崇められても退屈   作:フリードg

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第3話 撃たれたから、死ぬ! ……あれ?

 

「いやぁ、本当にびっくりだよっ!」

「確かに。運動神経が良いだけじゃなくって、すごく強かったんだね」

 

 

 陽気な声が、夜の町に響いていた。

 一座の全員が無事に次の興行の町へと到着していたのだ。

 

「“むしゃ、もきゅ……” 正直言って、山奥で狩っていた危険種の方がよっぽど手ごわい」

「だよね。動きも断然素早いし、神出鬼没だし。あんなに綺麗に当てられないと思う」

 

 いつもの様に、肉をむしゃむしゃ、と食べているアカメと、そんなアカメを見て、にこやかに話すツクシ。……2人を見て、苦笑いするのはナタリアとアムーリャ。まだ幼い子供の会話とは思えないから。

 

 だけど、このご時世。戦える子供は数知れない事も知っている。そうしなければ生きられなく、自然の中で鍛えられ、生きる術を学んだのだろう事も理解できた。だからこそ、心の底から思うのだ。

 

「……野生児ってすごいわね」

「右に同じ……」

 

 そして、何よりも 苦笑いをしつつも感謝してもしきれなかったのもあった。

 いつも自分にも他人にも厳しく、寡黙であるコウガが、珍しく表情を和らげた。

 

「ありがとうな。お前たちが奮戦してくれたから、こうして全員が無事だったんだ。……本当にありがとう」

「………仲間なら当然だ」

「そうですよ」

 

 アカメは別に気にする様子も無く、ただただ黙々と肉を平らげ続け、ツクシは 両手を振ってそう言っていた。

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 そう――忠告は、的中したのだ。()が言っていたのは、この事(・・・)なのだ、と一座の誰もが、そう思った。

 

 それは、つい数時間前の出来事。

 

 次の町へと急ぐ一行は、馬車を走らせていた際に、件の盗賊団に襲われたのだ。

 

 先ずは、馬を殺られて退路を絶たれた。積荷、商売道具の全てを投げ捨てて逃げたとしても、相手も馬を携えている為、逃げ切る事はまず出来ない。

 そして、数的にも圧倒的に不利。多勢に無勢だと言っていい程だ。その上極めつけは相手の性質。残虐無比で悪名名高い盗賊。老若男女関係ない、と言う話は間違いなく。

 

『男は皆殺し、女は足の腱を切って捕獲』

 

 と言っていた。

 

 もう、戦って勝つしか生きる道は無い、と腹をくくるのは早かった。

 以前に、この状況よりも遥かに絶望的な危険種の群を目の当たりにした事から、そこまでパニックにならなかった様だった。

 

 だが、驚くのはここからだ。

 

 新人の内の1人であるアカメが徐に、盗賊のリーダーであろう男の方へと歩み寄ると。

 

『お前たちは、噂通り、皆にそう言う事をやっているのか?』

 

 と平然と訊いていた。

 仲間が止めようとするが、構わずに。

 

『決まっている』

 

 と、下衆びた笑みを浮かべて、己の欲望に忠実な獣の顔になって舌なめずり。性欲処理にでもさせようと考えていたのだろう。アカメの事を見ながら

 

『皆の便所になるん』

 

 と、言っていたのだが……、最後まで言い切る事は出来なかった。

 何故なら、その喉笛を素早く、正確に、何よりも一切の躊躇いもなくアカメが斬り割いていたからだ。

 

『ならば、葬る』

 

 盗賊団のボスの鮮血が舞い散る。そんな場をまさか見る事になるとは思っていなかったメンバー達は、一瞬だけ唖然としたものの、血の気が多い性質もあって、直ぐに反撃をしようとするが……。

 

『ようしっ、全弾命中っ!』 

 

 ツクシの放った弾丸が、盗賊達の頭部に命中し その命を穿った。

 

 2人が先駆けとなり、その後の決着は早かった。

 

 リーダーを失い、更には想像をはるかに超える戦闘能力を持つ2人。

 統制が保てなくなるのも時間の問題で、瞬く間に殲滅する事が出来たのだ。

 

