「ん?」
新たに表れた来訪者、ババラのその存在に気付き振り返る男。
「あ」
その容姿を確認し、とりあえずチェルシーから目を離すと、ババラ近づいて行った。
「よぉ、ひっさしぶりだな。ババァラ!」
「……わざとかい?」
軽くため息を吐きながらそう言うババラ。
ババラの事をババァ、と呼ぶ(見た目もあるから)者は幾らでもこれまでにいたんだけど、大抵は『ババァじゃない、ババラ』と否定をする。それもとびっきりの殺気を含ませながら。
だというのに、この相手には 別に何もしなかった。本当に。ただ、ダメ出しをしただけだ。
それが、
「(やっぱ、それだけ別格って事。タエコさんも、完全に上に見てる相手だし。……かなり心強い相手かもしれない(変態じゃなかったら)、って事でもあるか)」
2人の様子を見て、チェルシーはそう考えていた。
「はっはは、わりぃわりぃ。ちょっとした茶目っ気じゃん?」
「あんたがそんな風にしても、可愛くないさね」
「まぁまぁ、そんな風に言いなさんなって。バーバラ!」
「……はぁ」
相も変わらない能天気な男を見て、もう一度ため息。
どこかで聞いた事のある様な名前とわざと間違えているから。そして、ムキになったら負けだと強く思ってるのは、チェルシーだけど、彼女の様に強く反応する者はこの場にはいなかった。
「タエコ、チェルシー。……仕事だよ」
「!! 判った」
「はぁ、りょーかい」
ババラの出した一枚の紙きれ。それが指令書である事は即座に理解できた。さぁ、仕事モードに突入、と言いたい所だが、眼前の男をどうするのかが問題だ。暗殺をしにいこう! と言うのに、こんな能天気な男と一緒にいて良いものなのだろうか。と言う事。
「おっ? 仕事か。面白そうだ」
「(ほーら来た)」
自分についてくる、と言った時とまるで変わらない顔でそう言う。
それを聞いたババラは、振り返り。
「手ぇ貸しな、とは言わないよ。どうせ、傍観だろうしねぇ」
「モチ。判ってんじゃん?」
「付き合いは短いけど、あんたは濃すぎる。十分すぎるってもんさ」
ぶんぶん、と首を横に振る。
「ま、ワシが若くて、より美しかった頃、出会ってれば、ちょちょいと骨抜きにしてやれたんだけど」
「そりゃー、そうだ。ま、だけど今は無理だから。ちょいストライクゾーン、超えてるし。せめて、10~15年ほど若かったらなぁ」
「そういう割には随分と広いストライクゾーンじゃな」
軽口を言い合いながら歩いて行ってる2人。
ババラの口に乗っかる男は初めて見た、とチェルシーは目を丸くさせていた。
さらにタエコにぼそっと聞く。
「あの2人も……、結構付き合い長い? 短いって言ってたけど、それなりに?」
「……そうだね。初めて出会った頃は、殺し合いまでしたらしいけど」
「そりゃそうよね。……私に、それなりに直接的な力があったら、殺ってる可能性、あるもん。十全に」
渋い顔をさせながら、ぴこぴこ、と新たに口に含ませた飴を転がした。
「まぁ……、
「……………はぁ(つまり、規格外と言う事。オールベルグのご意見番兼教育係のババァを手玉に取るくらい)」
判ってたつもりだけど、改めて思う。タエコの実力は勿論、ババラの実力もよく知っているのだから。あの男の未知数さをより感じた。……んだけど、振り返っては、ぱちんっ、とウインクされて、そんな威圧感や脅威感は、あっさり吹き飛んでしまう。白けながらチェルシーは、そっぽむき、タエコはぺこり、と頭を下げていた。
「んー、だけど、早めに会ってて、それで バーバにもし、手ぇ出してたら、ダニーが黙っちゃいないだろ? オレは女の子をからかうのは、好きだったりするが、男はちょっとなぁ? お爺ちゃん怒らすのは、お兄さん、ちょっと抵抗あるんだわ」
「まぁ、アイツがそうそうに感情を表に出すとは思えんがね」
