逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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南洲の作戦を読み迎撃態勢に入ろうとする加賀達トラックの強硬派。南洲達はどのようにして瑞鶴まで近づくのか。


23. 翻弄

 「行ってくるっぽい~」

 返事がないのは知っているが、つい夕立は埠頭を振り返りながら出撃の挨拶をする。提督が元気な時は、いつも見送ってくれったぽい…心の中で愚痴を零しながら、同じ部隊の5名に目を配る。風は微風で波は穏やか、順調な航海になりそうっぽい…足元の乱れに気を取られる心配はなく、夕立は海面を疾走しながら考え事を始める。

 

 夕暮れから抜錨する夜間哨戒、深海棲艦と遭遇すれば当然戦闘だが、むしろ警戒しているのは同じ海軍の艦艇や艦娘。彼らがトラック泊地の哨戒圏に入る前に、深海棲艦を装った威嚇攻撃を行い追い払うこと、それが駆逐艦と軽巡洋艦を主体とした哨戒部隊の役割。今日もいつも通りに抜錨し、今泊地に残っているのは空母勢と戦艦・重巡勢と一部の駆逐艦だけだ。

 

 泊地に大本営からの査察部隊が来ていることは勿論知っている。自分と江風で攻撃を仕掛けたのだから。加賀達強硬派は査察部隊と一戦を交えてでも、瑞鶴を守ろうとしている。漏れ聞く話ではそれは近々起きるようだ。本当にそれが正しいのか自分には分からない。考えても答えが出ないなら、心を無にして命令に従っている方が楽だ。

 

 「それに陸上での戦いになると夕立たちはあんまり活躍できないっぽいー。加賀さんにそう言われちゃったし」

 つまらなさそうな表情で、夕立は両腕を上げ背筋を思いっきり伸ばす。

 

 “艦娘”と言われているが、海上の活動がその能力を最大限発揮できるだけで、陸上でも行動は可能だ。ただ攻撃方法の問題から、雷撃が主体の駆逐艦と軽巡洋艦の多く、潜水艦は陸上で活動させる意義が薄い。そもそも魚雷はバブルパルス(水中衝撃波)による船体圧潰で相手を破壊する兵器で、水中で威力を発揮するよう爆速より猛度が大きくなる火薬を用いる。ゆえに空気中で起爆させるのには不向きだ。まして旧海軍の魚雷は安定性を重視した低感度火薬を使用しており、その傾向はさらに強くなる。

 

 

 

 「そろそろ偵察機の収容をしないと」

 時刻は薄暮、すぐに日が暮れはじめる。加賀は左腕を伸ばし装備した飛行甲板への着艦に備える。同時に探照灯の準備をするよう赤城に頼む。相手が来るなら夜陰に乗じた侵入、少数部隊である以上それ以外に手がないはず―――その加賀の読みは、司令部の敷地内で連続して起きた爆発により裏切られた。

 

 「そんな…攻撃隊も砲撃もないのに…事故?」

 「加賀さんっ、これは一体っ!?」

 猛然と立ち上る黒煙を抜け、霧島が呆然とする加賀に駆け寄ってくる。遅れて他の三名も集まってくる。加賀の指示を受けて探照灯の準備を手配していた赤城も血相を変えてやって来る。

 

 「っ!! いけない、密集しないでっ!!」

 緊迫した表情で空を見上げた加賀が叫ぶ。真っ赤な夕陽の眩しさに細めた目に映るのは、逆落しで突っ込んでくる九十九式艦爆と護衛の零式艦上戦闘機五二型。

 

 「慢心は…二度とっ!」

 赤城が素早く矢を番えて弓を引き絞ると直掩機を発艦させる。優位からの攻撃を受けているが、岩本隊なら何とか初撃を躱し有利な空戦に持ち込めるはず、赤城にはその目算があった。が、それも裏切られる。相手は五二型だが、凄まじいほどの腕の冴えを見せ、岩本隊でさえ完全に押されている。その間に余裕をもって投弾体勢を整えた艦爆隊は、偵察機の収容体勢に入っていた加賀の飛行甲板を滅多撃ちにし、霧島と比叡にも若干の損害が出た。何とか僚艦の援護を、と焦る赤城だが岩本隊が全機撃墜されていることに気づき衝撃を受ける。

 

 「そ、そんな…虎徹が…」

 

 呆然と呟く赤城、飛行甲板を庇うようしてうずくまる加賀、加賀を守るように上空を警戒する他の四名に、鋭い声が飛ぶ。

 

 「赤城も加賀も舐めとんのか? この程度で一航戦を名乗るとはいー度胸やなぁ。なあ、松っちゃん?」

 

 松っちゃんこと赤松中尉は、総撃墜数350機(自己申告)とも言われ、この場にいる三人の空母全てに配属経験のある最古参であり、かつ太平洋戦争を生き抜いたパイロットだ。大本営の艦隊本部に所属する艦娘が他根拠地に比べ優位にあるのは、練度のみならずこの赤松隊のように先鋭的で実験的な装備が独占配備されることにも起因する。

 

 

 その場にいる全員がぎょっとした。なぜここに龍驤がいるのか? いつの間に侵入された?

