(20161025 一部表現変更)
「南洲、南洲っ!?」
インカムから飛び込んでくる春雨の声。作戦漏洩を防止するため無線封鎖していたが、最早そんな状況でもなさそうだ。
「こっちはあと少しで瑞鶴と提督のいる管理棟だ」
「こちらは猛爆撃を受けていますっ! トラック勢は砲戦部隊中大破四名捕縛、赤城さん加賀さんは捕縛の上せくはら、他損害多数っ。私たちはビスマルクさん大破、羽黒ちゃん中破で現在退避中です。龍驤さんが無理矢理艦載機を夜間発艦させ応戦していますが、数が違いすぎて…」
一部含まれていた意味不明な内容はあえて無視する南洲。
「
ふと視線に気づくと、ニヤニヤした顔の木曾とむぅっとした顔の秋月が南洲の方を見ている。
「『死ぬなよ、絶対に』かー、嫁艦か、おい?」
このこの、と言わんばかりに肘で突いてくる木曾。
「………………(左手の手当てをした時、指輪はしてませんでしたよね……ハッ、私何を!?)」
無言のまま表情をくるくる変えている秋月。
管理棟の入り口の扉が、内側から爆ぜる。鉄製の頑丈な扉がひしゃげ吹っ飛ばされ、中から銀髪をツインテールにした、黒い衣装の少女が現れる。夜の帳に赤く光る目が禍々しい。
「…瑞鶴かっ!? おい、俺だ! 木曾だっ! あぁもう…まったく、何やってんだか」
安堵した表情を浮かべ瑞鶴へと手を差し伸べ歩み寄ろうとする木曾に対し、瑞鶴は無言のまま、体を中心にしてハの字に広がった飛行甲板から艦載機を発進させてくる。真正面から突入してきた艦爆が急上昇しながら爆弾のロックを外す。滑り落ちるように落下してくる爆撃をまともに受けた木曾はそのまま膝をつき崩れ落ちる。木曾を一顧だにせず、すたすたと歩き続ける瑞鶴は、南洲を庇うように両手を広げ立ちはだかる秋月を押しのけ、南洲の顔を覗き込む。
-ヤバいな、これは。
物理的にも勿論だが、瑞鶴の危うさを一目で感じた南洲は木曾と相対した時とは違う冷や汗を感じていた。赤い瞳と目が合うが、自分を見ているようで見ていない。視線を逸らしたくとも、逸らすとそれをきっかけに瑞鶴が取るだろう行動がまったく読めない。
「…エンドウ…? イイエ、貴方ダレ? マタテイトクサンヲ傷ツケニ…!?」
「ず…瑞鶴さんっ! 私です、秋月ですっ! お、落ち着いてください、この人は」
「秋月…秋ヅキ……アキヅキ? フウン…」
秋月を興味無さそうに一瞥した瑞鶴だが、南洲にはにっこりほほ笑むと、袖口にフリルのついた黒いアームカバーに覆われた腕の先、黒いグローブに守られた指先でその頬に触れる。
「貴方ハ何ナノ? 人間ノクセニ艦娘ノ匂イガスル…? …マァイイヤ、秋月ニ免ジテ見逃スネ。デモ…邪魔シナイデネ」
すいっと水面に降りたつような軽い足取りで海へと向かう道を進む瑞鶴を呆然と見送る南洲と秋月。木曾の声が二人を現実に引き戻す。
「南洲っ!!」
声と共に鞘ごと木曾の刀が放物線を描き山なりに飛んできた。
「いててて…油断しちまったな。悪いが俺は動けそうにない。
今にも泣き出しそうな表情で見つめる木曾に、南洲は決然とした表情のまま無言で深く頷く。正直に言えば、瑞鶴の纏う狂気めいた空気に飲まれていた。もしあのまま瑞鶴が攻撃に入っていたら一撃で倒されていただろう。まともに戦ったとしても、航空攻撃を主体とする空母と近接戦闘しかできない自分との相性は最悪の部類だ。まして今の瑞鶴には言葉が届きそうにない。
-それでも止めなきゃ、な。
後を追う様に走り出そうとする南洲のジャケットを秋月が掴む。
「今の瑞鶴さんは…危険です。…私も行きますっ! この秋月の高射装置と長10cm砲が健在な限り、な…南洲さんをやらせはしません!」
◇
「ふえ~。何とかしのぎ切ったけど、もうこんなんコリゴリや」
