オーバーロード 白い魔狼   作:AOSABI

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長いです。
直す可能性があります。


5話

 城塞都市エ・ランテル

 

 

 昼特有の活気に満ち満ちた広場に冒険者組合の斡旋所から二人組の冒険者が出てくる。

 頭一つ分低い方がキョロキョロと周りを見渡す姿は田舎からのお上りさんに見えるだが行動はお上りさんでも誰も嗤う者はいない、広場に居た者はその二人組に目を奪われ活気はなりを潜めた。

 二人組の一人は女性だった。切れ長の瞳は紫水晶のような光りを放ち、手入れの行き届いた腰まで伸びた白金の髪、褐色の肌は日差しを浴びて黒真珠のように艶と輝きを放っていた。

 何よりも目を引くのは妖艶な雰囲気を持つその美貌と身体、浮かべた微笑はサキュバスのように見た者を魅了し、美しい金の刺しゅうが施された深い紫色をしたチャイナドレスに似たドレスによって惜しみなく強調される男の理想を具現化したような身体の線、スリットから覗く長く伸びた生足に幾人もの男が生唾を飲み込むが、誰も声をかけることはしない何故なら右手に握られている長い木製の杖が彼女が依頼を頼みに来たのではなく、本人が冒険者でありマジックキャスターであることを物語っているからだ。

 もう一人は、風にさらさらと流れる輝く銀色の髪、長いまつ毛に透き通る湖を思わせるアイスブルーの瞳、白磁のように白い肌、その気高く高貴に満ちた整った顔立ちは女性が一目で釘付けになるのには十分で、隣の女性と比べ若く頭一つ分背が低いがまるでおとぎ話に聞いた王子様が目の前に現れたかのようだ。

 そして彼が纏う豪華絢爛な全身に施された金の細工が美しい真紅の全身鎧も美しく陽光を七色の光に変えて跳ね返す。夜の闇を切り取ったような漆黒のマントは一目で高級生地で出来ているのが分かる。

 両者ともに胸には冒険者の証である銅のプレートが下げられており真新しく輝いていた。

 

(さてと登録は終わったしこれからどうしよっかな~)

 

 銀髪の王子が周囲を見渡す。視線の先に入った女性達が「私を見ている」ときゃあきゃあ騒ぐとそれが合図になったのか再び広場は昼間の賑わいを取り戻し始めた。

 銀髪の王子が鼻歌交じりに先に歩き出す。目指す先にあるのは数多くの露店が並び、様々な食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。

 

(いい匂いだな~、まずは軽く腹ごしらえといくか、おっあれは)

 

 肉の焼ける匂いに誘われるがまま足を向ける。店先で焼かれるいくつもの串肉、肉から滴る脂が熱せられた炭に落ち良い匂いの煙を上げる。

 

「おじさん、これいくら?」

 

「あ~?ここに書い・・・て・・・」いつもは客引きに大きな声を出し肉を焼いていた店主は声をかけてきた冒険者らしからぬ二人組の高貴さと妖艶さに度肝を抜かれた。

 

「おじさん?お~い」呆けた顔をしている店主の顔の前で手をパタパタと振る

 

「ん?あぁ一本、1銅貨だよ」

 

「じゃあ二本くれ、はい2銅貨」

 

 ズシリと重い白い巾着袋から銅貨を二枚取り出し店主に渡すと串肉を二つ受け取る。

 露店を離れると一本の串肉をパートナーの女性に差し出す

 

「歩き食べは下品ですよ。ウォルフ」串肉を受け取らず注意する。

 

「いいじゃないかルネ、周りを見てみなよ美味しそうに食べてる。郷に入っては郷に従えというじゃないか」

 

 言い訳をするウォルフことフェンリル

 

「それでもです。品のない行為は慎んでください、それとお金の無駄遣いはいけませんよ」

 

 ルネと呼ばれたネルはやはり串肉を受け取らず注意する。フェンリルの所持していたユグドラシル金貨を10枚ほど潰しただの金塊として換金したため、お金にはまだまだ余裕はあるが浪費癖のある主のため換金したお金の大半とユグドラシル金貨の全てをネルが預かっている為、生活に影響が出るほどの事は出来ないが窘めなければ後先考えず湯水の如く使っていく。

