オーバーロード 白い魔狼   作:AOSABI

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18話

 モモンガに会ってから数日後、フェンリルがリビングで宣言する。

 

「―――と、まぁそういうわけで、しばらくは帝国でゆっくり冒険者家業をしていこうと思う。何か聞きたいことはないか?」

 

 テーブルを挟んで聞いていたネルとクレマンティーヌは特に質問することもなくうなずくだけだった。話があると呼ばれ聞かされたのは帝国で冒険者をするという、というよりも今さら何を言っているのだろかと不思議だった。

 

「あのさぁ、何で今さら?」

 

「ん?あぁ、いや特に何という訳でもないんだが、まぁ決意表明?みたいなものかな」

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

「それだけさ、それよりもだ。この中で料理が出来る奴はいるか?ちなみに俺は無理だ」

 

 元の世界で料理を一度もしたことが無く、この世界に来て何度か自分で挑戦してみたのだがただ材料を不味いものに変えるだけで料理のセンスは壊滅的だ。なにしろ肉を焼くと言う簡単だと思っていたことも出来ず黒焦げにするというありさまだ。

 

「私にはその様なスキルはありません」

 

 ネルは魔法職を中心に調合師や錬金術師などで構成した為、アイテムの調合や作成は出来ても料理に関するスキルを持っていない為、こちらも無理だ。

 頼みの綱であるクレマンティーヌは

 

「材料バラバラにするなら得意」

 

 無理だった。

 自分だけなら生肉を食べたところで腹を下すわけもないのだが、せっかく元の世界でも食べる機会の無かった合成食ではない本物の料理を食いたい。今のところ外食で済ませているが一番金のかかる食費を抑えるためには自分たちで作るほかないのだが悲しいことにこの中に料理を作れるものは誰もいなかった。

 

「どうするかな~」

 

 メイドという存在が頭の中に浮かぶが、どうやって雇うのかが分からないし何より信用できない他人を身近に置くのは正体がバレるという危険がある。

 一番信頼がおけるのはモモンガのナザリックだがメイドを借りるのも悪い気がすると言うのも掃除だけなら週2程度で済むが食事だけはそうはいかない、となるとやはり自力でどうにかしないといけないわけだが

 

「それなら奴隷でも買えば?」

 

「奴隷?」

 

「そそ、帝国には奴隷市場もあるんだし、そこで料理とか掃除の得意なやつ買えばいいんじゃない?」

 

 奴隷かと考える。主人の意思一つで生死を支配され、闘技場で戦う剣奴や主人の夜の相手をする性奴などのどうも悪いイメージばかりが湧いてくるが、そういう者の方が扱いやすいのかもしれない。

 

「よし!行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 フェンリルがネルとクレマンティーヌを連れて奴隷市場を歩く。

 想像よりも綺麗な場所だとまず思った。

 日の差さない澱んだ空気の溜まった薄汚い場所だとばかり思っていたが、扱う商品が違うだけで普通の市場と何ら変わりがなく、商品である奴隷は自分のプロフィールを書いた羊皮紙を広げていたり自分の売りをアピールしている。

 貴族であれば御用商人の口利きや案内を頼むものだがそういった伝手の無いフェンリルは一番大きそうな店に入る。普通であれば飛び入りの客に店の主人が自ら接客することはないが商人の耳は早い、フェンリルを一目見るなり皇帝が最近妙に肩入れしている冒険者ウォルフであると見破ったのだ。

 フェンリルは店主に欲しい奴隷の条件、料理や掃除などの家事が得意な者という注文を付けると店主は申し訳なさそうな顔をした。理由は今いる奴隷はいずれも力自慢の者ばかりで家事全般が得意な者がいないという事だった。

 そしてここでフェンリルは一つの誤算があった。想像していたような主人によって生殺与奪可能な奴隷は過去のもので、現在は生きるも死ぬも主人の意思次第といった扱いは許されておらず、あくまで期間契約の労働者に過ぎない、最低限の権利は帝国法によって守られている。しかしごく一部の例外が存在するそれは帝国臣民ではない他国から流れてきた人間や法国から流れてくるエルフや捕えられてくる亜人種などである。

 

「―――ですが、お客様は非常に運が良い。本来であれば飛び入りのお客様にはお出しすることのないものですが、皇帝陛下の覚えも明るいウォルフ様であれば特別にお出しいたしたいものがございます。こちらへどうぞ」

 

 そう店主に案内されたのは店の奥で布が被された大きな四角い檻の様なもの、店主が布を取ると中には女のエルフが一人、檻の柵に病人の様にもたれかかっていた。白く透き通った肌に金色の長い髪、これぞエルフと言った姿をしているが最大の特徴である長い耳はいずれも中ほどで切られている。

 

「つい先日スレイン法国の奴隷商人から仕入れたエルフです。まだ他の方には声を掛けていません。非常に高価なものではございますがいかがでしょうか?」

 

