逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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三週間経ち、やっと南洲との面会許可が下りるがビスマルクは勝負に負ける。鹿島と羽黒は、それぞれの気持ちを南洲にぶつける。


14. 悲しい嘘

 作戦終了から三週間、ついに南洲との面会許可が下りた。

 

 すぐにでも病室へ駆けつけたいが、春雨・ビスマルク・鹿島・羽黒の四人に対し、面会枠は朝昼晩の三つ。それぞれにそれぞれの思いがあり、南洲を独占できる時間を欲しがったことと面会時間の制約の結果、誰がどの時間帯になるかジャンケンで勝負をつけることになった。

 

 「「「「じゃーんけーん、ぽいっ!!」」」」

 

 結果、ビスマルクは一抜けで敗北し、残り三人は今度は順番決めのジャンケンに夢中になっている。涙目になりながらそれでも強がるビスマルクは気にしていないような風を装う。

 

 「ふ、ふん。元気そうならそれでいいじゃないっ。私は医者や看護婦じゃないんだから。いいのよ、別に…グス。私にはやることもあるし、アトミラールの事ばかり考えていられないのよっ」

 

 裏を返せば、やることがなければ南洲の事ばかり考えている、そう言っているようなもので、他の三人は何も言わずに苦笑を浮かべる。

 

 

 

 春雨以外は知らないことだが、本部に帰還した南洲が担ぎ込まれたのは病院ではなく大本営の技術本部である。そこでの集中治療を経て、やっと大本営の敷地内にある海軍病院に移送された。そして面会が解禁になり、最初に訪れたのが鹿島だった。

 

 

 鹿島は元気に話しかけているが、南洲はぼんやりと天井を見上げ深く考え込んでいる。()()()になった際に、技術本部の気取った技官と、何と言ったっけ…霊子工学の権威とやらに念を押された事-扶桑の魂を現界させ艤装を展開できるのは約一時間。そして今回、その制限を大幅に超えた結果、記憶の部分的な欠落、生体修復機能の低下、挙句に艤装は自壊した。

 

 「はい、提督さん、出来ましたよ♪」

 八等分された皮つきリンゴが皿に盛られ、鹿島はその一つを取り上げる。

 

 南洲が徐ろに鹿島の方に頭を動かす。視線の先には、確かにリンゴがある。そしてそのすぐ後ろには目を閉じた鹿島の顔もある。要するに、口移しでリンゴあ〜ん、である。

 

 「分かりませんか? …ほら、これ」

 薄目を開け南洲の反応を見て、急かすように体を小さくゆする鹿島。本気か冗談か定かではないが、不意に動き出した南洲が一口でリンゴの中程までを咥えた拍子に、鹿島はビックリしてリンゴを齧ってしまった。

 

 「慣れない挑発はやめとけよ。じゃないと、泣くことになるぞ」

 口に広がる甘酸っぱい果汁と程よい歯ごたえ…南洲はリンゴをもごもご食べながら鹿島を窘め、じろりと視線を送る。

 

 「…なら、リンゴなしでも鹿島のこと、味わってくれますか?」

 「お前ね…」

 

 思わずリンゴを噴き出しそうになった南洲に、鹿島は口元を緩く握った手で隠すようにクスクスと笑いながら、安心したような表情を浮かべ南洲を見つめる。

 「やっぱり提督さんは、鹿島の王子様ですね」

 

 鹿島の熱い視線に気付いた南洲は、無理矢理ベッドの上で上体を起こし、鹿島の方に体を向ける。

 「…こんな血生臭い日陰者の王子がいるわけないだろうが。まぁ何だ、気を遣わせて。ありがとうな」

 自然な笑顔で南洲が礼を言うと、鹿島は顔を赤らめながら、ベッドの空いたスペースに移動してきた。そして南洲を柔らかく抱きしめ耳元で囁くように言葉を続ける。

 

 「提督さん、私…あの夜、月明かりに照らされた提督さんの姿が忘れられないんです。みんなを傷つけてばかりの私を救うために来てくれた王子様…。血塗れでも硝煙臭くても構いません。私、鹿島は貴方の傍にいたいです。でも、これからどうすればいいんでしょう…?」

 

 今の南洲は特務大尉に過ぎない。かつての基地は無く、あとどれだけ()()をこなせば提督に戻れるのかも分からない。寄り添う鹿島を安心させる言葉一つかけられず、南洲はもどかしさに唇を噛む。

 

 一方の鹿島も、どうすればいいのか、そう言いながら実は分かっている。南洲は自分が辻柾を殺した、そう優しい嘘を付いてくれた。南洲の元にいたい、その気持ちに嘘はないけれど、これ以上迷惑はかけられない-鹿島は、報告書にあの夜起きたありのままを書き、処分を待っていた。今さら元の鎮守府には戻れず、さりとて自分の受入れを表明する他の鎮守府がある筈もない。残る道は…人間を手に掛けた艦娘として解体処分だろう。

 

 「…ごめんなさい、提督さん。困らせちゃいましたね。早く元気になってください、また来ます。うふふ♪」

 ベッドから軽く跳ねるように降りると、くるっと南洲の方を振り向き、すばやく触れるだけの軽いキスをする。

 

