可憐な少女と恋のレシピ   作:のこのこ大王

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第3章 乙女の天敵

 

 

 

 

「では、今日の夕食と調理担当だけど―――」

 

 そう言いながら全体を見渡す。

 

「担当として名前を呼ばれた方を中心に

 作業をして貰えれば大丈夫です」

 

 その言葉に静寂が訪れる。

 本来、寮母が中心となり料理を決定し

 学生達は、あくまでサポートに徹する。

 

 やはり基礎から徹底して学ぶべきだという考えなのか

 その中で、様々な経験をしていくというスタイルだったらしい。

 

 だがそれでは、やはり問題があると思う。

 海外でやってきた経験から言わせて貰うなら

 あり得ないほど日本的で非効率だ。

 

「メインを神城さん、御堂さんの2人を中心に。

 補佐で2人ほど手伝ってあげて。

 神城さんは、肉料理を。 御堂さんは魚料理でお願い。

 

 スープと小鉢類は、柏木さんと橘さんを中心で。

 こっちにも補佐に何人か入ってあげて。

 柏木さんが味の濃い目のスープを。

 橘さんは薄味のをお願い。

 

 

 デザートに関しては、有栖川(ありすがわ)さんにお願いしようかな。

 ・・・あとは、私もデザートに回ろう。

 

 有栖川さんは、何を作っても構わないから

 積極的にチャレンジしてね。

 

 残りの人は、調理補助や料理の配膳などを手分けして

 作業をお願いします」

 

 その今までのやり方をいきなり大きく変化させた。

 料理を丸ごと任されるなんて想像していなかった彼女達は

 驚きの表情を浮かべている。

 

 名前を呼んだ有栖川さんも、その長い髪を揺らしながら驚いている。

 大き目のリボンもそれにつられて揺れていた。

 

 彼女は1年生。

 いきなりの大役となれば驚くのも当然だろう。

 

「え、えっとね、楓さん。

 基本的に料理は、寮母さんが中心に―――」

 

「この件に関しては西崎さんや学園長に話をしてあってね。

 『私に一任するから好きにしていい』って返事を貰ってあるんだ。

 

 だから、この場をまず変えようと思った。

 言い方は悪いけど、今までのやり方だと結局『料理の授業の延長』でしかない。

 

 せっかくみんなに食べて貰える機会で

 しかも成績上位の選ばれた人で集まるのなら

 もっと前向きな挑戦であっていいはずなんだよね。

 

 ・・・もし、全て任されるのが無理だっていうのなら

 別の人に担当して貰うけど、どうかな?」

 

 神城さんの言葉を遮るようにこちらの考えを話す。

 少しキツイ言い方ではあるが、笑顔を崩さず冷静に。

 

 

 

 

 

第3章 乙女の天敵

 

 

 

 

 

「・・・私は、二条さんの意見に賛成よ。

 担当も魚のメインで構わないわ」

 

 隣でやり取りを見ていた御堂さんが、会話に割り込むようにそう言った。

 

「わ、私も別に出来ないなんて言った覚えはないわよ」

 

「あら、てっきり『私にはメインなんて大役、無理だわ』って

 言うのかと思っていたわ」

 

「私って、ゆっきーの中ではどういう扱いなのか

 ちょ~っとお話ししたい所なんだけど~?」

 

「あら?

 ハッキリ言っていいの?」

 

「・・・ゴメン、やっぱり言わないで」

 

 二人の漫才のようなやり取りに周囲から笑い声が起こる。

 

「ちょっとキツイ言い方だったけど、でも考えて欲しいんだ。

 

 社会に出た瞬間から、みんながライバルであり

 腕がある人だけが認められ、腕が無ければ誰も見向きもしない。

 

 とても残酷な競争原理が嫌でも襲い掛かってくる。

 そこで生き残っていくには、頑張って腕を磨くしかない。

 

 今、みんなが居るこの場所だって『成績上位者だけ』でしょ?

 みんなが手を繋いで仲良く平等に・・・というのが理想なのかもしれないけど

 残念ながら、世の中はそうじゃない。

 

 そしてそれがどういうことなのか。

 私が言いたいことは何なのか。

 

 一度、よく考えてみて欲しいんだ」

 

 海外に出て一番初めに感じたのは、まさにこれだ。

 日本よりも圧倒的に弱肉強食だということ。

 

 成功したければ、それに似合うだけの腕が無ければならない。

 

 日本なら『腕が無いなら頑張って磨け』だが

 向こうは『腕が無いなら違う道に行け』だ。

 

 伯母さんは、ここを一流の料理人を育てる場所だと言った。

 西崎さんは、ここを料理人のための学び舎だと言った。

 

 ならば僕がここですべきこと、そして求められていることは

 今まで得てきた技術や経験の全てをこの場で出し切ること。

 

 どうせ1年ほどしか居ない身だ。

 彼女達の今後に役立てるのであるなら、嫌われ役ぐらい引き受けよう。

 

「・・・わ、私、やります。

 やらせて下さい」

 

 突然声を上げたのは、有栖川さんだ。

 