 いかがでしょう、と言われても返事に困る。そもそも良い奴隷かどうかの判断も良く分からない、せいぜい見た感じで容姿が良いのか、元気が良いのか、健康なのか、とかぐらいなものだ。

 項垂れているので横顔しか見えないがエルフは皆そうなのかこのエルフも美形だ。

 しかし目に光が無いというよりも澱んでいる。よほど酷い事をされてきたのだろうか生気も感じない、辛うじて生きてはいるが心が死んでいる。こんな状態の者が使えるのか疑問だ。

 店主によればスレイン法国から流れてくるエルフはこのような状態が多く、それでも簡単な命令や夜の相手はしてくれるらしい。

 だがそれは都合がいいかもしれない、最初の目的からはズレるが一から育てる事が出来ると考えれば、他の奴隷を雇うよりも良いかもしれない、なにせ帝国臣民ではないお陰で帝国の法には縛られることのない奴隷が手に入る

 

「いくらするんだ?」

 

 店主は笑顔で答える。

 

「金貨で八百枚でございます」

 

 頭の中で日本円に換算する癖があるため少しの間いくらか理解できなかったが約八千万円だと分かった瞬間、目が飛び出るかと思った。

 手持ちの金をほぼ全て出せば足りない事は無いが今後の生活が非常に貧しいものになる、というよりも成り立たなくなる。だがエルフは滅多に手に入る事が無い希少品、多少の無理をしてでも手に入れておくべきか

 そう悩んでいると、エルフがうつろな目をフェンリルに向ける。その表情は生気の消え失せた死体にも似たものであった。

 見捨てるべきだ。このエルフの境遇に悲哀する事など無い、全ては弱い自分たちのせいだ。他者にすがらねば生きていけぬ弱者などに見向きするな良い奴隷なら他にもいる。わざわざ荷物を背負う必要などない

 と、心の中で絶対的強者であるモンスターが囁く。

 しかし一方でまだ残っている人間の心が叫ぶ

 助けるべきだ。哀れな女をこれから訪れるであろう地獄に落ちる前に手を差し伸べ救う、その力がお前にはある。力ある者が弱者を救って何が悪い。

 せめぎ合う二つの心に迷い、ネルとクレマンティーヌの顔を見る。二人とも檻の中のエルフを見る目は冷たくまるで路傍の石でも見ているかのようにそこには何の感情もない。

 フェンリルの視線に気づいたネルがどうしたのか尋ねる

 

「どうかなさいましたか?」

 

「違いはあるが同族が奴隷として売られているからな、今さらだが精神的に悪いんじゃないかと思ったんだ」

 

エルフの奴隷ということで一応同族(エルフとダークエルフの違いはあるが)であるネルの方を気にしたのだが

 

「御心配には及びません、これと私は全く違うものですから」

 

 同じ、いや同族と考える事すらネルには唾棄すべき考えだ。

 創造主(フェンリル)に意思を持ってそうあれかしと創りだされた私と、有象無象の一つであるエルフ(これ)に何の興味が湧くのだろうか

 

「そうか」

 

 本当に何とも思っていないようだ。

 

「なに?それ買うの?」

 

 クレマンティーヌはまるで小さな子供がくだらない玩具を買うのか尋ねる様に聞いてくる。

 

「それを迷っているんだよ」

 

「お買いになるのか迷うのはよろしいのですが、ご予算の方はよろしいのですか?」

 

「あのさぁ~、最初の条件忘れてない? 家事出来る奴が欲しくて来たんでしょ?そいつら料理できるの?木の実とか虫とか出されても困るんだけど?」

 

 二人の指摘はもっともだ。予算は遥かにオーバー、このエルフが家事を出来るのかもわからない。普通なら諦めて違う奴隷を探すのだが、帝国では滅多にいない希少なエルフの奴隷というのがコレクター心をくすぐるのかどうにも諦めきれないでいる。

 これはもう当事者であるエルフに聞くしかないか

 店主を少しの間ここから引き離せとネルに目配せをする。

 

「店主殿、これ以外の奴隷も見せていただきたいのですがご案内いただけますか?」

 

「はい喜んで、どのようなものをお求めで?」

 

「そうですね、力自慢のものを」

 

「それならばこちらに」

 

 店主がネルを他の奴隷がいる場所へと案内する。ここを離れたことを確認するとフェンリルがエルフに話し掛けた。

 

「ひどい目に遭って来たんだな」

 

 柵の間からエルフの顔に触れようとした瞬間、身体がビクリと怯える様に硬直し顔にははっきりと恐怖が浮かんでいた。

 フェンリルが察するにはそれだけで十分だった。触れようとした手を引っ込め強く握りしめた。

 

「人が憎いか?自分を奴隷に落とした法国が憎いか?」

 

 答えは返ってこない、言葉の意味を理解していないのかとも思ったのだが自分を買うかもしれない相手に不穏な言葉は吐けないのだと理解した。

 