 「…来れたら、ですけど」

 病室を立ち去る鹿島の小さく呟きと、目に涙を浮かぶ涙を南洲は見逃さなかったが、同時にかける言葉が見つからなかった。

 

 

 

-コンコン

 

 昼食後、おずおずと羽黒が入室してきた。南洲はゆっくりと上体を起こそうとするが、駆け寄ってきた羽黒に再び寝かされる。

 

 「だ、ダメですよ司令官っ。ちゃんと体を休めてください。お願いですから…」

 「は、羽黒…」

 南洲の両肩をベッドに押さえつけながら発した言葉の最後は消え入るように小さくなり、うつむきながら小さく体を震わせていた羽黒だが、自分の名を呼ぶ南洲の言葉で我に返る。南洲の体に触れていることに気いた羽黒は、真っ赤な顔で慌ててベッドサイドの丸椅子に移動する。

 

 

 「あ、あの…ごめんなさいっ!!」

 小さくなりながら必要のない謝罪をする羽黒に、南洲は微笑みだけで答える。

 

 「そ、その…私、ここで本を読んでますから、必要なことがあったら何でも言ってくださいね」

 

 南洲は取りあえず窓を開けて空気を入れ替えてくれるよう羽黒に頼み、後はまた何かあれば、と言ったきり、沈黙が訪れた。

 

 

 窓から入る風がカーテンを揺らす微かな衣擦れの音と本のページが捲られる音だけがする部屋の中、ぽつりぽつりと声が掛けられる。

 

 「司令官、ご存知ですか…」

 「ああ…」

 

 羽黒は本を読んだまま視線を合わせず、生き残った数少ないかつての仲間たちの消息を教えてくれる。諜報・特殊作戦群に身を置く南洲の方がより詳しく知ってたが、それは口には出さす曖昧に返事を続ける。やがて羽黒の声が徐々に震えてくる。

 

 「私は…司令官が炎の中を彷徨っている姿を見て以来、人型をしている相手が怖くて砲が撃てなくて…色んな拠点を転々としました」

 「………」

 「砲の撃てない重巡洋艦なんて必要としてもらえず、あの鎮守府で、みんなにイヤな事を押し付けてまで生き延びていました」

 「…羽黒」

 「本当に辛くて、何度解体を申請しようと思ったか分かりません。でも、そういう時に限って、司令官の笑顔を思い出すんです…あと一度だけ、昔みたいに頭を撫でてもらえたら、もうそれで諦めがつく、いつもそんなことを思っていました」

 

 羽黒が読んでいた本をテーブルに置くと、腰掛けたまま椅子をずるずる引き摺りながら、南洲のベッドのすぐ脇に近づいてきた。

 

 「どうして私たちの前からいなくなったんですか? やっと会えたと思ったら、血まみれの笑顔で人を平然と撃っていて…。一体何があったんですか? 私、あの時本当に貴方が怖かった。でも、やっぱり昔と変わらない笑顔を見て、あんなに傷ついても敵と戦おうとする貴方の背中を見ていたら、不思議と怖くなくなって…。分かったんです、私、あなたの背中を守るために砲が撃てたんですっ! お願いですから、もう二度と私の前からいなくならないでください…でないと私…」

 

 そこまで言うのが精いっぱいだったのだろう、枕元に顔を埋め激しく嗚咽を続ける羽黒の髪を、南洲は何も言わずに優しくなで続けている。いつしか小さな寝息が聞こえ、羽黒が泣きながら眠りに落ちたことを知らせるが、南洲は頭を撫でる手を止めなかった。

 

 いなくならないで欲しいという羽黒の気持ちは痛いほど伝わってきたが、どこからいなくなるというのか? 今の()()()には帰る場所はない。それは羽黒も分かっているはずだが、それでもそう言わずにはいられなかったのだろう。

 

 辻柾を含め、艦娘を色々な形で傷つける輩は少なくはない。特に艦娘の場合比喩ではなく体の傷はどんな物でも癒えるといって良い。だが心の傷は残り続け何時までも血を流す。それを分かっているのだろうか? そこまで考えた南洲は歪んだ笑みを浮かべていた。そんなことが分かる連中なら、あんなことをする筈がないし、だからこそ自分は自分の基地を襲撃した連中を許すことが出来ないのだろう、と。

 

 艦娘の想いは、人間が思うより遥かに濃やかだ。だがそれは今の俺を弱くする…南洲は色の違う両手を眺めながら、いかすけない上官の言った『復讐か復権か』の言葉を思い返していた。

 

 

-コンコン

 

 すでに外は夕暮れになり、差し込む日の光はオレンジ色に変わっていた。ドアをノックする音に跳ね起きた羽黒は、すぐに自分がどういう状態だったのかを悟り、真っ赤になりながら南洲に繰り返し詫びていた。返事を待たずに部屋に入ってきた春雨は、羽黒の表情を見て何かを感じたのだろう、優しく微笑みかけながら傍に寄り添い、頭をぽんぽんとする。そして南洲に言付ける。

 

 「南洲、お客様をお連れしましたよ」


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