「ビックリしたんだよ? あの時急にいなくなっちゃうんだから」
「ん。一応言ったつもりだったんだけど……」
「ほんとに、『帰る』の一言だけじゃんっ。あっという間にいなくなってたから、仕様が無いって。あー良かった良かった。また、会いたかったんだよーっ」
「むぎゅっ、あ、アム。苦しい……っ」
アムーリャにぎゅ~ぎゅ~と抱きしめられて、段々息苦しくなってしまった様子。豊満なアムーリャの胸は、十分に少年の口許を塞いでいて、空気の供給を絶ってしまっていた。
それに気づいたアムーリャは、慌てて離した。
「あはは。ゴメンゴメン。逃げちゃわない様に、って思っちゃって。ほんと、以前はビックリしたんだからねー?」
ニコニコと笑っているアムーリャを見て、少年は 表情を少し険しくさせていた。
「アム」
「ん? どうしたの??」
その険しい表情を見て、アム―リャは笑顔だった表情を少しだけ引き締め直した。
この少年は、自分達の一座の正体を知っている。そして、更に言えば とんでもない力を秘めている。
つまり、ただの少年じゃない、と言う事は知っているから、何か直感した様だ。
「危険が迫ってる。アムに」
「え……?」
だけど、その言葉はあまりに直球すぎて、思わず呆けてしまった。
そして、よくよく考えてみれば、この少年は 思った事を素直にストレートに伝えていた事があったから、直球だったとしても不思議じゃない、と言う事も改めて思い返していた。
そんなアムーリャを見た少年は続ける。
「厳密には少し違うかな。アムだけじゃなくて、一座全員に」
「そ、それって どういう……」
「それだけ。アムには、んーん。皆には色々と世話になったから。伝えときたくて。気を付けてね?」
少年は、そういうと、手を挙げた。
そして、瞬きを1つアムーリャがした瞬間、目の前の少年は姿を消していた。
「っっ!! ど、何処? あ、あれ??」
また、同じだった。
気付いたら目の前から姿を消している。
まるで、瞬間移動をしたのか、或いは透明にでもなったのか……、判らないが、ただ 言いようのない不安感だけが漂っていた。
「(危険――。もしかしたら、この後行く場所の―――)」
心当たりがない訳ではない。
自分達の一座は、単なる旅芸人の一座ではないから。ある繋がりを持つ一座だから。
――もしかしたら、秘密が漏れている?
アムーリャの中に、疑惑が沸き起こるが、即座に否定をした。
「(ううん。私達を助けてくれたんだから。それに、今だって伝えに来てくれた。混乱を誘う為だとしても、面倒すぎる方法だし。……もし、
もう1つの候補が、これから通る道はシラナミ山がそれなりに近い。
そこには、悪名高い盗賊が縄張りにしており、人々が多大なる被害を被っているのだ。老若男女関係なく、蹂躙していく盗賊。……危険、と言われればこれ以上ない。
「皆に――相談しておかないと」
アムーリャは、一先ず自分の胸の中に留めておく訳にはいかない為、相談を決意。
舞台は、アカメとツクシの2人のアクロバティック・バランス芸が最終。直ぐにでも集める事が出来るから。
□ □ □ □
そして、皆が集まった所で、アムーリャは話を切り出した。
「――と言う事があって」
「……本当か。彼がそういうなら、注意をしておこう。……移動も速い方が良いだろう。……それにしても」
座長のザパティーニは、はぁ、とため息をした。
一座の幹部たちが、この場に集っている。この場の全員が同じ気持ちだった。
「彼がウチに加入してくれたら、どれ程心強いものか………」
目の前の光景が現実とは思えず、更に救ってくれた事実もあって、ほれ込んだのだ。
アムーリャはそれを見て、苦笑い。
「私も頼み込みたいですよ。でも、するっと逃げちゃって……」
そういうと、ゆっくりと目を瞑って頷くのは、黒髪の男のコウガ。そして、その隣にいるスキンヘッドのダンカンは軽く笑みを漏らした。
「アムーリャから逃げられたら、仕方がないな。だが、希望が全くない、と言う訳ではないだろう。……わざわざ警告をしに来たんだからな」
「だな。……今後の事を考えてもだ。コウガの言う様に、会う事が出来たら、留める方向に検討をした方が良いだろう。勿論、あまり、しつこくない程度に」
それは、当然、と言わんばかりに大きくうなずくのは、金髪をツインテールに纏めているナタリア。
「どーだかねぇ。アムーリャってば、情熱的に引き留めるんだから。胸の中で死ねるなんて、本望――って考え持ってんの、童貞だけだからね?」
「ちょ、ちょっと。ナタリアっ! 私はそんなつもりじゃありませんっ!」
危険が迫っている、と言われているのに 自然と笑みが生まれているのは、彼らがそれなりに修羅場をくぐってきているから、と言う理由がある。
だが、それでも いつ死期が訪れてもおかしくない事も重々に理解しているつもりだ。
以前の
「他の座員達に休息を取らせた後、なるべく直ぐに移動をした方が良いだろう。少なくとも、シラナミ山からは今日の明るいうちにもっと離れた方が良い」
盗賊達は、朝昼夜を問わない。だが、それでも被害が集中しているのは、夜。夜の闇に乗じて、襲ってくる事が多いのだ。だからこそ、太陽が昇っている間に、離れてしまいたい、と言うのが本音だ。そして、身体を鍛えている座員だからこそ、体力面では、問題ない事も好都合だ。
「ん。了解。アカメちゃんとツクシちゃんにはしっかりと休んでもらって、事情を話すわ。……そろそろ、アカメちゃん、空腹で倒れかねないし」
