逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 春雨・ビスマルクVS深海棲艦4体。羽黒の心に南洲の思いは届くのか。


12. ごめんな

 「は、羽黒…俺が分からないのか…?」

 思いがけず羽黒に拒絶された南洲は、戸惑いながらももう一歩羽黒に向け歩き出す。その彼に対し伏せていた顔を上げ、羽黒が初めて見るような人に向けるような視線で問いはじめる。

 

 「あなたは一体誰なんですか? 私の知っている司令官は、人を平然と傷つけたり、そんなことに私を参加させようとするような人ではありません。それに…その右腕と右眼…一体…」

 

 血の気の失せた南洲の顔色がさらに青ざめ、ぐらりと体が揺れる。確かに抵抗を排除した上で相手に銃弾を撃ち込み、その所業に羽黒を参加させようとした、客観的に見ればそう言われても反論できない。羽黒との距離が無意識に遠ざかる。

 

 「辻柾は…復讐の鍵…だったが…。今も無事な艦娘達を取り戻して…もう一度…みんなでウェダに…帰ろう」

 その辻柾は鹿島の手にかかり、必要な事は結局聞き出せなかった。体の限界か気持ちの限界か、途切れ途切れの言葉を絞り出す南洲に、羽黒は心底不思議そうな表情で問い返す。

 

 「帰るって…何を言ってるんですか? ウェダはもう…ただの廃墟ですよ? 一体何がしたいんですか?」

 

 いつどうやって自分は基地司令官に復帰するのか-あえて考えないようにしていた事を羽黒に指摘され、今度こそ南洲は沈黙した。二発の銃弾を受けている南洲は、普通ならいつ意識を失っていてもおかしくない。遅れてやって来た鹿島が背中から支えるように寄り添う。

 

 「は…ははっ、ははははははっ!」

 身を震わせながら唐突に哄笑する南洲を、他人事のように見るともなく見る羽黒。人が集い安住の場所ができるのか、安住の場所があるから人が集うのか、いずれにせよ南洲もまた何かに縋っていた。

 

 

 

 すでに春雨とビスマルクは、軽巡洋艦2駆逐艦2から成る深海棲艦の艦隊との戦闘に突入していた。ビスマルクが牽制のために放った斉射を確認するや否や、単縦陣を散開させ魚雷を斉射しこちらに突入してきた。命中を期待したものではなさそうだが、回避運動を余儀なくされた春雨とビスマルクは方角距離とも大きく離れ、様相が異なる2対1の戦いをそれぞれ強いられることになった。

 

 距離を保ちながら砲戦で相手を仕留めたいビスマルクは、回避運動を取りながら測距を続け、徐々に弾着を修正してゆく。それに対し敵部隊は、38cm連装砲により林立する巨大な水柱を陰にしながら徐々に距離を詰めてくる。

 

 敵弾を躱しながら主機の回転を上げ一定の距離を維持しようするビスマルクだが、頭の中は疑問符が飛び交っていた。傍受した辻柾の通信では確かに『護衛の連中』と言っていた。だがここにいるのは深海棲艦だ。その事実が導く可能性は二つ、一つは艦娘部隊を殲滅した深海勢との遭遇戦。目の前の敵は明らかにPG艇を攻撃目標とし、そのために自分と春雨を排除しようとしていることを考えれば納得がいく。そしてもう一つの可能性…辻柾が呼び寄せた部隊そのものが深海棲艦であること。だがそんなことがあり得るのか? 集中力を欠いたビスマルクの単調な回避行動を見逃さずに放たれた、敵軽巡の6inch連装速射砲の砲弾がDora(第四砲塔)を直撃した。

 

 6inch砲程度では38cm連装砲の装甲天蓋は貫通できず、弾き返され砲弾はあらぬところで水柱を立てた。だが激しい衝撃を受け体勢を崩したビスマルクのドイツ軍将校帽が海面に落ちる。一瞬だけ残念そうな目を向けたビスマルクだが、夜目にも美しく輝く長い金髪を手でかき上げると、接近してくる敵部隊に闘志に燃えた目で不敵な視線を送る。

 

 「やるわね…! でもおかげで目が覚めたわ。ツジマサのことはアトミラールに任せて、私は目の前の連中を叩かないとね、Feuer!」

 

 Anton(第一砲塔)Bruno(第二砲塔)が軽巡ヘ級flagshipに、Caesar(第三砲塔)、そして直撃を受け多少の凹みと傷が見られるDora(第四砲塔)が駆逐ニ級に、それぞれ斉射を繰り返すビスマルク。轟音と衝撃波が海面を渡り、砲口から立ち上る炎が一瞬夜を白く照らし、砲煙がそれを覆い隠す。それらが収まった時、敵と呼ばれるものは既に存在していなかった。

 

 「こっちは終わったわ! そっちはどうなの、春雨?」

 

 

 

 一方春雨は、巧みな位置取りから十字砲火で砲撃を浴びせてくる相手に対し、急加速と急減速を織り交ぜた大小様々なスラロームで敵弾を躱しながら肉薄しようとする。それでも駆逐艦に近づけば軽巡が、軽巡に近づけば駆逐艦が、それぞれを庇い合う様にして春雨をけん制するためなかなかチャンスは訪れないものの、その距離は徐々に縮まってきた。

 

