断罪の姫と正義の剣   作:Vaan

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ChapterⅠです。


ChapterⅠ

────重い瞼を開けた。

広がっていたのはどこまでも続く水平線。

 

どうやら浜辺にいるらしい。

辺りを見渡すものの、黄昏に輝く浜辺にはどうやら独り。

波の音が永遠に物悲しく木霊している。

 

何故こんな所にいるかは分からない。

確かそう、ここに来る前は──────いや、忘れてしまった。

 

とてもこの風景が懐かしく、心地良く想えてくる。

余計な考えなど不要というように、海に洗い流されてしまう。

と言っても、この穏やかな風景始めて眺めたものだ。

俺が観ていたのは…………確か────

 

 

「───おやおや、迷い込んでしまったか?■■■・■■■■」

 

気配は皆無だった。

だが、確かに俺の後ろから声がした。

最後の方は何故か聞き取ることが出来なかったが……。

振り向くと、黒いボロボロのマントを羽織った男が一人立っていた。

 

「アンタは……?」

 

この男の雰囲気は不気味だ。

違和感と言っていい、同じ人間とは思えない。そんな感覚。

見た目は陰険な痩せ型の男であるが、その瞳には俺に語り掛けているにも関わらず、俺の姿はまるで写っていない。

 

「名乗る名は多々ある。

が、此処では『カリオストロ』と名乗っておこう」

 

彼はそう名乗った。

「カリオストロ」という名前に少々の疑問を覚えたが、何か事情があるのだろう。

詳しいことは聞かなかった。

 

今はこの場でゆっくりとしていたい。

この男なんてどうでもいい。

そんな気分になっていたからだ。

 

「安息を求めるのか。

残念だが、お前にこの場は似合わんよ。

安らぎを求めるにはまだ早いというものだ」

 

「……どういうことだ?」

 

だが、それを彼は拒んだ。

抑揚はないが、どこか舞台染みたような口調で語る男。

口から出る台詞は、まるで俺に呪いでも掛けるかのように紡ぎ出された。

 

「例え、前世であろうが後世であろうが、必ずお前は復讐を一つ遂げなければならない。

それは最早使命だ。

恨み憎み続け完遂するまで、想いは留まることを知らない」

 

「ま、待ってくれ……復讐って……」

 

「それを乗り越えた時、お前に安息を約束しよう。

こう見えても、剣に封じたあの女と違いお前には少々期待をしている」

 

一方的なその語りは、ふと記憶にある出来事を思い出させた。

そう。俺はあの時────「彼女」を見て意識を失った。

思い返せば、目の前の男を見て感じている違和感と、「彼女」を見た時の感覚はどこか似ている。

 

今になって何故この事を思い出したのか。

直感的に彼の言う「女」と俺の思った「彼女」が同一人物だと思ったのだろうか。

俺自身にも理解できなかった。

 

「さて、元の世界へと帰る時間だ。

断罪の姫と正義の剣、両方を想い形取れ。

名の通り、罪を断ち、己の渇望する正義を生かせ。

そして唱えろ。

『─────■■、■■■■■■■■』と」

 

駄目だ。

言ってることが全く理解できない。

どういうことだ。

一体俺は何を見て、何を聞いてるんだ……。

 

そもそもこれは、本当に夢なのか。

妙に現実味がある。

 

「お前の最初の祝詞。

力を有意義に使い、復讐を成し遂げてみるがいい」

 

彼の最後の言葉。

その言葉が耳に聞こえたその刹那、黒マントの姿の後方、遠い砂浜の向こう側に金髪の少女を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────結局、あれは何だったんだろう……」

 

「さあな。夢占いなんてやってないし、俺に聞かれても分かんねえよ。

けど、これから良くないことでも起きるかもな」

 

あれから、気付けば病室で寝ていた。

美術展で気絶した俺は、即座に地元の病院へと運ばれ、それから一日中眠っていたらしい。

そして身体中を検査したのだが、結果は原因不明で、異常なしとの診断。

それから一日だけの入院を経て、今日退院したに至るわけである。

 

「そんなこと言うなよ……」

 

「んなこと言ったって、気失う前に『幽霊』なんてもん見たんだろ?

