逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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新設部隊の隊長となった南洲が新たに向かう先はトラック泊地。


Mission-2 向き合う男
17. 新たな任務


 早朝、南洲は宿舎裏に広がる芝生で剣を振るい汗を流す。

 

 往時の軍人同様、この時代の軍人も近接戦闘に備え剣道か柔道のいずれかを必修科目として士官学校時代に叩き込まれる。南洲は剣道を選び、古流に属する無外流を学んだ。剣禅一如とか活人剣とか不殺(ころさず)、そんな甘い話ではなく、いかに人間を殺すため合理的に凶器を振るうのか、軍人にとって剣を学ぶのはそういうことである。達人なら鉄兜をも両断すると言われる日本刀だが、艦娘や深海棲艦を相手に効果は期待できない。だが扶桑の力を振るえない今、少しでも縋る何かを求め、南洲は再び剣を取った。

 

 唐突に拍手が背後から起きた。

 

 「アトミラールはサムラーイだったのね。見事な剣捌きだったわよ」

 

 言いながらビスマルクが近寄ってくる。こんな早い時間に一体どうしたのか、と問う南洲に対し、肩を少しすくめながら当たり前のような返事が返ってくる。

 

 「あら、私は意外と早起きなのよ。…目が覚めて外を見ていたら、貴方が外に出て行くのが見えたから、追いかけてきただけよ」

 

 剣を鞘に納めベンチに置くと、南洲はTシャツを脱ぎ上半身を露わにする。ビスマルクの視線は、がっしりした体躯に割れた腹筋や厚みのある腕の筋肉、そして至るところの大小さまざまな傷跡を彷徨うが、右肩の付け根から先、色の違う右腕あたりで目を伏せた。それこそが、南洲の体が常人とは異なることを如実に語る。

 

 「ちょ、ちょっとっ!! レディーの前で何をしてるのよっ!」

 真っ赤になり慌てて背中を向けるビスマルクに苦笑だけを残し、南洲は近くにある水道で水を浴び、汗を流す。

 「ふう…気持ちいいな。ビスマルク、お前もどうだ?」

 上半身裸でタオルを首にかけた南洲がいたずらな表情でビスマルクに呼びかける。

 

 「はぁっ!? わ、私にもふ、服を脱げって言ってるの!? むぅ…このへんたいへんたいへんたいっ!!」

 

 そんなビスマルクの姿を見ながら、南洲は苦笑ではなく本当に楽しそうに笑い声を上げる。新たな部隊の発足後、南洲は少なくとも彼の艦娘達の前では、屈託なく笑うことが増えてきた。

 

 

 

 南洲を隊長とする新設部隊-辻柾提督の一件によりドイツ政府及び同海軍からの強力な圧力を受けた日本政府と日本海軍が設立した、艦娘運用拠点の適法的統治のための監査部隊。査察権と逮捕権、艦娘の保護に関する事案(及び作戦行動中の深海棲艦との遭遇戦)のみ専断的な交戦権を有する。軍警察である憲兵隊との違いは、艦娘が関わること以外には権限が及ばないことと、隊員に艦娘が属していること、そして依然として軍の()()を遂行することにある。

 

 日本政府と大本営の上層部は、この部隊に対し『()()()()()』という意味深な激励を送っている。対外的な建前で設立したお飾りの部隊なのだからあまり波風を立てるな、言外にそう牽制しているのは明らかだ。そもそも大本営内には、南洲が所属する諜報・特殊作戦群と似た性質の組織がいくつもある。深海棲艦との戦争という非常事態ながら、人間の性なのか常に大本営内では権力闘争が繰り広げられ、権力者と呼ばれる者達は、己の子飼いとなる部隊を内容性質の重複を度外視して作りたがる。人によっては理想の実現、人によっては欲望の成就など動機は様々だが、今度は外圧と言う、ある種現場のニーズとは関わりのない決定として、南洲率いる部隊が上乗せされた訳だ。

 

 だがこの部隊の責任者であり南洲の新たな上司となった宇佐美照市(うさみ しょういち)少将は、元トラック泊地の提督として勇名を馳せた現場の叩き上げで、艦娘たちに対する理解や造詣も深い人物だ。そんな人物が通り一遍の監査でお茶を濁すはずもなく、事実南洲に対し『責任は全て自分が持つ、艦娘達のため全力で事に当れ』と指示している。

 

 かくして、少佐に昇進した槇原南洲を隊長とし、現在の隊員は筆頭秘書艦の春雨以下ビスマルク、羽黒、鹿島が属する。これには、様々な理由で引き受け手のない艦娘を敢えてメンバーとし、次に問題が起きればすぐさま監督不行届により部隊を閉鎖する意図も隠されている。そんな外の思惑はともかく、部隊の活動開始以来、艦娘から受理した訴えや部隊による独自調査の結果、複数の拠点に強制監査を行い、結果将官クラスを含む拠点長を不法行為で捕縛し着実に実績を上げているのが現状だ。

 

 

 

 「新たな任務としてだな…その、トラック泊地の監査を頼みたいと思うのだが…なんだ…」

 

 大本営艦隊本部にある将官室。宇佐美少将は南洲を呼び出し、珍しく歯切れ悪く話を切り出した。用意されたお茶をすすりながら、南洲は無言で宇佐美少将を見やる。トラックはこの人がかつて着任していた場所のはず…後任者の不正等なら烈火のごとく怒りを露わにするはずだが、この言い淀み様からすると艦娘が絡んでいるのか?