 

 

 □ □ □ □

 

 

 

 

 アカメとツクシ。

 

 2人の力量を見て、……何よりも、以前 大物に断られた経緯があった事も後押しした様だ。

 

「よし! 決まった!! アカメ達にも協力(・・)してもらおう!!」

 

 座長の一言である。

 前回と違うのは、アカメやツクシが一座に加入している、と言う点だ。彼は 全くの無縁であり、本当に偶然通りかかっただけであり、腕に惚れ込んでの突然の勧誘だったから仕方が無かった、とも言える。

 だが、アカメ本人の口からも、《仲間》と言うセリフが出ているから、勧誘は出来る、とも判断が出来た様だ。

 

 だけど、易々と首を縦に振れないのは、コウガ。

 

「それは……、前回の事もあるし、子供だから、と言うつもりは無いが、まだ早いんじゃないか?」

「……ああ。確かにそうは思うが、後々でいいだろうさ。たが、2人には正体(・・)をきちんと話しておきたいんだ。あの時は、手順をすっ飛ばしてしまったからな」

 

 座長が告白したのは、この旅芸人の一座、で通っているサバティーニ一座には、裏の顔がある。

 

 

――国を変える為に動いている存在。

 

 

 平たく言えば、国の反乱軍に通じている、と言う事だ。

 

「その腕を見込んで頼む。いずれ、ワシ達に力を貸してくれないか?」

 

 力ある者のスカウトも、仕事の内の1つで、各地を回っている理由は資金源の確保もあり、更には情報収集をしているのだ。

 

これまでの経緯を簡潔に説明しつつ、理解をしてもらおうとコウガ達が説明をするのだが……、こんな話を突然した所で、理解出来るとは到底思えなかった。

 

 だから、アムーリャは 混乱している、と思ってツクシに声をかけた。

 

「ごめんね、急に何のことか判らないとおもうけど、少しずつ 説明はするから。ゆっくりと考えてね」

 

 ツクシの頭を撫でながら、そういうアムーリャ。

 2人が加入してくれれば、心強く、幸先だって良いと思える。彼が言っていた『危険』をも打ち砕いてくれたのだから猶更だ。更に言えば、この勢いのままに また、彼と出会う事が出来れば……、うまくいくかもしれない。歳は、きっとアカメとツクシ、2人と近しいと思うから、話も会うかもしれない。……ひょっとしたら、もっともっと親交も……あるかもしれない。

 

「(んー、でも、あげたくは無いかな~? あの子の事、好きだしっ♪)」

 

 アムーリャは、能天気にもそう考えていた。

 圧倒的な力を見せた後に、空腹で顔を顰めて……、更には歳相応であろう綻んだ笑顔。ここまでの、ギャップは未だかつてお目にかかった事が無かったから。

 

「アムーリャさん」

 

 そんな時。ツクシから返事があった。いつもと変わらない、のんびりとした口調。……だけど、一瞬、ほんの一瞬 寒気を感じた。

 

 

 そして、寒気を感じた時はもう既に遅かった。

 

 

 突然、轟音が響いたかと思えば、目の前が赤く染まった。

 

 何が起きたのか、判らない。ただ、一瞬で思考を赤黒く塗りつぶされ、次には 凍てつく冷気を感じた。深い深い冷気。それがいったい何なのか。

 

……それは、黄泉から吹き込むあの世の風だと理解したのは、自分が倒れたのだ、と自覚する事が出来たから。

 

 

「答えはもう出ていますよ」

 

 

 轟音の正体は、ツクシの発砲音。

 アカメが盗賊を斬った時、或いは、ツクシが盗賊を打ち抜いた時と同様に全くの、一切の躊躇もそこには無い。

 

 アムーリャが撃たれても、誰もが動く事が出来なかった。

 だけど、音を立てながら、倒れ伏した時に、漸くナタリアが動く。

 

 混乱は隠す事が出来ないが、それでも 撃たれた事実は変わらない。だから、ツクシを止めようと、武器を構えたのだが、武器を持った腕が――、無くなってしまっていた。

 

 