これが良くないと言わず何なんだよ」

 

目覚めた後、気絶する前の事、眠った後の夢の事、全てをこの友達に話した。

彼の「幽霊」というのは勿論、あの「銀髪の少女」のこと。

 

「ま、暫くはゆっくり休め。

とりあえず家までは送ってやるよ、『(アザミ)』」

 

退院した俺をこいつは待ってくれていた。

口は悪いし、変な趣味を持っているが、こういう優しい所は本当に良い所だ。

 

ちなみに「薊」というのは名前。

 

藤真(フジマ)薊」。それが俺自身の名前。

生活態度は可もなく不可もなく。

目立ったことは苦手。

友達関係もこの友達を除けば浅く広く。

運動、学力は得意ではないが悪くはない。

割とどこにでもいる奴だと俺は思っている。

 

「なんか…いろいろとごめんな。

龍雅(リュウガ)』には迷惑掛けっぱなしだ」

 

この友達の名前は「小湊(コミナト)龍雅」。

多分顔はそこそこカッコいい類。

学力は優秀。運動も得意。

先に言ったように口は悪いが、優しく面倒見が良く、人望もある。

刀とか剣が好きとか、その他諸々の変な趣味を除けば、完璧な男だろう。

 

 

俺達は熊本に住み、進学校に通う高校二年生として暮らしている。

来年には、大学に通うための受験で大忙しという生活を控え、今は冬を目の前にした秋。

 

刀や剣の美術展に行ったのは、学校の休日と祝日の休暇を利用して行っていた。

友達─────もとい、龍雅に連れられて隣の県まで出向いたのだが、まあそこで例の事が起きたわけである。

 

夢の事もそうだが、あの少女は誰だったのか。

やっぱり幻覚だったのか、龍雅の言う通り幽霊だったのか、それとも別の何かだったのか…。

今となっては全て謎のままだ。

 

「…別にどうってことはない。

病院に運ばれた時はひやひやしたが、何もないようで良かったぜ」

 

何にしろ、どうしよもなく今の俺が現実であることに違いないだろう。

不思議体験なんて、ある人はあるというものだ。

そんな体験を出来ただけ、不吉な予感として捉えるのではなく、ラッキーだったと、そう思うことにした。

 

「まあ、兎に角ありがとう。

明日から連休明けの学校だ。帰りにでも何か奢らせてくれ」

 

次の日からまた勉学に励む日々が始まる。

背負い込んで無駄にストレスを抱えるわけにはいかないわけだ。

考えたところでそもそもよく分からないというのもあるが、一刻も早く忘れることが吉だろう。

 

龍雅にお詫びに奢る約束をし、家へと辿り着いた俺は、それから何事もなく一日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────某所。美術展会場。

 

美術館は既に閉館し、館内は暗く、静けさを存分に感じさせた。

 

「────処刑人の剣は持ち主を見つけたようだな」

 

そんな静けさを切るように、足音と男の声が響き渡る。

男は何も展示されていない台座を目の前にし、さも残念そうにしていた。

 

「また探さなくてはならないか……。

全く面倒なことだ……」

 

勿論、突然起きた異変に対して、この美術館には警備員が数人配置されている。

毎日閉館時間になると、館内に異常がないか監視カメラで様子を確認したり、自分の足でそれを行ったりと、警備を熱心に行っていた。

 

だが、館内に侵入者が堂々と居る中、誰一人と警備員は駆けつけない。

 

「────ローラント様。

館内に居た者は、全員始末しておきました。

それと捜索を行いましたが、やはり既に剣は持ち去られているようです」

 

「そうか。ご苦労」

 

「ローラント」と呼ばれた男の後ろ。

明かりのない闇の中から、黒い軍服を着用した一人の少女が姿を現す。

見た目では分かり難いが、その服からは鮮血が次々と滴り落ちていた。

 

「では次の仕事だ。消えた剣を探してこい。

持ち主となった者のことも調べ尽くしてな」

 

「……心得ました」

 

少女は男に頭を下げ、彼女のものではない血溜まりを残し、再び姿を暗い闇に溶け込ませた。

 

 

「さて私も動くとしよう……。

それにしても一体どんな奴なのだろうな。剣の持ち主とやらは……」

 

そうして男もまた闇夜に姿を消す。

 

美術館の館内は、以前にも増した完全な静寂に包まれることになった。


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