あはは、と笑うアムーリャ。
「だよねぇ。あの身体の何処に、あれだけの食料が入るのか判んないわ。でも、今日は おかわり解禁にしてあげて、それを条件に急いでもらおう!」
「そりゃ良いな」
その談笑を最後に、話は終わったのだった。
□ □ □ □
テントの外では、アカメとツクシが道具の整理をしていた。
道具の整理をしつつ、今日合った事を、話す。……重要な事だから。
「ツクシ、さっきの興行中に連絡が来ていたぞ」
「わっ! はじめての接触だね! それでmお父さんは、なんだって?」
「『明日あたり、標的はエサに食らいつく可能性有り』だそうだ。……後、『空の状態も問題ない』とも」
「そ、そっか。……いよいよなんだね。緊張してきた……。でも、いっつも思うけど、お空の
「それも仕方ない。天使は正悪を判断する知能は無く、結果だけを見て行動を移す。……そこには、理念も意志も信念も何もない。……云わば獣も同然だ。とお父さんが言っていただろう?」
「うー、融通訊いてくれたって良いのに~~」
ぶすっ、と剥れるツクシだったが、アカメは軽く笑った。
「でも、問題は無いだろう。毎日の様に、
「ん~、それもそうだね」
「だろう? ああ、色々と考えてたら、腹が減ってきた……」
アカメは、ひとしきり笑った後に、盛大に腹の虫を啼かせて、険しい表情をしていた。
「ふふ。アカメちゃんはいつもそんな感じだよ! っとと、ほら、アカメちゃん」
アカメの腹の虫が合図になったのだろうか、アムーリャが顔を出して、笑顔で手招きをした。
「はーい、お待ちかねのご飯の時間だよ。2人とも」
「ほんとか! アムーリャ!!」
「ほんとだよー。そして、驚いて! アカメちゃん! 本日はおかわり解禁だからっ!!」
「~~~~!!」
言葉にならない程の歓喜。アカメは満面の笑みで、アムーリャに抱き着いた。
「よしよし、って、餌付けされちゃってるよ。アカメちゃん」
「ご飯が何よりも大事だ。問題ない!」
「ふふ。ツクシちゃんもほら。あなたたちには、いつもお世話になってるからね? 今日だって2人のおかげで大盛況だったからっ!」
「い、いえいえ。私達の方がお世話になってますよぅ 拾ってくださったんですからっ!」
ツクシは慌てて、お礼を言い返す。
アカメはアカメで、ご飯を頭に思い浮かべているのだろう、心ここにあらずの状態だ。
「ふふ。ほんとに良いの。あー、アカメちゃん、ツクシちゃん。変わりと言っちゃなんだけど……、今日の出発時間、大分速めるけど、良いかな? 身体は大丈夫?」
申し訳なさそうにアムーリャは言うが、アカメは全く問題ない、と言う表情。
「肉さえ食べれば、力が出る!!」
「私も問題ありませんよ。でも、どうしたんですか? 確か、先日言っていたスケジュールと違うと思うんですが」
「それがね……」
アムーリャは、表情を険しくさせて、伝えた。
密告があった、と言う名目で、話すのは例の盗賊たちの事だ。
「こ、怖い話でよく出てくるシラナミ山の盗賊たちが……」
「うん。北の異民族も混じってて、ほんとに好き勝手やってる連中でね……。最近活動範囲が広がった、っていう情報もあって、念のために早く離れよう、って事になったの。だから、早くご飯食べちゃって、アカメちゃんの言う通り、力をつけて さっさと離れましょ?」
「了解した!!!」
アカメは気合十分に、炊事場用テントへと駆け込んだ。
ツクシは少々苦笑いをしつつも、その表情は強張っている。不安なのだろう、と察したアムーリャは、ツクシの頭を軽く撫でた。
「大丈夫だからね。皆だって、ついてるし。……それに、助けてくれるかもしれないよ?」
「助け?」
「うんっ。《空の王子様》に」
「え、空、王子……? 天使……じゃなくて?」
「あはは。いろいろと伝わってるみたいだね。私達が住んでた所は、空の王子様、ってよく言ってたかな? 色々と助けてくれた話もあって、女の子たちの間で言い出して、それがず~~っと昔から定着してた、らしくてね」
ぱちんっ、とウインクをした。だが、直ぐに苦笑いをする。
「生憎~、今は空を飛んでないから、無理かもだけど、もしもの時、そのタイミングかもしれないじゃん?」
「そ、そうですね。そうだと嬉しいです」
ツクシは、アムーリャの様に考えていないが頷いていた。
件の存在が空を泳いでいない事は、調査済みだから、そして 何よりも統計を入念にとった周期的にも、現れる可能性は非常に低い事も判っている。だから、有りえない。……もしも 万が一 あれとすれば、非常に面倒な事になってしまう。
だからこそのツクシの表情だった。
「ほら、いこ。ツクシちゃん」
「はい」
アムーリャは ツクシの手を引いて、アカメに続いて向かっていった。
――大丈夫、今度も乗り越えられる。
彼女の頭にあるのは、自分自身に言い聞かせているのは、その言葉。時代はまさに混沌であり、弱肉強食と言っても良い。……己を、大切なまもるには、力が必要だと言う事も判る。
そして、これから 目指す相手は――より強大な力を携えている化物。それこそ、エビルバードが可愛く思える程に。
目的を、約束を達成する為に、こんなところで躓く訳にはいかない。
「(アカメちゃんやツクシちゃんたちも、しっかりと守ってあげないといけないしね)」
まだ幼さが残る新人の少女2人を思うアムーリャ。
だが――、現実は 甘くは無く、この世は残酷である。
それを強く思い知る事になるのは、この時は知る由も無かった。