逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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トラック泊地まで3,400km。経由地のグアムを出航した一行は、一撃離脱の奇襲を受ける。


18. 色々縺れた糸

 本州を出航してから三日、龍驤の入念な哨戒のおかげで深海棲艦と遭遇することなく南洲達一行を乗せたLST-4001おおすみは無事グアム島に入港した。ここからトラック島まで残り約1,000km、一日強の航程となる。グアム島を午前四時ごろ出航し、翌朝トラック泊地へと乗り入れる。

 

 20ノットで静かに進むおおすみ。日は昇りやがて暮れ、満天の星々が照らす太平洋。航跡を辿る様に夜光虫が光を放つ幻想的な光景の中、その全通甲板上、艦橋に背を預けぼんやりと海を眺める二つの影-南洲と春雨。

 

 「綺麗ですね…。私、戦いが無ければどんな海も好きです。でも南洲と一緒なら血の海でも構いません、はい」

 南国とはいえ夜はそれなりに冷える。ミニスカメイド服の肩にストールを巻いた春雨は、両腕でしっかりと南洲の左腕にしがみつき、うっとりとした表情で物騒なことを告げる。

 

 誰の目から見ても、この二人の関係は理解しがたい。結びつきの強さから見てケッコンカッコカリなのかと問えば両名とも違うと言う。ならその手前、いわゆる恋人関係なのかと問えば、南洲は『春雨(ハル)は特別だ』、春雨は『南洲は私の全てです』と、これまた分かりにくい回答。そのくせ同じ宿舎で一緒に暮らし、春雨は何くれとなく南洲の世話を焼く。二人の関係には余人では立ち入れない何かがあるのは確かな様だ。

 

 「南洲、あの時とは顔ぶれが違いますけど、また仲間が増えましたね。もう、忘れませ…ん…」

 春雨の言う『あの時』-かつて南洲が提督だった南方鎮守府のこととだが、南洲は最後まで言わせずに、春雨の唇に指を立て塞ぐ。春雨は寂しげに微笑むとそのまま南洲の手を取り、目を閉じてさらに爪先立ちをし、南洲に何かをねだる。優しい目をしながら春雨の桃花色の髪を撫でる南洲が体をかがめたところで―――。

 

 

 「敵襲っ―――!! 南南西より駆逐艦2急速接近、距離20,000m !! ビスマルクさん、春雨さんは緊急発艦、哨戒中の鹿島さんに合流してくださいっ! 羽黒もすぐに出ます! おおすみは艦娘発艦後緊急退避をお願いしますっ!!」

 

 夜間哨戒に出ていた鹿島の電探が敵の接近を捉えおおすみに通報、緊迫した羽黒の声が緊急放送に乗り夜の闇を切り裂く。春雨は名残惜しそうな表情をしながらも、すぐに走り出し艦後部のウェルドックへと向かう。南洲も艦橋内へと走り出す。機械音と共に開放された門扉部が着水すると、三名の艦娘が次々と海へと飛び出し、海面を疾走してゆく。おおすみの現用兵器用レーダーでは深海棲艦は捉えられず、刻々と入る展開中の艦娘の部隊からの情報だけが頼りになるが、それでもできることはある。

 

 「距離10,000m、敵魚雷斉射っ!! 位置特定、北緯10度、東経147度を32ノットで航行中っ!!」

 「おおすみ、照明弾射出後回避運動開始っ」

 鹿島からの通信に合わせ南洲は照明弾の発射を命ずる。どうせ捕捉され敵の雷撃を受けているのだ、艦娘達を守るためにも、とことんこちらに引き付ける。真夜中の太平洋の一部が真っ白な光に照らされ、敵の所在が四名の目に晒される。

 

 「え」

 「あ」

 「はぁっ!?」

 「あれって…!」

 

 白々と光る空と漆黒の海の間に立つ二つの人影は、白露型駆逐艦四番艦の夕立と九番艦の江風。いずれも第二次改装を終えた姿であり、かなりの高練度であることが窺える。奇襲に失敗したと悟った二名は即座に変針しそのまま南南西の方向へと逃走しその姿を消した。

 

 一方で夜間雷撃であることが皮肉にもおおすみを助けた。本来航跡をほとんど残さない酸素魚雷だが、魚雷の航跡に群がる夜光虫がその所在を明らかにしてくれた。青白い光を残しながら接近する航跡は幻想的だが、回避する側にとってはこの上なく分かり易い目印になる。10,000mの長射程戦術で放たれた16本の酸素魚雷の到達まで約6分、おおすみにとって十分に回避可能だった。

 

 通信を行おうとする羽黒を春雨が制し、首を無言で横に振る。味方であるはずの艦娘からの奇襲雷撃、このことが齎す余波の大きさは容易に想像がつく。いったん帰還し南洲の指示を仰ぐ、そう言外に春雨は伝えていた。

 

 

 

 トラック泊地まで約600kmの地点で深海棲艦の襲撃を受けた(と思っている)おおすみの艦長はグアムへの帰投を強行に主張、南洲達との議論の末、LCAC(エルキャック)の高速走行時の航続距離ギリギリの400km地点まで部隊を送り届けることで妥協に至った。LCACは40ノットで約370km、35ノットで約555kmの航続距離で、400kmの距離なら何とか敵を振り切れる速度を維持したままの上陸が可能となる。数字上の航続距離は十分だが太平洋の荒波を越え進まねばならず、さらに黎明になり航空戦力が展開された場合は龍驤が対抗するしかない。