「あ、私もやりま~す!」

「わ、私・・・も・・・」

 

 千歳ちゃんと寧々ちゃんも声をあげてくれる。

 

「よし、私もやるぞ」

「ここで実力を見せれば、次は私がメインかも!」

「あ、私は御堂さんのお手伝いがしたいです」

 

 そうなると自然と皆が声をだし始める。

 

「みんなもいきなりのことで戸惑うかもしれないけど

 これをみんなの成長する切っ掛けにしたいと思ってる。

 

 だから、一緒に頑張ろう!」

 

「はいっ!」

 

「じゃあ、初めて下さい」

 

 開始の合図と共に一斉に動き出す生徒達。

 

 何となく誰が何をやるのかを確認する。

 明確な指示が無くとも自主的に仕事を見つけれる視野の広さや

 選択肢の幅というのも大事だからだ。

 

「・・・もしよかったら、配膳の人手が足りないから

 手伝ってもらえるかな?」

 

 それでもやはり動けない娘も多い。

 そういう時は、こちらから声をかけて振り分ける。

 

 厨房の中をグルグルと歩きまわりながらそれぞれの様子を観察する。

 そして真っ先に調理を始めた御堂さんのグループが気になって

 様子を見るために近づく。

 

 そこでは港の市場さながらに、大量の鯛を捌く少女達の姿。

 

「大量の鯛に、小麦粉とオリーブオイル・・・レモンの汁・・・。

 あとは、ニンニクか。

 

 ・・・鯛のポワレで、レモンはソースに使うのかな?」

 

「あら、わかるの?」

 

 並べられた食材を見て呟いた言葉に

 御堂さんが反応する。

 

「シンプルだけど白身魚の旨味が出る良い料理だよね」

 

「ええ。

 それに今回は、それなりの量を作る訳だから

 手早く出来ることも選んだ理由かしら」

 

「・・・なるほど」

 

「・・・それに」

 

「それに?」

 

「カロリーもそこまで高くないから。

 手軽に食べられるでしょう?」

 

「う、うん・・・まあ、そうだね」

 

 女の子にとってカロリーは敵だということは

 知識として知っているが、高カロリーも使い方次第だと思う。

 

「あ、御堂さん。

 このニンニクは潰しちゃっていいかな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 補佐をしていた娘が、ニンニクを包丁の腹で潰そうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「ん? どうしたの?」

 

 その行為を止めたことに御堂さんは不思議そうにしている。

 

「このまま潰したら包丁にもまな板にも、ニンニクの臭いが付いちゃって

 洗い落とすのに手間がかかっちゃう。

 

 だから、こうするのが一番」

 

 そういって調理台の引き出しにあったラップを取り出し

 ニンニクを包む。

 

 そしてそのまま包丁を借りてニンニクを潰す。

 

「こうすれば、包丁にもまな板にも

 そして手で触らなくてもいいから手にも臭いが移らないでしょ?」

 

 口で説明しながら実際に作業してみせる。

 まあ、ただラップを使うだけなので口だけでもよかったが

 ついつい手を出してしまう。

 

「あ、本当だ!」

「わ、凄い!」

 

 周囲でその様子を見ていた補佐の娘達が

 驚いたような、それでいて感動したような

 何とも言えない表情をして、潰れたニンニクを見つめている。

 

「へぇ、確かに便利ね。

 どうしてそんなことも思いつかなかったのかって

 今更ながら自分でも疑問だわ」

 

「私もこれは他の人から教えて貰ったんだ。

 やっぱり調理に夢中だと、そういうことに気が回らないよね」

 

「確かにそうね」

 

 気づけば少し硬かった表情が笑顔になっている。

 こうして見ると御堂さんは、物凄くお嬢様な雰囲気を持っている。

 

 整った綺麗な顔をしているし、言葉遣いを含めて

 その雰囲気からも普通の人とは少し違う。

 

 海外の一流セレブと呼ばれる人達と出会ったことがあるが

 その人達に負けないオーラをまとっているようにさえ感じる。

 

 そんな彼女の調理を観察していると

 後ろの方で笑い声が聞こえてきた。

 

 何かあったのかと思い

 とりあえずその場所へと向かってみる。

 

「いや~、どれ使おうかなぁ~」

 

 笑い声の中心に着くとそこには

 冷蔵庫に入っている生肉を前に笑っている

 神城さんとその周囲に彼女の補佐をする少女達が居た。

 

「・・・何かあったの?」

 

「え? ああ、楓さん。

 

 みんなで一緒に何作ろっかって話してたの。

 お肉の種類も結構あるからね」

 

 個人的には、何故そんなに盛り上がる話題なのか

 理解出来ないが、まあ肉の種類を選ぶのは重要なことだ。

 

「そうだね、お肉の種類もあるけど

 部位によってカロリーなんかも大きく違うから」

 

「え? そうなの?」

 

「例えば、手前の豚バラ肉なら100gで380Kcal。

 その隣の豚ヒレなら100gで120Kcal。

 

 同じ100gでも260Kcalも違うでしょ?」

 

「うそ、そんなに違うの?」

「へえ、知らなかったわ」

「260Kcalってどれぐらいの量かしら?」

 

 周囲の娘達が、今の話で色々と話を膨らませている。

 まあ栄養士でもなければそこまで気にすることもないだろうが

 知っていて困るというものでもない。

 

「う~んと・・・ごはん1人分160gとしたら大体270Kcalぐらい

 だったはずだから、ごはん1杯分ぐらいって考えれば想像出来るかな?」

 

「え~!