 だが当の本人はどこ吹く風でまったく気にせず自分の分の串肉を一齧りする。口の中に広がる味付けされた肉の味、香辛料の香ばしい匂い、噛むごとに強くなるその味は合成ではない本物の肉の味だ。 

 

(焼いた肉の方が美味いな、いや味付けされてるからなのか?しっかしモモンガさんの言ってたことは本当だな)

 

 疑っていたわけではないが実際に体験すると驚きがある。

 モモンガ達と関係性を探られないため一日遅れでエ・ランテルに入ったフェンリルとネル、モモンガがモモンと偽名を使ったのに習い人の姿に化けたフェンリルはウォルフ、ネルはルネという冒険者になった。

 確かにこの世界の住人は翻訳こんにゃくを食べている。そしてどの文字も読めない。

 大気汚染が進んだ現実では黒く汚れた空はどこまでも青い、その素晴らしさにフェンリルは心が躍る。

 だが何よりも気分をうきうきさせるのはRPGゲームや映画のセットのような町並みや行きかう人だった。住居としての機能や性能は現実で住んでいたアパートの方が上だろうが見た目や雰囲気がやはり違う。

 行きかう人は誰も防毒マスクをしていないし、着ている服はどれも粗雑だがやはり映画やゲームで見るような衣装のようだ。そして顔は西洋系ばかりで東洋系の顔は見ない。

 それを横目に焼き串肉を頬張りながら歩く、こんな簡単な事でも元の現実世界では考えられなかった。

 本来であればどこかで先に潜入しているモモンガと会う予定であったが、モモンガとナーベラルが名指しの依頼を受けてしまったために午後の予定は全て潰れてしまった。

 

(宿屋を探すか)

 

 食べ歩きと街を散策しながら組合に紹介された目当ての宿屋を見つけ入る。

 店内は窓が閉められている為薄暗かったが暗視の能力を持つフェンリルには十分な明るさだった。室内は十分に広く、一階は酒場になっており奥にはカウンターその後ろには酒瓶の並んだ棚がある。何卓もある丸テーブルにはちらほらと男の客ばかりで入ってきたフェンリル達に値踏みするような視線が向けられる。

 そんな宿屋の光景にフェンリルは口角がわずかに上がった。

 モモンガはガッカリすると言っていたがフェンリルにとっては食べカスが落ち歩くたびに軋む床、奇妙な壁のシミ、この薄汚さもファンタジー世界を構成するエッセンスの一つとして見えていた。

 店の奥に目を向けると恰幅のいい中年の女店主が堂々とフェンリル達を観察していた。

 冒険者に酒や宿を提供する店主だけあって腕は太く険しい顔は用心棒のようだ。

 

「宿だね。何泊だい?」

 

「二人部屋を一泊で」フェンリルが答える。

 

「あぁ?二人部屋ぁ?銅プレートのペーペーが、死にたいのかい?」

 

 店主の言う「死にたいのか」という言葉には色々な意味が含まれている。

 新米冒険者が宿屋を使う時は相部屋で自分の顔を売るなどをして顔見知りになりチームとして冒険に出る。そうして自分に合ったチームに入るもしくは作っていく。それが出来なければ冒険に出ても魔物の餌になるか同業者の餌になるかそれとも失敗して死ぬだけだ。

 それを店主は言葉数少なく乱暴に教えてくれたのだ。

 

「そういうのはいいんだ。面倒なのは好きじゃないし何より足手まといはいらない」

 

 笑顔で冷たく言う。下手に仲間など作ってこちらの秘密を知られたくないそういう意味もある

 

「ふん、その鎧は見掛け倒しじゃないってわけかい。二人部屋は夕飯付きで8銅貨。前払いだよ」

 

 料金を支払うと女主人は酒場の隅にある階段を指す。

 フェンリルがネルを後ろに従え歩を進めると邪魔するように男が立ち塞がる。ネルよりも背が高く筋肉質の大柄な男だ。

 フェンリルが男を見上げる。嫌らしい笑みを浮かべた男、その男の仲間と思しき丸テーブルに座り酒を飲む三人の男たちも同様に嫌らしい笑みを浮かべている。

 店の女主人、その他の客、誰も止めようとする者はいない。

 

(もしかしてあれか?出る杭は打たれるとか新人いじめ的なやつか?)

