっとおしいっ。左手で乱暴に目を擦ると、べったりと血がついている。こりゃ頭に裂傷があるな。だが問題は…右腕だな。上腕部の中ほどで開放骨折、つまり骨が飛び出ていて、その先は崩れた柱で潰されている。うん、見ない方がいいな。蒼龍と五月雨がとにかく俺の腕を挟んでいる柱をどかそうとした時、連中は現れた。

 

 「…やることやってから連行するか。俺はそっちの巨乳な」

 「好みが被ってなくて良かったっす。俺は青髪ロングの方で」

 

 夜戦用カモの戦闘服、ヘルメット、アサルトライフル…とにかく二人の兵士がこちらに近づいてきた。その発言内容は、こいつらがこの襲撃の実行犯であり、そして蒼龍と五月雨に劣情を催している事を如実に示している。二人は俺に興味を示さず、蒼龍を後ろから羽交い絞めにしたり五月雨の手首を掴み押さえつけようとしている。

 

 「何のつもりだっ!! おい、そいつらに触るんじゃねぇっ!!」

 

 五月雨に手を出していた方の兵士が、彼女を押さえつけたまま、実にイヤな笑みを向け近づいてくる。

 

 「俺達が()()()()()()()()大人しく待ってろ。それから始末してやるから…よっ」

 そして俺の顔を蹴りあげると、五月雨を半壊した司令棟から連れ出していった。俺は何とか動こうとするが、やはり挟まれた右腕が邪魔で動くことができない。ふと足を伸ばせば届きそうな所に俺の刀が転がっているのが見えた。連中は蒼龍と五月雨を蹂躙しようと躍起になりこちらに注意を払っていない。俺は必死に足を伸ばし、何とか刀と脇差を引き寄せる。

 

 足で鞘を押さえ、左手で何とか脇差を抜く。骨を断つのは簡単ではないが、肉だけなら何とかなる。開放骨折している上腕部に脇差を振りおろす。何度目かで急に軽くなった体は戒めから解放された。とにかく出血を止めないと。ぶすぶすと燃え燻っている丸太に、傷口を押し当てる。肉が焼け焦げる臭いと音、あまりの痛みに獣じみた悲鳴を上げてしまった。だがこれで動ける。先ほどと同じように、今度は刀を抜き、左手に持ちよろけながら外へ向かう。

 

 五月雨を取り逃がしたようで、必死に追いかけまわす阿呆の首の後ろに刀を突き通すと、奇妙な悲鳴を短く上げ男はそのまま崩れ落ちた。異変に気付いたもう一人の阿呆が慌てて振り返るが、俺は既にそいつの喉元に刀を向けている。

 

 「俺の家族に汚ねぇ手で触りやがって」

 

 言いながら刀で喉を突き通す。幸い二人とも無事だ、なんとか間に合った。泣きながら俺に取りすがってくる二人だが、支えきれずに俺は倒れ込んだ。頭でも撫でてやりたいけど、右腕がこの有様じゃ、な。

 

 俺は蒼龍に五月雨と一緒に避難用地下通路まで急いで逃げるように伝え、司令棟を後にする。くそっ、急に片腕になると重心が狂うな。よろけながら転びながら、俺は基地内を所属している艦娘の名を呼びながらさ迷い歩き、艦娘を見つけるたびに避難を指示し、敵兵を見つけると有無を言わさず命を絶った。折々反撃を受け至る所に銃創や刀創が増えていった。

 

 炎に照らされながら、左手に刀を握りしめてさ迷い歩く血まみれの俺の姿は、すっかり羽黒を怯えさせてしまった。いかんな、意識が朦朧としてきた。

 

 

 だが解せない。陸兵か特殊部隊か知らんが、通常兵器では艦娘に有効な攻撃を行うことができないはずだ。なのにこの有様だ。多くの艦娘が程度を問わず怪我を負ってしまった。一体何が起きている…?

 

 

 「きゃぁぁぁーーーーっ」

 

 ってまだ誰か逃げ遅れてたのかよっ! とにかく悲鳴の方へ急ぐ。

 

 

 そこで目にした物。

 

 

 両脚に怪我を負ってよろよろとしか動けない春雨を、兵士が二人ががりで追い回していた。

 

 

 -………っ!!

