天狗党と合流を果たしたオールベルグの暗殺者達。
格の差を見せつけた後は、特にトラブルもなく、任務を全うするだけ。
場所は、帝国・北東部(国境付近)の白狼河。
国境付近であり、非常に大きく、穏やかな河。国外との交易も容易に行える事から、通常の特産品も流通されている。……勿論、その波に紛れて、活動をしていると言う情報があっても、何ら不思議ではない。
その地理的条件を逆手に取り、偽の情報を流す所までは成功した。
河の畔で、今まさに牙を研いでいる猛者たちが息をひそめて待っているからだ……。
そう、暗闇の中 静かに息をひそめ……速やかに始末する為に………。
……って、あれ??
「ってな訳で! 今度こそ、コル姉を超える時っ!」
「よーし、来なさい! ポニィ」
シリアスな説明が入っていたが、完全に雰囲気は真逆である。
この場にいる者たち全員が、猛者たちである事に嘘偽りはない、が……、その容姿、今の行動……それらを見てみれば、一目瞭然! 可愛らしく、中には美しさも併せ持つ美少女たちが遊んでいる様に見える。(勿論、男子もいるが)
そして、一応 行っているのは 訓練の一環で男女分かれての体術勝負だ。
一目散にとびかかった少女だったが、あっさりと手を取られ、そのまま手首を極められて投げられる。
「ぶへっ!」
「まだ甘いっ」
一矢報いる事も出来ず、投げられてしまい、一本! と勝負は決した。因みに、決勝戦である。
「はい、コルネリアの勝ちー! さっすが!」
「女子体術勝負は、コル姉の優勝だね」
一足先に、訓練を終えていた男子組が観戦をしていて、称賛を送る。
そして、勝つつもりでいた少女は、頭を掻きながら少々悔しそうに呟く。
「くぅ~~……、打撃ありの勝負ならなぁ……」
負けてしまった少女の名は《ポニィ》。ポニィが得意なのは、拳・脚ありの打撃戦であり、小難しい体術は苦手なのだ。
シンプル・イズ・ベストが信条なのである。
「ってな訳で、今度は――」
称賛を送っていた男の内の一人が良い勢いで立ち上がると、ゆっくりと構え。
「じゃあ、コルネリア! 男子優勝のこのオレといざ勝負を!!」
目を血走らせながら突進していった。
顔に幾重の傷跡があり、筋骨隆々、ワイルドな姿だと言える男なのだが……、その表情には邪な感情がはっきりと見えてとれる。なんだか手つきもイヤラシイ。
両手をワキワキ、と動かしながら突進していって――、その邪な気配を正確にキャッチした女子体術勝負 優勝者の《コルネリア》は、きゅっ……と拳を握りしめると、そのまま 体術勝負だ、と銘打っているのに カウンターパンチを食らわせていた。
因みに、襲い掛かった大柄の男の名は《ガイ》。
体格では圧倒的に不利であるが、鍛えている身である事と、突進の勢いを利用してのパンチは、なかなかに強力で、たまらずダウン!