 

「何か用ですか?先輩方」

 

 穏便に済まそうと笑顔で対応するフェンリル

 それを腑抜けだと勘違いする男

 

「なにちょっと見てたらよ。立派な装備のデカい口を叩く新人が挨拶も無しに俺達の前を通り過ぎちまいそうだからよ」

 

 座っていた男の仲間の一人が立ち上がる。

 ネルの身体を舐めるように見回し舌なめずりする。

 

「まぁこの良い身体したエルフを一晩貸してくれるだけでお前を俺たちのチームに入れてやるってとってもいい話をしてるだけだよ」男がネルの肩を掴もうと手を伸ばす。

 

 だがその手は触れることは出来なかった。

 嫌らしくも不用心に伸びてきた腕をフェンリルが左手で目にも止まらぬ速さで捕まえる

 

「この手は何だ?」フェンリル自身でも驚くほど低く冷たい声、

 

「は、はぁ!?てめぇふざけっぐぁぁぁあぁ!!」

 

 男の掴まれた腕がミチミチと音を立てて締め上げられていく、フェンリルの顔から笑みは消え無表情になる。

 

「この手は何だって聞いているんだろうが、答えてくれよ先輩」

 

 締め上げられた腕に悲鳴を上げ蹲る男、それを見るフェンリルの目は恐ろしい程に冷たく、絶対零度の視線に一瞥されただけで仲間の男達は声を上げることも出来ず体の芯から凍てつき動けずにいた。

 もう少し力を込められると握力のみで腕を骨ごと砕くだろう。

 フェンリルの異常なまでの怒りにこのままではまずいとネルが止めに入る

 

「ウォルフ!もういいです!私は大丈夫ですから!」

 

 ネルの声に我に返ったフェンリルが手を放す。

 開放された男の腕には手の形をした痣がくっきりと残っている。

 

「これに懲りたらちょっかい出す相手は選んだほうが良いですよ。先輩」

 

 それにブンブンと音が鳴るほど頷く男達、フェンリルは周りを見ることはせず部屋に急いだ。

 簡素な部屋のベッドにドサッと腰を落とすと巻き上がる埃、本来であれば嫌な要素であるがそれが気にならないほど気が昂っている。

 

「ごめん迷惑かけた。まさかあれ程頭に来るとは・・・」

 

 沈痛な表情で謝るフェンリル。ネルに何かされると思った時、マグマのように怒りが湧き出ててきた。

 自分でも信じられないほどの感情の起伏は初めてだった。

 もしかするとこれも種族特性の一つなのかもしれない、アンデッドであるモモンガは精神が昂ったり一定以上になると強制的に精神が抑制されると言っていた。

 人狼であるフェンリルには狼の部分が出たのかもしれない、狼は孤高であるというイメージがあるが、雌雄のつがいを中心とした2~15頭ほどの社会的な群れを形成する。自分の群れつまり仲間に危害が加えられそうになり怒りが湧いてきたのかもしれない。

 

(あとでモモンガさんに相談しとくか)

 

 気落ちしているフェンリルをネルが正面から包むように抱きしめる。

 

「私の為にあんなに怒ってくれるなんて嬉しかったですよマスター、だからそんなに落ち込まないでください」

 

「ありがとう、そう言ってくれて助かる」

 

 ネルから身体を離し立ち上がる。

 

「頭を冷やしに少し街をブラブラしてくる。ネルはどうする?」

 

「ここで待っています」うっすらと笑みを見せる。

 

「そうか、夕食までには戻ってくるから、それで夕食は良い物でも食べてさっきの事は忘れよう」

 

 フェンリルは再び外へ出ると喧騒は相変わらずで一人になるべく人のいない方いない方へと歩き気が付くと人気は無くなり全く分からない場所にいた。

 周りの景色はどこか古めかしいだがそれがフェンリルの冒険心をくすぐった。

 時を忘れ、さらに奥へ、奥へと、誘われるままに

 そして日は落ち夜が訪れる。

 冒険心の赴くままに来た結果、エ・ランテルの貧民街さらに廃棄された区画に迷い込んだ。

 周囲は廃墟と呼ぶにふさわしい朽ち果てた建物ばかりが並びもはや人の住む場所ではないことを物語っている。

 そんな場所でフェンリルの優秀な嗅覚は微かな血の臭いを捉えた。

 流れた血とその臭いの違いでおおよその人数を把握する。

 

