フェンリル自室
「―――というわけなんですよ」
モモンガはフェンリルにカルネ村での出来事を話した。
ミラー・オブ・リモートビューイングの操作をしていてたまたま見つけた人間同士の殺戮に介入しその村を助けた事、その村で仕入れた情報、そしてリ・エスティーゼ王国という国の戦士長ガゼフ・ストロノーフとの出会い、法国の集団との戦い。
「大体は分かりました。でも今度は一緒に行きますからね」
モモンガはフェンリルがスプラッターを苦手と言っていたのでナザリックで待機してもらっていたのだ。
「分かりました。今度は一緒に行きましょう」
一緒に行くという約束を取り付け笑顔のフェンリルはモモンガの魔法によって再現されたカルネ村で見た地図を見る。まるで一昔前のRPGゲームのような地図だ
「大雑把な地図ですよね。とりあえず分かるのはこの世界がユグドラシルじゃないって事くらい」
この地図を信じるならユグドラシルとは似ても似つかない世界だ。
それよりもフェンリルが気になったのは
「それと気になるのはやっぱり魔法ですかね」
「えぇ、どれもユグドラシルでの魔法でした」頷くとモモンガは思い出す。どれも低位の魔法ばかりだったが確かにユグドラシルの魔法だった。
「という事は、やっぱりどこかに他のプレイヤーがこっちに来ている可能性があるってことですかね、それが何らかの形で影響を与えている。例えば口の動きが違うのに言葉の意味が分かるとか」
モモンガが話したこっちの世界の人間が翻訳こんにゃくを食べている原因を他のプレイヤーが与えた影響の一つだと考えるとまだまだ他に影響したものは少なくはずだ。
「まだまだ情報不足で判断できませんけど、魔法がこれ程似ているというより一緒だという事で仮説を立ててみると、1に元々同じだった。2に我々以外のプレイヤーが何らかの形で影響を与えた。2の場合だと現在ではなく過去にいたということになるけどオレとしては2の説を押しますけどね」
フェンリルの立てる仮説にモモンガは思考する。元々同じであればどこまでの魔法が同じなのだろうか、どこまで魔法をつかえるのだろうか、過去に影響を与えたプレイヤーがいたとなるといったいどこまでこの世界に影響を与えたのだろうか
「・・・どっちも説得力はありますね。1の場合だと魔法がどこまで一緒なのか気になるし、2の場合だと魔法がどこまで伝承されているか、いや魔法だけじゃなく文化も伝わっているかもしれないですね」
「文化か・・・じゃあ魔法道具とかも伝わってるかも・・・」
「いずれにしても調査するしかないですね」
調査するのを決定し装備などの準備のため一度解散したフェンリルは複数の無限の背負い袋からいくつもの鎧や武具を広げて悩んでいた。
モモンガと調査をすると決めたのは良いが、現状ほとんど分からないという事が分かっているだけで分からないに等しい。
人間社会に紛れ込む為にはまずはこの見た目、人間に接触するのにモンスターの姿で会うのはいけない、ステータスダウンは痛いが見破る事がほぼ不可能な完璧に人に化ける人化スキルがここで生きてくる。
だが人の姿になるのは良いが、この姿で戦闘に入った場合にどうするかだ。
人の姿のままでは70レベル相当、さらに昼間になると40レベルまで一気に落ちてしまう、これを装備やアイテムでどう補助していくか頭を悩ませる。
調査をするにしても地位がある方が調べ物はしやすい、その為地位をある程度確保しなくてはならないが、目立ちすぎて粗探しされるのも面倒だ。
無用なトラブルを避けるための強すぎず弱過ぎずな装備が求められる。
人間用の装備でゴッズ級は持っていないレジェンド級では自分はプレイヤーだと言っているようなもの、とすればレリック級が妥当な所だが
「まずは生き残ることを考えると防御力、それと状態異常対策・・・」