 じゃあバラ肉200gとかなら2杯分じゃない!」

 

 神城さんの言葉に周囲からも驚きの声があがる。

 

「・・・やめた。

 豚バラだけは、絶対使わない」

 

 何故か真顔でそう言いだす神城さんに

 つい笑いを堪えきれずに笑ってしまう。

 

「ちょっと楓さん。

 笑いごとじゃないよ。

 

 カロリーは乙女の大敵なんだから!」

 

 だからってそこまで豚バラ肉を嫌わなくてもと思う。

 

 さっきの御堂さんといい

 女の子は本当にカロリーを気にしているんだなと再認識する。

 

 しかし豚バラ肉が、このまま悪者扱いされるのは忍びない。

 そもそも豚肉は、低カロリーな方なのだ。

 そのあたりで少しイメージを改善しておこう。

 

「でも豚肉にはビタミン類が多く入ってるから

 体や脳の疲労回復はもちろん、ビタミンが多いってことは

 それだけ肌の活性化を促すから美容にも良いんだ」

 

「・・・それ、ホント?」

 

「うん、ホントだよ。

 むしろ豚肉は上手く使えばダイエットの味方だからね」

 

「・・・カロリー高いのに?」

 

 疑う気持ちと同じぐらいの興味ありますって感じの視線を

 こちらにむけてくる。

 

 それは目の前の神城さんだけでなく、周囲の娘達も同じだ。

 

「例えばビタミンB1とB2は、糖質や脂質をエネルギーに変える働きがあるし

 ビタミン類が豊富ってことは、それだけお肌にも良いし

 それにカロリーが高いってことは

 それだけお腹で長持ちするってことでもあるんだ。

 

 お腹が減りにくければ間食が減るでしょ?

 それは結果的に食生活の改善にもなるからね。

 

 そしてカロリーだって調理次第でいくらでも減らせるから」

 

 そう言って冷蔵庫からこんにゃくとゴボウを取り出す。

 

「例えば、こんにゃくとゴボウを豚バラと一緒に甘辛煮とかに

 してみるのもアリだと思うんだ。

 

 砂糖や醤油にみりんとかに、辛みは生姜で。

 生姜なら肉や魚の食中毒予防にもなるし、温めて食べれば

 新陳代謝もあがって冷え性なんかにも良いからね。 

 

 ヘルシーなこんにゃくとゴボウが一緒なら

 お腹いっぱい食べても大丈夫でしょ?

 大量に作りやすいのも利点かな。

 

 炒めるときも豚バラが持ってる脂だけで十分足りるから

 油が節約出来てカロリー減少にもなるよね」

 

 一通り説明し終えると

 神城さんをはじめ、周囲の娘達が完全に固まっている。

 

 ・・・僕は何かやらかしてしまったのだろうか。

 

「・・・す」

 

「す?」

 

「すっご~いっ!

 

 楓さん、凄くカッコイイ!」

 

「え? かっこ・・・いい?」

 

 何故そんな評価になったのだろうか。

 そんなことを考えていると

 

「ええ、とても素晴らしいですわ」

「そんなことまで考えてお料理なんて作ってませんでした」

「まるでプロの栄養士の方みたい」

「楓さん、素敵っ!」

 

 一気に称賛の嵐となり、その迫力に押されて

 無意識に一歩後ろに下がってしまう。

 

「よ~し。

 じゃあ私達の今日の料理は

 『こんにゃくとゴボウの豚バラ甘辛煮』で決まりよ!」

 

 そう神城さんが宣言すると

 周囲の娘達が、材料を次々と運んでいく。

 

「ありがとう、楓さん。

 これで今日、寮の乙女たちはカロリーという現実から

 解放されて気軽に食事が出来るようになるわ!」

 

「そ、そう・・だね」

 

「じゃあみんな!

 カロリー撲滅と美容のために頑張るわよ!」

 

「おー!」

 

 一致団結した彼女達は、一斉に調理を開始する。

 

 僕が男だから理解出来ないだけなのか?

 そんな疑問が出てくる。

 

 僕自身は小柄なことも気にして、よく食べるだが

 残念ながら食べても食べても体型に変化が無い。

 どうやら人より代謝が良いらしいのだ。

 

 そんなことを思い出していると

 今、自分が疑われない程度に女装が似合っているという

 現実に気づいてしまい、モチベーションが大幅に下がってしまう。

 

「(ダメだ・・・やっぱり余計なことを考えちゃダメだ)」

 

 結局僕は、彼女達の理解出来ない気迫から逃げるように

 次は千歳ちゃんや寧々ちゃんの様子を見に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

第3章 乙女の天敵 ~完~

 

 

 

 

 


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