戦場を放り出してハワイの地で暮らし始めた二人ーへんたいさとへんたいほうとの、自由奔放なラブ&カオスでダークな日常と戦いの日々。
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この章では、へんたいさを取り上げてくださった作者様の作品のキャラや世界観がひょっこり顔を出すかもですが、予めご承知おきください。
犬魚様『不健全鎮守府』
zero-45様『大本営第二特務課の日常』
これらの作品もあわせてお読みいただくと、より楽しめるかと思います。
103. ホームスウィートホーム
「ただいまっ。ごめんね、寂しかったかな」
人感センサーが作動し、敷地の各所にライトが点くと、嬉しそうに声を上げながら三匹の番犬が、外出先から夜になって帰宅した少女に近寄ってくる。
「きゃあっ、そんなに顔をぺろぺろしないでっ。よしよしっ」
番犬-PT小鬼群と戯れているのは、大鳳型装甲空母一番艦の大鳳。手入れされた芝生に正座し、茶色のショートヘアを揺らしぽんぽんと膝を叩くと、嬉しそうにPT小鬼が膝に乗り甘えはじめた。
裏庭の方からも、きゃははきゃははともう一組の番犬の笑いさざめく声がする。ただその声には微かにうめき声が混じっている。
「マドー、ゲドー、そしてヒドー、ラボへの侵入を試みた者達を排除したのですね。ふむ…重傷でも生かしておいたのはこの方のみ、あとは深く埋めた、と。よろしい、貴方はご希望通り私のラボにご招待します。地下へご案内を。おや、なぜ泣いているのです、おかしな人ですね。知りたかったのでしょう? 技本の技術を。自らの体で味わえますよ」
この家を守るのは、陸上でも活動できるよう改造された二組六匹のPT小鬼群。それぞれ名前が付けられており、大鳳にじゃれている組は、閃電、天雷、陣風という。家の周囲を確認し終え、ゆっくりと大鳳の背中に近づいてゆく三十代前半の年恰好の男性。大鳳の茶色い髪に、そっとイリマの花が飾られる。ハイビスカスの一種の黄色い花で、オアフ島のシンボルフラワーでもある。
「大佐…」
嬉しそうに振り返った大鳳の視線の先にいるのは、
日本海軍における艦娘の開発運用の中核を成す、大本営技術本部に属する俊英のエンジニアだった男。人為的に艦娘を姫級鬼級の深海棲艦へと変容させる、
イリマの花を髪に飾り、嬉しさを隠せない表情で微笑みかけた大鳳の目が点になる。
着衣はスパッツだけ。あとは裸、あるいはネイキッド、もしくはマッパ。股間や腰回りは、隠す様に彩る様に、イリマを始めとする色鮮やかなトロピカルな花々で飾られている。
「ああ、この格好ですか? 帰宅したら裏庭で
簡単に言えば不都合しかない。が、大鳳にとってはそうではないようだ。
「大佐…私…お花の似合う男性を初めて見ました……素敵ですっ」
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翌朝、一人早くから起き出すと自宅の地下に設置した広大なラボに籠り、侵入者に尋問と実験を愉しんでいた大佐は、正午を過ぎ遅いランチの時間を大鳳と過ごすため、シャワーを浴びさっぱりしてから姿を現した。
「大佐、ごめんなさい…」
早朝のキッチンからダイニングにワンプレートのランチを運んでくる大鳳と、待つ間にコーヒーを飲み寛ぐ白いタオル地のガウンをまとった大佐は、その声に視線を向ける。
「バターが切れてました。せっかくおいしいパンが手に入ったのに…」
「ふむ、バターですか…」
テーブルを挟み向かい合って座る大鳳と大佐。白く丸いプレートにはスクランブルエッグとカリカリベーコン、トマトとブロッコリーのミニサラダが載せられている。あとはホテルブレッドと呼ばれる食パンを焼けばよいだけ。きつね色になるまで焼き、アツアツのうちにバターを載せる。大佐の好みに合わせた軽い昼食だが、大鳳はバターを買い忘れた。バターが無ければジャムでお食べ、と昔の王妃は言ったか言わないか、ともかく大佐の好み通りにできなかった事で、すっかり大鳳はしょげてしまった。
「確か今朝牛乳が届いてましたね」
「はい、五リッターの牛乳缶で届いたのをペットボトルに移したのが冷蔵庫に入っています」
「そのペットボトルの牛乳を揺らさずに持ってきなさい。それと深さのある受け皿に広口の蓋付の瓶、瓶は小さいやつでいいですよ。レザーベルトは…ああ、ここにありますね」
薄く微笑みながらそう告げる大佐。何のことか分からないが大佐の言う事を疑わない大鳳は、言われた通りに準備をする。だが頼まれた物を用意してキッチンから戻ってきた大鳳は、目に涙を浮かべている。
