南洲の疑問はイクとニムに向けられる。そこにもう一人現れる艦娘が、トラックの秘書艦を明らかにする。
ざざーん。
規則正しく打ち寄せる波の音とたまに聞こえる海鳥の声以外、砂浜を沈黙が支配する。
「こりゃマズいでぇ…いっそのこと攻撃隊を発艦させて…」
ハイライトが軽く消えた目で物騒なことをぶつぶつ呟く龍驤を、ビスマルクが何とか宥めようとして声を掛ける。
「ちょ、ちょっと龍驤? ほら、レディーの魅力はそこだけじゃないでしょっ。バランスのとれたシルエットの方が大切よ」
「そうやね、ウチ、独特なシルエットやからね…」
「ビスマルクさん~、そんな追撃したら…」
春雨が天然に止めを刺し、龍驤はハイライトがさらに消えた目で、指先に『勅令』の文字が浮かび上がったオレンジ色の火の玉を浮かばせている。
そんな光景を余所に、唯一南洲だけが意味ありげな表情でイクとニムを眺めている。その視線が癇に障ったのか、イクが噛みつきはじめる。その声に騒がしくしていた三名も一斉にイクの方を見る。
「何よっ! 言いたいことがあれば言えばいいのねっ! それともイク達にイヤラシイことをしようって…」
イクの言葉に思わず不安そうな表情を投げかけるニム。
「う~ん、えっとぉ…そういうのは好きな人としかしたくないって言うか…」
南洲は苦笑交じりに頭をぽりぽり掻きながら二人に近づくと、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「悪いな、そういうのは間に合ってんだよ」
その言葉をきっかけに、ビスマルクと春雨の間で視線が複雑に絡みあい、にやにやしながらそれを眺める龍驤の間で、気忙しく視線が交錯する。頭上の騒がしさを気にせず、南洲は二人に話しかける。
「大本営から派遣された部隊、しかも査察部隊の艦娘を襲撃しようとした。これだけでも制圧部隊の派遣を要請するのに十分な理由になる。どれほど戦力が充実していようが、あくまでもここは一泊地だ。大本営が本気を出せばどうにでもできる。そこまで考えていたのか、お前たちは?」
悔しそうに唇を噛むイクと不安そうなニム。さらに南洲が言葉を重ねる。
「俺が気になるのは、お前たちの行動そのものよりも、何がお前たちにそこまでさせるのか、ということだ」
そのまま俯いてしまった二人の潜水艦娘に労わる様な視線を向けながら、南洲は言葉を続ける。
「イク、そしてニム。これでも俺も査察官なんでね、ここに来る前に一応の事は確認してある。だが、不可解な事が多い。前回の査察の前後で、お前たちの行動は急変した。一体何が起きた? なぜ秘書艦は提督を刺すような事をしたんだ?」
これには龍驤が顔色を変え、南洲とイクとニムを見つめる。一方、南洲の言葉を聞いた途端イクの顔色が変わり、明らかに侮蔑の表情を南洲に向ける。
「ふーん…大本営の報告書でも読んで鵜呑みにしたのねー。それに、確認したって言ってもその程度しか知らないんじゃ何も知らないのと同じ、話にならないのねー…。貴方も前に来た査察官と同じなのね…。いいのね、イクのこと弄んでも。でもニムには絶対に手を出さないでっ。…その代わり、それで大本営に帰ってほしいのね」
「そこだ」
辛辣な言葉を気にする様子もなく、腕組みを解き、イクを指さす南洲。
「辻褄が合わないんだよ。まず前回の査察官の報告書によれば、『鎮守府は提督の指揮のもとよく統率され、艦娘は士気旺盛で練度充実、異常なし』とある。それがこの有様だ。そして俺の部署が独自に調べた結果、ここの提督と秘書艦はケッコンカッコカリ目前、それも形だけじゃなく相思相愛だったようだな。なのに秘書艦が提督を刺したという。そしてそれっぽく振舞っているが加賀は秘書艦じゃない、そうだろ? 何かが意図的に歪められている。俺はそれを確かめ、判断する」
「ねえねえねぇ…判断して、それからどうするの?」