 

 

 「ほな行ってみよーっ!!」

 後部ゲートから着水したLCACは、龍驤の陽気な声を合図に、艇の後部に配置された4翅の推進用シュラウド付大型プロペラが全力運転を開始する。艇の右側前部にある操縦席には南洲と龍驤が、左側前部の見張所下層の船室には残り四名が、それぞれ乗艇する。

 

 「なあ少佐、聞いたで。夕立と江風が奇襲を仕掛けてきたんやって?」

 合成風とガスタービンエンジンの騒音に負けないよう、龍驤が南洲の耳元で大きな声で叫ぶ。夕立と江風、ともにトラック泊地に所属する艦娘である。その二名が独断で大本営の派遣した船舶に攻撃をしかける訳がない。明確にトラック泊地の意志として理解する必要がある。

 

 「…トラック泊地の問題は、想像以上に深刻なようだな」

 同じく南洲も大声で怒鳴る様に龍驤に返事をする。南洲はここまでの道中で、宇佐美少将から渡されたトラック泊地についてのファイル、そして部隊独自に行った調査結果のファイルは熟読していた。大本営の上層部を不快にさせないため弥縫的に提出された()()と、現場で現実に起きていた()()には大きな落差があり、南洲は半ば納得していた。

 

 -南海の閉ざされた泊地で()()()()()()が起きれば、艦娘が結束し大本営に対抗しても不思議ではない。

 

 時速75kmで深夜の海を波を超えるたび飛び石のように跳ねながら疾走するLCALは、おおすみと別れてから約6時間、乗艇している全員に多大な疲労と緊張を残し、夜明けとともにトラック泊地へと到着した。

 

 

 

 

 かつてのトラック島は、環礁によって隔離された広大な内海という泊地能力の高さから “太平洋のジブラルタル”とも呼ばれ、帝国海軍の一大拠点が建設された。そして今も、マリアナ沖海域の要衝として、かつての帝国海軍軍艦に代わり艦娘達が海を守る。そこに事前通告もなくLCACが哨戒線を破る様に突入してきた。内海に入ると、南洲は最大速度である70ノットに増速し、一気に泊地司令部まで突き進む。当然多くの艦娘が拿捕または迎撃のために抜錨してきたものの、倍以上の速度差がある相手(LCAC)の捕捉は容易ではなく、そのまま侵入を許すこととなった。

 

 警戒のサイレンが鳴り響き空を攻撃隊の大編隊が埋め尽くす頃には、LCACは港湾施設を迂回し、その脇に広がる砂浜へと上陸を成功させていた。

 

 

 「あっかーん…ウチ酔っ払ってしもーた。ひっどい操縦やなぁ、少佐…」

 「ちょっとアトミラールッ、レディが乗船しているのを忘れた訳っ!? ひどい操縦ねっ」

 「南洲…さすがに気持ち悪いです…」

 LCACの全通式車両甲板に次々と姿を現した五人は口々に不平を言う。海面を跳ねるように70ノットもの高速で疾走、さらに拿捕や迎撃に向かってきた艦娘達を躱すため左右にスラローム、上下左右に揺すられ続けた五人はほぼ船酔いになっていた。

 

 一人けろりとしている南洲は舷側から砂浜へと飛び降り、周囲を警戒している。どうせすぐにここの艦娘達が駆けつけてくるだろう、平然とした顔で出迎えてやるか―――そう考え南洲は艇上の五名に早く上陸するよう促す。

 

 「はい…南洲…」

 小さな声と同時に、春雨がふわりとLCACの舷側から南洲目がけて飛び降りる。慌てて抱き止める南洲の首に両腕を回し、満足そうに頬ずりをする。南洲は春雨の髪をくしゃりとひと撫でし、砂浜へと降ろす。

 

 それを見たビスマルクと鹿島は、次は自分だと言わんばかりに、()()()南洲目がけて飛び降りた。いや、ほとんど飛び掛かる、という方が正解だろう。それぞれに奇妙な声を上げながら、南洲を下敷きに奇妙なオブジェが砂浜に形づくられることとなった。ちなみに羽黒は出遅れ、一瞬後悔した表情になったが、砂煙の後に現れたオブジェを見て、苦笑いを浮かべながら、春雨の手を借りながら無言で艇を下りる。

 

 「…アホやな、この()ら…。はぁー、よいしょっと」

 ビスマルクと鹿島に呆れた視線を送りながら、やや年寄臭い掛け声とともに、龍驤が一番最後に春雨と羽黒の手を借り艇を下りる。

 

 「あーしんど。おおきに二人とも。あめちゃんあげよか? そやけど、こんだけ仰山おったらあめちゃん足るかな?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら龍驤が周囲を見渡す。南洲達がようやく立ち上がり体中の砂を払っている頃には、艤装を展開した艦娘達が地上と海上から挟撃するように陣取り、呆れたような表情で南洲達を眺めていた。

 




念のため。おおすみの実艦に照明弾は装備されていません。

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