 

 

 飛行甲板を模した巻物と式神を背後にまとい、体の前には『勅令』の文字が浮かび上がったオレンジ色の火の玉を浮かばせた龍驤は、腕を組み凄味のある笑みを浮かべながら対峙する。すっと右手を挙げ、振り下ろすと、背後に浮かぶ式神が再び零戦五二型に代わり、加賀たち六人に機銃掃射を行う。六人が身を庇った一瞬の間に龍驤は走り出し、司令部敷地内の建物の陰にさっと入り行方をくらます。

 

 「か、加賀さん…」

 呆然自失の態で、無防備に赤城が自分に近づこうとする。加賀が懸命に押しとどめようとするが間に合わなかった。敷地内に林立する建物の陰から砲撃が起こり、小中口径砲の直撃を受けた赤城は弾き飛ばされ、右肩に装備していた飛行甲板が破壊された。古鷹と比叡が間髪入れずに赤城の盾となり、キレた霧島と加古が砲撃地点に施設への被害などお構いなしに応射する。轟音と黒煙で満たされた司令部は、もはや完全に戦場となっている。

 

 

 「うふふ♪ ご命令の通りにできましたっ!」

 建物の陰に隠れながら小さくガッツポーズをする鹿島。攻撃力こそ 低いが、練習巡洋艦、すなわち教官の名に恥じず精度の高い攻撃で赤城の飛行甲板に命中弾を与えた。

 

 「司令官の指揮じゃなければ、こんなこと…私。でも、司令官のためなら…」

 別な建物の陰に隠れながらそっと様子を窺う羽黒。装甲の厚い戦艦勢と重巡勢を狙った砲撃で巧みに動きを封じる。

 

 「霧島さんと加古さんもやりますね。あの調子で砲撃を続けられると隠れる場所がなくなっちゃいます」

 さらに別な建物の陰に隠れながら零すのは、先行して潜入し各所に爆薬を仕掛けていた春雨。南洲と共に汚れ仕事をこなしてきた彼女ゆえの働きだ。

 

 

 

 加賀は自分の判断を後悔している。結論から言って、自分は踊らされている。

 

 相手の部隊長の作戦を読んだつもりでいた。盗聴により齎された情報は、南側が少数の陽動で北側が本隊。相手が盗聴の事を知っている前提に立てば、当然その逆を付いてくると加賀は考え、南側に自分を含めた6名-赤城、霧島、比叡、古鷹、加古を配置し、この方面から来るであろう()()の迎撃を準備した。人間の部隊長を含む総勢六名、仮に総がかりで来られても十分対抗できる―――はずだった。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 複数の爆弾を仕掛け、その爆発で目を引き、さらに夕暮れになり艦載機の収容時を狙い攻撃を開始する。司令部に林立する建物を巧みに利用して死角から死角へと移動しながら攻勢を取り、着実に前進を続ける部隊-春雨、鹿島、羽黒、ビスマルク、龍驤の5名に加え、さらに増援らしき艦娘の姿も見える。

 

 

 「ううう~バレたら折檻なのね、間違いなく。…でもこんな恥ずかしい格好させるなんて…あの隊長、ヘンタイなのね…」

 

 加賀が増援と思っているのはイクである。そのままのスク水と特徴的な髪の色では正体がばれてしまうので、春雨達から借りたフード付きパーカーを着てミニスカートを穿くという、要するに普通の格好で走り回っているのだが、本人は水着よりも恥ずかしいらしい。

 

 

 

 

ごとっ。

 

 重いコンクリート製の蓋が地下から持ち上げられる。先に地上に出た大柄の男が、後に続くポニーテールの少女に手を貸し地上に引き上げる。すでに時間は夜だが、司令部の南側は煌々と炎に照らされ、黒煙が上がっているのが見える。

 

 「みなさん、ご無事でしょうか?」

 「あの程度でやられるほど連中はヤワじゃない。むしろやりすぎないようにして欲しいくらいだ。…あの様子だと加賀は見事に引っかかってくれたようだし、あとはニムが大丈夫だと良いんだが。夜道が怖い、とか言ってたからなぁ…」

 

 心配そうな表情の秋月と周囲を警戒する南洲。この二人こそが本隊であり、北側の経路の途中から地下に入り()から提督室のある管理棟にほど近い場所に姿を現した。ちなみに北側の経路は、ニムが一人で夜の散歩をしている。

 

 

 北か南か-加賀はそこにこだわっていたが、完全に気づかなかったポイントが二つある。

 

 一つは『前任者』。ここトラック泊地は、南洲の上司である宇佐美少将が長年統治していた泊地であり、その施設設備は右も左も上も下も把握されている。その彼が南洲に与えた情報の一つに、司令部敷地内各所、さらに提督室のある管理棟に続く秘密の地下避難経路の存在がある。

 

 そしてもう一つが『時間』。加賀達が盗聴した内容は、南洲達が事前に話し合っていたものの録音だった。宿舎に残ったニムが夕刻を待って盗聴器に向かい再生する。加賀たちが録音内容をリアルタイムでの会話と思い込んでいた頃、陽動部隊はすでに件の地下経路を使って司令部敷地内に展開済みで、龍驤の作戦開始の合図を待つだけとなっていた。

 

 「さぁいくぞ、秋月」

 「おいおい、そんなに急ぐなよ。まあゆっくりしていってくれ」

 

 

先を急ごうとする南洲の前に、不敵な笑みを浮かべた木曾が立ちはだかる。


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