(これは・・・3人、いや4人分か・・・足音は一つ、面倒事は簡便なんだけどなぁ)

 

 そう思っていると、血の匂いがする方からマントを羽織った女が走ってくる。

 すでに捉えていた足音通り一人だった。

 

「あれ~おかしいな~気配はなかったはずなんだけど、アンタ誰?」

 

 女が問いかけてくる。短いブロンドの髪に顔立ちはどこか猫科の肉食獣を思わせる。

 

「ただの通りすがりだよ」

 

 ぶっきらぼうに答える。

 

「ただの通りすがりね~」女が笑う、口が裂けたかのような笑いフェンリルはそれに嫌な予感が走る。

 

(こういう感じに笑う奴って・・・)

 

「んなわけないじゃ~ん、こんな誰も来るはずのない所に・・・ふ~んアンタ冒険者か~」

 

 女がフェンリルの胸に下げられた胴のプレートを見る。

 

「銅か・・・まぁいいわ、見られたんだしただで返すわけにはいかないんだし~」

 

 女が羽織っていたマントを外すと胸や腰などの最低限以下の鎧いわゆるビキニアーマーと呼ばれる鎧が露になる

 

(おいおい、痴女かよ)

 

 だがビキニアーマーには冒険者のプレートが数多く縫い付けられていた。それも駆け出しである銅や鉄だけでなく銀や金、果てにはミスリルやオリハルコンのプレートがいくつか混じっている。

 

(殺した奴のをハンティングトロフィーとして持ってるって事か、趣味悪っ)

 

「あれ?驚かないんだ?それとも分からないだけかな?」

 

 普通なら驚き絶望に染まるものを、特に顔色を変えないフェンリルに女はつまらないという顔をする。

 

「あー、大丈夫分かってるから」

 

(しまったな、驚いた方がよかったのか、でもあの痴女からは全然強い感じがしないんだよな~)

 

 フェンリルは人化のペナルティでレベル70程度までダウンしているが

 

「ふ~ん、まぁいいや、いいもの見せてア・ゲ・ル」

 

 そう言うと一瞬で間合いを詰め、女が右手にスティレットを握り、高速の突きを繰り出してきた。

 人化でのペナルティといくつかのスキルが発動していない為、スローとまでにはいかないがそれでも十分に目で追い、対処できる速度だった。

 三度繰り出された高速の突きの全てを見切り避ける。それを見た女が大きく後ろに飛び距離を取った。

 

「アンタ本当に新人?それとも運が良かったの?」

 

「あれ位なら普通に避けるだろ?」

 

 女の雰囲気が変わった。どうやらフェンリルは馬鹿にしたつもりはなかったのだがそのように聞こえてしまったようだ。

 

「あぁ!?この人外、英雄の領域まで足を踏み込んだこのクレマンティーヌ様を馬鹿にするとはテメェ、身体はばらばらに切り刻んで豚の餌にするだけじゃ許さねぇ、その綺麗な顔ぉぐちゃぐちゃにして晒してやるよぉ」

 

(なんで怒るんだよ!まったく、軽く相手してスタンフィストで気絶させたら逃げるか)

 

 そんなことを考えていると、クレマンティーヌが姿勢を変える。クラウチングスタートに近いが立ったままでの異様な姿勢から動いた。

 その疾走は超人的肉体を持つフェンリルも驚くものだった。

 瞬く間に間合いを詰め、その速度を利用した鋭いスティレットの一撃が無防備な顔目掛け加えられる。

 刹那の攻防だった。

 フェンリルが顔を逸らす事で避け、スティレットの刃を噛んで止めた。

 信じられない光景にクレマンティーヌは一瞬驚いたが、再び笑みを浮かべる。

 スティレットの柄を捻ると爆炎が起こった。常人いやモンスターですら頭を軽く吹き飛ばす威力に笑みはより歪む、しかしそれは驚愕に変わる。

 

「何で!?」

 

