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突如、鎮守府の裏手から打ち上げ花火が立て続けに打ち上げられる。これがビスマルクのいう合図―――。
『鎮守府慰問会の名目で、連れだせるだけ多くの艦娘と兵士を花火に参加させるわ。アトミラールと羽黒は常に一緒にいるから、真っ直ぐ提督室を目指せばいいわ。大丈夫、これを取引材料にして
春雨が疾走する。陸上と言えども、人間の視覚では容易に捉えられないスピードであっという間に正門に迫る。普段であれば鋭い警戒の視線を周囲に配っているであろう2名の衛兵も、夜空に開く大輪の花火をぼんやりと見上げている。その隙を見逃すはずもなく、春雨の右腕がしなると、金属の擦れあう音が鳴り、白い
「ぐっ」
腹部に鉄球の直撃を受けた衛兵は弾き飛ばされ、一言だけ発するとそのまま悶絶した。瞬間何が起きたか分からなかったもう一人の衛兵は、すぐさま銃を構え春雨に狙いを定める。
「何者だ貴様っ」
春雨に銃が向いた瞬間、その背後から黒い影が飛び出す。姿勢を低くし春雨の陰に隠れるように疾走していた南洲だ。突如現れたもう一人の敵に混乱し衛兵が銃口を上下させる間に、春雨のモーニングスターが再び
南洲は悶絶している衛兵に無言で近寄ると、銃を抜こうとする。それを見た春雨が慌てて駆け寄り、丁寧に猿轡をかました上で衛兵たちを拘束する。
「さ、お邪魔するか」
首を二、三度動かし、右肩を回す南洲。軽く助走をつけ、鎮守府を囲むように建てられた高さ3mほどのコンクリート製の壁を軽々と飛び越え、静かに着地する。振り返ると、花火に照らされながら黒いメイド服の春雨が同じように跳び越えてくる。跳躍の頂点から自由落下に移り、風を受けたスカートが大きくめくれあがると白い太ももが露わになる。着地点で待つ南洲の視線を気にし、慌ててスカートを押さえようとして空中で体勢を崩す。
ぽすん、とお姫様抱っこで南洲に抱き止められる春雨。
「いまさら照れるような仲でもないだろうに…お前は変わらねぇな、
そっと春雨を地面に降ろすと、南洲は何とも言えない表情をする。春雨の心優しい性格を誰よりも知りながら、そんな彼女を自分の殺し合いに巻き込んでいることに罪悪感は確かにある。
だが、この扉の向こうに、探し求めた相手がいる-南洲は血腥い凶相と言える表情に変わり、鎮守府の正面玄関目がけ突進する。春雨は南洲の左斜め後ろを遅れずに疾走する。施錠されている正面の鉄扉を気にすることなく、南洲は速度を落とさない。南洲の左横を奔る白い棘鉄球が、大きな音を立てながら扉に衝突し、内側に押し込むように大きく変形させる。既に歪み、壁から外れかかり内部が見通せるようになった扉に、突進の勢いそのままに足蹴りを加え、歪んだ扉を蹴り飛ばし、南洲は建物の中に飛び込む。
「ここから先は時間との勝負だ。さぁ、いくぞ」
花火の音で誤魔化すにも限界があるし、監視役の兵までのんびり花火見物ということもないだろう。とにかく迎撃の部隊が異変を察知して駆けつける前に片を付けねば。南洲は左手で腰のホルスターから銃を引き抜く。現用拳銃と比較すれば、デザートイーグル.AE50に似た形状だが、細部が異なる。
再び疾走を始める2人。一直線に廊下を進み階段を駆け上がる。中央部が吹き抜けになり、左右に通路が分かれた回廊状の作りになっている2階。二人は右側へと進む。
先を行く南洲の背中を守るように走る春雨だが、危険な気配を感じ大きく飛びのく。同時にそれまで春雨がいた位置に薙刀が振り下ろされた。スカートの後ろ側が、太ももと膝の間くらいから切り裂かれている。飛び退きながら体をひねり体勢を立て直し、背後の相手に正対する。
