逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

49 / 109
 にらみ合いを続けていた扶桑達ウェダの艦娘と、長門率いる大本営の派遣艦隊。様々な思惑が交錯する中、基地が突如攻撃を受ける。第四章最終話の前編。


49. 折れた刀-前編

 「それにしても、兵器が感情を持つ、というのはどういう気分なのか…」

 

 一人きりの将官室で、椅子に深く身を預けた三上大将が腕を組みながらぽつりと呟く。三上大将にとって艦娘は兵器以外の何物でもなく、道具としての愛着はあっても愛情はない。それでも今回の技術本部の実験には酷薄な物を感じている。

 

 マノクワリ沖に没した春雨と今現界している駆逐棲姫が同一の存在とすれば、艦娘が深海棲艦に変容する可能性を示唆している。だがその変容に必要なトリガーとは―――? 三上大将さえも走狗にする、技術本部の最高責任者、中臣浄階の思惑はそこにあった。

 

 再び椅子をぎいっと揺らしながら、三上大将は先ほどと同じ言葉をつぶやく。

 

 

 

 春雨を背後に庇い長門率いる連合艦隊本隊とにらみ合う時雨、島風、青葉、朝雲、山雲、神通に、扶桑が追いつき、にらみ合いを続ける二組の間に割って入る。普段は愁いを帯びた穏やかな表情を崩さない扶桑だが、今日ばかりは不愉快さを明らかにしていた。事前通告無くウェダ基地の管理海域に進入、挙句の果てに戦闘行為。例え相手が友軍であっても明確な軍規違反であり、これを曖昧にしてはウェダ基地としての、そこを預かる南洲の沽券に関わる、そして秘書艦としてそれを許すわけにはいかない-扶桑は威儀を正し連合艦隊に凛とした声で呼びかける。

 

 「責任者は誰ですかっ!? 納得のいく説明をしてもらえるのでしょうね? それともここをウェダ基地の管理海域と知った上の狼藉ですか? 事と次第によっては実力をもって排除しますっ!!」

 大和型にも迫る巨大な艤装を背負い、長い袂を揺らしながら左手を前に振り出し見栄を切る扶桑。月明かりが左手薬指の指輪に光を残す。淡いささやかな光だが、時雨の背中で前方の様子を眺める駆逐棲姫(春雨)の目には痛いほど眩しく映った。

 

 

 -アレハ…アナタノモノジャ、ナイ

 

 

 「反乱部隊が何を偉そうに。実力をもって排除? それはこっちのセリフですっ」

長門の背後から高雄が進み出て、忌々しそうに吐き捨てる。今度はその台詞に扶桑以下ウェダの艦娘達が衝撃をうける。

 

 

 自分たちが反乱部隊?

 

 

 動揺が走りお互いの顔を見合うウェダの艦娘達に、追い打ちをかけるように陸奥が言葉を添える。左手を右ひじに添え、軽くウインクをしながら右手で何かを指摘するように人差し指を立て、気軽そうなポーズと裏腹に、話の内容はさらなる衝撃をもたらした。

 

 「あらあらあら。上手にとぼけてるけど、こちらには証人がいるのよ。ね、神通?」

 

 一斉に視線が神通に集まる。おどおどした様子で落ち着かない表情のまま、両手で自分の体を守る様に抱きしめているが、やがておずおずと前に進み出て、先頭に立つ扶桑を越え、そのまま連合艦隊に相対する。

 

 「あの…長門さん、私は深海棲艦を匿うことが軍規に反してると言っただけで…その、ウェダ基地が反乱を企てているなんて一言も…。匿っている理由だって、情状酌量の余地が十分に…」

 必死に、絞り出すように声を上げ訴える神通。姿形こそ第二次改装を終えた凛々しいものであるが、その表情は改装前のどこか頼りない感じに戻ったように怯えが混じっている。南洲の言っていた、艦隊本部に詳細な情報をリークした誰か、それは神通だった。スパイ、などということはなく、一途で真面目な彼女なりにウェダの在り方や大本営の命令を無視し続けることが齎す不利益を考え、彼女なりにウェダに心を砕いた上で、独断での()()という行動に及んだ。それ以来神通はウェダの情勢を明かす情報源として、自覚なく今回の作戦立案に重要な一役を担わされることとなった。

 

 「ふむ、秘書艦は扶桑だったな。よく聞け。ただちにその深海棲艦を我々に引き渡し、お前たちは武装解除し投降せよ。基地に残留している艦娘達には投降を呼びかけるが、応じなければ攻撃する」

 

 長門のその声に、ウェダの艦娘たちの不安そうな視線が扶桑に集中する。目を閉じ深く息を吐き、次に目を開けた扶桑には、すでに戸惑いの色は無く、白い鉢巻を締め直し着物の袷をぴしっと直すと、改めて長門達に宣する。

 

 「このように理不尽で、一方的な濡れ衣を唯々諾々と被るほどウェダ基地は軟弱ではありませんっ! ここで一戦交えて我々の力をお見せするのも構いませんが、南洲…()に言われない汚名を着せるのも本意ではありません。ウェダの名誉のために、駆逐棲姫(春雨)さんと一緒に私が艦隊本部に参り我らの潔白を証します。その間他のみんなは基地で謹慎、これが最大限の譲歩ですっ!」

 

 春雨を庇っている事、それが著しく南洲の立場を悪くしていると扶桑は判断し、独断であるがこの件の幕を引くのに次善と思われる方策を言葉にする。あくまでも対等の立場での交渉、という線を貫くため、早鐘のように高鳴る鼓動を押さえながら、あくまでも凛とした表情を崩さない。

 

 

 -ダレガ、ダレノ、オット? ダレガ、ダレト、ドコヘユク?