 クレマンティーヌは確かに見た。燃え盛る炎の中でフェンリルが睨み、そして噛んでいた世界最高の金属であるオリハルコンで出来たスティレットの刃を噛み砕いたのだ。

 あり得ないと驚愕するクレマンティーヌとは逆にフェンリルは冷静だった。スティレットの爆炎には驚いたが、今着ている火属性に高い耐性を持つ炎帝の鎧のおかげで無傷、そして歯を食いしばったらスティレットが砕けた。

 スタンフィストを右の脇腹に打ち込む。

 クレマンティーヌは何が起きたのか分からなかった。自分の身体に衝撃が来た。そう思った瞬間意識が刈り取られた。

 フェンリルは自分では軽く打ち込んだつもりだったが、クレマンティーヌは打たれた脇腹を破裂させ突風に遊ばれる木の葉のように十メートル先の長年の放置と風雨によって脆くなっていた壁に衝突、クレマンティーヌの上に瓦礫が覆いかぶさる。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 予想外の威力に驚きながら駆け寄り瓦礫の中からクレマンティーヌを掘り起こす。壁に打ち付けられた衝撃から意識は混濁し、左脇腹からは大量の出血、息は絶え絶え、即死は免れたがこのまま何もしなければあと数分で死に至るのは目に見えていた。 

 

「やばい、完全にやり過ぎた。こういうのってポーションとかで直せるのかな?」

 

 殺すつもりのない相手を殺してしまうのは目覚めが悪いという気持ちは不思議とあまり起こらないが弱い女を殺してしまうという方の気持ちが大きかった。

 フェンリルが中空に手を突っ込み自分のアイテムパックから血のように赤い液体の入った小瓶を取り出した。

 ユグドラシルのアイテムでハイポーションというポーションの上位アイテムだ、ゲーム内ではHPを完全回復させるありふれたアイテムだがこの世界で効くのかは分からない、だがこれしか手はない。

 小瓶を開けクレマンティーヌに無理矢理飲ませる。すると全身が淡い光を放ち傷が逆再生映像のように元に戻っていく、それを見て安堵する。どうやら処置は間違っていなかったようだ。

 光が収まり身体が元通りになると

 

「ん、あっ」

 

 クレマンティーヌの目が覚め、最初に目に入ったのは自分を半殺しにした相手だった。

 

「起きたか?」

 

 まだうまく動かない手で鎧を着ているのを確かめる。

 

「何もしてねぇよ!」

 

 助けたというのに心外だった。確かに力の加減を間違えて一撃で半殺しにしたのは悪かったが

 

「何で?意識ないなら犯すチャンスだったじゃん、だからポーションで直したんじゃないの?」

 

「馬鹿か?腹から血を流してる女を犯すわけねぇだろ、それにやり過ぎたと思ったんだよ」

 

 そして童貞だからだよ、とは言わなかった。

 

「ふ~ん、変な奴、こんな奴に負けちゃったんだ。私」

 

「変な奴って・・・」

 

「好きにすればいいじゃん、それが勝者の権利だし、何なら今から犯っとく?」

 

「するか馬鹿!つーかお前本当に強いのか?まさか自称とか言わないよな?人外とか英雄の領域とか言ってたし」

 

「そんなに疑問もたれる程度の強さだって事?ははっ、ねぇアタシがさぁどうやってこの強さ手に入れたと思う?」

 

 虚しい笑い。クレマンティーヌが見せた人間としての一面、悲しみだ。

 才能があった。人類を超える圧倒的強者としての才能、そしてこの才能を磨くのにどれほどのものを捨てた事か、いつから自分は壊れたのか、いつから人間を捨てたのか、クレマンティーヌの壊れた心に初めて虚しさが訪れた。

 

「お前力が欲しいか?」

 

「当たり前じゃん、なぁにアンタがくれるの?」

 

 クレマンティーヌは笑う。そんなことは不可能だと、人間の限界を超えた人外の英雄たる者がこれ以上強くなることなど出来ない。

 

「じゃあ、これを使ってみろ、ただし命の保証はしない。これを使って死ぬかもしれないし何も起きないかもしれない、全てはお前次第だ」

 