 

 人間は心底怒ると声も出なくなる。俺は先ほどまでのふらふらした足取りが嘘のように、抜身の刀を担ぎ一気に襲い掛かる。とにかく今の俺には奇襲以外に勝ち目はない。一人目は背後からヘルメットごと頭蓋を両断することに成功した。だがここで刀が折れた。

 

 近づく俺に気が付いたもう一人が仲間もろとも俺に銃を連射してきやがった。まぁ、コイツは確かに助からない、というか死んでいるが判断良すぎだろ。右肩と右腿を撃ち抜かれ、俺は()兵士と一緒にその場に倒れ込む。そこに向かって隙のない足取りで残敵が近づいてくる。

 

 

 そこで目にしたくなかった物。

 

 

 「ワタシ…帰ッテキタンダヨ?」

 

 近づいてきた男の頭が突然爆ぜた。金属がすれ合うような音がして棘鉄球が引き戻されてゆく。俺の視線の先にいる春雨は、いつもの薄桃色と深海棲艦のように青みがかった髪が入り混じっている。元兵士の死体を弾除けにしている俺に近づくと、そのまま右拳を突きだしてきた。

 

 「流石に痛ぇぞ、おいっ!! いい加減にしろっ!!」

 春雨の貫手は盾にしていた兵士の頭を粉砕し、そのまま俺の右目に突き立てられた。左手で死体をどかし、そのまま春雨を抱き止める。腕の中で暴れる春雨を押さえようとしたが、そのまま地面に押し倒される。見上げる目は、俺に馬乗りになった春雨がぼろぼろと涙を流している姿の左半分だけを捉えていた。

 

 「ワタし、帰ッテキタんだよ? 南洲が帰ってこいッテ言うから。帰ってきたんだよ? なのに…どうして…こんなことに?」

 その後は言葉にならず、春雨は俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくるしかできずにいた。

 

 

 

 ハルマヘラ島を上空から見ると、アルファベットのKを潰したような形をしている。そのKの縦棒の中ほどの東岸にウェダは位置する。対岸のパヤヘまで25km。東南アジア方面からの輸送路確保と緊急時の避難のため、ウェダ-パヤヘ間には地下通路が打通されている。俺はその通路を使い避難するよう艦娘達に指示を出していた。

 

 

 俺と春雨がお互いを支えながら、なんとか地下通路のウェダ側の入り口があるポイントが見える地点までたどり着いた時、機動九〇式野砲に似た三基の野戦重砲を守る一群と、ここまでたどり着いた艦娘達を拘束し地下通路へと入って行こうとしている一群が目に入った。

 

 「それにしてもこの試作重砲、艦娘相手にも効果を発揮するとは…さすが技術本部ですね」

 「艦娘の艤装を元にしているらしいからな。なんでもさらなる小型化を進めているそうだ」

 「あっ、辻柾参謀、基地司令の殺害を担当する八名、連絡途絶。砲撃再開はいつでもできますのでご指示くださいっ」

 

 

 この通路の存在を知り、それを利用して攻め込んでくるということは―――?

 

 

 

 ようやく事態を把握した。そして俺は我を忘れた。

 

 

 

 「辻柾ぁぁあああーーーーっ!!」

 

 

 折れた刀を手に絶叫しながら斬り込む俺に、敵部隊は一瞬の動揺のあと、すぐさま一斉射撃を加えてきた。糸の切れた人形のように、不自然な動きで俺は地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 これが俺の、ウェダでの日々を締めくくる最期の記憶。

 

 

 

 その後に続いた事態―連行された艦娘達の行方、逃げ果せた数名の艦娘の存在、追いついてきた扶桑達とこの連中、さらにそれを追う様に上陸してきた長門達との間で戦闘が行われたこと-を知る由は無かった。

 

 

 

 そしてウェダは閉鎖された。今は俺と春雨の心の中にだけ、それはひっそりと存在している。追いかけても届かない逃げ水のような鎮守府として。


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