「裏が取れてしまった。……用心深く隠していた様だが、訊いたからには、標的《ザバティーニ一座》………全員、葬る」

 

 

 次に聞こえてきたのは、アカメの声、そして 舞い散り降りかかるナタリアの鮮血だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、私、頭を撃たれたんだ。

 

 

 

 

 

 頭を撃ち抜かれたアムーリャは、何故か 考える事が出来ていた。

 自分自身が何処を撃たれたのかも、何故かは判らないが、完全に理解する事が出来ていたのだ。頭を撃たれれば、普通は死ぬ。誰もが知っている常識だ。

 

 だが、頭を撃たれれば、……その本人の精神はどうなるのか、それを完全に知っている者は、現世には誰もいない。それは、当然だ。《死んだことがある者》などが要る訳が無いから。

 

 だけど、意識はまだ、この場に留まっている。死にたくない、と言う想いが強いから、この場にまだ存在する事が、肉体が死んでも、精神だけでも留まる事が出来ているのだろうか。時間の流れる速度と、体感時間に大幅にズレがある。

 死の間際に見る走馬燈ではない……、死んだ後に、考えるんだから。

 

 

――すごく、どうでもいい事、考えてる。……みんなが、仲間たちが、殺されていってる、って言うのに。

 

 

 眼も見えないし、耳も聞こえないと言うのに、感じる事は出来ていた。

 阿鼻叫喚……、場は地獄絵図、とも言っていい。アカメやツクシの本当(・・)の仲間たちが、全員を皆殺しにしている。

 

 長く苦楽を共にし、共に、国を変えよう、と同じ志を持って集った仲間達が……、無慈悲にも斬られ、殴られ、撃たれ、嬲られ……蹂躙される。

 軈て、誰もが喋らなくなった。……皆、死んだのだと言う事が理解出来た。

 

 

――私は、いつ死ぬ? いや、もう死んでる? 

 

 

 誰も、何も答えてくれない。

 だけど、間違いなく言えるのは、今の自分を意識する事が出来ている、と言うこの不可思議。……いや、これも地獄だって言っていい。死ねば、何もかも無くなる、と思っていた。志も、記憶も、全部。

 

 だけど、全く消えない。

 

――……わからない。いつまで、こんな、こんな、……いき、地獄を感じないといけない……の? 死んだんなら、はやく……ぜんぶ、絶ってよ。わたしの何もかもを、ぜんぶ、けしてよ……、こんなの、あんまりだよ……。

 

 仲間達が死んだ悲しみ、帝国への憎しみ。あらゆる負の感情が入り乱れている。幸いなのは、痛みを感じない、と言う所だろうか。いや、それもある意味では地獄だった。

 五感ではなく、云わば第六感。

 それ以外に何も感じられないから、終わりがなく、永遠に続く、とさえ思えてしまうから。

 

 

『危険が迫ってる。アムに』

 

 

 そんな時不意に……声が聞こえた気がした。

 

 

『厳密には少し違うかな。アムだけじゃなくて、一座全員に』

 

 

 その声を聴いたのは、もう、ずっと昔の事、だと感じてしまう。

 

 

『気を付けてね?』

 

 

 身に迫る危険は、盗賊達ではなく、この事を指していた。

 それを理解した時

 

 

 

――ゴメン、ね。せっかく おしえてくれたのに、なんにもできなかった。わたし、たちが、よわかったから。そう、ぜんぶ、そのせいで。

 

 

 

 そう、世界は残酷。弱者は強者に淘汰される。され続ける。

 

 それが、自然の摂理だとも言える。生態系の頂点。強者が糧とし続ける。未来永劫、続く事だろう。

 

 だが、1つだけ――例外がある。この現世の理を超越する様な例外。

 

 

 

――――!!

 

 

 

 アムーリャは、何か(・・)を見た気がした。

 

 いや、眼で見た訳じゃない。……感じて、その何かの形を理解する事が出来た。心に映写する事が出来た。……いや、させられた、と言うのが正しいかもしれない。

 

 

 

 それは、とても、とても 大きな一羽の鳥。 

 

 

 


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