逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-   作:坂下郁

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 南洲と仁科大佐、語り合う。


107. 出口のない迷路

 「貴方の問題の解決は、ある意味では簡単なのです。異種配合に起因する拒絶反応の解消…モザイク状に組み合わされた異種組織間の侵襲性とテロメア制御の問題です」

 

 「…手前が言うと簡単そうに聞こえるんだがな。なら何で余命宣告なんざ仰々しくしやがった?」

 

 仁科大佐は両掌を空に向け肩を竦め、その拍子に自主規制棒もぶるんと揺れる。その光景にイラッとさせられた南洲だが、仁科大佐の続く言葉にさらに苛立ちを強めてしまう。

 

 「方法があっても難易度が無理ゲーレベルだからです。人体で最も繊細な、替えが利かない器官の脳を相当いじくりましたからね、免疫制御に無理が生じても不思議ではない。そもそもDIDを発症していた(壊れていた)貴方とはいえ、そこからさらに手を加えたのです。むしろよくここまで正常に稼働しているものですね。ああ、これも全て私の、世界を、時代を、常識を超える技術が成し得た技です、感謝なさい」

 

 恍惚の表情を浮かべながら自分を抱きしめくねくねとしている仁科大佐と、3Dモデリング相手に意味はないと知りつつ銃を抜きたい衝動を必死に堪える南洲。一向に気にする事もなく、仁科大佐は話を続ける。

 

 「さらに、貴方の体は現在三種類の組織を無理矢理繋ぎ合わせている。元の人体、扶桑の組織、そして北太平洋海戦時の緊急手術の際に用いたモドキの組織。…そんな顔をしないでください、救命を最優先しあの場で手に入る物を使ったのです。要するに、どれでもいいのですが、貴方の生体組織の規格を統一すればいいのです。が…今や生体工学分野でそこまで高度な技術を持っている者は皆無…。世界的権威にして艦娘の父と呼ばれた西松教授なら可能だったでしょうが、彼はすでに故人。彼には、後継者と目される若い学者、確か穴吹助教授…がいるはずですが、研究領域が特定分野に偏っているとの噂は聞きました」

 

 

 南洲、ここでキレる。

 

 

 「俺がこんな風になってんのは、結局手前のせいじゃねーかっ!!」

 「私のお蔭で生き残っている、というのが正しい言い方ですね」

 

 

 睨みあう隻腕の大男と全裸の3Dモデル。

 

 ちっ、と舌打ちをすると南洲は大きく砂浜を蹴りあげ、忌々しそうに3D仁科を睨みつける。

 「刀が振るえれば、今度こそ細切れにしてやる所だ、有り難く思え」

 「ハワイまで届く刀などあるはずもないでしょう。それに、あの時(北太平洋海戦で)それを成し得たのは槇原南洲(まきはら よしくに)…貴方の主人格の技量あってこそ。まぁ…今の劣化した私なら、今の貴方でも倒せるでしょうが」

 

 

 「大佐、お食事の準備が…………えと、あの、お着替えの途中…にしては潔すぎというか…」

 

 会話に急に割って入った声に、南洲の表情が不審げな物に変わる。

 

 -そういや最後まで堕天(フォールダウン)しなかった奴が一人いたな、手前らの母艦を守りきった空母娘…一緒だったのか。

 

 地下のラボで全裸の仁科大佐が一人クネっていた所に現れた人陰は、言うまでもなく大鳳である。南洲率いるMIGOと仁科大佐率いる技本艦隊が激突した北太平洋海戦当時、主に単冠湾部隊と大湊部隊を相手取っていた大鳳と南洲は直接対峙しないまま戦いの終わりを迎えたため、二人にとってこれが初対面となる。

 

 一方仁科大佐はラボに入ってきた途端固まってしまった大鳳に視線を向けている。観客の登場、と言わんばかりに腰をグイッと落とし脚を開き、両腕を大きく広げるとスパ○ダーマンのようなポーズを取る。全裸でぶらん、だが。

 「おお、もうそんな時間ですか。残念ながらまだこちらの用事が終わっていません。終わり次第リビングに行きます。む、どうしました? まるで変質者に突然出会ったような顔をしていますが?」

 「ええ、まさか自宅で出会い頭に変質者と遭遇するとは想像していませんでした…流石にそこまで堂々と見せつけられると…かえって清々しいと言いますか…はぁ。…ご用事ですか…分かりました、終わったらリビングに来てください。あ、そうそう、今日は()()()お客様がいらっしゃいますので、それまでに服は着てくださいね」

 

 ちらりとモニターを覗き込んだ大鳳は南洲と目が合う。慌てて視線を逸らすと、大鳳は小走りでラボを出てゆきフレームアウトして姿を消した。

 

 「ふむ、話を戻しましょうか、槇原南洲」

 「手前…すげぇよ、色んな意味で………」

 

 

 

 「さて、どこまで話を戻しましょうか…そうそう、貴方にはまだ延命の可能性がある、という話でしたね」

 「あの話で可能性があるって言える手前の神経が分かんねーよ」

 「理論上ゼロでないものは無ではありません。なので聞いたのです、この辺境の島に拘りますか、と」

 

 ぴくり、と南洲が反応する。仁科大佐はすでに白いガウンを纏いソファに腰掛けている。

 

 「貴方がその辺鄙な島にいる限り話は何も進みません。槇原南洲、ハワイに来なさい。穴吹助教授なら誘拐すればいいのです。ここなら設備も揃っています。その気があるなら、移動の足を手配しましょう。日本にも協力者…と一応言えるのでしょうかね、複合企業群(コングロマリット)の有馬グループの助力が得られるでしょう。無論、条件は付けられるでしょうが」

