逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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本日二本目、前半部分の締めくくりです。

利用価値なしと見切られた南洲と四人の艦娘達。この苦境を跳ね返すべく、ビスマルクが立ち上がる。



16. Home

 「みなさん、面会時間は終わりです。速やかに宿舎へ戻ってください」

 唐突にスピーカーから流れる声がビスマルクの話の腰を折る。答えがあるはずがないと知りつつ、スピーカーに毒付くと、返事が返ってきた。

 

 「今そちらに遠藤大佐が向かっています。失礼のないように」

 大淀の声だが、これで全員が瞬時に理解した。この部屋は監視されている。ということは、春雨の話は公知の事実または聞かれていることが知られても困らない程度の内容だった、そしてビスマルクの話こそ、南洲に関わる大きなポイント、それゆえに介入された、そういうことだろう。

 

 「みなさん、そろそろ満足したのではありませんか? おしゃべりはそこまでにして、宿舎に帰りなさい」

 横開きのドアを半分ほど開け、遠藤大佐が微笑みながら四人に呼びかける。

 

 冷めた目で遠藤大佐を見据えるビスマルクと、不審げな表情で見つめる鹿島と羽黒。春雨だけは唯一我関せず、という態で南洲の傍にいる。彼女達の視線を意に介することなく、笑みを崩さずに遠藤大佐が一言だけ言い残し、そのまま立ち去ってしまった。

 

 「あと一週間もすればあなた方の処遇も決まります。今のうちに悔いのないようお過ごしください。そうそう、大尉も『あなた方』の中に含まれていますので、お忘れなく」

 

 五人の視線が病室内で交錯するが、その前途は決して明るい物とは言えないようだ。暗く沈んだ空気を跳ね返すように、ビスマルクが宣する。

 

 「ふんっ、あんな奴の思い通りになってたまるもんですかっ!!」

 

 

 

 技術本部から海軍病院に移ってから一週間、ついに南洲が退院する。病院の門の先には仏頂面のビスマルクが立っている。

 

 「あの怪我から1ヵ月で復帰するなんて、違う意味でイカれているわ、アトミラール」

 都合四週間での復帰ーケガの程度を考えれば驚異的とも言える回復力だが、南洲にとってはかなり時間がかったことになる。

 

 「ちょっと時間を頂戴」

 それだけ言うとビスマルクは南洲に付いてくるように促す。

 

 

 

 艦隊本部には各種の施設棟が林立するが、無機質なだけの施設ではない。この海軍病院の裏手には元々あった小川をそのまま残した公園が広がり、この季節は様々な花で彩られる。

 

 「病み上がりなんだから、座ったらどうなの」

 花壇の中にある木でできた長いベンチ、その中央あたりにビスマルクが座るのを見て、南洲は左端に腰掛ける。

 「なんでそんな所に………きゃぁっ!」

 「うぉっ!」

 言いながら南洲の方へとずいっと近づくビスマルクだが、ベンチの片側に重量が一気にかかり、ひっくりかえってしまった。

 

 

 「いてて…」

 満面に咲く一面の花の中に倒れ込んだ南洲は、自分の胸に寄り添うようにビスマルクが倒れ込んいるのにすぐ気が付き、起き上がろうとしたが、鋭い声で静止された。

 「動かないでっ! …そのままでいなさいよ」

 

 しばらく時間が流れ、やがてビスマルクが口を開き始めた。

 

 「ねぇ、アトミラール。こないだの話だけど…」

 それは病室での話の続きだとすぐに分かったが、この先ビスマルクが何を言おうとしているのか分からず、南洲は無言のまま話の続きを待っている。

 

 「貴方は私の命を助けてくれた。そのお礼をしないと、貴方とは対等の関係ではいられないわ。アトミラール、プリンツとレーベ、マックスはドイツに帰るの。貴方も一緒に行くなら…し、仕方ないから私も行ってあげてもいいわよっ。だから…その…ドイツで私たちのアトミラールにならない? それに、希望するなら春雨(ハル)たちだって連れて行っても…。ほ、ほら、貴方のヘタクソなドイツ語だとパンの一つも買えないし、ドイツ語を教えてあげるって言ったでしょ」

 

 豊かに輝く金髪を見下ろしながら、きっとビスマルクは顔を真っ赤にしてるんだろうな、と南洲は考える。自分の胸に乗っている頬がさっきよりずいぶん熱い。見えないのは承知だが、南洲は柔らかく微笑む。

 

 「な、なんとか言いなさいよっ。…このまま今の部署にいても貴方のためにはならないわよ。ただ利用され使い捨てられる、そんなの許せるわけがないじゃない…」

 

 使い捨て、か…。そうはっきり言われるとな…南洲は苦笑せざるを得なかった。ビスマルクはゆっくりと上体を起こすと、南洲のそばに横座りで寄り添いながら真剣な表情で見つめている。

 

 「アトミラール、私は真剣に話しているの。過去は忘れるべきだわ。新しい土地で、新しい仲間と…私と一緒に生きていきましょうよ………ダメ?」

 

 ビスマルクの白い頬が朱に染まり、うるんだ青い瞳が真剣に訴えかけている。南洲も上体を起こすと胡坐を組み、肩で大きく息をして、ビスマルクを見つめ返し、答える。

 

 「そこまで考えてくれて、本当にありがとう。きっとお前の言う通りにすれば…いや、そう出来たならどれほどいいだろう。けれど…俺はまだあの日々を過去に出来ない、少なくとも今は。不思議と遠藤の野郎は何も言って来ないが、遅かれ早かれ処分は下るだろう。俺の事はまだしも、お前達に理不尽な処分を下すようなら…」

