話はあんまり進みません。
────その男の最初の印象は、既視感。
初めましてであるはずなのに、どうしてか、どこかで見たことがあるという感覚に襲われる。
「まさか覚えていないのか?
私だ。『ローラント』だ」
この男は「ローラント」と名乗ったが、聞き覚えはない。
背丈は高く、見るからにして日本人ではない。
歳は恐らく40か50ぐらい。
高圧的な態度が少々目に余る。
服装は一色とは違いがあるが、間違いなくあれもナチスドイツの制服だろう。
それに黒いローブを羽織っている。
やはり俺はこの男を知らない。
少なくとも俺の周りに、こんな社会的に危ない制服を着ているやつはいなかったはずだ。
「どうやら忘れているようだな……。
まあいい。カールがどんな奇術を使っていようが、利用させてもらう道以外手はないだろう」
それに予想が当たっているならば、恐らくこいつも一色が言っていた、「魔人」だ。
まだその辺の事情は詳しく聞いていないが、人間を捨てているという言葉は強ち間違いではないのかもしれない。
圧力というのが尋常じゃない。
其ほどにこのローラントという男の立ち姿に、人間とは思えない雰囲気と違和感を感じてしまう。
「しかし、今日は剣の持ち主の顔を見に来ただけのこと。
仕事は形成位階へと達した時だ。
それまでは一色、お前の手で頼んだぞ」
「承知しました」
「では、お前が成長しているのを楽しみにしている。
それまでは一旦さらばだ」
そう言って、地面を踏む足音を立てて、即座にローラントは去っていった。
「本当に顔を見に来ただけなのかよ……」
一体誰だったのかは結局分からなかったが、印象として嫌な感じと言えばいいだろうか。
彼とは出来れば関わりたくない方と思ってしまった。
口振りでは今後も会う機会があるということだろうが、注意しておくべき存在だ。
しかし、妙に一色が畏まっていたが、仲間ということになるのか。
「仲間じゃない」
いろいろ考えていると、一色が心を見透かしたように言葉を発する。
「あいつとは……利害が一致してるだけだから……。
そこは勘違いしないで」
表情が明らかに曇っていた。
先程の男と何があったのかは知らない。
けれど、こうやって俺へと接近したのも、複雑な事情があるのかもしれない。
「あ、ああ……分かった」
俺はとりあえず頷くことにした。
「……それじゃあ、早速始めるね」
彼女は気を取り直し、俺へと向き合う。
表情の憂いは既に見られず、いつもの彼女に戻っていた。
「ごめん一色さん。始めるって何を?
まずいろいろと説明してくれないと……」
俺は彼女に言葉を返す。
実際何を行うかなんて知らないし、未だに現状何が起きて、どうして夜中の学校に呼び出されたか理解していないのである。
だから俺は戸惑うしかない。
「あなたの位階を上げる訓練、かな?」
「位階…?」
「兎に角、まずその力について説明しなきゃね」
そうして彼女は俺の要望通り、知っていることを説明してくれた。
まず俺の中にはあの「正義の剣」があるのだという。
────「聖遺物」、と呼ばれる物。
聖遺物と言えば、聖人の遺品や遺骸のことだろう。
が、ここでの物はその聖遺物ではない。
人の思念が集まり、絶大な力を得た物を指しているという。
種類は様々で、想念も信仰心、怨念などなど違いがあれど力が宿れば聖遺物になる。
そして、その聖遺物を操る力。名を「エイヴィヒカイト」。
呪われたアイテムを使用するための術であり、一色も先程のローラントとかいう男も使用できるのだという。
ある人物から与えられないと使えないらしいが、俺も何故か使用できる状況にあるらしい。
しかしこの術法はただでは使えない。
聖遺物の力を行使するには、燃料を補給しなければならない。
それは人の魂。
魂を燃料とすることで、それを求める聖遺物は維持され、力を増す。
さらに自分自身は霊的装甲を纏い、身体能力、防御能力と共に上昇する仕組み。
要は発動のために、この術を施された者は魂を求めるが故、慢性的な殺人衝動に駆られるようになるわけである。
「───なるほど……。
それのせいで最近何か調子がおかしかったのか」
「普通殺人衝動があるはずなんだけどね。
藤真君の場合、何か別の理由があるのか、はたまた単純に鈍感なのか」
「せめて気が長いって言って……」
最近イライラしていたのは、正しくこれのせい。
いつの間にか得ていたモノで、いつの間にか狂気に取り込まれていた。
「普通なら今でも衝動で苦しいはず…。
でも、その兆候がそのイライラだけだとしたら、やっぱり正義の剣、それと藤真君は特別な存在なのかも……。
これから大変なのかもしれないけど……」
この力には位階というものがあり、これを上げることが出来れば、少しは殺人衝動とやらがコントロールできるという。
それが一色の狙いらしい。
「俺は人なんて殺したくない。
もしその衝動を抑えることができるなら、俺の方こそ是非教えてほしい」
勿論、殺人なんて進んでやりたいとかは思わない。
考えたこともない。
俺が俺として保てるならば是非ともそうしたいと思う。
「それは勿論。
私みたいになってほしくない。
藤真君に人殺しなんてしてほしくない。
だから……私は協力する」
彼女は力ない笑顔を浮かべる。
「一色さん……」
彼女は自らを人殺しだと言った。
でも、それは多分望んだ行為ではないだろう。
殺人衝動という狂気に飲まれた結果に違いない。
これほど他人を心配し、優しい心を持った彼女ならば、本来人の命を奪うことはまずあり得ない人間だと俺は思った。
「───おいおい。笑えねぇな」
想い考えていたその刹那。
どこからか聞こえてきた男の声。
だが、この声はローラントの声ではなく若い男のモノ。
俺はこの声に聞き覚えがあった。
「よう、薊。
お人好しも良いが、無条件で信じ過ぎだろ、お前」
俺達の目の前に表れた姿。
それは紛れもなく、小湊龍雅の姿であった。
「龍雅…何でここに…」
「あ?何でってそりゃ────『