逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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イクと秋月の語る事実に、南洲はどんな真実を見出そうとするのか。


21. 事実と真実

 「な…何をしているのですか? 人間用の銃(そんなもの)で艦娘を止められると…う、動かないでっ!」

 

 秋月が戸惑いを露わにしながら南洲を制止しようとする。あひる口の付いた長10cm砲ちゃんと呼ばれる自律機動型の艤装も軽く跳ねたりしながら警戒の視線を送ってきている。

 

 近づきながら、南洲は秋月が撃ってこないことを確信している。目の前の秋月は威嚇するだけで精一杯なのだろう。そしてそれが上手くいかず、どうしていいか分からず動揺しているようだ。

 

 人間への加害禁止というルール以前に、人間を撃つには秋月の目は()()()()()()-声の震え、落ち着かない視線、気忙しく位置を確かめるよう動かしている足、少し震えながら艤装をぎゅっと握る手、その全てが対人戦闘の経験がなく、そもそもそんな発想さえなかったことを如実に語っている。

 

 「無駄な事はしない性質(たち)なんでね。秋月、瑞鶴はどこにいる? 確かに艦娘が人間に危害を加えるのは極刑と定められているが、情状酌量の余地がない訳じゃない。そのためにも、何が起きたのかを俺は知りたいんだ」

 

 大本営の艦隊本部に提出されていた前回の査察記録、あの内容が正しければ査察後に何かが起き、瑞鶴がトラックの提督を刺したことになる。その場合、ケッコンカッコカリは瑞鶴本人の意に染まない強制されたものだった可能性もあり得る。だが、査察記録自体がねつ造されたものなら―――? 以前よりこの鎮守府で何かが起きていて、その隠蔽に艦隊本部も関与していることになる。

 

 結果として、南洲の推測は半分正しく半分間違っていたが、それが分かるのはもう少し後のことになる。

 

 

 

 「ちょ、ちょっと隊長…なにしてんのっ!?…春ちゃんにビス子も、早う止めんとっ」

 「な、何よビス子って!? そんな呼び方しないでよっ!!」

 龍驤は顔色を変えて南洲を制止しようとし、ビスマルクはいかにも日本流に付けられたあだ名に戸惑っている。その間にも南洲はゆっくりとした足取りで秋月に近づいてゆく。

 

 龍驤、そして秋月が知らない事-南洲の持つ銃は銃であって銃ではない。銃の形をした()()だ。生体機能の約四分の一が艦娘の組織に置換されている南洲だから使えるものであり、もともと扶桑型戦艦の四十一式15cm砲を鋳潰して製造されたワンオフの銃と弾丸で、駆逐艦・軽巡洋艦なら数発で行動不能に陥れるものだ。つまり軽巡に迫る大きさとはいえ駆逐艦の秋月が無防備に連射を受ければ大破、最悪轟沈もあり得る。

 

 南洲は無言のまま左手の銃を長10cm砲ちゃんに向ける。自律機動型という枠を超え、豊かな感情表現を示すこの艤装は、なかばバカにしたような表情を浮かべ、『ほら、ここを撃ってご覧』と言わんばかりに艤装を小さな手で指し示す。

 

 -やりたくはないが、ショック療法も必要だろう。すまんな。

 

 内心詫びながら、南洲は無表情で引き金を引く。轟音が響き、吹き飛ばされ小破した長10cm砲ちゃんが砂浜に伸びている。できるだけ損傷を局限できるような角度を狙った南洲だが、なんとかイメージに近いようになったようだ。

 

 一瞬何が起きたか分からずに自分の艤装をまじまじと眺める秋月。すぐに一基の長10cm砲ちゃんが損害を受けたことに気づき恐慌をきたした。こんなことはありえない。人間が艦娘の艤装を傷つけることがどうして可能なのか-そのまま腰が抜けたように砂浜にぺたんと座り込んでしまった。

 

がちゃ。

 

 重い金属音がし、秋月の頭部に銃口が向けられる。目線だけを動かし南洲を見上げる秋月だが、逆光でその表情はあまり定かではない。けれど、勝ち誇っている訳でも、嗜虐的な訳でもない、ただ辛そうな表情に見える。

 

 「もういいだろう秋月、それ以上抵抗しないでくれ。お前が、いやトラックの艦娘達が瑞鶴を守ろうとしているのは分かった。だがな、俺の部隊にも、不可抗力だが提督を手に掛けてしまった艦娘がいる。紆余曲折はあったが、極刑にはならないことだってあるんだ」

 

 名前は出さないが鹿島の事に触れ、なんとか秋月を安心させようとする南洲だが、秋月はぼんやりとした視線を南洲に送るだけで、南洲の言葉に力なく頭を振る。近寄ってきた春雨がポニーテールを乱暴に掴みあげながら秋月を拘束する。『南洲を撃つ』といった秋月の言葉を根に持っているようだ。目線だけでほどほどにな、と南洲は春雨に訴える。

