逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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上陸を果たした南洲たち一行に威圧的な態度を崩さないトラック泊地の艦娘達。泊地査察の名目にした凌波性試験が、事態を動かし始める。


19. 凌波性試験の罠

 「あぁ、トラック泊地の諸君。出迎えご苦労。我々は大本営艦隊本部付査察部隊、通称MIGO、自分は隊長の槇原南洲少佐だ」

 

 MIGO-inspection group for Military Governance-、元々外圧で立ち上げられた経緯もあり、対外的な説明のためこの部隊には横文字の名称も付与されている。日本語で言えば適法的拠点統治のための査察部隊、といった所か。南洲は、艤装を展開し自分たちを取り囲む艦娘達の威圧をあえて()()()と言い、その威圧に効果がないと態度で押し返す。

 

 一方のトラック泊地の艦娘達も、敵意はあるもののそれ以上に虚を突かれていた。強襲上陸用のホバークラフトが哨戒網を突破し司令部施設のある島へ強硬上陸、武装した兵士の一群でも降りてきたかと警戒感が一気に高まったが、目にしたのは砂浜でいちゃつく大柄の男と艦娘達。大本営から派遣された査察部隊がやって来るのは既に知らされていたが、まさかこんな連中とは―――。地上に陣取る艦娘の一群から、リーダー格と思われる一人の艦娘が歩み出てきた。

 

 「あなたが査察官なの? …事前通告もなく哨戒網を突破してくるなんて、大概にしてほしいものね。当泊地への攻撃として撃沈されても文句は言えないわよ」

 無表情のまま静かな口調に怒りを滲ませながら、加賀型正規空母一番艦の加賀が切り口上で南洲に迫る。こいつは秘書艦ではないはず-内心そう思いながら、南洲も怯まない。

 

 「航海の途中で()()()()の奇襲を受けたものでね。幸い被害はなかったが一刻も早く泊地入りしなければ危険だった。それに、LCACから()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、まさか聞いていないのか?」

 

 -この査察官は気づいている。

 

 一瞬だけ表情を歪めたものの加賀は感情を表に出さない。だが、他の艦娘の多くには明らかに動揺の色が浮かぶ。深海棲艦に見せかけた一撃離脱の襲撃を行い、トラック島へ近づく艦艇を追い払う。粘られたらやむを得ず中破程度まで攻撃を続行することもあるが、これまではそれで上手く行っていた。だが母艦を帰して強襲揚陸艇で長駆侵入してくるとは。それに加えて、おそらくは我々が()()()()()()()()()()()()提督直通の専用回線を利用するとは―――。

 

 「そう…だから? 査察官とはいえ、我々の提督は佐官の来島などを気に留めるほど暇な方ではありません」

 やや視線を逸らしながら、言い負けない理由を無理矢理作るかのように、加賀は明らかに南洲を見下した発言をする。それを聞いた南洲の背後の四人の顔色が変わる。特に春雨の様子は尋常ではない。唯一艤装を展開済の龍驤は、なぜか波打ち際で蟹と戯れている。

 

 「…南洲を恫喝した挙句に、何ですか、その見下したような口調は? 今すぐ取り消してください」

 ハッキリとした口調で春雨が加賀に激しく反応する。羽黒も鹿島も険しい表情を崩さない。ビスマルクだけは春雨のある変化に気付き眉を顰めた。だが確信も持てず些細なことだったので、そのまま口に出さずに済ませた。長い金髪を左手で後ろに送ると、ビスマルクは加賀のすぐ眼前まで進み、挑発するように胸を張る。

 

 「あなた方がどう思うと、私たちは大本営から派遣された部隊、しかも、この私の技術試験の場所に選ばれたんだから光栄に思いなさいっ。それともよほど後ろ暗い事でもあるって言うの、この泊地には」

 「頭にきました」

 

 短く一言だけ答えると、加賀もさらに前に出て、ビスマルクとの間に視線で不可視の火花を散らせる。身長はビスマルクの方が高いが、ほとんどくっつきそうになっている双方の胸の大きさは互角か、むしろ加賀の方が若干だけ大きいようにも見える。

 

 「そこまでにしておけ、ビスマルク。しばらく世話になる場所だ、いきなり事を荒立てるな」

 「加賀も落ち着け。理由はどうあれ少佐からの通信を受信できなかった我々の落ち度だ」

 

 南洲ともう一人の艦娘が二人に割って入る。南洲はその艦娘に視線を送ると、相手も不敵な表情で笑い返す。通常の球磨型の制服の上に黒いマントを羽織り、折り返しの付いたグローブとブーツを身に付けた艦娘だ。金の格子状の装飾が施された右目の眼帯と右手に携える軍刀-球磨型五番艦にして重雷装巡洋艦の木曾。

 

 「ほお、査察官もオッドアイなのか。腰の刀といい、俺と一緒だな。ひょっとしてお前も重雷装型か? …はははっ冗談だ」

 依然として南洲の右眼は赤い。以前は鮮やかな紅玉(ルビー)、現在は赤銅(カッパ―レッド)でぱっと見は双眸とも黒に見えなくもない。旧知の友人であるかのように軽口を叩きながら南洲の肩を組む木曾は他の艦娘達に呼びかける。

 

 「誤解は解けただろう、みんな。さっさと艤装を仕舞えっ。査察官殿は今回凌波性試験での来島だ。なぁ、そうだろ?」

 