「あらぁ~意外~。仕留めたと思ったのに~。護衛のあなたさえ片づければ、あとは人間一人、どうにでもできるから、ねぇ?」
暗がりにぼんやりと光る輪上の光球を頭上に載せた、胸元を強調したような白いブラウスと黒いワンピースの艦娘が薙刀を構えながらのんびりした口調でこちらに話しかけている。口調とは裏腹に隙のない立ち居振る舞いに、春雨はこの艦娘を倒さねば南洲に追いつくことはできないと瞬時に理解した。
「右手と左手、どちらを落せば大人しくなるのかしらぁ~。それとも両方かしら?」
紫がかった黒のセミロングヘアーと同色の瞳、天龍型軽巡洋艦二番艦の龍田が妖艶とも言える微笑みを浮かべながら、春雨に対峙する。春雨は体を斜めに構え、自分が最も信頼している武装の
明らかな待ち伏せ。
ビスマルクの話では、鎮守府にいる者のほとんどは花火見物に参加しているはずで、この回廊に守備役が待ち構えているなどとは聞いていない。だが実際にはビスマルクの計画は漏れていた、そう思わざるを得ない。
事実、南洲と春雨の知らない事だが、左右に分かれた2階の回廊には10名から成る分隊(左側廊下)と2名の艦娘(左右廊下に各1名)が配置され、南洲と春雨を待ち構えていた。そして二人が進んだ右側の廊下に潜んでいたのが龍田だった。
先を行った南洲に早く追いつかないと―――春雨は焦り、一瞬注意を龍田から逸らしてしまった。
「隙あり~」
春雨はぎょっとした。南洲に意識を向けた隙を見逃さず、龍田が急接近し、逆袈裟に薙刀を振り上げてきた。これだけ距離を詰められるとモーニングスターを振り回すことができない。大きくのけぞりながらそのまま後方に二度三度回転しながら飛び退くが、そのまま龍田は斬りかかってくる。斬りつけられメイド服のあちこちが切り裂かれたものの、体は今の所ほぼ無傷だ。
「ひゃうっ!」
春雨は堪らず龍田を振り払うように、薙刀を回避しながら左手でエプロンのフリルに隠した小刀を投げ、距離を取ろうとする。
「あははっ♪ こんなので私を倒せる…とっ!!」
今度は龍田がぎょっとする番だった。苦も無く飛来する小刀を薙刀で払いのけたが、まったく同じ軌道でもう一本の小刀が現れた。最初に投げた小刀を囮にし、それを払いのける瞬間を狙った時間差の攻撃。慌てた龍田が体勢を崩す間に、十分な距離を取った春雨はモーニングスターに十分な遠心力を与えるため体の横で振り回し、一気に奔らせる。
「まさかコレで勝ったつもりでいるの~?」
すぐさま体勢を立て直した龍田は、迫りくる鉄球を薙刀で両断しようとする。艦娘の力で振るわれるモーニングスターは確かに脅威だが、所詮ただの物理的な破壊力に過ぎず、艦娘にとっては牽制以上の効果は期待できない。なのになぜ目の前の艦娘は、そんな武器に頼るのか―――?
薙刀を振り下ろした瞬間、龍田は自分の負けを悟った。刃が両断しようとする寸前、鉄球が意志を持つかのように急角度で軌道を変え、自分の背後に回り込んできた。それでも何とか躱そうと無理矢理体をひねる。そして目にした。あれはただの棘付の白い鉄球ではない、通称タコヤキと呼ばれる
「あ~あ。なんかボロボロ~…。というか…もう立てないみたい…。まさか駆逐艦に負けるなんて、私もヤキが回ったのかしら…」
出来れば一撃で、苦しまないように
「…すみません、でも…春雨には護りたい人がいるの…です、はい」
そう言い、ぺこりと頭を下げ、南洲の元へと走り出す春雨の後ろ姿を見送る龍田は、笑いを浮かべながらつぶやく。
「すみません、かぁ~。そんなことを言うなら、こんなことしなきゃいいのにぃ~」