「まーたまた。ダニーの気持ちに気付いてる癖に、そのうえで無視しちゃって。殺し屋だったら、Sじゃないとやってけないとは思うけど、かぁわいそうだと思わないのか? 魔法使いになっちゃうかもしれないぜ? 後数年で」
「そりゃ見てみたいもんさ。戦力が上がるかもしれないね」
「仕事に打ち込む女ってのは、こんな感じなんだな。『私と仕事、どっちが大事なのよー』って」
「……そろそろ止めな。キモイ」
「(ババァの口から『キモイ』って………)」
その後もいろんなやり取りをした後に、タエコが本題を切り込んでくれた。
「それで、今回の一件はさっき言ってた?」
「そうさね。「反乱軍の収入減である国外との交易ルート」の話。それが完全に、「突き止めた」って情報が浸透した。今頃は帝国側にもちゃんと流れてるハズさ。……密偵連中からの裏も取れた」
「じゃあ、その交易ルートの運び屋に成りすまして、迎撃、って事で」
「ん、それしかないと思う」
仕事モードの女3人、そして傍にいる男は1人。
ふんふん、と聞いていたんだけど、何処となく暇そうだ
「まぁ、タエっちとバーバラは、大丈夫だと思うけど、チェルシーは、心配だな。ポカミスするんじゃないぞ?」
頭をぽんぽん、と撫でてきた。
今までのセクハラに比べたら、全然マシな部類に入るのだが、子供扱いされた気分。つまり、これも最悪だ。
「って、触るな! 子供扱いしないでくれる!? これでも、しっかり独り立ち出来てるんだからね!」
「おー、その勢いだ。周囲にはしっかりと気を向けろよー? 今回の、きっと大仕事になるぜー」
「うっさい!」
言い合っている2人。(一方的に、チェルシーが罵ってる)それを見たババラがポツリと一言。
「ナイス、だ。チェルシー……」
「ん?」
タエコも聞いていたが、言っている意味が判らず、ただただ首を傾げていた。
ババラも言ったことに関して、それ以上何も言わず、ただただ、先を急ぐのだった。
山を越え、川を越え――、到着したのは、指示があった場所。
指定された場所には、その印として、布が木の枝に括りつけられていた。
「ぜー、はぁー、ぜぇー……はぁー……」
肩で息をするチェルシー。
それを隣で。
「だーから、『おんぶするぞ♪』 って言ったのに。無理しちゃってまぁ。大丈夫かチェルシー。 足腰震えてんじゃん。生まれたての小鹿って感じ」
「う、うっさい……、アンタ、絶対触ろうとする癖に……、私は、……そんな安くない!」
よくよく考えてみたら、チェルシーにとっては休憩時間など無かった。
殆ど働きづめであり、休息の時間だった、と思えば、妙な男に出くわし、更には、危険種に襲われ、更には色々と心労が重なって………。
そんな状態で、山を越え、川を越え、としていたら 体力面で難のあるチェルシーがどうなってしまうのかは、見るも明らかだ。
そして、そんな弱った草食獣を狙う肉食獣……。幸いな事に実力行使じゃなかったのが良かったけれど、隙を見せてはならぬ! と言う事で、チェルシーは己の身体にしっかりと鞭を打って、ひたすら歩き続けたのだ。弱音を吐かず。……タエコに頼んでもよかったけれど、無防備になる背後で何されるかわからないから、それも駄目だった。
「今後の訓練では、同じように同行してもらおうかねぇ? チェルシー」
「絶対嫌ですっっ」
と、言い合っていた数秒後。
「おいおい……」
背後の木陰より、複数の男たちが出てきたのは。
出てきた瞬間に、いや 近づいてきた気配を感じた時にはもう、口は兎も角、殆ど臨戦態勢、隙なく待っていたタエコとババラ。
チェルシーも、漸く 落ち着けた様で、振り返った。
「この女達と組むのか?」
「本当に凄腕なのかよ」
現れたのは、特徴的な装束に身を包んでいた男達。いや、中には女もいるが、少数だ。
「(ん? 女達?? あれ……? アイツは?)」