 木曾は南洲の方を見ながらニカッと笑う。言外にそれ以外の事をするな、という圧力とも取れるし、他の艦娘達を抑えるための口実とも取れる。その言葉をきっかけに、トラック泊地の艦娘達は艤装を収納し始めたが、蟹と戯れていたはずの龍驤の言葉に凍りついた。

 

 「ほなウチも艦載機たちを仕舞うで。こんだけ密集しておったら撃ち漏らしはないやろーけど、平和が一番っちゅーことで、みんなごくろーさん」

 

 いつの間に展開していたのか、直上から舞い降りてきた艦爆隊が龍驤の手元に到着すると式神に戻ってゆく。心なし逃げるかのような急ぎ足で、トラックの艦娘達は南洲達に目もくれず司令部施設に向かい歩きだす。南洲も龍驤の手際の良さに内心舌を巻いていた。

 

 砂浜に残されたのは南洲たち一行と木曾、そして案内役(という名の監視役)を任じられた秋月。

 

 「よし、査察官殿ご一行の宿舎はこっちだ、着いて来てくれ」

 すたすたと歩きだす木曾に、南洲達はとりあえず着いてゆく。

 

 

 

 

 「アトミラールッ、えいっ!」

 

ぽよん。

 

 ビーチボールが南洲の頭に当り弾んでゆく。ボールを返さない自分に向かい、腰に両手を当て頬をぷうっと膨らませるビスマルクを見ながら、南洲は今自分が何をしているのか真剣に考えていた。案内された宿舎のクリーニング(盗聴器の発見・除去)を行った後、せっかく来たんだから凌波性試験をするわよ、と言うビスマルクに従って白い砂浜の小さなビーチに来た。ここから沖合に出るのか、と思いきや、ビスマルクは一生懸命ぷうぷうとビーチボールを膨らませると、パーカーを脱ぎ捨て波打ち際へと駆けていった。

 

 「ノリが悪いわよ、アトミラール。せっかくこんないい女とビーチにいるっていうのに、楽しくないわけ!?」

 

ばしゃばしゃ。

 

 今度は波打ち際で上体をかがめ両手で水をかけてくる。長い金髪をハーフアップにし、白いビキニを着たビスマルクはひどく楽しそうだ。彼女が体を動かすたび、豊かな胸がたゆんたゆんと揺れる。

 

ぱしゃっ。

 

 反応の薄い南洲に、少し拗ねたように伸ばした足先で水を小さく蹴り、ビスマルクはつぶやく。

 「アトミラール、あなたは笑顔の方が似合うわよ。以前よりマシだけど、それでも気が付くと難しい顔をしてるわ。…ねぇ、MIGOは、私たちはあなたのFamilie(家族)にはなれないの?」

 

 

ぶくぶくぶく。

 

 そんなビスマルクと南洲を沖合から見つめる二つの影-伊19(イク)伊26(ニム)の潜水艦娘。海面から頭を半分ほど出していたが、飽きたように浮上し酸素魚雷を模した艤装に跨るようにしている。

 

 「ねえねえねえ、何を話してるのかな? …それにしても凌波性試験ってあれのこと?」

 「波打ち際でぱしゃぱしゃやってるから、波と言えば波なのね…でもそうじゃないのねーっ!!」

 

 南洲がトラック泊地を訪れる表向きの理由はビスマルクの凌波性試験。欧州生まれの彼女が太平洋の荒波でどのような挙動を示すのかの確認のはずである。それを狙い撃つため、イクとニムは沖合で待機していた。だが…目の前の光景は、照れてる彼氏をいたずらっぽくからかっている積極的な彼女にしか見えない。

 

 「…待つの?」

 「…待つのね」

 

 手ぶらで帰る訳には行かない。ビスマルクには恨みもないし悪いとは思うが、この泊地を守るためには仕方ない。あの無愛想な査察官を追い込むにはどうしても犠牲が必要になる。

 

 

 「鹿島の対潜哨戒も見事やなー、ビンゴや。いやぁーごくろーさん。キミら、こんなところで何をやってるのかなぁ? ちょーっち詳しく聞かせてもろてもいーかな?」

 

 イクとニムが咄嗟に声の方を振り向くと、バイザーの鍔を指でひょいと押し上げ、龍驤がニヤリと笑い腕を組んで海面に立っている。緊急潜航しようとする二人が軽い口調で警告を受ける。

 

 「あー止めとき止めとき。ウチの艦載機はバリバリやから、下手に動くと二度と浮上できへんようになるで」

 その言葉通り、二人をけん制するように九十七式艦攻の一群が水面すれすれを翔け抜けてゆく。

 

 罠に嵌った。

 

 凌波性試験を利用してビスマルクを罠にはめるつもりが、それ自体がトラックの艦娘に手を出させるための罠。イクとニムはそう理解し、悔しそうに唇を噛み締める。二人が顔を見合わせた瞬間、風切音と金属のすれ合う音がしたかと思うと、あっという間に白い棘鉄球の鎖で拘束された。龍驤の後ろからひょいっと顔を出した春雨が笑顔で二人に話しかける。

 

 「こんにちは、イクさんニムさん。お近づきの印に色々お話し合いをしようと思いまして、はい」

 




えっとですね、右手を傷めちゃいまして。キーボード叩くと痛くて泣きそうです。治るまでぼちぼちやらせていただきますので何卒ご容赦のほどを…。

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