防御も物理か魔法のどちらに強いモノが良いのか、並べたアイテムは性能などに関わらずいずれも思い入れのある品々ばかりだ。
「失礼します。マスター」
ドアがノックされネルが入ってきた。
「ん?あぁすまない、ネルこっちに来てくれ」
「はい、それでお話とは?」
「人間社会の調査をする為に潜入するんだが、どれが良いと思う?」
ふむと少し考えるネル、鎧とフェンリルを何度も見比べる
「そうですね・・・魔法防御はマントで補うとしてこの鎧がよろしいかと」
ネルが選んだのは金の細工が施された美しい真紅の鎧、これには中位物理攻撃軽減に状態異常耐性などのスキルが付与されている。見た目最優先で友人の鍛冶屋に作ってもらったアダマンタイト製の全身鎧だ
しかし大きな鎧だ。ユグドラシルだったら体形など気にせず装備できたがどれもが筋骨隆々なたくましい男が着て丁度良いものなのになっている。
元の自分に比べるとずいぶんと貧弱に見える身体では似合いそうにもない、というよりまともに着られるのかも怪しい。
真紅の手甲を持ちしげしげと見て見るが外見のサイズが二回りほど大きい、これでは着ることが出来ても満足に動くことも出来ない。
だがまずは試しにと手甲を着けてみることにした。ナザリックにも鍛冶屋がある合わなければそこで直してもらわなければ
「ぶかぶかだなぁぁぁぁ!?」大きくぶかぶかだった手甲が淡い光を放つと自分の手や腕ののサイズに合わせて魔法のように自動的に収縮した。
グッパッと手を開閉したり動きを確認すると阻害される感じは無い、それに重さを感じない。
手甲を外すと元のサイズに戻った。つけ直すと手や腕のサイズに合わせて縮んだ。
「不思議だな・・・」
「では、すべて着てみましょう」
鎧など着たことはないがネルに手伝ってもらいながら真紅の鎧を纏う。
「大変お似合いですよマスター」
大きな姿見に映し出されたのはファンタジー小説や映画に出てくるような騎士の姿をした自分、あれほど大きく見えた鎧は自分の体格に合わせて小さくなり身体を動かしてみるがまったく動きが阻害されず、まるで身体の一部の様な感覚がある。
「動きには問題ない、でも派手じゃないか?もう少し大人しい―――」
フェンリルの提案にネルが真っ向から反対する。
「何をおっしゃいます!マスターは地が良いのですから私からすればそれでも地味に思います。それにこの美しい顔立ちはいかなる美しい鎧ですら霞みます」
ネルがフェンリルを後ろから抱きしめる。
右側の首筋に顔をうずめるように近づける
いつも見上げるばかりであったフェンリルが自分よりも小さく、恐ろしくも凛々しい狼の顔は凛々しさは変わらないが美しい少年の中に見える可愛らしさがネルを自らを作り出したマスターへ不敬ともいえる行動を取らせた。
「マスター、わたくしももちろん連れて行ってくれますよね?置いて行かないですよね?」
ネルがフェンリルの耳元で囁く、
吐息を桃色と例えたのは誰かは知らないがきっと今の吐息がそうなのだと思う。
現実では嗅いだことのないような良い匂いが鼻腔をくすぐる。
鏡で見る自分は己の理想の全てをつぎ込んだ美女に後ろから抱きしめられている。
だがその柔らかいであろう肉体の感触は残念ながら鎧に阻まれ確かめることはできない。
フェンリルはこのままでいたいという誘惑を絶ち、抱擁を解き振り返るとネルの目を真っ直ぐ見る。
「お前は俺のパートナーだ。地獄の果てまで共に来い。嫌だといっても来てもらうぞ」
ネルの心がまるで灰色の世界が色とりどりの色彩を帯びていくかのようなかつてない充足感で満たされていく、
初めて自分が創造主であるフェンリルに必要とされた。地獄の果て終わりのその時まで共にいろと隣に居ることを許された。言葉にしてもらえた。
「もちろんです。この身が一片の灰になろうとも命果てるその時までお傍に・・・」