おずおずとニムが口を挟んでくる。頭の両サイドでツーアップにしたオレンジ色の髪が揺れ、同じオレンジ色の瞳が不安そうな視線で南洲を見つめる。南洲は軽く微笑みながらニムの頭を撫でると、そのまま立ち上がり軽く屈伸をして背筋を伸ばす。
「相手が誰であれ、正すべきは正す。ただそれだけだ」
まるで誰を相手とすべきか既に分かっている、そう言わんばかりの南洲に、イクは食い下がる。依然として春雨の
「…本気で言ってるの!? 相手が誰であっても? 本気で言ってるの、ねえ? …そこまで言うなら、教えてあげるのね」
一方ビスマルクと春雨は、南洲達のやり取りにあまり興味が無いような様子で、ビーチボールを使いバレーボールを続けている。
ぽーん
「実際にやっちゃったんだ。まぁ…私も南洲に提督の排除を依頼したくらいだから、気持ちは分からなくもないけど…」
軽くジャンプしながらトスを上げるようにしてビーチボールを春雨の方へ送るビスマルク。体の上下動に合わせ胸も揺れる。
ぽーん
「南洲のような提督ならよかったのに。それなら艦娘は幸せなのです、はい」
同じようにトスを上げるようにビーチボールをビスマルクへ返す春雨。軽くジャンプしたので、いつものミニスカメイド服のスカートがひらりと揺れる。
ぱーんっ。
射撃音が響き突如空中でビーチボールが弾ける。と同時にビスマルクと春雨が元いた場所から素早く飛びのく。
「いけませんっ、イクさんっ!」
ビーチへつながる道の奥から一人の艦娘が現れ、大きな声でイクを制止する。すでに艤装は展開しており、砲身からはうっすら砲煙が立ち上っている。ビーチボールは警告なのだろう。南洲がゆらりと立ち上がり、声の方に視線を向ける。ポニーテールにまとめられたダークブラウンの髪、すらっとした頭身のため一見軽巡艦にも見えるが、頭には「第六十一駆逐隊」と書かれたペンネントが巻かれている。この特徴的な出で立ちは秋月型駆逐艦一番艦の秋月のものだ。
ビスマルク、春雨、龍驤の三名は艤装を展開しながら、南洲を庇いながら攻勢に出られる体勢を取ろうと一斉に動き出す。秋月はあくまでも照準を南洲に合わせながら、他の三名には動かぬよう警告を放つ。
「みなさん、あんまり暴れないでくださいっ。さもないと…その方を…撃ちますっ!」
少しだけ迷いのある目をしながらも、それでいて決然とした表情で言い放つ秋月の言葉に、春雨の表情が変わる。
「…その言葉、許さないのです、はい」
「まあまあ春ちゃん、あんまり怒らんとき。可愛い顔が台無しやで。駆逐艦一隻くらいウチに任しとき。移動中の雷撃からこっち、色々舐めたマネされた挙句にこれやろ、ハラワタ煮えくり返ってるちゅーねん」
凄味のある、微笑みというには攻撃的過ぎる笑みを浮かべながら、再び指先にオレンジ色の火の玉を浮かばせている。先ほどとは違い、今度は本気だ。腕を上に振り上げたところで、不意に南洲が制止する。
「やめとけ龍驤、いくらお前の艦載機が腕利きと言っても、防空駆逐艦に真正面から突入させれば手痛い目に遭うぞ」
防空駆逐艦、の言葉に龍驤がぴくっと眉を動かす。知識としては知っているがこういう形で対戦したことはない。経験に裏付けられた龍驤の感覚が、南洲の言葉に素直に従わせた。
1942年6月にネームシップの秋月が竣工した秋月型は、長10cm砲を備えた乙型と呼ばれる対空駆逐艦である。今南洲達の目の前にいる秋月はカビエン沖の対空戦闘で、僚艦3隻と共同ながら13機以上もの米軍機を叩き落とすという大戦果を挙げ、妹の照月は4基8門の同砲で米駆逐艦カッシングを大破させ他艦にも被害を与える等、強力な武装を有する。南洲の言葉通り不用意に航空機を接近させればいくら歴戦の龍驤航空隊と言えどもタダでは済まない。
「それよりも、だ。秋月、お前さんが姿を現してくれたおかげで、秘書艦殿の正体が掴めたよ。過去の戦い同様、お前が体を張って守る相手は決まっている…瑞鶴、だな」
言いながら南洲は右脇に吊るしたガンホルダーから銃を引き抜き、秋月に向ける。