 

 

 鋭い視線で胸を張る扶桑の言い分に対し、長門は動じる様子もなく、だが顎に手を当て考え始める。長門の目の前に立つ扶桑には、嘘や偽りの色は見られない。反乱部隊の殲滅が命令ではあるが、その前提がおかしいのではないか、長門は疑問を覚え始めた。反乱云々がデマや誤解の類だとしても、ウェダの艦娘が深海棲艦を庇う素振りを見せているのは事実である。扶桑の交渉に乗るふりをして交渉を運べば、少なくとも艦娘同士で戦うような羽目に陥らずに済むのではないか―――。

 

 「ふむ…反乱ではない、と言うなら、そこにいる深海棲艦を引き渡してもらおうか。それが何より身の証を立てるにふさわしかろう」

 命令と言うよりは自分の言葉の裏を読んでほしい、長門はそう願い、精いっぱい思いを込めた視線を扶桑に送る。それを受けた扶桑の表情が苦しげに歪む。長門の言うことも理解できる。そして自分もそう持ちかけている。けれど、南洲の気持ちを思うと…。

 

 

 -カエッテコイ、ッテ…カエッテキタノニ…

 

 

 

 それは地上で打ち上げ花火を同時に何発も爆発させたような鮮やかさだった。

 

 突如基地から閃光と爆発音が複数回響き渡り、一気に黒煙と炎が上がる。全員がそれに気を取られたとき、それに釣られる様に連装砲の連射音がこの海域でも響く。

 

 

 背筋を逸らすようにして、扶桑が背後に斃れそうになり、辛うじて踏みとどまるが海面に膝をつく。左胸の上で鎖骨の下あたり、吹き出すように鮮血が白い着物に花を咲かせる。

 

 

 自分を庇っていた時雨を突き飛ばし、駆逐棲姫(春雨)は左手に持っていた5inch連装砲をほとんど悲鳴のように連射していた。そして南洲の名を気が狂ったように連呼しながら一気にウェダ基地へと主機を全開にする。

 

 

 一瞬の間が空き、神通を除くウェダの艦娘達は混乱の極みにいた。呆然と立ち尽くす青葉、扶桑の元に駆け寄る時雨に山雲、春雨を追走する島風と朝雲。青ざめた表情のまま扶桑はゆらりと立ち上がり、全員に基地への帰投を命じ、自分も同じ様にする。だが元々低速なのに加え重傷を負ったその体は彼女の思い通りには進まず、横合いから時雨に支えられつつ何とか蛇行しながら前進を続ける。

 

 

 長門たちも顔を見合わせる。基地で燃え盛る炎はここからでも確認できる。別動隊がいるのは知らされていた。この作戦全体において、あくまでも自分たちが主で別動隊は従だと理解していたが、どうやら逆だったようだ。ウェダの管理海域で騒ぎを起し、艦娘達を引きずり出し基地の防御を手薄にする―――それが我々の役割。つまり狙いは艦娘ではなく、ウェダ基地の責任者ということか。長門は忌々しそうに顔を歪め、右の拳を左の掌に叩き付ける。

 

 

 「姉さん、艦砲射撃をする手間が省けたわね…という話じゃないわよね、これは」

 陸奥にじろりとした視線を送ると長門はいささか不機嫌そうな表情で頷き、ウェダ基地への上陸を命じる。高雄や愛宕から異論が上がるが、長門は次の言葉で黙らせた。

 

 

 「反乱部隊がいるとすればむしろ基地だろう。海域では脱走した深海棲艦を捕えるために出撃してきた友軍には出会ったがな。それに…あれを見ろ、理由は不明だが、どう見ても攻撃を受けている。友軍を助けずしてどうする? 」

 

 春雨の攻撃で損傷を受けた艦娘には照月を護衛につけ退避させ、再編成した部隊でウェダ基地に向け、長門たちは進軍を開始した。

 

 

 

 海上を泣きながら疾走する駆逐棲姫は、完全に混乱していた。扶桑をほとんど反射的に撃ってしまった。帰るべき場所は正体不明の爆発で炎上中、自分を捕えに来た艦娘達、そんな中、唯一縋れる思い出だけが頭の全てを占めていた。槇原南洲、この人の元に帰ること、それだけが全てだった。それ以外の事は一切頭から抜け落ち、ただ純一(じゅんいつ)に想い人のことだけ、

 

 そしてウェダの港に着いた時、制服は駆逐棲姫のままの制服を除き、青白かった肌は肌色に、青みがかった髪は毛先以外薄桃色に変わり、ほとんど元の春雨の姿を取り戻していた。同時に、艦娘の姿に戻った事で、浦風に撃たれた両脚の傷は癒えないまま、よろよろと港から司令部へと続くでこぼこ道を、途中で拾った大ぶりの木の枝を杖代わりに、足を引きずりながら、転びながら、遠くに燃え盛る炎を目印に、基地の西方から断続的な砲撃音、それに続く爆発音を耳にしながら春雨は帰ってゆく。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。