 フェンリルが差し出したのは八角形の小さな宝石、それはユグドラシルで風の結晶という1キャラにつき1度しか使えない恒常的に素早さを10アップさせるステータス向上アイテムだ。

 

「なにこれ?宝石でアタシの気を引こうっての?」

 

「言ったろう?すべてはお前次第だって」

 

「なんでアンタを殺そうとした奴にこんなことしてくれんの?」

 

「お前に興味が出た。殺すのは簡単だがお前がどこまで強くなるのか非常に興味が出たんだ」

 

 クレマンティーヌのいう事が本当ならこの女は人外それも英雄という領域に踏み込んだ希少な人間だという事になる。それを簡単に殺してしまうのは非常に惜しい。

 

「アンタ悪魔か何か?」

 

 クレマンティーヌは笑う、悪魔は相手の命を代償に願いを叶えるという。だがそんなもの存在しないことは知っている。自分でそんなことを口走ったのが可笑しかった。

 

「悪魔?そんなんじゃないさ、でもオレの正体を知りたいか?」

 

「なにそれ、脅しのつもり?言っとくけどアタシ、アンタの想像もつかないほど修羅場潜ってきてんだからね」

 

 そうだ。かつて法国に属していたころには様々な相手を殺してきた。同じ人外の領域に踏み込んだ者、モンスター、何度も死にそうにもなった。足を折られ。腕を潰され、何度も血反吐を吐いた。

 

「オレの正体を知ったらもう生きて返すことは出来ないぞ、それでも知りたいか?」

 

 フェンリルの雰囲気が変わる。

 

「なにそれ、脅してるつもり?もったいぶらずにさっさと言いなさいよ」

 

 どうせどこぞの貴族、もしくは自らの血脈を秘匿している王族、そう高を括る。

 

「いい度胸だ。ならば見せてやろう」

 

 そう言うと鎧を脱ぎ、一糸まとわぬ裸になる。

 

「エッチ、スケベー、やっぱり犯る気なんじゃ~ん」

 

 体をくねらせおどけて見せる

 

「阿呆が、こうしなきゃ鎧が壊れるかもしれないんだよ。本番はここからだ」

 

 フェンリルの目が大きく見開かれると、アイスブルーの瞳は金色の獣特有の瞳に変わる。そして人の姿からは想像もつかない人狼の姿へと変わり果てる。

 クレマンティーヌは初めて人外の化け物を美しいと思った。身体は雄々しく、純白の雪のような体毛は月の光に照らされ銀に輝く、圧倒的強者にのみ許された美しき存在にクレマンティーヌは目を奪われた。

 初めて他者を、自分以外の存在を美しいと思った

 

「・・・ビースト・・・マン?」

 

 クレマンティーヌは自分で言っておきながらそんな存在ではないことを分かっている。食欲と性欲そして暴力の粗暴な存在がこのような美しい獣であるわけがない。

 

「そんなちゃちなモンスターと一緒にするなよ」

 

「・・・神・・・様・・・」

 

 法国に居た時から神など信じた事は無いが、人をモンスターを超えたこの美しき獣が自分を神だと言うのなら信じよういやそう思わなければならない。

 だが美しき銀の神は否定した。

 

「オレは、いや、我は万物に滅びをもたらす白き獣なり」

 

 形持つ滅びの獣。殺すことに喜びを覚える性格破綻者であるクレマンティーヌは魅了された。

 今までの絶対的強者を誇っていた自分がいかに矮小な存在であったか。

 そしていつの間にか壊れてしまっていた心が満たされるような未知なる感覚がクレマンティーヌを包む。

 

「今一度問う、世界に絶望した女よ。己が全てを捧げ我が手を取るか、それとも安らかなる滅びを受け入れるか」

 

 迷うことなくクレマンティーヌはおずおずと手を伸ばす。眩しく輝く白い闇に、いつの頃にかいびつに歪んだ心で待っていた美しい純白の破壊の化身、世界を滅ぼす存在に

 

「捧げます。この身、魂の全てを貴方に捧げます」

 

 捧げた。全てを、常人なら発狂する破壊の神、滅びの獣、という存在に全てを捧げる。いつの間にか枯れ果てたはずの涙を流すクレマンティーヌはかつてない幸福感に満たされた。


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