 

 がちゃり、と鉄の音が響く。南洲が腰のホルスターから銃を抜きスマホに向けている。

 

 「…全く解せねぇ。俺にそこまで至れり尽くせりする必要などねーだろうが。仁科、俺の時間は限られてんだろ、手前とこうやってくだらねぇ話に費やしてるのも勿体ねえ。いい加減目的を話しやがれ、さもなきゃスマホぶち壊してそのふざけた(ツラ)とおさらばだ」

 

 ふむ、と脚を組み直す仁科大佐は、今までの変態じみた行動とは打って変った表情になる。全ての物を実験対象と見做す酷薄な性根を晒す様に、冷ややかな視線を南洲に送っている。

 

 「…自分の命をエサにされても容易には喰い付きませんか。いいでしょう、そもそも私は、作品としての貴方に興味はあっても、槇原南洲という一個人には興味がなく助ける理由もない。あるとすれば………それは大鳳のためです」

 

 「…そんなに大事なのか。あの海戦で堕天(フォールダウン)しなかった奴だろ?」

 

 南洲の指摘に唇を歪め嘲笑うような表情を浮かべると、仁科大佐は秘密を語り始めた。

 

 「堕天…艦娘と言えども生物の一種、それが精神生理の作用をトリガーとして自らの生体組織を変化させ別種(深海棲艦)の形質を獲得する。貴方がたにとっては艦娘を深海に堕とす禁断の技術、そう見ているのでしょう。ですがそれは本質ではない。人間は先入観に惑わされる生き物です。艦娘を深海化できるなら、深海棲艦を艦娘化できる、なぜその可能性を考えられないのでしょうね。大鳳は…正真正銘深海の姫、暗く穏やかな水底から殺し合いの水面に帰ってきた、その意味では堕天という言葉は彼女にのみ相応しい。艦娘に応用した技術は、大鳳により齎されたそれのダウングレードに過ぎない」

 

 南洲は絶句するより他できず、砂浜に棒立ちになってしまった。

 

 「大鳳は、艦娘の器に深海の姫の魂を持ち、双方を合せた力を振るう唯一の存在。その堕天とは一度きり、大鳳の器を破壊して姫に戻る事を意味します。なので大鳳を堕天させる訳にはいかない、例え何があっても」

 

 「…手前も先が短いんだろ? 俺を治して手前の女のボディガードにさせようって事か」

 「貴方は無頼漢ですが頭は悪くない。理解が早くて助かります。私は遺伝子転写制御機能が劣化してきましてね、貴方と違い、修復の見込みがありません。陸奥の力を使わなければ、それでも貴方より長く生きるでしょう。ですが、何故か分かりませんが、私は意外と敵が多いものでして。戦いたくても陸奥の力を使えるのは、多くてもあと一、二回なのです」

 

 「………教えろ、なぜそこまで大鳳に拘る?」

 「春雨を傍に置き続ける貴方なら、聞かずとも分かると思いましたが? 先ほどの発言、訂正しましょう、貴方は無頼漢で、かつ頭が悪い。まあいいです、貴方と話すとどうも感傷的になってしまいますね。おそらくこんな事を言うのは最初で最後です」

 

 ―――――――。

 

 仁科大佐の言葉に、南洲は思わず唇を歪めて皮肉めいた笑みを浮かべるが、言葉にはしなかった。

 

 「結論に入りましょう。現実策を取ります。槇原南洲、私が死ぬ際に貴方がまだ生きていたなら、大鳳をこの島に送ります。死んでも大鳳を守るのです。逆の場合は、貴方の艦娘を何としてでもハワイに送り込みなさい。私が死ぬまでは面倒を見てあげましょう。その間に穴吹助教授の件は継続調査します。水準は未知数ですが艦娘に関わる学者ですので、技本も彼を生体工学部門に招聘しようとしています。うかつに手を出せば、さすがに日本海軍も黙っていないでしょう」

 

 

 

 砂浜に脚を投げ出して座り、もはや明け始めた空に照らされる海を眺める南洲。脳裏には仁科大佐の残した言葉がリフレインする。

 

 -私にも貴方にも、後継者が必要、それは間違いないことですね。

 

 背後で、軽く砂を踏む音がする。春雨がゆっくりと近づいてきて、ちょこんと隣に座ると、小首を傾げ南洲の顔を見上げる。

 

 「南洲、その…変態さんとのお話、随分長かったですね」

 「よく言うぜ、どの辺から聞いていたんだ?」

 

 きまり悪そうな表情を浮かべた春雨は、誤魔化す様に笑顔を浮かべて答える。

 「えへへ…内緒、です」

 

 ぽん、と春雨の頭に手を置き立ち上がった南洲は大きく背伸びをすると、誰に聞かせると言う事もなく思いの丈を言葉に載せ始めた。

 

 「俺の余命はそんなに長くないらしい。これだけ無茶を重ねて生きてきたんだ、むしろ良く持つ方だ、そう思ったんだが…あの変態野郎…余計な事言いやがって…。死にたくない、長く生きられるかもしれない、一瞬そう思っちまった。お前と扶桑と…今はドイツに戻っているがビスマルク、それに翔鶴、神通…ああ、神風が帰って照月が増えたか…。何としてもウェダは守り抜くつもりだが、さて、どうしたもんか…」

 

 南洲の広い背中にきゅっとしがみ付くように春雨が抱き付き、肩を大きく震わせ、それでも泣き声を堪えようとしている。

 


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