 

 「だから言ってるのっ! あなたは分かっていないのねっ!!」

 

 遠くからイクの叫ぶ声がする。目の前の秋月が未だ艤装を展開しているため、南洲は振り返ることなくイクの話を背中で聞いている。

 

 「瑞鶴が提督を刺す訳がないでしょっ!! 提督を刺したのは前に来た査察官よっ!! 提督は今でも寝たきりで、おかげで瑞鶴は………。査察官、それでもアナタはさっきと同じことが言えるのっ!?」

 最早涙声になり始めたイクが指摘するのは、南洲がつぶやいた一言。本当にその覚悟があるのか、それを問うている。

 

 再び春雨に目で合図をすると、南洲はイクの方を振り返る。

 

 「もう一度言うぞ、『相手が誰であれ、正すべきは正す。ただそれだけだ』」

 

 その言葉を聞いて、それぞれ目の端に涙を浮かべたイクとニムがお互いの顔を見て頷きあう。やっと、やっとアイツに痛い目を合わせてやれるんだねと、依然として拘束されているため制限された動きながら喜びを分かち合おうとする二人。

 

 「イクの代わりにあの()()()()にビンタしてやってほしいのね」

 「じゃぁじゃぁ、ニムの分として、その銃で吹っ飛ばしてやってね」

 「………前回の監査官は、()()()()じゃないのか?」

 

 一瞬の沈黙の後、そんなはずはないのねー、いやいやいやどうなってるのー、とイクとニムが騒ぎ出す。話を良く聞けば、その人物の特徴はかつての自分の上司だった遠藤大佐以外の何者でもない。嫌そうな顔をしながら、南洲は前任者の事を思い返す。遠藤大佐は、常に笑顔を絶やさす軽妙な口調で人の気を逸らさない会話を続け、多くの人がそれに魅了される。だが、南洲は彼を非常に警戒していた。人を安心させる表情と計算された会話で、絶対に本音を掴ませない。笑顔の裏で刃を研ぐ、という言葉があるが、あいつは刺した後に無言で微笑むタイプだ、南洲は遠藤大佐のことをそう捉えている。

 

 「なるほどな、ますます瑞鶴に話を聞かないと事が進まなさそうだな」

 

 その言葉にイクとニムの動きが止まり、みるみる表情が沈んでゆく。南洲は改めて秋月の方を振り返ると、既に艤装は格納され、春雨に後手に拘束され無理矢理立たされている。ほどほどにしろって言ったろうが…南洲は一途過ぎる春雨に頭を抱えながら、拘束を解くように伝える。とんっと背中を押されよろ付きながら前に歩き出す秋月と、その彼女に向かい歩き出す南洲。

 

 「査察官は、正義のためにトラックまで来てくれたんですか?」

 「正義を名乗るほど俺の手は綺麗じゃない。ただ、守るべき物は、必ずある」

 「何を見ても、何を聞いても取り乱さないでくれますか?」

 「最大限努力はする」

 「査察官は、本当に瑞鶴さんを助けたいと思ってくれていますか?」

 「ああ」

 

 

 秋月は大きく息を吸うと、自分で自分の顔をぺしぺしと叩き、気持ちを切り替えようとする。次に顔を上げ南洲の目を見たときには、すでに決心が固まったような表情になっていた。

 

 

 「瑞鶴さんは、半ば深海棲艦化しています。今は艦娘と深海棲艦の間を行ったり来たりしていますが、感情が高ぶった時は、一気に深海棲艦側に飲まれてしまいます。トラックを封鎖しているのは、ここに外部の人たちを近づけないことももちろんですが、ここから瑞鶴さんが逃げ出さないようにするためです。深海棲艦化した時の瑞鶴さんは、提督を刺して重傷を負わせた遠藤大佐への復讐しか考えられなくなり、敵も味方も関係なく攻撃を…」

 

 

 事情を知るイクとニムを除く、南洲達の受けた衝撃は極めて大きなものだった。そもそも違う査察官の名前で作成された偽りの報告書が裁可を受けていること自体が異常この上ない。報告書に記載のあった『異常なし』どころか、査察官がトラック泊地の提督に重傷を負わせるなど前代未聞だ。トラックの艦娘が艦隊本部に敵対的になるのも頷ける。挙句に秘書艦が深海棲艦化を起こし、その逃走を防ぐため艦娘達が必死に泊地を守っているなどと、誰が想像しただろう。

 

 「瑞鶴が提督を刺した、というのは…?」

 南洲は絞り出すような声で、パズルのピースをさらに集めようとする。

 

 「執務室に倒れている提督を発見したのは瑞鶴さんです。気が動転した彼女は、提督に深々と刺さっているナイフを抜いてしまったんです。叫び声で駆け付けた私たちが目にしたのは、ナイフを握りしめながら提督の血を浴びて全身を真っ赤に染めた瑞鶴さんの姿でした」


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