 春雨は軽巡に狙いを絞った。その分ニ級からの攻撃に晒されるが、少なくとも同じ駆逐艦同士の砲撃なら多少は耐えることができる-覚悟を決めた春雨は、敵魚雷に細心の注意を払いつつ、膝溜めの姿勢から一気に主機を全開にして急加速する。敵の攻撃を乱すのに、春雨の行うストップ&ゴーは身体や艤装への負担も大きいが極めて有効だ。果たして春雨は、軽巡ヘ級flagshipの予測した散布界をすでに駆け抜け、その懐に飛び込んでいる。この位置では射線が重なるため駆逐艦からの砲雷撃は同士討ちとなる。

 

 「南洲を守りきります!」

 そう言うと左手に装備した12.7cm連装砲B型改二を、ヘ級の人間のような上半身に向け連射する。いくら至近距離とはいえ、春雨の砲戦能力で一撃轟沈は望めないが、炎上したへ級は金属をこすり合わせたような不快な悲鳴を上げ堪らず離脱を始める。悲鳴を背にしながら春雨は移動し、今度は太腿に装備した61cm四連装酸素魚雷を駆逐ニ級に向け一斉に放つ。ロングランスとも呼ばれ長距離雷撃も可能な帝国海軍の至宝が、この近距離で外れる訳がない。直撃までの短い間を経て轟音と複数の水柱が立ち上り、二級を海へと還すことに成功した。

 

 「やるわね春雨、あんな機動初めて見たわ」

 「ビスマルクさんもすごかったですよー。まさに一撃必殺、そんな感じでした、はいっ!」

 ビスマルクが春雨の元に合流し、春雨の戦闘に興奮を隠せない様子であれこれ尋ねはじめ、ビスマルクの冷静沈着な精度の高い砲撃に舌を巻いていた春雨もまたその思いを素直に伝える。途端にビスマルクの目が輝き、ふふんと自慢げに胸を張りながら嬉しそうに答える。

 「何言ってるの、あたりまえじゃない。さぁ、アトミラールにも褒めさせてあげないと」

 

 目の端にブラストが見えたかと思うと、二人の周囲に水柱が立つ。装甲の薄い春雨を庇うようにビスマルクが前面に立つ。水柱が収まり二人が目にしたものは、離脱したと思っていたへ級が、炎上しながらもPG艇へ向け突撃している姿だった。

 

 射線上にヘ級とPG艇がいるため主砲や魚雷での攻撃はできない。慌ててビスマルクが3.7cm FlaK M42対空機銃で水平射撃するが、へ級の脚を止めるには至らない。知らせようにもPG艇にいる南洲のインカムは損傷している。

 

 「南洲―――っ!」

 「アトミラールッ!!」

 声を限りに春雨とビスマルクは叫び、へ級を物理的に取り押さえるため必死に追跡を開始する。

 

 

 

 再びPG艇甲板に話は戻る。

 

 海に響く叫び声が、南洲を現実に引き戻した。春雨の砲撃で炎上した敵艦がこちらに突進してきている。

 

 「敵? 敵なの? 戦うしかありませんっ! 見ていてくださいね、提督さん。うふふ♪」

 鹿島が立ち上がり艤装を展開する。その声を聞いた羽黒は一層怯えた表情となり震えはじめる。鹿島は練習巡洋艦とはいえ、相応の攻撃力を有している。14cm連装砲を背負い、支持部には12.7cm連装高角砲と探照灯をセットにした大型ユニットが設置される。炎上しながら接近してくる敵艦は自らを暴露しており、鹿島は右手の双眼鏡で敵位置を確認するとすぐさま射撃を開始する。複数回の斉射の後、鹿島の悲鳴が上がる。

 

 「命中、敵艦さらに炎上、速力低下っ! で、でも…止まりませんっ!! さらに接近してきますっ!」

 

 彼我共に軽巡であり一撃で仕留めきれなかった。後方からは春雨とビスマルク、前方からは鹿島の砲撃、へ級にはPG艇を道連れにする以外の選択肢はなく、ますます接近を続けてくる。

 

 南洲は、どこかすっきりとしたような表情で怯える羽黒に近寄ると、その黒髪をくしゃっと撫でる。

 

 「よく今まで耐えてきた………ごめんな」

 南洲が謝ることなど何一つない。それでも羽黒をこんな想いをさせてしてしまったのは自分だと、南洲は羽黒に詫びる。昔と変わらない笑顔を羽黒に残し、南洲はよろよろとPG艇の甲板先端へと向かい歩きだす。それを見た羽黒の心がざわめき、何か言おうと動きかけた口は、見送るその背中がぼんやりと白く光っていることに気が付き、そのまま言葉を飲みこんだ。

 

 

 「扶桑、もう一度力を貸せ。砲戦用意っ!」

 

 既に心身とも限界を超えている南洲だが、静かな声で宣すると右眼が赤いオーラを帯び始め、腰の基部から伸びるアームとその先端に35.6cm連装砲が現れる。だが黒鉄色の砲塔は半透明にも見えるぼんやりとしたものだ。体中の力を吸い取られるような感覚に耐えながら南洲は砲撃位置に砲塔を動かす。14cm砲で止められないなら、35.6cm砲で―――。

 

 「主砲、撃てぇっ!!」

 

 南洲の声と同時に発砲炎が甲板の二か所で起きる。放たれた砲弾は吸い込まれるように軽巡ヘ級に命中し爆散させた。一つは、前甲板中ほどに意を決した表情で立つ羽黒が電探射撃で正確に撃ちこんだ20.3cm2号連装砲。

 

 

 そしてもう一つは、発砲直前に自壊した35.6cm連装砲が上げた炎。南洲はそのまま甲板に倒れ込んだ。

 


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