 

 続く言葉を飲み込んだ南洲だが、抜き難い覚悟は既に決めているようだ。しばらくの間南洲から視線を逸らさず見つめていたビスマルクだが、諦めるかのようにわざとらしいため息をつく。

 

 「…多分そう言うんじゃないか、って思っていたけど…。あぁもうっ、仕方ないわね、最後まで付き合うわよ。忘れたとは言わせないわよ、アトミラール。貴方は私に『お前が必要だ』って言ったんだからね」

 

 言いながらビスマルクは立ち上がり、南洲へと手を伸ばす。その手を掴み、南洲も立ち上がる。

 

 「どっちに話が転んでも良いように、必要な手はすべて打ってあるわ。私を誰だと思ってるの? ドイツの誇るビスマルク級超弩級戦艦のネームシップよ? 私に手を出すってことは、全ドイツ海軍、ひいてはドイツの威信に泥を塗るってことを、この国の海軍と政府は理解すべきよ」

 

 

 ビスマルクのいう必要な手-それは駐日ドイツ武官経由で、これまでのことを全て本国ドイツにぶちまけることだった。辻柾の非道ぶり、ビスマルクの命を救う英雄的な活躍をした一人の男とその仲間の艦娘達の存在、そのチームが命令違反の責を問われ苦境に立たされている 等の内容に必要に応じた脚色を加えた上で伝えてある。ビスマルクの本国への要望はシンプルで、自分を救った英雄が希望するならドイツで受け入れてほしい。自分が日本に残るなら、その英雄への処分が撤回されるよう働きかけてほしい。そのいずれかだった。

 

 日本に派遣されたドイツ艦隊に齎されたあまりの理不尽ぶりに激怒したのがドイツ海軍でありドイツ政府、中でも全権力を一手に握る総統(ヒューラー)と呼ばれる男の怒り方は尋常ではなく、一も二もなくビスマルクの要望を受け入れた。海上護衛網整備と艦娘運用のノウハウ開示と引き換えに、世界の最先端を行くドイツの素材技術や電子戦技術の移転を行うはずが、その全てを破棄する、と日本との断交まで示唆し強い抗議を行ってきたのだ。さらに辻柾の行っていた艦娘への性的暴力を全世界に公表し、日本は女性の人権を踏みにじる野蛮な国家であると喧伝する、とまで恫喝してきた。

 

 戦争の勝利に必要な先端技術を入手できず、挙句に国家イメージが著しく損なわれるとすれば踏んだり蹴ったりである。日本政府と海軍は慌てに慌て、ドイツ側の言い分をほぼ丸のみする形で今回の件の幕引きが図られた。

 

 

 

 「…という訳で、不幸な過去を乗り越え、今なお日本海軍との懸け橋にならんと希望してくれるビスマルク君の安全に万全を期すため、専属の護衛部隊を編成しこれに充てるものとする。同時にこの部隊は、全ての艦娘の権利を守るための即応部隊も兼ねるものとする。大尉、君への現任務を解き、当該部隊の隊長を任じ、隊員には春雨君、羽黒君、鹿島君、そして本人の強い希望でビスマルク君とする―――」

 

 ドイツ側の要望と日本側のメンツを両立する方法が様々に検討された。大本営も一枚岩ではなく、様々な派閥が権力闘争を繰り広げている中で、今回の辻柾の一件で明らかになった、いわゆるブラック鎮守府の問題は格好の政治的なカードになった。大本営も一連の問題を座視していた訳ではないが、責任を押し付け合うだけで一向に解決に向かっていなかったのが実情だ。

 

 このため諜報・特殊任務群内に艦娘を中心とするタスクフォースが設置されることとなり、ここでドイツ側の要望を入れる形で、南洲を筆頭に()()()()()艦娘がそこに属することとなった。余談ではあるがこの過程で組織内の人事は一新され、遠藤大佐とそれに連なる一派は失脚し、南洲の上司も新しくなった。

 

 

 

 「私にかかればざっとこんなものよ、アトミラール。まぁ、当たり前だけど、褒めてもいいのよ?」

 新たに与えられた隊専用のガンルーム。南洲の前に立つビスマルクは目をキラキラとさせながら、期待に満ちた表情をしている。鹿島と羽黒は感無量、という表情でお互いの手を取り涙ぐみ、春雨は真新しい設備を興味深そうに眺めている。

 

 南洲は微笑みながらすっと手を伸ばし、ビスマルクの頭をくしゃくしゃと撫でる。何か口を開けば泣いてしまいそうで、それしかできなかった。満足そうな表情を浮かべたビスマルクだが、頭に置かれた南洲の手を握ると、もう一方の手で彼の頭を抱えそのまま自分に引き寄せ、唇を重ね始めた。口づけは長く続き、唖然とする他三名の耳には二人が交わらせる水音が響いていた。

 

 「…ま、まぁ一度も二度も一緒だし。それに…こんなサービス、滅多にしないんだからねっ」




ここまでお付き合い頂きました皆様、ありがとうございます。これで前半部分がひとまず終わり、次章からは後半部分になります。ただですね、次の展開に入るまで少し間が空いてしまうかも知れません。リアルが忙しくなってきて、ちょっと色々集中しなきゃという状況になりまして。また帰って来ますので、どうか忘れないで頂ければと思います。

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