地下通路を見渡せば無傷な艦娘は春雨と鹿島だけで、後は程度の差はあれみな損傷を負っている。龍驤が善後策を考えていると、春雨が南洲に呼びかけているのが聞こえてきた。
「南洲、南洲っ!? どうかしたんですかっ!?」
管理棟から瑞鶴が現れたことで中断された会話に、春雨は必死に呼びかけ続けている。そして唐突に再開された会話は、南洲の短い一言で幕が引かれた。
「…木曾が倒された。中破程度か。俺と秋月は瑞鶴を追う」
居ても立ってもいられない、という表情で春雨が元来た道を引き返し地上に出ようとする。春雨の両肩を押さえながら慌てて引き止める鹿島。自分にもっと戦う力があれば…その思いがあるものの、今できることをするのも南洲のためだと自分自身と春雨の両方に言い聞かせようとしている。
「それは鹿島さんにお任せします。私は…南洲と一緒じゃないとダメなんです、はい」
花が咲くような可愛らしい笑顔と裏腹に、乱暴に鹿島の手を振りほどくと、春雨はそのまま駆けて行ってしまった。
龍驤が頬をぽりぽり掻きながら、加賀と赤城の前まで行くと、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「一航戦、力貸しーや。
「…あなた方に何が分かるっ」
赤城が龍驤に食って掛かる。見れば他の艦娘達も怒りや蔑みなど、不快感を露わにして鋭い視線を送ってきた。目線で皆を抑えるようにし、加賀が重い口を開き始める。
「……宇佐美少将の跡を継いだ提督に五航戦は想いを寄せていました。そう、
加賀はそこまで言うと肩を震わせこみ上げる怒りを堪えるようにしている。その後を赤城が引取り話を続ける。
「如才なく査察を済ませた遠藤大佐は、なぜか予定よりも長くトラックに留まりました。そして自分を抑えながらも寂しさを堪えきれない翔鶴の心の隙間に忍び込みました。瑞鶴を殺せば提督が手に入る、と。妹を思う気持ちと提督を慕う気持ちと嫉妬心に苛まれた翔鶴こそが、最初に
その後の話は、心に痛いものだった。フォールダウンした翔鶴を最終的に倒したのは瑞鶴である事、翔鶴が瑞鶴のために身を引いていた事を遠藤大佐が瑞鶴に知らせた事、それを問い詰めた提督が逆に刺された事、そして全てに耐えきれなくなった瑞鶴がフォールダウンを起こし暴走を始めた事。多くの損害を出しながら何とか瑞鶴を取り押さえ管理棟に幽閉した事、それがトラック泊地で起きていた真相だった。
「瑞鶴はあれ以来ツインテールを止め、銀色に変わった髪を翔鶴のように降ろしていたわ。あの三人の間にどんな想いがあるのか、私達には分からない。けれど、何で遠藤大佐はあんな残酷な事を…」
思いをそれぞれに呑み込みながら地下通路を黙々と進む。先頭を行く鹿島が足を止め、くるりと振り返り思いの丈を言葉にする。
「……私は、前任地の提督さんを撃ちました。本来なら解体処分しか道がない所を、提督さんに救われたんです。私と瑞鶴さんの事情は同じではありません。けれど提督さんなら、きっと何か考えてくれるはずです。だからこそ、瑞鶴さんをなんとか正気に戻して、遠藤大佐を公の場で裁かなきゃっ!! でないと、また違う誰かが私たちと同じ思いをすることに…」
◇
「…ソウネ、今コソ全テヲ終ワラセル
その言葉は誰に向けた物か。南洲と秋月が追いついてきたことを察知した瑞鶴は、振り返りもせずぽつりとつぶやくと艦載機を発艦させた。急上昇から一転、急降下で一直線に襲い掛かる艦上爆撃機の一群に対し、秋月が立ちはだかる。
「大丈夫、秋月がお守りしますっ!」
高射装置付10cm連装高角砲に13号対空電探改を組合わせた秋月は防空駆逐艦の名に恥じず、夜間にも関わらず的確に次々と襲い来る艦爆を叩き落とす。夜を照らす砲炎と響く射撃音が新たな戦いのゴングとなった。