「お前は何が出来る?よく考えて言え、ここは天国と地獄の狭間だ。お前がここを抜け出して俺の元へ来るか、それとも他の人間に買われるか、だ。あぁそうだ、店主の話では見た目の美しさからエルフを買うようなものは性玩具として買うものが多いそうだ。俺は違うが」

 

「・・・あなたを悦ばせる事が」

 

「そんなことは望んでいない、俺の話を聞いていただろう?それとも変態野郎に買われるのが望みなのか?それなら俺は手を引くが、だがもう一度聞いておこう、料理や掃除なんか家事全般は出来るのか?」

 

「したことがありません」

 

「そうか、ならばいらないな。残念だお前の復讐を手伝っても良いかと考えたのだがな」

 

 復讐、諦めていたもの、もしこの男の言葉が本当であるならば料理や掃除の出来るものを望んでいる、法国の者たちに捕らえられ奴隷として身を落とした私にはこれ以上の希望は無い、この男を逃してはならない

 

「待って・・・いえお待ちください。私を買ってくれるのなら貴方の望むことを、今すぐには無理でも必ず料理でも掃除でも覚えます!この命に代えても必ず、必ず貴方を落胆させません!ですからどうかお願いいたします。私を買ってください」

 

 エルフの澱んだ目に光が僅かだが戻ってきたのをフェンリルは見逃さなかった。奴隷と言えど自分の意思を持たないものを買う気はない。

 

「軽々しく命を張るもんじゃない、その言葉の重みをよく考えて―――」

 

「今、私にはこの命と、あなたへの忠誠を捧げる事しかできません。少し時間は掛かります、ですが必ず必ず貴方が満足するものをお出しいたします!ですからどうかどうか」

 

「いいだろう、お前の忠誠を受け取り俺はお前を買う事にする。だが身を引き受けるには数日いる。大人しく待てるか?」

 

「貴方が来るのを心待ちにしています。御主人様」

 

「良い子だ。では数日後に会おう」

 

 店主に十日以内に支払う事を約束し、その前金として金貨百枚を置いて店を出る。

 

「よろしかったのですか?」

 

 先を歩くフェンリルにネルが聞く

 

「何が」

 

「あの奴隷の事です。前金として支払った分を差し引いても残り金貨で七百枚、私達の手持ちでは半分も支払えませんよ」

 

 フェンリルの財布とチームとしての財産を管理しているネルの懐には全財産が金貨258枚分があるのみでとても残りの金額を払えるとは思えない。

 

「大丈夫大丈夫、何とかなるって、それに当てはあるから」

 

 ネルの心配を軽く大丈夫と返事を返す。

 

「それならよろしいのですが」

 

 フェンリルがその足を向けたのはニンブル邸、魔法アイテムに異常なまでに興味を示したフールーダにつなぎを付けてもらうために、フェンリルはエルフを買う金を魔法アイテムを売る事で作ろうと考えたのだ。

 だがそこへ向かう途中、金髪の女に声を掛けられた。

 

「ウォルフ様、御覚えでしょうか?レイナースです。先日はありがとうございました」

 

「あぁ、レイナースさん。呪いは解けたようですね」

 

「ウォルフ様に頂いた貴重な霊薬のおかげでこのように」

 

 右半分を覆っていた金髪をめくり上げると、長く患っていた顔の右半分を醜く覆っていた呪いはきれいさっぱり消えていた。代わりにレイナースの頬は朱に染まっていた

 

「それは良かった。もし効き目が無いようだったら違う方法を探さなくてはいけなくなると思っていたので」

 

 一言もそうは言っていないのだが脳内で自分の為に違う方法を探してくれるというものに変換し、レイナースは天にも昇る気持ちだった。

 だが言葉だけでは満足できない、ここで出会った機会をさらに良いものに変えなくては

 

「ところでウォルフ様はこれからどこへ?もしお暇でしたらお食事でも―――」

 

「すみません。ちょっと要り様で、フールーダさんとつなぎを付けてもらう為に、ニンブルさんの屋敷に行こうかとしているところで」

 

「それでしたら私にお任せください。私も帝国四騎士の一人、明日にでもお会いできるようにいたします」

 

「本当ですか!いやーそれはありがたい」

 

 渡りに船とはこの事か、あまり特定の人間ばかりに頼るというのも後々面倒になりそうな気もする。

 

「いえ、この程度の事で霊薬を頂いた恩を御返し出来てはおりませんから、もしそのようなご用件がございましたらいつでも私にお申し付けください。少しずつでもご恩をお返ししていきたいのですがご迷惑でしょうか?」

 

 そうだった。霊薬を渡しまだ代金というか対価を貰っていなかった。エルフを買う代金をフールーダではなくレイナースから貰っても良いが、自分に恩を感じているのならばいずれ何かに利用できるのかもしれない、ならばここは金で事を済ますのではなく長く利用させてもらおう。

 

「いえ、こちらが迷惑を掛けるかもしれませんがよろしくお願いします」

 

 差し出された手をレイナースは頬を赤らめ握手する。フェンリルから向けられた笑顔の裏が恐ろしい獣だとは知らずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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