「手前ぇ…何で俺の名前知ってんだ? それに…ハワイから来たって言ったな、オイ。まさかとは思うが…」
南洲は即座に後方に飛び退きながら右脇に吊ったホルスターから銃を抜く。デザートイーグルに似た形状の大型拳銃が鈍く光る。
南洲は相手が人語を話すので思わず応対してしまったが、よく見れば二級に人間の頭部が埋め込まれている。
「………なるほどな、こんなのと遊んでたから
ゆらりと空気が動き、二級が動き出す。即座に南洲は飛び退き、同時に南洲と二級の間には春雨が割って入っていて、だらりと提げた
「………」
「………」
「ヴェアアアァァァァ…オェッ…オボロロロッ」
二人が警戒を解かずに様子を眺めていると、駆逐二級、正確には移植された男がガラの悪い酔っぱらいのような声をあげ始め、文字通り口から何かを吐き出した。透明なビニールコートで密封されたスマホのような物体が口から転がりで砂浜に落ち砂まみれになる。
南洲を見上げ小さくこくっと頷いた春雨は、艤装を展開しその物体に近づいてゆく。仮に爆発物だとしても、艤装さえ展開しておけば被害は最小限度に止められる。手に取り砂を払いしげしげと眺める春雨だが、どこからどう見てもスマホにしか見えない。ビニールコートを破いて取り出すと、やはりスマホ以外の何物でもないことが判明した。
取りあえず危険はないだろうと春雨は判断し、スマホを南洲に差し出す。怪訝そうな表情でスマホに触れる南洲だが、指がセンサー部に触れた途端、何故か電源が勝手に入り一つのアプリが起動しはじめた。
ぱあっと青白い光が画面から放たれ、夜の浜辺を明るく照らす。スマホのモニタが放つあまりの眩さに春雨は思わず手を離し、スマホはとさっという軽い音を立てて砂浜に横たわる。依然として放たれる光は海とは反対側の原生林に色濃く光と影を作る。しばらくすると光の粒が集まり始め小さなポリゴンをいくつも組み合わせたような、極めて滑らかな3Dモデリングが投影され始めた。
足元からも頭部からも上下に少しずつ組み上がり、やがて形作られる全裸の人型は、某セー◯ームーンの変身シーンのようにひとしきり踊ると、最後はくいっと腰を入れたポーズを決める。一糸まとわぬ均整の取れた体にバタフライマスク。若い女子なら両手で目を隠しつつ指と指の間を大きく開いて確認したくなる、とある一部は黒い長方形で塗りつぶされ、白抜きの筆文字で『自主規制』と書かれている。
「久しぶりですね、槇原南洲。私は貴方に用事があるのです。わざわざこのような僻地まで電子的方法とはいえ出向いて差し上げたのです、感謝しなさい」
スマホから投影された3Dモデリングが喋り始める。投影されたそれは、言うまでも無く仁科大佐である。春雨はあまりのことに完全に固まると、自主規制棒から目が離せなくなり、言わなくてもいい事をぽろっと口走ってしまい、南洲と大佐を苦笑いさせる。
「な、南洲ほどじゃない、ですね、はい…」
「
「だ、だって…私は…南洲のしか見たことないから…」
南洲の言葉を遮ってまで言うべきか言葉かどうか別として、そこまで言うと春雨は真っ赤な顔をしながらぷいっと3D モデリングに背を向け、くねくねと
「…まぁいい、その趣味の悪い
3Dモデリング相手では銃を抜いても刀を抜いても意味はなく、南洲としてはここまでして仁科大佐が自分にコンタクトを取ってきた理由が気になり、銃を腰のホルスターに仕舞うと問いかける。
「で、何の用事だ、変態野郎」
◇
繰り返す波の規則正しい音だけが響くウェダの砂浜。普段なら煌々と輝く月と星が夜空に輝き、砂浜も思いのほか明るく照らされるが、曇天の今日は暗く重たい空模様。だが砂浜に置かれたスマホの画面が鮮やかな光を放ち周囲を照らしている。
ぼんやりと海を眺めながらヤシの木に凭れ片膝をついて座る南洲、同じように木陰に置かれたスマホからは、相変わらず全裸with自主規制の仁科大佐の3Dモデルが投影されている。二人とも無言のままどれくらい時間が経っただろう。唐突にデジタル仁科が口を開く。