チェルシーは、周囲をきょろきょろ、と見回すが、あの男はいつの間にか姿をくらませていた。……本当に、いつの間にか。全く気付かなかった。
そんな動揺を感じたのか、ババラは チェルシーの脇に肘を打ち込む。
うぐっ、と息が詰まってしまったが、それに構わず ババラとタエコは一歩、前に近づいた。
「おーおー、可愛い女の子もいるじゃん。つまり、2人の女の子は寝技タイプってとこか?」
「かもしれねぇですねぇ。なら、試してみてぇなぁ」
ひひひひ、と気持ち悪く笑う男達。
脇腹を抑えつつ、チェルシーは 苦笑い。
「(なんつー、典型的なやられ台詞。……大物見た後だったから、尚更判るってか?)」
いなくなってしまった男の事を考えつつ、チェルシーはそう思った。
強さの格が違うから、仕方がないといえばそうだ。
「けけけ。胸もよーく育ってんじゃん。見せてみ……っ」
そこまで言った所で、突然 僅かではあるが、地面に亀裂が入る。
伸びる亀裂は、男の足を引っかけて。
「ぐべっ!」
転がした。
タエコもババラも表情は変わらない。
「……あ」
チェルシーは、何が起こったのか、大体察した。
頭の中に、『チェルシーとタエっちの貞操はオレが守る!!』とか、聞こえてきたから。……聞こえたくなかったけど。多分、あの男が何かしたのだろう。
土竜を一踏みでたたき出したほどの男なのだから、これくらいは朝飯前だろう。
だけど判らないのは、なぜ この場にいないのか? と言う事だ。むかついたのから、威圧感、殺気の1つや2つを飛ばしてやれば、それで終わりな気がするのだが。
そう思ってたチェルシーだったが、直ぐに考えるのはやめた。
ばつが悪そうな連中だったが、話かけてきたからだ。
「それはそうと、ババアは何でここにいるんだ? 炊事係か?」
ぶっ倒れた男を無造作に引っ張り上げて、後ろへと追いやると、精一杯悪い顔をさせながら、威厳をちょっとでも出しながらそう言っていた。小者感満載なのだが……、それなりのチームっぽいから、プライドはある様だ。
ババラは、別にツッコミを入れようとせず、ただ、淡々と返す。
「ババアじゃないよ。……ババラ、って名前さ」
2度目の訂正ですね? と言おうかな、と迷ったが、男達のほうが早かった。
「ま、まて……、ババラって、あの……ババラ・オールベルグ?」
「暗殺結社の……?」
そう、オールベルグ、と言う名は、その道では非常に有名なのだ。暗殺結社の中では、群を抜き、その存在感を遺憾なく闇世界で轟かせている故に。
「うむ。オールベルグのご意見番じゃぞ。誰か殺して証明してやろうか?」
小柄な老人、老婆だった筈なのに、その背後に見える黒い闇の炎。触れようものなら、即座に灰にするかの様な、炎を纏っている。男達にはそう見えた。
「い、いや、悪かった。この殺気だけで十分だ……。悪かった。まさか、実物を見るとは思ってなかったから」
恐らくはリーダー格だろう。
その男を筆頭に、全体的に、萎縮してしまった様だ。人数では圧倒的に勝っているのに、攻める事が出来ないのは、一瞬で戦闘力の差を知ったからだろう。
「そうそう。……そこのタエコは、我がオールベルグが赤ん坊のころから育てた暗殺者じゃ。……下手に刺激しない方が良いぞい」
さして男達に興味なさそうに、ただ佇んでいるタエコ。
それだけだというのに、男達には、先ほどまで子猫ちゃん、程度にしか見えてなかったというのに、強大な猛獣に変わった、と実感していた。殺気を出した訳でも、向けられた訳でもないというのに。
「はい! 私はそこのババアに弟子として鍛えられているチェルシーですっ!」
小者っぷりが面白おかしかったのだろうか、チェルシーも本来の性格であるちょっとしたいたずらっ娘が表に出てしまっていて、意気揚々と声をかけていた。
だけど、あまり看破できない言葉があったので。
「今、ババアって言わなかったかい?」