 

 南洲の視線と意図に気付いた宇佐美少将は無言のまま何度か頷き、重い口を開き任務の説明を始める。

 「…トラックの様子がおかしい。遠征系の任務と海域の哨戒は確実にこなすが、編成系と出撃系の任務の遂行が極端に少ない。なぁ少佐、遠征系と編成出撃系の任務にある違いが分かるか?」

 

 南洲と宇佐美少将、二人の元司令官にとって言わずもがなだが、敢えて言葉にしようとしている。気にすることもなく南洲は答える。

 「…提督の関与度合いの差でしょう。遠征任務は事前に決めたことの遂行だが、出撃任務は提督による作戦立案と会敵後の状況把握と作戦遂行判断を要し、編成任務は内容に応じて提督の建造指示または特定の艦娘の船魂のドロップが見込める海域への作戦展開が必要となり、出撃任務と重なる部分がある」

 

 南洲と同じように茶碗をぐいっと呷る宇佐美少将だが、ふわりと酒精の香りが漂う。どうやら中身は別なもののようだ。

 

 「満点だ、少佐。トラックでは今、提督を関与させずに艦娘による自治のような形で泊地が運営されている可能性が濃厚だ」

 宇佐美少将は再び茶碗を呷る。先ほどより酒精の香りが強くなる。その表情は苦りきったものに変わっている。

 

 「だが、まったく解せぬ。俺の後任で送り込んだ男は、見た目は優男だが芯のしっかりしたいい男だ。トラックの娘達もよく知っているが皆いい娘ばかりだ。だが…いや…それにしても…」

 宇佐美少将が情に厚い人物なのは知っている。だが、そうであってほしいという願望とそうである現実の間に感情など入り込む余地はない-南洲は冷たく言い放ち、出撃準備のため席を立つ。

 「人は変わる生き物だ。俺達はそれを確かめ、適切な対処を行うのが仕事だ。必要な追加装備や人員の希望があればあとで大淀に連絡しておく」

 

 「少佐っ!! …できれば、誰も傷つけずに…」

 「その『誰も』にはアンタも含まれているのか? だとすれば保証はできない」

 

 

 

 今回南洲は潜入作戦ではなく、変化球ながら正面からトラック泊地に乗り込むこととした。建前は『欧州艦の太平洋海域における凌波性確認試験のためトラック泊地を利用』-要するにビスマルクの試験、という理由づけで一週間ほど滞在を申し入れ、その通りに受理された。

 

 残る問題は、本土からトラック泊地まで約3,400kmの距離を、深海棲艦との遭遇戦を避けながら進むことだ。宇佐美少将から貸与されたLST-4001おおすみで約4日かけての航海を支えるため、この任務限定で一人の艦娘が臨時配属されている。

 

 「少佐~、どこにも敵艦敵機ともに見つからんでー、安心してやー。対潜哨戒は一応続けとくけどな。にしてもや………」

 

 RJこと龍驤型軽空母一番艦の龍驤である。そして彼女が何に憤慨しているのかというと―――。

 

 

 「ねぇアトミラール、背中に日焼け止め塗ってくれない? 太平洋の日差しはキツ過ぎるわ」

 すでにトップスを外し、黒いビキニ姿でデッキチェアに俯せになるビスマルク。南洲を呼ぶため少し上体を起こす様にしているため、たわわな何かが見えそうになっているが、豊かに流れる金髪が辛うじてそれを隠している。

 

 「南洲、こんな強い日差しです、こっちで涼んでください、はい」

 胸元にリボンをあしらったパステルピンクのビキニを着ている春雨が、女の子座りをしながらサンシェードの中でカクテルを用意して南洲を呼ぶ。

 

 「あのっ、あのっ…司令官、よかったら一緒に…その………やっぱりだめぇ、見ないでくださいっ」

 「うふふ♪羽黒ちゃんも結構ナイスバディなんですよぉ、提督さん。ね、一緒にスイカ割りしません?」

 一見ワンピースタイプに見えるが、バックは大胆に肌を見せるセパレート風の白いワンピースを着て思わせぶりに微笑む鹿島と、フラワープリントを施したガーリーなフレアビスチェビキニを着て真っ赤な顔をしながら鹿島の背中に隠れる羽黒。

 

 

 「キミら作戦行動中ってこと忘れてへんかーっ!? ウチかてなぁ…ウチかてなぁ…キミらくらいアレがアレやったらイケてる水着でブイブイ言わせたいんやーっ!!」

 

 

 血を吐くようなRJの叫び、それはおおすみの全通甲板上で繰り広げられる、さながら夏の砂浜を彷彿とさせる気ままな四人の艦娘の姿に向けられていた。一方、どこに合流しても角が立ちそうだと本能的に悟った南洲は、色々アレなソレを見ないように目を伏せながらRJの元へと進んでゆく。

 

 「おお少佐、なんや~。ははーん、さてはウチのことが気になるっちゅーことかな?」

まんざらでもなさそうにRJこと龍驤がにやりと笑みを浮かべ、他の四人に勝ち誇ったような視線を向ける。

 

 「ん、まぁ…気になるというか、余計なことを気にしなくて済むかな」

 「なっ…どーゆことやっ、それはっ!!」

 

 艦娘達の悲喜交々を乗せ、船は一路トラック泊地へとその足を進めてゆく。

 


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