「槇原南洲、貴方に聞きたい事があります。自分自身の
無言を貫いていた南洲がぼそりと答え、会話が始まった。
「いずれは死ぬ、それは間違いないだろう」
「貴方は常に設計時の計画値を超える性能を発揮し、私を驚かせ続けてきました。そんな貴方でも生体である以上、いずれ機能停止します。
徹頭徹尾モノ扱いかよ、と南洲が苦笑を浮かべたが、デジタル仁科は意に介さず話を続ける。
「貴方は脳を含めた生体に手を加えた度合いが非常に高く、異種間配合の宿命、拒絶反応を常に薬で抑えている。人間より遥かに高性能な艦娘の生体組織は人体にとって侵襲性が強く、元となる貴方の生体に負担を強いています。もっとも、移植された扶桑の生体組織も機能が随分と低下しているようですね。いずれにせよ…貴方は、損害を受け過ぎました」
自覚はあるのでしょう、と体をくねらせながらビシッと南洲を指さすデジタル仁科with 自主規制。
結構な部分でお前のせいでもあるんだがな、と顔をヒクつかせながら大佐を睨みつける南洲。
「…それでもまだ俺はやれる、やるさ。ウェダを守らなきゃならないからな」
「守る、ですか。ドイツの支援に頼って辺境の小島に立て籠もる貴方が? 今こうやっていられるのは、大坂鎮守府の戦略的放置に過ぎないのを理解していますか?」
苦い物を食べたように南洲は顔を顰め、仁科大佐に改めて強い視線を送る。彷徨い戦い続けたどり着いた場所が、誰かの思惑で生かされているに過ぎない、そう言われては黙っていられない、が…。
「言ってくれるじゃねーか…と言いたいが、お前の言う通りだ。大坂云々ってのは初耳だが、まぁ在り得る話だな。だが、誰の手にも属さないこの場所が存在している、その事実が重要なんだ。誰の思惑でもいい、それでウェダがここにあるなら、それでいい」
不思議と満足そうな笑みを浮かべた仁科大佐と、それ以上何も言わず口を閉ざした南洲。潮騒だけが規則正しく響く浜辺で、再び沈黙を破ったのは仁科大佐である。
「…貴方も色々問題を抱えていますが、私も似たようなものです。私の場合は、度重なる遺伝子操作により遺伝子転写制御が不安定になり始めました」
「へえ…技本イチの天才様でもしくじるんだな」
南洲の皮肉に、デジタル仁科は肩をすくめながら明確に否定をする。
「しくじった、というなら遺伝子操作を担当した生体工学部門が、あれほど劣化していたと想定できなかった判断ミス、でしょうね。西松教授…中臣浄階様と並ぶ真の鬼才、あの男が去った後、生体工学部門にはロクな人材がいなかった。それでも技術水準としては依然高水準と言うべきでしょうが、所詮その程度。私が必要なのは蝶☆一流のみ。もっとも、それゆえ霊子工学部門が技本内で主導権を取れたのですから皮肉な物です」
「で、天才様はどう見てるんだ? 俺は…どれくらい保つ?」
「早ければ5年、長くても10年程度。環境次第では多少の誤差は生じるでしょうが、多くは期待しないでください。もっとも、これは私も同程度です」
「長ぇのか短ぇのか分からんが…手前がそういうなら、そうなんだろうよ。で? それをわざわざ伝えるために人一人犠牲にしたってのか?」
南洲が不快感を露わにし、二級に繋がれた男に話を及ばせる。南洲の鋭い視線を意に介さず、自主規制棒を揺らしながら両手を空に向け肩を竦める仁科大佐。その仕草に南洲は思わずイラッとする。
「取るに足らない男一人、真なる技本の技術を体験し、私と貴方のコミュニケーションに役立ったのです、本望でしょう。だいたい貴方が僻地で自給自足的生活を送っているから、こんな回りくどい手段を取らねばならなかったのです、反省しなさい。それよりも槇原南洲、貴方は自分の行く末を理解しましたね。それでも、この辺境の島に拘りますか?」
「………