「えー、言ってませ~~ん♪」
「ふむ。訓練メニューを変えようかねぇ。正式にオファーを出しとくよ」
「っっ!! す、すいませんっっ!!」
こんな陽気なやり取りがあっても、男達には余裕の1つも生まれない。
チェルシーは、傍から見れば、何も感じないおとなしい女の子、だというのに。
「(……何も感じない、とは、やっぱり言えないが、それでも、そこが……、何も感じないと
暗殺者は、本来は知られてはならない。直接的な戦闘力も確かに必要だが、基本的に、暗殺者は必殺が基本。暗殺から戦闘へと持ち込まれた時点で、マイナス点だ。だから、自分自身の殺意は、最後の最後まで隠すのが熟練者である、と言う事は判っているから。
つまり、チェルシーの事を、本来の彼女を知ったその時が……死ぬ時だ、と思えたのだ。
……さっきまでのチェルシーを見て、知れば……一気に霧散すると思うけど、それはご愛敬だろう。
「ああ、俺たちは……」
「その恰好から見るに、傭兵部隊の天狗党だろ」
ご意見番、教育係、博識であるババラは、男達の正体は直ぐに判っていた様だ。そのことにはさして驚きを見せない男たちは、これ以上説明は不要、と言う事でそれ以上は言わず。
「……オレ達だけじゃなく、伝説のオールベルグにまで依頼を出すとは……、今回の敵は、それほどまでにやばいのか」
そうとだけ、言っていた。
確かに、その点に関しては、ババラも同様に感じていた。天狗党の小者っぷりは目の当たりにしたのだが、働く時はしっかりと働くのは知ってる。
……そうでなけりゃ、この世界では生き残れないから。
「気を引き締めていかないといけないねぇ……」
ババラは、そう呟き、タエコとチェルシーの方を見た。
うなずき合う2人。それを見て、軽く首を振って移動を開始する。天狗党たちに案内をさせる為に。
「それにしても、アイツ……、どこ行ったんだろ。まさか、ビビっちゃった、とか?」
「違う」
チェルシーはやや不満気にそう言って、タエコは否定した。
「あのひとは、過剰には干渉しない。公には姿を現さないんだ。危なくなっても私たちの力で何とかしろ、と言う事だろう」
「……ただの気まぐれ、って気がするんだけど」
嘘っぽい、とチェルシーは、渋い顔をし。
「アイツに気に入られたチェルシーなら、助けてくれるかもしれないねぇ。処女でも捧げてやんな」
「い・や ですっ!! 師匠命令でも、それは!!」
大きく手で×をして、チェルシーは叫んだ。
「(……ここまで気に入られたのは、チェルシーとタエコの2人だけ、なんだよ。あの強大な力を懐柔できる可能性を秘めてるのは、ね)」
ぎゃーぎゃー言ってるチェルシーを見て、そう思うのはババラ。
過去に出会った事はある。……勿論敵としてだ。オールベルグの本拠地に、のこのこと現れたあの時の事は――今でも忘れる事はない。
飄々とした様子で、我が物顔で 不法侵入。オールベルグの頭領も舌を巻いた程の実力。オールベルグ総出でも敵わないと悟るだけの力量を、感じたらしい。……ババラ自身もその内の1人である。タエコに関しては、特別講師、程度に認識させたから、そこまでの脅威は感じてないのだ。
そして、今回の様に、神出鬼没。正体不明の異常者。その正体のすべてが不明だ。諜報班総出で調べても、何一つ判らず、出会えた事もない。
強く求めてはいない。だが、万が一にでも、もし、こちら側についたとすれば……、これ以上ない成果だろう。
「(メラ様は良い気はしないと思うが――)」
それは、現頭領の名。
ちょっと色んな事情があり、そこがたった1つの悩みの種、であった。
=この小説ができた経緯=
① アカメが斬る(零も)、を知る。
② 気に入ったキャラが何人か出来る。
③ いっぱい死ぬ。(ダークファンタジーとは知ってたけど)
④ 助けたらいいじゃん? 好きなキャラだけでも。
以上