chapterⅥになります。
───時は昼休みに戻る。
「───すまない。待たせた」
学校の体育館裏。
ここは普段から余り人も来ず、体育館の影により日当たりが悪く、日中でも薄暗い。
「───いいえ、構いませんよ。
友達との会話はとても微笑ましいことです。
中々に見物でしたし」
そこにはぽつんと一人の男が立っていた。
完全に薄暗い空間に溶け込んでいて、目立つことはない。
「……冗談よしてくれ。
アンタには世話になりっぱなしだが、言って良いこと悪いことはある」
「おやおや、これは失礼。
情報はしっかりと持ってきましたから、それでご勘弁願いたいものですねぇ」
蜘蛛───と言えばいいだろうか。
人の形をしておきながら、何故かその節足動物を思い起こさせる。
手足がひょろ長く、陰湿な面持ち。
一部の人間が見れば不快に思うだろう。
「はぁ……それで?
何で今日は顔を見せに?」
「それは勿論。貴方に話があってきたのですよ」
「話?」
言葉使いは丁寧であるものの、ねっとりとした怪しい口調もまた、この男が不快になる要因だろう。
しかし、龍雅はそんなこと気にしていない。
「『一色葵』についてですよ。知っているでしょう?」
「……一色の?調べていたのか」
「ええ。ローラントを探っていた最中に私もあの御嬢さんのことを知ったのですがね。
興味がありましたので……それで私からお聞きしたいのですが率直に。
貴方は一色葵のこと、どう見てますか?」
蜘蛛のような男は、問いを龍雅に投げ掛ける。
「どう思う、か………考えることなら多々ある」
龍雅は不思議に思いながらも考え、それに答える。
「……まず、ローラントに対して敵対心を示しているのは本当だろう。俺たちへ味方して、薊のことを気にしているのも本心からだ。嘘はない。
それからすると彼女自身、純粋な敵として考えにくいわけだが、ローラントが裏切りに気付いていないわけがない。
一色に一件を任せていたとしても、何か意図があるんだろう」
「良い観察眼ですねぇ。ここは流石と言うべきでしょう」
「からかうな……それと、だ」
龍雅には一色のことで一つ、疑問に思っていることがあった。
「一色は……どこにでも居そうな普通の女だ。
だからこそおかしい。
何故狂ってもいない普通の人間が聖遺物を扱えているのか。
聞いたところ創造位階ではなく、形成位階止まりではあるらしいが、彼女には『何かが』ある」
「ふむ……」
聖遺物を扱うというのはとても難しいこと。
その性質上、まず常識的な人間には不可能に近いと言ってもいい。
要は使用者にはどこか頭がおかしいの部分があるものだが、一色葵はあまりにも「普通の人間」過ぎるのだ。
「彼女については私も疑問があります。
ので、少々身の回りのことを調べておきましたよ」
「仕事が早いな……」
この男の諜報としての才能は正に一流であり、元々はローラントの情報を龍雅は依頼し、事前に調べてもらっていた。
「フフフ……光栄です。
まあ、そうですねぇ……一言で簡潔に言うならば、一色家というのはどうやら小湊家と『同類』だ、ということでしょう」
「同類…?どういうことだ」
「そのままの意味ですよ。
『小湊』、『一色』、それに『櫻井』です」
男が言った「同類」という言葉。
そして、三つの「名字」。
彼にとって、それだけで説明は十分だった。
「……まさか───」
その時だった。
「───龍…」
背に感じた気配。そして女の声。
「───!?」
龍雅と話していた男は振り返り驚いた素振りを見せるも、龍雅が振り返らない。
「────」
直ぐに彼は認識する。
その声を聞いた瞬間、彼の脳に衝撃が走った。
それはまるで電流が直接加えられるようにビリビリと、過去の記憶を瞬時にフラッシュバックさせる。
そう。彼はこの声を既に知っている。
「……クソ……っ」
誰にも聞こえないぐらいの声で、龍雅は歯を噛み締めた────
◇
────時は今に再び戻る。
俺は行方を眩ました龍雅を探していた。
学内を捜索したところ、姿を確認することは出来ず、学外を走り回っていた。
「───藤真君!」
「一色さん……龍雅は見つかった?」
「いえ……ごめんなさい……」
一色にも協力を頼み、同じく探し回ってもらっていたのだが、どうやら手掛かりすら無しのようだ。
彼女が探して見つからないとなると、俺も無理なのは当たり前だろう。
諦めるわけではないが、そう推論せざるを得ない。
「……根拠はない。
だけど、胸騒ぎがする……龍雅のことだから無事ではいると思うけど……」
「…………」
俺の言葉を聞いた一色が顔を曇らせる。
「……もしかしたら、私以外の人間が動いてるのかも……」
そう思い詰めた表情で口にした。
私以外、というのはどういうことなのかと問いただすと、それに答えてくれた。
「ローラントの部下は……私を含めて四人いるの」
「四人…?つまり敵はローラントだけじゃないということか?」
「そう……この天橋市に到着しているのは私ともう一人。そのもう一人が動いたのかもしれない。
ローラントは確かに私に任せるって言ったけど、他を動かさない保障はないし……」
つまりはその「もう一人」のローラントの仲間が、龍雅に何かしたのではないかというのが、一色が予想したことだった。
可能性としては有り得なくはない。