反則技だから、当然クレームを入れるが、隠そうともしてない下心もあって、無駄に終わって、そのまま 女子軍団 vs 男子軍団で、水の掛け合い、つまり完全な遊びモードに入ったのだった。
□ □ □ □
無邪気な少女たちと、ちょっぴりエッチな男達の仄々としていた空気も――、やがては消え失せる。
それは、朝に太陽が昇り、夜になれば必ず沈むと同じ様に。
そう――仕事の時間がやってきたのだ。
全員の表情が冷たく……暗く沈み、音も無く移動を開始した。
全員が移動をして、いなくなったその時、闇が辺りを支配したその空高くに、一瞬だけ影が映った。影は輪郭がはっきりしてゆき、形を成した。
「……うぅん。あの子らもナイスバディっ♪ ぶっ飛ばされた奴の気持ちわかるなぁ~♪ うんうん。まだまだ発展途上っていうのもグッドっ! ……切り替えもなかなか上手いなぁ。結構できるみたいだ」
こちらは、ま~~ったく隠そうともしてない本能のままの感想をポツリと一言、である。
漆黒をマントを纏っているかの様に、その身体は見えず、ただただ声だけが辺りに響いていた。
そして、声の種類は、1つではない
『……ったく、お前もか。本当にお前らは人を好き過ぎる。……性格は実に対照的だと言えるがな。お前ら、自分達が何者であるか、その本質を間違えてないか?』
あきれ果てた様な声が響く。闇夜の中、淡々と会話が続いていた。
「そうか? オレは思いっきり楽しんでるだけですが、何か問題ある?」
『何か問題ある? じゃないって。知っての通り、この
「忘れる訳ないじゃん。判ってると思うけど、オレだって継いでるんだし。ぜーんぶ知ってる。……お前さんが退屈しきった事実、人間との関わりを最小限にする理由も全部。……そもそも、何でそうなったかも含めて」
首をぶんぶん、と振って更に一言。
「オレにとったら、楽しむ事が一番。退屈になるような事はするつもりないし。……それに、そもそも、以前の事だって調子に乗って 力を誇示した、
『……まぁ、確かに間違いではないが、いや、大言耳が痛いな。だが一応 お前もある意味じゃ一緒、同じなんだぞ』
「判ってるよ。だからこそ、今はただただ 楽しんでる。……面倒な事は、
『はいはい……。とは言っても時間もあまりない。それまでは好きにしろ』
「あいよ」
と言う訳で、話は終わりだ。
月明りに照らされていた大きな影が姿が消えたのだった。
残ったのは、影のみ。
その影はゆっくりと形を変え 暗黒の鳥となり、翅を広げて飛び去るのだった。
□ □ □ □
夜。
白狼河を渡る船が無数に闇に紛れて運航をしていた。
勿論、それが餌である。……反乱軍に通じている。国外との交易ルートが存在する、と言う情報を裏付ける為の行動だ。天狗党のメンバーは、それぞれの班に分かれて、船に乗り込んでいる。
襲撃が来るであろう、ポイントにある程度予想を着けて。
「……ふむ。襲撃にはもってこいのポイントだね」
「うん」
タエコとババラは、最後尾。
天狗党のメンバーを先頭において、後方から様子を探っていたのだ。
そして、何よりこちら側には偵察のエキスパートのチェルシーがいる。……その力を見られない様にする為、最後尾にいた、と言う理由もあった。
「チェルシー。行きな」
「OK!」
呼ばれたチェルシーは、素早く帝具を使用し、大きな鳥に化け……空高くへと羽ばたかせるのだった。
「(よーし……、敵を丸裸にしてやるもんねー……)」
チェルシーは、少々ではあるがいつもよりも気合が入っていた。
理由は勿論、あの男に色々と言われたからだ。
『チェルシーは心配』『ポカミスするなよ』
と癇に障る事を言われているから。恐らくは何処かでしれっとみているかもしれないから、寧ろ見せつけてやる思いなのだ。完璧な仕事を。
「(ふんっ! ……っとと、兎も角冷静に、冷静に。一先ず、空から見た感じ、異常は……ん?)」
空高く上がり、船の前方を注視したその時、不自然な一隻の船を発見した。
勿論、先頭の天狗党のメンバー達も気付いている様で、警戒をしていたのだが……。
「(!!)」
船をつけた瞬間だ。……一瞬だった。船の中に隠れていた男が、先頭の船に乗っていた天狗党の2人を斬り割いた。抵抗する事も出来ず、全身を斬り刻まれ……、絶命した。