「おや? どうしたのです?」
「大佐…私はダメな艦娘です…。牛乳一つちゃんと保管できないなんて…」
差し出しされたペットボトルに入った牛乳は、上層部がクリーム状の塊になって分離している。
「
大佐はまだ目を赤くしている大鳳に優しく微笑みかけると立ち上がり、まるで艦隊に出撃を命じる様に右手を前に振り出し宣言する。
「よろしい、バターを作ります。バターは生鮮食品、新鮮なものは驚くほど美味ですよ」
「ええっ!? バターって自分で作れるんですか?」
目を真ん丸に大きくし驚きの声を上げる大鳳に、大佐は苦笑いを浮かべ肩をすくめる。
「大鳳、アナタには色々教える事があって退屈しませんねぇ。いいでしょう、食品科学の時間です。まず、牛乳を元に様々な乳製品が作られるのは知っていますね。濃縮すればコンデンスミルク、発酵させればヨーグルト、凝固・発酵・加熱などを経ればチーズ、そして分離させた脂肪分が生クリームやバターです。つまり新鮮な牛乳を攪拌すればwhey…
さて-前述の事柄を受けた話を続けるときに用いる接続語だが、当たり前のようにガウンを脱ぎ捨てる大佐の行動と、それまでの食品科学うんぬんの話の繋がりはよく分からない。ガウンの下から現れたのは、細身ながら引き締まった裸の肉体。四肢に残る手術跡が目を引くが、それよりも何よりも、頬を赤らめた大鳳の嬉し恥ずかしアイズは、大佐が唯一装備する黒のブーメランビキニに集中してしまう。そんな熱い視線を気に留めず、パンイチのまま作業を開始する大佐。
受け皿を用意して分離した牛乳の入ったペットボトルの底に穴を開け、効率よく脱脂乳を抜く。そしてボトルの底を切り取り残ったクリーム塊を取り出す。それを用意した別の瓶に入れ蓋をする。そこまで済むと、大佐はブーメランビキニの前をびよーんと伸ばし下腹部に瓶の底を当てパンツの中にセットし、臀部から腰に回したレザーベルトでギチギチと固定する。横から見るとパンツの中で主砲が最大仰角を取っているかのようである。
そして、両腕を上げ頭の上でクロスすると、リズミカルかつ滑らかに腰を前後に振り始めた。
「いいですか大鳳、振動を加える事で脂肪分とそれ以外が分離します。さ、クロックアップしますよ」
人間の目で見れば、アイオワの立ち絵のようなポーズで大佐の動きは止まっているかに見えるだろう。だが実際は残像を残すほどの速さで腰をカクカクと前後に振っている。人間より遥かに優れた感覚器官をもつ艦娘の大鳳はその動きを捉えているが、瞳に映る、充実した表情で腰を振る大佐の姿が大きくなり始める。腰を振りながら大鳳に近づいてきているからだ。
「今回は塩だけにしますが、ハーブ類を加えることもあります」
大鳳の眼前、腰カクカクと解説が続く。大佐の胸騒ぎの腰付きに釘付けとなった大鳳だが、やがてうっとりとした目でそのエキセントリックな動きを見つめ始めた。何かを思い出しているのか、最早バター以上に蕩けている感じである。
ダイニングに差し込む陽光に照らされながら、ビキニパンツ一丁でうっすらと笑みを浮かべながら一心不乱に腰を振り続ける男と、ささやかな胸の前で手を組み熱視線を送る小柄な少女。やがて呟くように想いを載せた言葉が大鳳の口からこぼれる。
「何をしても変態……でも好き」
これこそ、この二人を知る軍関係者から『へんたいさとへんたいほう』と呼ばれる
「さ、できましたよ」
時間にすれば一、二分程度だろうか、ぴたりと動きを止めた大佐は、いつも通りの表情に戻り、レザーベルトを緩めるとブーメランパンツの中から瓶を取り出し、大鳳に手渡す。中には見事にバターが出来上がっていた。
「私の腰の加速度による脂肪の分離度、さらにこの後加える塩の量から計算すれば、これで濃厚かつ適度な滑らかさを残すバターが仕上がります。塩を加え混ぜるのは大鳳、任せますよ。私はパンを用意します」
「は、はいっ! お任せください、大佐」
焼き立てのパンに出来たての腰振りバターを塗る。ただそれだけでこれほどに美味しいなんて…頬張りながら、大鳳が嬉しそうな声を上げる。その声に、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべ、大佐も同じようにパンを食べる。話しかけるのは大鳳からの方が多いが、大佐は一言も聞き流さず、頷き、返事をし、時に微笑み合う。
思い切って連載再開。よろしければ活動報告もご覧くださいませ。