だとしたら昼から今までずっと戦い続けてるのだろうか。
もしかして殺られ────いや、最悪なことを考えるのは止めよう。
龍雅がそんな簡単に殺られるわけがない。
だが、それにしても……。
「何でそんな重要なことを先に話さなかった……」
「ご、ごめんなさい……。
と、とにかく探さなきゃ……残りの二人が合流してしまったら、小湊君でも……」
仮の話であっても、本当にそうだとしたら状況は最悪であることに違いはない。
何故かは分からないが、胸騒ぎも次第に大きくなっている。
これも聖遺物の影響とやらなのだろうか。
───いや、そんなことを今は考えている暇はない。
この胸騒ぎが「正しい」なら、龍雅はどこかで戦っているはずだ。
そう考えていたタイミング。
「───ん?あ、ごめん……携帯が」
いろいろと思考している時、俺のズボンのポケットに入っている携帯電話の着信音が鳴り始めた。
内心は鳴った音に驚きながらも、携帯を取り出し、ディスプレイに表示されている名前を確認する。
「……笠原?」
電話をしてきたのは、友達の一人である笠原匙からであった。
◇
────天橋市の郊外にある森林地帯。
「───………ッ!」
龍雅は一人、その場で戦っていた。
辺りは既に暗くなってきていて、視界も悪い。
そんな中で拳を奮い、応戦していた。
「…………」
目の前には、突如として姿を現した少女。
見た目は可愛いらしい面持ちではあるが、その顔の表情には抑揚がなく、まるで機械のようであった。
不意を食らったものの、この少女一人であるならば、龍雅自身の実力で振りほどくことはできた。
実力としては間違いなく、彼の方が上。
しかし────
「───全く……まさかアナタとその男が知り合いとはね。
中々にツいてるわ……」
敵は一人ではなかった。
もう一人、不適に口を吊り上げる女が一人。
「お陰様で反撃が少ないし………もしかして、知り合いだったかしら? 」
「……お前には関係ねえだろうが……」
女二人はまるで対象的な印象。
一人は黙々と表情の変化も無しに龍雅を攻撃し、後一人は嬉々として弄ぶように攻撃する。
とは言っても、コンビネーションは抜群で、隙は全くない。
口数の少ない方が恐らく動きを合わせている、そう龍雅はそう読んだ。
「……ま、いいわ。
仲間を一人殺されれば、あの子も怒りやらで形成位階に上がれるでしょうし、早く殺しましょう。
上手くあの男も撤退したようでしょうし」
「………わざと逃がしたってのか?」
「それは勿論。
今の私達で黒円卓を敵に回すのは不味いからね。
必死こいて守ってる貴方は滑稽そのものだったわ……アハハ」
ケタケタと馬鹿にするように嘲笑う女。
心底腹は立つが、龍雅は怒りを何とか抑える。
昼に取引をしていた男は、ある都合により、この街から撤退させた。
理由を言うならば、バレたくない奴らがいる。それぐらいの理由。
だが、それも折り込み済みだったとすると、彼女らの狙いは龍雅だということになる。
「俺を狙って……どうするつもりだ」
「言ってるじゃない。
貴方を殺して、あの子を形成位階へと引き上げる…ってね」
女は話を続ける。
「私は人間が成長するのを一番促すのは、感情を奮い立たせることが一番だと思うの。
その中でも怒りの感情は格別……だとしたら貴方を殺して、あの子を怒らせることこそが当然の近道でしょ?」
「…………」
怒り。
身に覚えのある言葉だった。
彼は確かにそうであった。
自身に宿る力は、怒り、そして憎悪で伸びた力。
過去に関わる話ではあるが、その力を扱っているに過ぎない。
「くだらない」
龍雅は怒り混じりに女の持論を一蹴した。
「……何ですって?」
「くだらないって言ったんだよ。
聞こえなかったのか?阿婆擦れ女」
怒りによる行動やその結果では、ろくなことにならない。
後悔することばかりだ。
「そもそもそんな大博打に付き合うつもりはない。
それに………俺はまだ、死ぬわけにはいかない……」
彼は拳を前へと突き上げる。
煽る女ではなく、その横の黙する少女に対して。
彼は自分の心に問う。
───決意はある。
覚悟もある。
罪も背負った。
ならば後は行動をするのみだ、と。
「…へぇ。
なら少しは抗ったらどうかしら?
力を出し惜しみしてる場合じゃないでしょ?」
「そうだな……出し惜しみはもうしねえ…」
敵の挑発に乗る形で、彼は想いを形に変えた。
「
───過去はそう拭い去れない。
現に今の今までそればかり考えてきた。
あるのは後悔。そして、怒り。
龍雅の想いとともにそれは顕現するに至る。
刀身が美しい、一振りの日本刀。
これこそが龍雅の聖遺物。
「───さて、ここからが本番だ。
悪いが、付き合ってくれよ……俺のこれから行う『復讐』を……」
自虐とも取れる言葉だった。
怒りを否定しながら、心に「復讐」という矛盾を胸に、龍雅は刀を構える。
そして想う。
(薊と……お前への罪滅ぼしは必ずする。
この舞台を終わらせてからな……)
その剣先に、くだらないと言った怒りを込めて───
「────」
その様子を目の前で見ていた少女。
先程まで無表情だったのが嘘だったかのように悲痛な面持ちで、静かに見つめていた。
ちょっと急展開ですが……
なんとか最後までもっていきたいですね。