「続け、雑魚ども」
男の合図だろう。
しびれを切らせたのだろうか、無数の人影が現れ、瞬く間の内に、周囲の船に襲い掛かった。
「(……いや、やられ台詞を残した人たちとはいえ、ああもあっさり……)」
チェルシーの背中には冷たいものが伝う。
今までも色んな人間を見てきた事もあり、相手の力量も、少しであれば感じ、計る事が出来る。小者感満載な天狗党のメンバーも筋肉のつき方や、オールベルグの名を知った後、一瞬で切り替えた事、携えた武器等の情報だけでも、間違いなく弱くはない。
弱く無いのに――文字通り、一蹴されてしまっていた。
この奇襲は、最後尾のタエコとババラも当然判っていた。
「……先頭、それに中央への奇襲。位置取りを誤ったか」
タエコが剣を構えて、突入しようとした時。
「ちょい待ちな」
ぱぁんっ、と何かを叩く音が響く。
ババラが、タエコのお尻にパシッと一撃を入れたのだ。……さっきの男のセクハラではなく、割と痛い一撃だった。
「っ!?」
溜まらず、タエコはお尻を抑える。
中々のシーンで、喜んでいそうな気がするが、とりあえず今はスルー。
「逆さ。ワシらは最後尾で逆に良かったのさ。ほら見な。天狗党のやつらがすごい勢いでやられているよッ!」
河に流れてくるのは、ババラの言うように、天狗党のメンバー。……無残にも殺された天狗党の死体だった。
「地の利が無い。ここは敵が来る前に退く。飛び込むよ!」
「……了解した」
迷わず、タエコとババラは水中へと飛び込み、場を離脱した。
「(後はチェルシー。お前の仕事だよ。……危険な相手とは思うが。……まぁ、心配はしてないがね)」
頭上を見上げるババラ。
夜ゆえに、チェルシーの姿は確認出来なかったけれど、チェルシーは大丈夫だ、と安心していた。
もしも――チェルシーがドジを起こして、鉢合わせをしたとしても。
ここに現れたあの男が。チェルシーをそれなりに気に入ったであろう、あの男がむざむざ殺されるのを見ているとは思えないから。
そして、タエコとババラが離脱したその数分後の事。
天狗党を全滅させた男たちが、残りの船に残敵がいないかを調べていた。
「……あれ? 誰もいない……?」
「……無人だったとは思えない。河に飛び込んだか」
「じゃあ、水中にいるアカメの仕事だね」
「…………」
周囲を確認する男……、この集団のまとめ役である《ナハシュ》。そして同行しているのは、《グリーン》
ナハシュの優れた感覚は、何かを感じ取っていた。
確かに敵は見えない。水中にもぐっているのであれば、間違いなく船の上にいる自分達の事を見ている訳がない。だというのに、何かを感じていた。
「(……この感覚は、だれかに見られているのか? ……む)」
そんな時だ。
羽音が空から聞こえてきたのは。
「(あれは、メガフクロウか。……この周辺にいる生物と記憶しているが、神経質で人を嫌がるはず)」
近づいてくる一羽の鳥に不信感を抱いた。
優れた指揮者であり、優れた頭脳の持ち主でもあるナハシュは、あの鳥に何かある、と瞬時に察すると。
「(おい、雑魚)」
「ん? どうしたのチーフ」
「(声を小さくしろ)」
小声で、グリーンに話しかけた。
メガフクロウに何かを感じたナハシュ。
それは、正解だった。
「(もうちょっと。……さっさと背けちゃったから、アイツの顔を確認できてない)」
メガフクロウは、チェルシーが化けている鳥だからだ。
この場に生息する鳥だという事はしっかりと調べていたチェルシーだったが、その性質……、神経質で人間を強く警戒する事は把握しきれていなかったのだ。
「(しっかりと見て覚えて、人相書を広めたら、仕留めれる確率も上がる……。もうちょっと――)」
警戒をしながら、徐々に高度を下げるチェルシー。
チェルシーは、この時いくつかのミスを犯していた。
1つ目に、完璧な仕事にこだわってしまった事。
あの男に色々と言われたから、と言う理由が一番だが、それでも 自分自身の感覚を、感性を乱してしまったのは チェルシー自身の責任である。
そして、2つ目。
これが最も最悪なミス。
「今だ。雑魚」
眼下の男の――、ナハシュとグリーンの力量を見誤ってしまった、と言う事。